第11話「私の義弟が異世界帰りの元勇者で本物のサークラ(物理)だった件」


 さて、ここで突然ですが皆さんは『サークルクラッシャー』略して『サークラ』という言葉をご存知ですか?これは学校生活での部活動や大学または社会人などのサークル活動などの集まりで人間関係の和を乱す、または完全に破壊してしまう迷惑な人間を指す言葉だと思います。いや思ってました。

 話すと長くなりますが、それは色恋沙汰のトラブルや金銭問題だったり、とにかく人間関係の悪化による内部崩壊を指す場合がほとんどで、よく聞く事案は一人の女性を巡って複数の男性との恋愛関係のトラブルを思い浮かべる人が多いのでは無いでしょうか?実は私もそうだと思っていました……ほんの数分前までは……。




「よっし!! 『サークラ』って、つまりこう言う事だよね!? ビルごと吹き飛ばしといたよ!! ユリ姉さんっ!!」


「え、ええ……」(こんなの私が知ってるサークラじゃない!!)


「たぶん大丈夫だと思うけど一応生死の確認しとくね!? 万が一蘇生が必要な場合が有るかも知れないから!!」


 そう言って颯爽と異世界の王様にもらったとか言う聖剣を担いで歩いて行く義弟の背を見送る事しか出来なかった。色々あって条件付きで快利に助けてもらう事になった私だったけど、正直甘く見てたし後で利用してやろうとか少しだけ悪い事は色々考えてた。だけど甘かった……考えが甘過ぎた……本当のチートの前には私たち一般人なんて無力だったんだ。

 私があの時、快利に迂闊にもサークラとか起きれば良いのに、とか言わなければこんな、ビルが倒壊するような大事件にならなかった……。後悔ってこう言う事を言うんだなぁ……今や瓦礫と化したサークルの根城のビルを見て私は思った。




 時は少し戻って元勇者はイベサーの姫、咬真瀬乃かませの遡浮射ソフィーと交渉を続けていた。実は彼女、ソフィーは勇者のオーラをドバドバ垂れ流して退散させてしまった運命さんの姉で、この辺り一帯の男共を操りイベサーで食い散らかしている女帝のような女だったのだ。見た目はギャルと清楚系の中間のような容姿に、ハニーブロンドに染めた髪とそこそこのスタイルの良さを誇る、一般的に美女と言っても過言では無い存在だった。


(ま、いかにもな人か……でも姉さん達の方が綺麗だし可愛いからな……)


 しかし、それも秋山姉妹の前では霞む、もちろんこのシスコン元勇者の補正も有るが、まず二人とは胸囲の格差社会と言う悲しい現実が有り、メイクで弄っている顔も二人のスッピンに逆立ちしても勝てない。だから敢えて由梨花にギャル風メイクなんてさせていたのだ。


「つまりぃ、弟くんとしては今後は金づる由梨花に手を出すなって事?」


「そりゃ腐っても姉ですからね?」


「じゃあアンタがアタシらの奴隷にでもなる?」


 奴隷とか簡単に口にしちゃって……ほんとの奴隷がどれだけ悲惨な目に遭うかも知らないで言ってるんだろうな……これだから異世界を知らない奴は……などとどこかの老害みたいな事を言いそうになるのを必死に抑えて交渉を続ける。


「それは論外ですよ。ただ俺としては姉さんに売春紛いなことはさせられないし出るとこ出ても良いんですけどね?」


「言うじゃない、こう見えてもアタシのパパは弁護士でね有名なのよ?名前聞いてビビらないでね咬真瀬乃かませの和也って言うのよ」


「へ~ガキなんで聞いた事無いです。そ・れ・でぇ~? 弁護士呼んでも犯罪は消せないと思うんですけど?」


 そう言って一歩も引かないでいると涙目の後ろの姉がグイグイ腕を引っ張ってる。どうしたんだろうかと気付かれないように視線だけを後ろに向ける。


(弁護士とか呼ばれたら流石にマズイわよ。ソフィー、よくパパが何でも揉み消してくれるとか言ってたしさ)


(どうせ金銭による脅迫でしょ? こっちで言う示談とか言うやつ。なら大丈夫だよ国家権力呼ばれない限りまだ余裕だから)


 そう、本物の国家権力で相手を潰したり、逆にそれに抗ってきた経験の有る元勇者からすれば弁護士、もとい個人相手ならどうにでもなる。それに今回はそのパパが出て来る前に全て終わる予定だ。そもそもここまで長々と話しているのは何も証拠を集めたりとか交渉して見逃してもらうのが目的じゃない。一番の目的は……。


