第109話「因果を操る代償と狂った魔王」


「私も初めて聞きますから……有史以来おそらく初かと、魔力防御が高いだけのスキルだと思っていたのですが、特性ですか」


 魔王の言葉に対しての俺の心の声に答えたのは那結果だった。こういう時の反応が誰よりも早いのは俺と同じ思考だからなのかと妙に冷静になって我に返っていた。


「前にエリ姉さんの治療した時も何となく魔法や魔術の効果が出辛いから時空酔い止めとかアイテムやスキルで解決したんだよね、さすがに勇者三技は効いたけど」


 特性を持つのは魔族だけな筈なのに、なぜかエリ姉さんが特性を備えている件は疑問が尽きないが今は仕方ない。面倒なことは後で考える事にして今は目の前の魔王退治の方が大事だ。


「私にそんな力が有ったなんて、お姉ちゃん色んな意味で驚いたぞ快利」


「うん、実は前からエリ姉さんて普通サイドにしては色々と変だと思ってた」


 実はエリ姉さんに魔法よりもアイテムを使っていたのはこれが原因だ。勇者三技で治療した時もユリ姉さんよりトラウマの回復効果が出なかったのも疑問で今思えば特性のせいだった可能性が高い。


「その女が普通で有るものか!! その女の妨害で英雄の異世界転移が五年も先延ばしになったのだからな」


「なるほど……ある意味で最後まで快利をこの世界に繋ぎ止めていたのは絵梨花お姉様だったんですね」


 セリカに言われて気が付いたが中学に上がって起きるはずのイジメと美村瑠実香に付き纏われる未来をエリ姉さんが妨害した事になる。そして魔王の話だと異世界転移が起きるのを早い段階で防いでしまったのがエリ姉さんみたいだ。

 これで結果的にユリ姉さんには勘違いされ嫌われる未来にシフトしていた。つまりエリ姉さんは気付かずに未来を変えていたことになる。


「その通り……だからこそ次は確実に絶望させるために、そこの女を利用したのだ、風美瑠理香、お前は優秀だった!! 俺の思う通りに動いたのだからな!!」


 一瞬、ビクッとしたルリを見て頷くと逆に魔王を強く睨み返していた。その眼光に魔王は僅かに引き下がる。その強い眼差しはアイドルRUKAの目で俺は安心して奴に向き直って口を開いた。


「なるほど、お前がユリ姉さんを騙して、ルリをそそのかしたと……それだけ分かれば充分だ……殺してやるよ腐れ魔王が!!」


 過去最大の怒りと揺るぎない決意を持って俺は完全に力を開放する。ここまで力を開放するのはブラッド戦以来だ。今は魔王がこの場を時空の狭間に似た空間にしてくれたお陰で技も全力を出せる。さて、久しぶりに魔王狩りと行こうか!!




「だが、まだ魔力が足りない……だから別な方から頂く!! 初めて出来た可愛い可愛い弟を罵倒して楽しんでいた秋山由梨花さん? いや、その醜さは加藤由梨花と言った方がいいかな~?」


「うっ、くっ……言ってくれるじゃないの……ううっ、ごめん快利……」


 この間と同じように黒い魔力の塊がユリ姉さんからも精製され女子中学生の姿をしたイベドに吸収されていく。黒いオーラに包まれるJCは色んな意味で不気味だが、それ以上に怒りで俺が先にキレていた。


「お前いい加減にしろ!! よくも俺の姉さんを!!」


 俺の神刀の斬撃が奴を襲うが、またしても目の前のバリアいや結界のような謎の障壁に防がれる。先ほどと同じで結界に干渉できないせいで神刀の最大の能力が通じないのは厄介だ。


