第116話「元勇者と元王子」


 そして翌日から一応は日常に戻る。だが俺達は明日は大人達から強制的に休みを言い渡されていた。これでも魔王と戦って一日しか経ってないし休んだのは半日弱だ。だから明日、月曜は学校を合法的に休めるのだ。プレミア感が半端無い。


「じゃあ今日は解散ということで?」


「そうですね秋山社長、それに風美常務も今回はよろしくお願いします」


 七海さんの方が圧倒的に年下でしかも女性なのに彼女の指示に従う俺やルリの両親を見ても違和感が微塵も感じなかった。女王様的なカリスマ性が七海さんには有るんだと理解させられる光景だ。


「昨日も思ったが七海さんは凄いな快利」


「ああ、自力で俺のスキル防いだのは正直ドン引きだが凄い人なのは分かる」


 エリ姉さんと二人で話している内に大人達は全員帰宅し、それを見送った後に当たり前のように残ったルリと慧花を含めて八人になった。ちなみに親父や義母さんは明日は朝一から動くからと既に新しい夫婦の寝室に戻っている。


「慧花さんはともかくとして瑠理香さんは何で? 家はお隣でしょう?」


「それは――――「セリカ、俺が少しルリに用が有るから残ってもらったんだ」


 またトラブルの元になるから先に断っておく周りが注目するが構わない、これはホテルで休んでいる時にルリにだけ先に言っていた。どうしても調べる必要が有る大事なことだ。


「そうなんですの? ですが……」


「ま、すぐ終わるから悪いけどルリは俺の部屋来てくれ、それとユリ姉さんも後で少し聞きたい事が有るから」


「えっ? 私も?」


 そして、この日は今度こそ解散となった。エリ姉さんやセリカ達に少し怪しまれながら俺は二人と、ある話をするために新しい自室に向かった。




 そして翌朝、遅めの朝食を皆で食べながらテレビで民家の爆発事故のニュースの続報を見ながらモニカの淹れた紅茶を飲んでいると慧花が唐突に言った。


「え? 剣の修行をしたい?」


「ああ、黒龍対策のためにも私個人の力を上げたくてね」


「いや、お前、向こうで勝てないのは俺とライくらいだったろ? 必要無いだろ」


 慧花は向こうで俺が魔王を倒すまでは王国の切札扱いで逆に俺は捨て石のような扱いだった。しかし俺が活躍し出すと立場が逆転し勇者のスペアなんて揶揄されるようになったのだが、そもそも慧花は全ての能力が高く基本的に強いのだ。


「だが快利、私にはカップリングスキルが無い前線に一緒に出るモニカと違ってな、それに私は以前のポイズンとの戦いで完全に不覚を取った役立たずだ」


「いや、ドラゴンは規格外で、それにお前が時間稼ぎしてくれたから勝てたんだし」


 確かにポイズンとの戦いでは不覚を取ったかもしれないが、それでも聖剣を使って時間稼ぎをしてくれたから今回も同じように援護に徹してもらえば大丈夫だと考えた時に俺も気付いてしまった。


「そうだよ快利、今回は君の聖なる一撃を使わなければいけない、だから私は聖剣を借りる訳にはいかないんだ」


「そうか……だけど聖剣が無くたって」


「ふっ、聖剣すら無い私は魔王イベドの前では時間稼ぎにすらならずに逆に君に対しての人質のようなものだったじゃないか……」


 自嘲するように言う慧花だが正論だった。一昨日の戦いで慧花がもっと強ければ状況は少しは変わっていたかもしれないと確かに俺も思ってしまった。


「分かった、後で結界を張ってセリーナに受けた特訓してやる」


「快利!! それならお姉ちゃんも一緒に――――「絵梨花、今回は本当に大変なんだからケイや快利に協力するの、グラス!!」


 俺に抱き着こうとするエリ姉さんに触手が巻き付いて抑えている。ユリ姉さんの指示でグラスがエリ姉さんを簀巻きにしていた。何かコンビネーションが無駄に上がってる。しかしグルグル巻きにされてもエリ姉さんは諦めていなかった。