(姉さんに現状を理解してもらう事と、俺の力のプレゼンテーション。これが最初からの狙いだからね)


「聞いてんの~? 快利く~ん? やっぱイキってビビっちゃった?」


「「うぇ~い!! うぇ~い!! ビビッてる~!!」」


 やっべえ今すぐ斬りたい。でもここは我慢しなきゃ……仮にコイツらを処した場合は背後関係がヤバい。親が本当に弁護士なら娘が行方不明になったら絶対探すだろうし……だからコイツら自身に二度と立ち直れない程のショックを与える必要がある。


「そうっすね。超ビビッたんでトイレ良いっすか?」


「マジでビビッちゃった? いいよいいよ。そこ出て左だから案内してやって」


 取り巻きの一人にトイレ前まで案内してもらって男子トイレに入る俺と後ろからピッタリと付いて来る姉さん。そして入ってすぐにトイレ全体に結界を張る。


「はい。結界張ったから、もう喋っても大丈夫だよ? それでどうする?」


「えっ……どうするって……どうしよ……弁護士は勝てないよソフィーも、昨日まではあんな子じゃなかったのに……」


「う~ん。正直あとは姉さんの気持ちだけだよ? ここまでコケにされて最後は体売れって言われてんだよ?」


 ここまで見ていて俺もいい加減分かった。姉さんは母さんのダメ男を引き寄せる男運の無さに比肩する、ダメ人間の餌食になるような悲しい性質が有ると言う事が、そして中途半端な小悪党染みた動きをするから最終的に格上の悪党に利用される。つまり姉さんの本質はビビりのヘタレって事だ。


「でも……。私どうすれば良いか仮に助かっても来週からのキャンパスライフはボッチ確定だし……」


「それは知らないよ。ただ姉さんはこのままだと男共の欲望のはけ口にされた後に、さらにドツボにハマって最悪な未来しか待ってないと思うよ?」


「ううっ……そんなの嫌だよ……私はただ明るいキャンパスライフを送りたかっただけなのにぃ……」


 ま、分かるよ。俺も陰の者だったし、今でもこの勇者としての力が無ければ姉さんにこんな偉そうなことは言えない。それでも、陰キャだった俺でもたぶん姉さんを助けていたと思う。


「俺は……姉さんを助けたいと思うよ……勇者としても、それと姉さんの弟としても絶対に!!」


「なんで……じゃあなんで、あんたは小学校の時に……あんな……」


 小学校の時?それが原因?気になるけど、とにかくここで長時間話していても色々と問題だ。姉さんを落ち着かせると俺は再度姉さんに聞いた。どうしたい?と、そう言った。


「快利、お願い。この腕輪外させて。ソフィーと話したい。だから……傍に居て」


「分かった。大丈夫。姉さんには指一本触れさせないよ。姉さんを守るのは異世界を七年間守って五度世界を救った元勇者なんだからね!?」


「えっ? あんた異世界で……いったい……」


 そう言ってトイレの扉ごと待機していた上級幹部を吹き飛ばし気絶させた。姉さんから腕輪を受け取り、俺の背中に守るようにして部屋に戻る。さすがに今の音に気付いて、こちらに殺到するイベサー集団全員にスパークを放つ。肉の焦げる匂いがするけど無視だ。ギリギリ生きてるのは確認済みだから最低限の回復魔法をかけて先ほどの部屋の前まで戻って扉を蹴り飛ばして入室する。


「どぉ~もぉ~!! ビビりの快利くんのご帰還で~~す!! マジでバイブス上がりまくってるんですけどぉ~~!!」


「はっ? はぁ? てか由梨花テメー!! いつの間に……それにこんな事して分かってんの!?」


「ソフィー……は、話を聞いて……」


 そう言った瞬間に姉さんに群がるイベサー幹部二人に炎系最弱魔法『バーン燃えろ』を使って彼らのスーツに弱い炎で軽く穴を空けた。辺り一面に焦げた匂いが充満する。これだけでビビったようだが、まだ戦意は喪失してない。だから続いて氷系魔法最弱の『スノーボール雪玉投擲』を顔面と腹に一発づつ叩きこんだ。


「ごがっ!! ぐぇ~!!」


「氷系の最弱魔法、雪玉ぶつけるだけだからね? せいぜい打撲か骨折くらいだと思うよ? それと……おまけに刹那の子守歌すぐにおやすみも追加」


 イベサー幹部二人の手を握ると俺は刹那の子守歌すぐにおやすみで二人を気絶させた。向こうの世界では全然役に立たなかったけど、この間のエリ姉さんとの決戦?の後から威力弱めのこれの使い方を考えたりしていた。結果、相手の意識は混濁するし影響もそこまで無いので距離や間合いをどうにかすれば使えると判断した。