「集まる集まる、一度は勇者に浄化されたようだが完全では無かったようだな、素晴らしい、年月をかけた分お前の方が芳醇な味わいとでもいうのかな」


「くっ……そうかもね、快利が転移した時間込みだと十三年分ね、こんな嫌な姉なら、いっそのこと陽キャのオモチャにでもされてれば良かったのかもね」


「それは無いからねユリ姉さん!! 俺さ、戻って来てからユリ姉さんの嫌いなとこが一つ出来たんだよ」


 魔王に炎系の上級魔法を放ちながら俺は那結果とポジションを入れ替えて座り込んで楔を出し続けているユリ姉さんの側に立った。


「そうよね、ど~せ私なんてさ……」


「それだよ、確かにユリ姉さんはエリ姉さんに比べて勉強出来ないし、運動もぜんぜん出来ない……だけどさ」


 確かに勉強もスポーツも大事だけど、だけどさ……そんなの関係無いんだよ。俺にとっては重要じゃない、そんなの問題なんかじゃないんだよ。


「だけど何よ?」


「そんな事どうでも良いんだよ!! ユリ姉さんは捨てられて一人ぼっちになった俺に初めて手料理を作ってくれた、俺があれでどんだけ救われたと思ってんだよ、いい加減にしろよ、あんな事されたら好きになるに決まってんだろ!!」


 今でこそ行き違いが有った母さんとの関係だけど当時の俺は寂しかったし辛かった。だから新しい家族で美人な姉が、ぎこちない笑みを浮かべながらカレーを一緒に食べてくれただけで、それだけで恋に落ちるぐらい俺はチョロかった。


「快利……あんた、あんな事で」


「あんな事? 馬鹿にすんなよ俺の初恋を……その想いをあんな事って言う自分を何でも過小評価して卑下する今のユリ姉さんが俺は嫌いだ、昔みたいに笑って『カレー美味しかった?』って得意そうに聞いてくる姉さんが大好きだったんだよ!!」


 ユリ姉さんや皆には一つだけ言ってない事が有る。実はキッチンに立ってた後姿が母さんに似ていて最初はそこに興味を惹かれて気付けば目で追ってたんだ。


「快利……でも」


「だから、そういうマイナス思考な姉さんを今ここで救えばいいんだ魔王からな!! そうだよ全部、魔王が悪いんだから!!」


「え? それは快利、無理やりじゃ――――んんっ!?」


 と、言う訳でユリ姉さんも黙らせる。前回は向こうからして来たんだから俺からしても問題無い……はず。どうせルリとも皆の前でキスしたんだし大丈夫なはず。


「っ、ふっ……ごちそうさま、今日はユリ姉さんの味しかしなかったよ?」


「ちょっ、か、快利!! あんた、いきなりっ!?」


「あわわ、カイが私とキスした後すぐに由梨花さんと浮気を……」


 ルリの悲鳴が聞こえたが今のは緊急の医療行為に近いからセーフなはず……え? やっぱりダメですか……普通はそうだよね。だけど悪いのは全部魔王だから仕方ない。こんな状況は全部魔王が悪いんだ。


「そう、このような状況に人々を追い込み俺の大事な人を傷つけた魔王イベド・イラック!! 俺はお前を絶対に許さない!!」


「う~ん、責任転嫁具合なら魔王相手にも引けを取らないとは……さすがは私の主ですね快利~!!」


 那結果、お前は余計なこと言うな。上手い事カッコよく決めてごまかせそうだったのに後ろのルリと姉さん達の視線が痛いんだ。




「さて、英雄よ茶番は終わったか」


「この一ヶ月弱お前の茶番に散々付き合ってやったんだから、俺と家族の感動的なやり取りを見るのは当然だろ?」


「下らん、こちらは先ほどから貴様の女たち三人を相手にしているというのに別な女と睦み合っているとは、やはり貴様は倒し洗脳するのが良いようだな!!」


 そういうとイベドは鎌の一振りでモニカを吹き飛ばし、さらに聖剣を構えた慧花の背後に出現すると背後から蹴り飛ばし二人を一瞬で圧倒していた。今までは本当に様子見だったようで遊んでいただけらしい。


「モニカ!? 慧花!! 那結果は二人を、セリカは姉さん達とルリを頼む!!」


 二人に指示を出しながら俺は神刀で迎撃に入る。魔力がいくら膨大でも戦い方は有る筈だし何より俺には負けられない理由が有る。


「大事な人を、大好きな人たちを傷付け弄んだ奴を俺が許すと思うなよ魔王!!」


「そうかよ英雄、今度こそ倒してその力を神殺しの力を我が手に!!」


「やりたきゃ一人でやれよ、俺の大事なひと達を巻き込むんじゃない!! その時点でお前は敵なんだよ!!」


「威勢だけはいいな、だが昔のお前よりいい……今のお前の原動力は何だ? 母を利用された怒りか? それとも好きな女を蹂躙された恨みか?」


 俺は神刀に神気を込める。やったことは無いけど出来る筈だと分かっていた。そして自然とスキル名が俺の頭の中に浮かんで来るから神気を全身に行き渡らせて神刀を振るった。


「全部だっ!! 消えろ魔王……神聖なる斬撃敵は全て斬る!!」


 神刀で聖剣の技を使う、どうなるかは分からなかったが聖剣を慧花に渡した際にも強いスキル技を使えるようにと考えて修行していた技の一つだ。今日、初めて使うが聖剣の技がビームだとしたら神刀の技は光の斬撃が地を走る仕様だった。