「快利、近い内にお姉ちゃんと昼も夜も鍛錬しよう!! 約束だ!!」


「はいはい、昼は剣道で夜は料理の鍛錬ならいいけど、どうするエリ姉さん?」


「最近は快利がお姉ちゃんに反抗的で悲しいぞ……」


 今日は休もうと思っていたけど慧花に付き合おうと思って考えを巡らせていたら視線を感じた。そしてチラチラと俺を見ては視線を逸らすルリと目が合った。まずい、あの態度じゃバレるのも時間の問題だ。


「そういえば今日は嫌に瑠理香さんは静かですね、めんどうな彼女面もヤンデレムーブもしないで……何をしました快利?」


「昨日、少し話をして盛り上がっただけだし……ね? ユリ姉さん!!」


「そっ、そうね!! ま、まあ色々有るのよ!!」


 那結果は相変わらず鋭い、さすが脳内で五年間も同居していただけは有る。俺だけでは無く俺の周りの人間の動向にも敏感だ。バレる前にルリにはもう一度釘を刺しておかないといけないな。


「はぁ、隠し事はチームワークを乱すので程々にして頂かないと……ま、予想は付きますが……では快利、私は今日はメンテナンスモードで部屋で寝ています」


 ルリも今日は一日休むらしいからと家まで送る事にして一緒に家を出た。送ると言っても裏門から繋がってるルリの家の裏口まで送るだけだ。


「ルリ、その……」


「ごめん、つい……」


「いや、仕方ないさ、俺も昨日は緊張したしさ……」


 昨晩のことを思い出して少し気まずくなるが改めて口止めだけはしておくのは正しいはずだ。ユリ姉さんは上手くごまかしてくれたけどルリはやっぱり顔に出やすい。


「てか、俺をイジメてた時は顔に出さなかったよな?」


「あ、それはカイが私を見て来る顔が必死で私だけを見てくれてたから、それだけで演技に気合が入ったからだよ!!」


 ああ、そう言えば陽キャモードの時に無駄にニヤニヤしてたり俺をスマホで撮影してたのはそんな事してたのか。


「ま、とにかく昨日ので経過を見るから何か有ったらすぐ言ってくれよ?」


「うん、危なくなったらすぐカイを呼ぶから!!」


 それだけ言うと俺は家に入ったルリを見送って家に戻る。家に戻るとモニカはリビングに居たが他には慧花しかおらず皆は自室に戻ったらしい。


「じゃ、でかい庭も出来たし……やるか?」


「ああ、頼むよ快利」


 そして俺達の特訓が始まった。俺も元々は我流、正確にはエリ姉さんに体で覚えさせられた剣道と向こうの騎士団長の剣技、そして一緒に旅した仲間から盗んだ剣の技で強くなって夏休みの転移時にセリーナに基礎を叩き込まれた。


「って訳だから、お前の方が基礎は出来てると思う」


 俺が結界を張った中で言うと慧花はユリ姉さんに借りたジャージを着ていた。普段着やホステスの恰好以外は初めて見たから新鮮だった。


「結界内での時間魔法で訓練時間を自分達の認識においてのみ伸ばすあれか……」


「そう言うことだ……やるぞ!!」


 最初は軽めで一分を十倍に設定して開始する。そして六分後、つまり体感では一時間ひたすら剣を振るってもらったが慧花は肩で息をしている。その光景に俺は激しく違和感を感じていた。

 なぜなら俺の知ってる慧花はもっと体力も有るはずで少なくとも向こうの世界では数日の間ひたすら魔法を行使して一緒に戦ったことも有ったから明らかに変だ。


「はぁ、はぁ……やはり、この体だと男の時のようにはいかないね、それに鈍っていたのは剣技だけじゃないらしい」


「そうか、もう……慧花なんだよな」


「ふふっ、何を今さら……酷いな君は、この間のキスで分かってくれたと思ったのにね……もう私は女なんだよ」


 そう言ってフッと笑う慧花の笑顔に向こうの世界で一緒に駆け抜けた相棒の面影が重ならなかった。ふとした瞬間に何度か感じていた違和感だった。顔は殆ど同じなのに俺は気付けば一人の女性として慧花を見ていた。