「どうなってんのよぉ……こうなったら運命に……あんた、私の弟はここら一帯の暴走族を指揮ってんだから!! 覚悟しなさい」


 ちなみにその暴走族は既にもう解散している。他ならぬ目の前の元勇者に恐れをなして運命から逃れられなかった彼女の弟の運命さだめが暴走族は解散させ自分は番長として君臨しなくなってしまったのだ。ほんの数日前の出来事なので彼女はまさかそんな事が起きているなんて知らなかったのだ。


「ソフィー、私大学で心細かった時に声かけてくれて嬉しかったんだよ。それって全部嘘だったの?」


「嘘に決まってんでしょ!! 私より可愛くて目立ってんだから利用しようとしただけじゃない!! おまけに並んだらそのスタイル……私が惨めだったのよ!! 今までこんな事無かったのに!!」


「そんな……私なんて……全然大したことない……」


 う~ん。ユリ姉さんはそもそもエリ姉さんと比べてるからそう思うんだろうけど鏡見たこと有るのかな?背がエリ姉さんより低いだけで他はほぼ互角、しかもエリ姉さんよりある一部は大きいからね。薄着とか毎朝、眼福……じゃなくて目に毒だから。


「そう言うとこも嫌いなのよ!! あんたを使って私は日本のイベサー界の頂点に立つ予定だったのに!! このままじゃ私の計画が台無しじゃない!!」


「そんな残念な計画すぐに頓挫するよ!! だからもう止めてよ!!」


 なんだその業界、ただのマルチの業界のトップって詐欺集団のトップになりたかったの?この人……そして意外と冷静だったユリ姉さん、でもまだ甘いな~こんな女とかすぐに切り捨てれば良いのに……と、姉を最後まで切り捨てられないシスコン元勇者は思うのであった。


「いいえ!! あんたら姉弟をこのまま利用して私はのし上がるわ!! 由梨花、あんたは私の金のなる木なのよ!!」


「そんな……友達だと思ってたのは私だけだったなんて……ちゃんとサークル費とは別にソフィーには友達料金だって支払ってたのにっ!!」 


 えぇ……姉さん、それはさすがにちょっと……てか友達料金とか言ってる時点でかなり悲しい結末しか待ってない関係だよね?その関係性。


「もう、こんなイベサーなんて、その内ソフィーを中心にサークラしちゃうに決まってる……いや勝手にサークラしちゃえ!! ば~か!!」


 なんか姉さんが完全に吹っ切れたけど基本的に怖くないんだよなぁ……。むしろ、顔真っ赤にしてプルプルして可愛いまで有る。いや可愛い。ところでサークラって何だろう?後で無限書庫ウィキで調べておくか。


「それで? ソフィーさん? 救援はいつ来るんですか? ま、来ないでしょうけど……そろそろ終わらせましょう」


「ぐっ……なんで来ないのよ!! ここの一階には弟の族がいて二階にはママの闇カジノも入っているのよ!! 最上階はパパの『かませの法律相談事務所』が入ってるから誰か家族が来るはずなのに!!」


 実は快利は先ほどトイレを出た時には、この三階のフロア一帯に結界を張っているから二階と四階には異変は一切伝わっていないのだ。そんな事を目の前のソフィーは当然知らない。


「それじゃ、バーン燃えろ……あ、外した……」


 炎系最弱で軽くソフィーの服の袖でも燃やして驚かした後に気絶させようとしてたらフラフラしていたので避けられてしまった。勇者の魔法を避けるとは……やるなとか思っていたら今放った魔法の火の粉がソフィーの頭の方へフヨフヨ飛んで行く。


「「あ……」」


「えっ? ぎゃあああああ!! なにこれぇ~!!」


 俺と姉さんはその火の粉の移る瞬間がスローモーションのように見えていて次の瞬間ソフィーのハニーブロンドは炎上していた。慌てたソフィーは後ろの室内の滝に頭を突っ込んでいた。すぐに消化されたが髪の一部は焦げていた。


「私の髪がぁ……」


「うわぁ……さすがにちょっとひどいよ……快利」


 未だに滝に頭突っ込んで居るソフィーを同情的に見ながらこちらを少し非難の目で見て来るユリ姉さん。あんたはどっちの味方なんだと、思ったがここで何か言うと収拾がつかなくなるから大人しく言い訳しとこう。