「なっ!? これが……神の作りし世界のための楔ルガールングバムの本当の力なのか!?」


「ちっ、外した、いや歪曲させたのか……まだ俺には使いこなせてないか」


 緑色の刀身から放たれた極大な光の斬撃が三つ地を走る。これが通常の空間なら我が家とご近所さん家もバラバラになっていたが幸いにも魔王が異次元に別な異空間を作り出しているから俺は全力で技を放つ事が出来た。


「なら付け入る隙も有ると言うもの!!」


 奴の鎌を神刀で弾き返しながら左手で雷の上級魔法を放つが奴の障壁に防がれる。そして魔王が離れた瞬間、俺は後ろの相棒に大声で号令をかけた。


「那結果、使うぞ!!」


「合点承知の助!! 目覚めて下さい、我が英雄!!」


 後ろで那結果の目が青く輝き俺の方に魔力が集中する。そして逆に一部の神気などのキャパシティーオーバーする力が那結果の方に殺到する。これが本当の意味で二人で使う初めてのスキル『英雄ばけもの化』だ。


「よし、行くぞ魔王!! お前に再び見せてやる……本当の英雄の姿を!!」


 過去の英雄化と違うのは制御する力の負担が那結果に行ってるおかげで俺への負担が極端に少ないという点だ。その変化かは分からないが俺の体が神気の白と魔力の黒のオーラで渦巻き髪色が普段は青く輝くのに今日は黒のままだった。


「素晴らしい……その力だ、その力さえ有れば俺は神を殺せる!!」


「下らないんだよ!! そもそも最初からお前の言ってることはデタラメだ!!」


 俺は神刀から神聖なる斬撃を再び放つ。先ほどより精度は上がったが、それでも障壁に阻まれ届かない。だが魔王の障壁にヒビは入ったようで障壁が弱まっているように見える。


「デタラメなはずは無い!!」


「いいやデタラメだ!! お前がどんな理不尽な目に遭い今の境地に至ったかは俺は知らない!! だが、お前の言ってることは支離滅裂だ!!」


 俺の神刀と奴の巨大な鎌の刃がぶつかり弾け火花のように魔力が飛び散る。俺が今言ったことは那結果も懸念していた事だ。その懸念とは目の前の魔王の支離滅裂さだ。そもそも最初から魔王は何か有ると神のせいと言うだけな点からして違和感があったのだ。


「つまり私と快利が出した結論は……」


「「ただの狂った陰謀論者」」


 辺りがシーンとなったが俺達が出した結論がこれだ。つまり何が言いたいのかと言うと俺達は魔王は既に頭がおかしくなってんじゃねと思っているということだ。




 俺と那結果の声が重なり目の前の魔王に叩きつけられた瞬間、後ろでセリカに治療を受けている慧花やモニカはポカンとしていた。そもそも最初から魔王はもっともらしく弁舌をふるっていたが最後には決まって神が悪いだの神の仕業だのと根拠を一切示していない。


「何を言い出すかと思えば貴様は神の仕業の証明でもしろと言うのか!?」


「ああ、そうだよ、そもそも魔王イベド・イラック、お前も自分で気付いているんじゃないのか? お前は神を殺すと言いながら先ほどからルリや姉さん達を利用し俺に復讐をしているだけだ!!」


 それこそ先ほどのルリじゃないけど協力を求める相手を害する行為などすれば味方になってくれる筈は無い。そして目の前の魔王が自分で言っていたことを理解していない筈が無いのだ。


「それは、神が……っ!?」


「お前はとっくに狂っていた、何が有ったか知らないが相当な理不尽に晒され因果律操作魔法を研究したんだろうな」


 それこそ気の遠くなるような年月を研究に費やしたのだろう。だが、その年月が目の前の魔王を狂わせたのではないだろうかと俺は睨んでいる。


「そうだ、俺は友を……同胞を……そのためにあらゆる禁忌を犯した」


「そうか、だが――――「神を殺すために、これはデタラメでは無い、真実だ!!」


 あくまで認めない、いや認められないのか……いずれにしても説得は不可能だ。ならばと那結果に勇者コールで奥の手を使うと伝える。しかし返って来た言葉は不可能との答えだった。


(何でだよ、おい!!)