「どうした快利?」


「っ!? 何でもない……続きは行けるか? その、魔法とかで回復するか?」


「おやおや、急に優しくなったじゃないか、なら君の熱い抱擁と昨日の夜、由梨花や瑠理香にしていたようにキスしてくれるだけでも構わないよ?」


「えっ!? お前……知ってたのかよ」


 いきなり言われた一言に俺は激しく動揺した。おかしい結界も張ってたしバレる要素は無かったはずだと言った俺に慧花がニヤリと笑って続けて言った。


「快利、結界を張るまでは良かったが隣が那結果の部屋なのがまずかったね、そこの壁だけ彼女が細工していたんだ、だから私と彼女は昨日の治療行為を知っている」


 昨日、ルリとユリ姉さんの二人には魔王イベドの呪いの影響の後遺症が無いかについて調べると俺の部屋で神々の視点全部丸見えを使い二人のステータスを隅から隅まで調べた。そして微かに残っていた呪いの残滓を完全に浄化するために魔法や魔術を使ったのだが効果が無かった。


 そこで俺はイベドの魔法の効果に対して唯一効果の有った方法……キスをした。二人と交互にキスをして完全に呪いを消すのに三回はしたのだが俺はもちろん二人も顔を真っ赤にして三人揃って気まずかったのだ。これが昨晩の秘密の治療行為だ。


「だ、だから治療行為で……」


「口止め料」


 額から汗を流して軽く息を吐いて呼吸を整える慧花は一言、自分の濡れた唇を指して言った。


「分かったよ……来い」


 こういう時の慧花は何を言ってもダメだから俺は大人しく従うことにする。慧花の腰に手を回して彼女との二度目の口付けを交わしていた。昔と違って体は華奢で思いっきり抱いたら折れそうで思わず腕の力を緩めたら逆に抱きしめ返されて更に深くキスをしていた。


「んっ……ふぅ、これはこれで悪く無いけど出来れば今度はシャワーを浴びた後にキチンとキスしたいな快利?」


「あっ、ったく……汗臭いのは悪かったな、あ、あと今度とか、そういう話は……今回の口止め料だし、そ、それだけし……さあ剣の修行始めるぞ!!」


 しかし、それからの修行では力が入らず俺は無駄に慧花を意識してジャージの上からでも分かる揺れる胸とか汗の流れるうなじとかにドキドキして鍛錬に全く集中が出来なかった。



 そんな事が初日に有ったが、以降は順調に俺たちの特訓は成果を結んでいて、特訓を開始してから既に五日が経過していた。


「よし、今日はこんなもんだな」


「今日もありがとう、快利」


 そして今日の鍛錬時間は二時間だから結界内では二十時間の修行だ。最初は体力が無くて数分単位で休憩していた慧花も今は十分、つまり現実世界では一時間四十分は連続で剣を振れるまで体力が戻りつつ有る。


「持久力も戻って来たようだし、剣技は元から強いし魔法や魔術で補助してくれれば大丈夫だろ?」


「ああ、だが直前までは指導を頼むよ快利」


「もちろんだ、まだまだ鍛えてやるよ」


 決戦まで一週間を切ったこの日は、また家で会議が有るから人員を集める必要が有る。そして俺達は新しく出来た地下室に向かった。俺達の新しい転移場所としてあらかじめ親父たちに用意してもらっていたものだ。


「じゃあ俺はルリ達と他のメンバーを、那結果は千堂グループの関係者を、モニカは工藤先生を、その他の関係者をドラゴン達と慧花で!!」


 それだけ言うと俺達はそれぞれの場所に転移してすぐに全員を集める。この方法で既に三日前と昨日と二回会議を開いている。もちろん俺の結界で時間の流れを変えているので会議の時間は十二分弱、つまり体感で二時間弱の会議だ。


「では快利と那結果はこのまま本社に来てくれ、ジャミング装置の試験をしたい」


「分かりました仁人さん、じゃあ皆、後で会おう」


 会議が終わってすぐに俺たちは動く、ルリ達トワディーは今日も放課後はレッスンだからユリ姉さん達のドラゴンに送ってもらう。親父達にはセリカとモニカが付いて行き現地の状態を調べ具体的な結界の範囲を直に見て来てもらう。