「事故です!! 完全な事故ですっ!! それに髪は女の命とか言うしこれで手打ちで良いんじゃない? 姉さん?」


「う~ん……なんか違う気もするけど、私はもう充分かな……」


「了解、じゃあ姉さん逃げるよ!!」


 いつものように時空魔術を聖剣に付与してワームホールから脱出する。家に直接帰らずにビルの前に出口を設定していたので姉さんと二人で四階建てのそのビルを見上げていた。


「ま、これで終わりか……」


「うん。快利……その、助かったよ……ありがと」


「どういたしまして。これで少しは信用してくれた? そう言えば気になってたんだけど姉さん、『サークラ』って何?」


 ここで元勇者カイリの好奇心が悪い方に働いてしまった。彼の現代知識は高校二年生で止まっていて、また彼の知識は陰キャだったのでゲーム方面、それ以外は絵梨花の教育による真っ当な知識がほとんどで『サークラ』なんて造語の知識など無かったのだ。


「ふふん。知らないの? そっか、絵梨花は教えてくれなかったんだ? しょうがないな~!! それじゃあ姉さんが教えてあげる。サークラってのはサークルクラッシャーの略でね……」


 さらにここで今まで妹と弟に対し劣等感しか持ってない残念な長女のなけなしのプライドが刺激され、由梨花は実に六年振りに姉として弟にものを教えるという誘惑に抗う事など出来なかった。ちなみに快利はこの時にサークルクラッシャーと言う略称前の言葉を聞くとすぐに無限書庫ウィキで検索を開始していた。


『サークルクラッシャー……サークルの破壊者です』


「まんまだね? どう言うこと?」


『こちらの世界の造語なのでこれ以上は解析不能です。推測案、サークルを根絶する勇者のような者と推測。よって勇者カイリはサークルクラッシャーを名乗る事は出来ないかと推測します』


 え、それは何か嫌だな……と、彼がなぜこの時そう思ったのかは謎だが、とにかく『サークルクラッシャー』の称号が欲しくなってしまった元勇者は聖剣を抜いた。


「――――と、言う訳でサークルの姫ってのがさっきのソフィーみたいな場合もあって……って、どうしたの? 快利?」


「うん、ありがとう姉さん!! 俺には、まだやるべきことがあるみたいだ!! 行くぜ!! 聖剣!!」


「ちょ、ちょっと快利? 何する気なのっ!?」


 少し調子に乗って色々話していた由梨花だったが、その話をほとんど聞いて無かった快利。そして彼は聖剣とさらに即応式万能箱どこでもボックスの中に入れてある勇者の聖なる鎧を取り出し一瞬で装着した。輝きが溢れ、普段の黒髪が青く輝き全身に魔力オド神気エーテルを同時に身にまとう。ここに本来は勇者の頭には額当てサークレットと勇者の盾を装備する事で完成するのだが、そこまでは必要無いので装備はしてない。本当は鎧も必要無いのだが気分的に出したくなったのだ。


「す、凄い……快利、本当に勇者になっちゃったんだ……」


「俺は元勇者だけど、今は肩書きが無いただの一般人!! だからこの肩書き社会の日本で俺は、『サークルクラッシャー』を名乗る!! これはその最初の一撃!! 行くぞっ!! 光魔法『グロウ・ブレイズ輝く聖炎』!!」


 光り輝く聖なる炎がビルを包んで次の瞬間、光の大爆発が起きた。音と光がとにかく凄くて辺りが騒然となる。そして、光が晴れたそこには爆心地のようになったビルの瓦礫だけが残されていた。



 そして先ほど鎧を戻して聖剣を担いだ快利はビルの中に居た人間を全員救出すると、今度はビル内の全てのPCや電子機器にだけ復元魔法をかけた上で、目立つとこに置いておく。そして恐るべき事にビルが吹き飛んだのに意識があったソフィーには刹那の子守歌すぐにおやすみをかけて今度こそ気絶させた。

 ちなみにグロウ・ブレイズ輝く聖炎は人間には効果が無い魔法なのでビルや中の施設だけが吹き飛んだ。これは魔族用に作られた魔法で魔族の拠点と魔族や魔物だけを焼き尽くすものだったのだ。ちなみに魔法の行使には聖剣は要らない、それなのになぜ出したのかというと……。


「気分だよ。毎回戦う時は必ず聖剣構えてたからね……んじゃ、姉さん急いで帰るよ? 結界張ってあるから誰にも見られて無いけど一応ね?」


「う、うん。分かった」


「それと帰ったら報酬の件、よろしくね?」


「分かってるわよ……ここまでしてくれたなら、私も覚悟は決めたから……」


 そう言って二人でワームホールをくぐった。姉さんの俺の手を掴む手は少し強く握られていて緊張しているようだった。俺はどうして姉さんに嫌われているのか……やっと判明するんだ……。自分から聞いておいて凄い緊張してきた。

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