第6話 【衝撃】『死神』を巡って、俺の許嫁と昔の友達が…… 2/2

「…………え?」



 来夢らいむが放った思いがけない一言に、俺は呆けた声を上げてしまった。


 表情こそ、いつもと変わらないけど。

 その語調や佇まいは――いつもと違う、研ぎ澄まされた気迫を孕んでいる。


 だけど、なんでだろう?

 こんな来夢、見たことないはずなのに……なんだかデジャブを感じるのは?



「ごめんね。前にも言ったけど、あたしって結構、演劇が好きなんだ。だから……そういうの、気になっちゃうんだよ。余計なお世話なんだけどね?」


「そういうの……ファンとの交際ってこと、ですか?」


「うん」



 言葉を詰まらせながら、懸命に返事をしている結花ゆうか

 そんな結花を見ても、いつもの笑顔を崩すことなく……来夢は続ける。



「結花さんは、声優なんだよね? つまり、たくさんのファンが結花さんを応援してくれている。そんな結花さんが、一人のファンと親密な関係にあることって、リスクがあると思わない?」


「リスク……えっと、スキャンダルとか?」


「……そうだね、そういうこと」



 そう言って、大げさに肩をすくめると。

 来夢は芝居がかった調子で、持論を述べていく。



「たとえば、そうだなぁ……演者が誰かと付き合うこと。これって全然、普通のことだよね? でも、普通の色恋沙汰ですら面白くないって思う人は――一定数いるんだよ。残念だけどね」



 それは……確かに、そうかもしれない。


 ある声優の熱狂的なファンが、交際スキャンダルを聞いた途端、アンチに転じたなんて――よく耳にする話だ。



「しかも、『交際相手がファンの一人でした』ってなったら。『なんでそいつだけ!』みたいに……もっと面白くないって感じる人も、多いと思う。それが原因で、結花さんが叩かれちゃうことだって、ありえる。もちろん――あくまでも可能性の話、だけどね?」



 そして来夢は、再び両手をポンッと合わせて。

 びっくりするほど……穏やかな声色で告げた。



「あははー。あたしなんかが、おこがましいこと言っちゃってごめんね? だけどさ、ファンと付き合うってことは――それくらい重たいことだから。覚悟はしなきゃ駄目だと思うな、結花さん?」


「――――はい! ありがとうございます、来夢さん!!」



 そんな来夢に対して、結花はにっこりと微笑むと。


 ファンレターを片手に持ったまま――はっきりとした口調で言った。



「来夢さんが言ってること、とっても分かります。重く受け止めなきゃいけないっていうのも、そのとおりだなって……本当に思います」


 そして結花は、右手を胸に当てる。



「私には、憧れてる先輩がいるんですけどね? その先輩――らんむ先輩は、とっても厳しくて、誰よりも仕事にストイックで……すっごく格好いい人、なんです。らんむ先輩は仕事一筋な人なんで、きっと来夢さんと同じこと言うだろうから……なんだか、先輩に叱られた気分になっちゃいましたっ」



 ――ああ。そうか。

 さっき感じたデジャブの正体は、それだったのか。


 普段は全然違うけど。確かに、今日の来夢の雰囲気って。



 どことなく――紫ノ宮しのみやらんむに似ている。



「……あははー。叱ったつもりはなかったんだけどなー。嫌な思いをさせちゃったんなら、ごめんね」


 来夢が眉をひそめて、申し訳なさそうに頭を下げた。



「嫌な思いなんて、とんでもないですっ! むしろ、心配してくれてありがとうございます来夢さん!!」


 ぶんぶんと両手を振ってフォローしてから。

 結花はにっこりと微笑み、自分の思いを告げた。



「だけど私は……ゆうくんのことが、大好きで。家族のことも、友達のことも、やっぱり大好きで。応援してくれるファンの皆さんだって――もちろん大好きなんですっ」



 結花の話の意図が分からないのだろう、来夢は小首を傾げる。


 そんな来夢を、まっすぐ見つめ返して。

 結花は、言った。



「だから……誰か一人だけ選ぶとか、どれかを諦めるとかは、できないんです。私って結構、欲張りだから。ファンの皆さんも、私の大切な人たちも――みーんな、笑顔でいてほしいからっ! なので、ちゃんと気は引き締めますけど……ごめんなさい! 全部、大事にさせてくださいっ!!」



 ……その言葉を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。


 こういうとき、意外と強情なんだよね。結花って。



 だけど……まぁ。そんなところも引っくるめて。


 綿苗わたなえ結花らしい答えだなって――そう思う。



「……そっかぁ。それが結花さんの考え、なんだ?」


 結花の話を黙って聞いていた来夢が、ぽつりと尋ねた。



「はい。私の考えですし……和泉いずみゆうなとして、叶えたい夢です。来夢さんやらんむ先輩が聞いたら、呆れちゃうんだろうなーって思いますけど」


「でも、曲げるつもりはないんでしょ?」


「はい!」



 清々しいくらいに良い返事。

 それを聞いた来夢は、ふっと表情を緩ませて――声を上げて笑い出した。



「あははー。そっかそっか。みんなに笑顔でいてほしいかぁ……結花さんらしいね」


「……なぁ、来夢。なんでそこまで、ファンとの交際を気にするんだ?」


「えー? さっきも言ったとおり、演劇が好きだからだよ? それが私のアイデンティティだもん」



 唇に人差し指を当てて、軽くおどけてみせる来夢。


 それから来夢は、くるっと俺たちに背を向けた。



「ごめんね、二人とも。変なこと言って」


「それは大丈夫だけど……今日はどうしたんだよ、来夢?」


「どうもしないってぇ。もー、遊一ゆういちは心配性だなぁ……あたしのことはいいからさ、結花さんを大事にしないと駄目だよー?」


「――来夢さん!」



 去りゆく来夢の背中に、結花が大きな声で呼び掛けた。


 ぴたりと、来夢がその場で足を止める。



「来夢さん、またお喋りしましょうねっ! ももちゃんたちと一緒に、喫茶店に遊びに行きますからっ!!」

「……あははっ! 結花さんって本当に――すごい人だなぁ」



 独り言ちるように、そう言って。

 来夢はゆっくりと……俺たちの方を振り返った。




「ありがとう。また会おうね、結花さん」



 その表情は――いつもと変わらない、ふわふわと穏やかな笑顔だった。

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