第7章

第1話 【速報】二月になった途端、クラスの雰囲気が変なんだけど 1/2

 昼休みの教室で。

 俺はマサと向かい合わせに座って、昼飯を食べはじめようとしていた。


遊一ゆういち、今日から二月だぜ? もう少しで第二回『八人のアリス』が発表されるとか、やばすぎねーか!?」


 購買で買ったパンの袋を開けつつ、マサが興奮したように声を上げた。


「あー……そっか。もうそんなに経つのか」


 弁当の蓋を開けながら、俺はしみじみと応える。


 新年が明けてから、もう一か月か。

 思い返しても、今年の一月は……本当に濃厚すぎる一か月だったなって思う。



 中三の頃、俺がフラれたのをクラスに広めたのが、来夢らいむ本人じゃなかったと知って。

 ノリで決めたと思ってた俺たちの結婚話に、親父なりの親心があったんだと知って。

 そして、結花ゆうかのお父さんには――『未来の夫』としての本気を、ぶつけて。



 激動の一月だった。

 割とマジで、人生で一番きつい一か月間だったと言っても、過言じゃないくらい。



 そりゃあ、結花との将来のために、必要な時間だったとは思うよ?


 でもさ。結花と出逢うまで、俺は『彼女いない歴=年齢』だった男だぜ?

 そんな俺が、義理の親に結婚の許しを請うイベント発生とか……恋愛レベルのインフレが、半端なさすぎた。


 それだけ消耗したからこそ。


 二月はさすがに、穏やかに過ごしたいなぁって……思わずにはいられない。



「なぁ、遊一。俺……らんむ様が『トップアリス』になったら、結婚するんだ」

「…………あん?」



 物思いに耽っていた俺に、マサが訳の分からない妄言をぶち込んできた。

 ちょっと何言ってんのか、マジで分かんねぇ。



「……ああ。死亡フラグ的な? 何お前、死ぬの?」


「ちげーよ、馬鹿! ハッピーエンドへのフラグに、決まってんだろーが!!」


「誰と誰の?」


「そりゃあ、お前……俺とらんむ様の、だよ。言わせんな、恥ずかしい! らんむ様が『トップアリス』になったとき、俺とらんむ様は――永久の愛を誓うんだ!!」


「変な妄想聞かせんな、恥ずかしい」



 共感性羞恥がエグすぎて、本気で辛いんだけど。


 ……いや、まぁね?

 俺だって、ゆうなちゃんとの結婚妄想をはじめたら、三時間は軽く過ぎるし。気持ちは分かんなくもないけどさ。



「……なぁ、遊一。今、俺を笑ったか?」

「……は?」



 さっきまで楽しそうに語ってたはずのマサが、なんか知らんけど、暗黒面に落ちたような顔つきに変わった。



「はぁ……いいよなぁ、お前はぁ……『俺は実際に、ゆうなちゃんと結婚するんだけどな』って、思ってんだろぉぉぉぉ……?」


「何も言ってねぇだろ!? 斬新だな、取ってもないマウントの濡れ衣とか!!」


「いーや、お前はマウントを取ってる! 俺がそう判断した!!」



 なんだこいつ。

 マサの情緒がジェットコースターすぎて、もはや恐怖すら感じる。



「おー。なーんか盛り上がってるねぇ、お二人さん?」


 そんな感じで、マサと内容のない会話をしていたところ。

 一人のギャルが、俺たちのテーブルに手をついて、ニヤッと笑った。


 二原にはら桃乃ももの

 陽キャなギャルに見せかけた、特撮大好き高校二年生。



「あれれぇ? ねぇねぇ佐方さかたぁ、どこ見てんのさー?」



 とか言いながら、二原さんはわざと、自分のブレザーの胸元をくいっと引っ張った。


 そうすると必然、その見事な渓谷が露わになるわけで。

 必然的に、俺の視線も……そこへ吸い寄せられてしまう。



「きゃー。佐方が胸を見たー。えっちぃー」


「待って待って!? 今、自分から見せてきたよね!?」


「見せたけどぉ……それを見るか見ないかは、佐方次第っしょ?」


「無理だよ!? 胸を見ないようにする身体機能なんて、男子全般に備わってないから!!」



 自ら胸をアピールしておきながら、見た相手を罠にはめる。

 とんだ渓谷の魔女だな。



「……そんなに谷間が好きなら、ライオンにでもなれば?」



 そのときだった。

 極寒のごとき声が、俺の鼓膜に突き刺さったのは。


 一気に体温が下がっていく。

 頭の中が真っ白になっていく。


 だって、この声って……。



「獅子は我が子を、千尋の谷へ突き落とすって言うけれど。佐方くんは、胸の谷に飛び込みたいのね。佐方くんって……けだものね」



 おそるおそる振り向くと。

 予想どおり、そこにいたのは――綿苗わたなえ結花だった。


 ポニーテールに揺った、黒いロングヘア。

 眼鏡のおかげでつり目に見える、大きな瞳。

 そんな学校仕様のまま、結花は口を一文字に結んで、ジト目で俺を睨んでいた。



「わ、綿苗さん? こ、これは不可抗力ってやつで……」


「胸を見るのは不可抗力……獣はみんな、そう言うわ」


「獣はみんな、喋らないと思うけど」


「ああ言えばこう言うし、胸あれば胸を見るのね。たちが悪い」


「まぁまぁ。綿苗さん、落ち着いてってぇ。佐方は確かに、エロいかもしんないけどさ……うちなんかより、綿苗さんの方に興味あるって!」



 勝手に俺の尊厳を貶めるの、やめてくれない?

 そもそも場を混乱に陥らせたのは、二原さんだからね?


 なんて、考えているそばで――むにゅっと。

 二原さんが後ろから、結花の胸を鷲掴みにした。



「……にゃっ!? ちょ、ちょっと桃……二原さん!?」



 ボタンをきっちり締めてるから、肌こそ見えないけれど。

 制服の上からでも分かるくらい、結花の胸の膨らみが露わになった。



「ほーら、綿苗さん? 見てみ、佐方の顔……めっちゃ綿苗さんに、釘付けっしょ?」


「あ……ほんとだ。佐方くん、すごく見てる……」


「なんで顔を赤らめてんの!? 綿苗さん、いい加減そのふざけたギャルを叱りなって!!」


「いいよなぁぁぁぁ遊一はぁぁぁぁ……好き勝手なことが、できてよぉぉぉ?」


「うるせぇな、お前は! 好き勝手なことなんか、してないだろ!!」




 …………まぁ、こんな風に。


 激動の一月を終えたあとも。

 俺たちの日常は――相変わらずな感じだ。

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