(理由は二つです、今のあなたは神刀で戦っているという点、そしてもう一つは私と分離している点です、アレは聖剣でしか使えません)


 奥の手の切札……勇者絶技が使えないなんて計算外だ。それは夏休みの間にセリーナを倒した技で向こうで慧花、モニカ、セリカの三人の協力で編み出した勇者三技をを凌駕する技なのだが聖剣じゃないと使えないと今、判明した。


「英雄よ、お前が我が信念を、幾万、幾億もの時をかけた研究をデタラメと言うなら言えばよい……だが、それでもっ!!」


「言うさ、俺の大事な人達を犠牲に成し得る研究なんてクソ食らえだ!!」


 こんな事を言いながら実は決め手が無い。ルリやユリ姉さんは気丈に振る舞っているけどアイツから受けた心のダメージが深刻だし傷付いた二人を戦場に立たせるのは俺が自分を許せない。


(ならどうしますか英雄カイリ?)


 一番はモニカとのカップリングスキルを使い光速で奴に迫り一撃で仕留める方法なのだが神刀の最強の技が通用しない以上どんなに速くなろうとも奴の障壁を突破出来なければ無意味だ。


(持久戦は、こっちが不利だよな?)


(肯定します……ちなみに私もあなたの魔力と神気の制御で棒立ちしか出来ませんので援護は期待しないで下さい)


 なら動ける戦力は異世界組の三人とエリ姉さんだけど、エリ姉さんはそもそも特性が有るだけで戦闘に介入できる力は何も無い。つまり立ってるだけで他は何も出来ない。でも逆に言えば立ってるだけで奴の魔力を全て反射するのでユリ姉さん達を完璧に守れているとも言える。

 次にモニカだが回復はしたが万全じゃない、スキルの提供だけでも助かるが速くなるだけでは目の前の魔王は倒せない。慧花も同様で彼女が聖なる一撃を使えるなら俺との同時攻撃で奴を倒せなくも無いが残念ながら不可能だ。


(そうなるとセリカか……と言っても)


(はい、セリカ様は剣技も普通、後は毒薬のプロフェッショナルで切札は炎系の究極魔法紅蓮の裁きインフェルノですね)


 セリカは父親から受け継いだ炎系では究極と呼ばれる魔法の使い手だが俺より威力は弱いし何よりチャージに時間がかかるため結局は俺が何とかするしかない。


(せめてセリーナでもいてくれたらな……アイツと俺の技が合わされば絶技使わなくても何とかなりそうなんだけど)


(それは不可能ですよ快利、なんせ因果律操作魔法のゲートは夏休みにお互いで封じたのですから変化が有れば感知しますし彼女が約束を違えるとは思えません)


(ま、無い物ねだりをしても無駄か……)


 俺は奴の鎌を神刀で弾き返しながら英雄化で威力の上がった斬撃で奴を攻撃するが障壁には微かにヒビが入る程度でそれも奴がルリ達から吸収した魔力で簡単に修復されてしまう。


「やはり厄介だな英雄!! その力は!!」


「お前もな、持久戦ならこっちが不利かもな!!」


「それも悪くないが……俺は貴様を倒し洗脳する必要が有るからな……さらなる魔力を供給するさ、まだまだ魔力は補給できるからなぁ!!」


 どういう事だろうか、ルリとユリ姉さんは魔力反射できるエリ姉さんが守っている上に二人はキスをして正気に戻したから奴への供給は出来ないはずだ。


「そんな悪あがき出来るとでも?」


「出来るのさ……切札は最後まで取っておくものだ、英雄」


 そう言った瞬間、空から黒い塊が落ちて来る。それは、くす玉サイズの大きさで魔王の横に並ぶと即座に吸収されて行く。ユリ姉さん達から生み出された魔力二人分に匹敵するその巨大な闇の玉を魔王は全て吸収した。


「どこから、そんな巨大でおぞましい魔力を……」

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