「はい、快利兄さん、私達はお義父さま達を送った後に一度こちらに戻ります」


「ケイはどうするの?」


「私は信矢さん達に少し呼ばれてね、そのまま今日は大人しく向こうの家に戻るさ」


 そう言って意味深に俺を見て来るから頷くと、すれ違い様に「明日も特訓して」と言われて振り返るが返事をする前に慧花は信矢さん達と転移していた。


「どうしたのですか快利?」


「何でもないさ那結果、じゃあエリ姉さんはお留守番で、各自戻ったら報告!!」


 そのまま俺達はそれぞれの場所に転移する。それから数日後の決戦三日前、この日からは俺たちも放課後だけではなく朝から動けるようになった。こんな世界の危機でも学校にはちゃんと通うし終業式には出席するのだ。


「どうだ快利? いまの技は?」


 この日は帰るとすぐに慧花との特訓だった。午後からは色々と予定がギッチギチに詰まっているから時間があまり取れなかったからだ。


「正直驚いたよ慧花、でも今の技は?」


 俺達と違って慧花とユリ姉さんは学生だったので割と自由に動いてくれていた。主に人の移動面ではドラゴン三体と一人で移動時間を大幅に減らした事で大活躍だったそうだ。


「実は信矢さん達の知り合いで騎士の指導を受けて騎士になった人物に会ってね、そこで教えてもらったんだ」


 慧花は主に空見澤の人達の移動をしてくれていたのだが待機時間や暇な時に信矢さんの知り合いや武術の師匠と会って色々と教わって来たらしい。


「今の技とか動きもか?」


「ああ、それは信矢さんの師匠の各務原さんという方でな、そうだ快利、君のお爺様の旧友らしいぞ」


「え? マジ!?」


 まさかの事実が分かる中で朗報がもう一つ有った。慧花用の剣が用意されたというのだ。今までは異世界の木刀をを使って特訓していたのだが両刃の剣を千堂グループが用意してくれたらしい。


「それがこれなんだが、どうだ?」


「まあ、普通の剣だな……だけど魔術付与すれば多少は……」


 見せられた剣は普通の剣だった。俗に言うロングソードと呼ばれる剣で向こうの世界でも割と使われていた。俺の過去の装備は聖剣を渡されるまでは片手剣、ショートソードを使っていた。


「私も同じ感想さ、だから快利に魔術付与を頼みたくてね、聖剣ほどじゃないが役に立つくらいにはなると思う」


「ま、俺も向こうから武器は聖剣と神刀しか持って来て無いから、どうせならスキルとかで俺が作れれば良いんだけど武器とか鎧はダメなんだよな~」


 アイテムを作るだけなら全品再利用もったいない精神が有るけど、あのスキルは服とかオモチャくらいしか作れない。あとは少し強力な魔法のアクセサリー類くらいが限界だ。だから俺の即応式万能箱どこでもボックスには中途半端な効力の指輪とかピアスが多いんだ。


「君の言う失敗作はこの世界でもチート級だからね、それよりドロップ品で君が王家に献上しなかった物を見せてくれ」


「え? まっさか~、そんなもん有るわけ無いだろ?」


「嘘を付く度にキスをしたくなってきたよ、快利?」


 無駄に高級クラブで身に付けた妖艶な顔を見せて脅してくる慧花の迫力と魅力の前に俺は大人しく白状するしかなかった。


「まず、こちらが魔王サー・モンローを倒した時の品で、邪神を倒した時は神殿を荒らし回った際にこちらを回収しました」


「ふふっ、さすが快利、鑑定はしたんだよね?」


 そして当日までの間の装備品などを選んでいる間にその日は過ぎ、それぞれの準備が終わったのは作戦決行日の前夜だった。




「いよいよ明日はイブか……」


 俺は明日に備え自室に戻っていたが落ち着かずベランダに出て空を見ていた。左隣の部屋は那結果の部屋で今日は電気は消えている。一番忙しかっただろうから休んでいるんだろう。


「エリ姉さんも寝てるみたいだな」


 反対の右隣の部屋はエリ姉さんの部屋で、やはり電気が消えている。いつもは日付けが変わるくらいまでは起きているのに今日はもう既に寝ているみたいだ。そして俺は庭を見てため息を付いて言った。


「で? お前は何でそこで素振りしてんだよ」


「寝付けなくてね……」


 庭で素振りをしていたのは予想通り一階の客間にいるはずの慧花だった。俺はベランダから飛び降りると隣に立ってため息を付く。反対に慧花の顔はイタズラが見つかった子供のような顔で月明りに照らされて金色の髪も輝いていて、それが凄い神秘的で魅力的だった。

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