第22話 俺の黒歴史には、思いもよらない『秘密』があった 2/2

 喫茶『ライムライト』を出る頃には、すっかり日も傾きはじめていた。


 久しぶりに来夢らいむと会って。俺の認識を覆す、中三の冬の真実を知って。


 俺はなんだか――ぽっかりと胸に穴が空いたような、不思議な感覚を覚えていた。



「……ゆうくん、だいじょーぶ?」



 結花ゆうかがひょこっと、上目遣いに俺の顔を覗き込んでくる。

 そんな結花に笑い掛けながら、俺は答えた。



「大丈夫だよ。ただ……これまでずっと、来夢が噂を広めたって思い込んでたから。そうじゃないんなら、俺がトラウマだと思って怯えてた三次元女子なんて……存在しなかったんだなって。そう思ったら、なんだか――急に気が抜けちゃってさ」


「……ごめんね、佐方さかた



 俺と結花が話してる後ろから、二原にはらさんが小さな声で言った。



「二原? いきなりどうしたんだよ、元気ないじゃねーか?」


「来夢と約束、してたからさ……言えなかったけど。来夢とのこと引きずって、ずっと辛そうにしてる佐方に、うちは……なんもしてあげらんなかったわけ。うちは、そんな自分のことが――本当に嫌いだった」



 絞り出すようにそう言うと、二原さんはその場で足を止めた。

 隣を歩いていたマサも、前を歩いていた俺と結花も、一緒に立ち止まる。



「だから二原さん……高校に入ってからやたらと、俺に絡んできてたの?」



 ふっと湧いてきた疑問を、俺は口にした。

 それを聞いた二原さんは、自嘲するように笑って。



「――昔みたいに、明るい佐方を見たかったかんね。教室でいつもみんなと騒いでた、あの佐方が……あんまり笑わないってのが、苦しくってさ。だから、『精神的お姉さん』なんて……ウザいくらい絡んじゃってたわけ。あはは……馬鹿みたいっしょ?」



 ――最初は、やたらと俺に絡んでくる、陽キャ代表のギャルだと思ってた。


 同じ高校に進学したのが、俺とマサと二原さんだけだったから、からかいでかまってきてるのかな? って考えたこともあったっけ。



 でも……違ったんだな。



 二原さんは、ずっと――来夢との一件で変わってしまった俺を、どうにか元気にしようって思ってくれてたんだ。



「……やっぱ二原さんって、ヒーローみたいだよね。人知れず、人のために、何かしようってするところ」


「……ぜーんっぜん、違うっての。うちがやってたんは、本当のことを秘密にしてる罪悪感からの行動で――うちの憧れのヒーローとは、まったく違うって」



 ぽたぽたと。

 二原さんの足もとを、涙の雫が濡らしていく。


 そして嗚咽を漏らしながら、二原さんは――両手で顔を覆った。



「ごめんね、佐方……なんも役に立てなくって。ずっとずっと、佐方を苦しめて……うちは、うちは……っ!」


「――ももちゃん。よーしよし……いっぱいいっぱい、頑張ったねぇ」



 そんな二原さんの頭に、ポンッと手を乗せると。


 俺の許嫁は――綿苗わたなえ結花は。


 まるで子どもをあやすみたいに……彼女のことを、優しく撫でた。



「……んで。なんで優しくすんの……? うちは、ゆうちゃんの好きな人を苦しめた一人だよ……? 来夢との約束を破ってでも、うちが佐方に本当のことを教えてたら……っ!」


「友達との約束を破る桃ちゃんは、桃ちゃんじゃないでしょ?」



 声が大きくなっていく二原さんに対して、穏やかな声色のままそう言うと。

 結花は――満開の花のように眩しい笑顔を、二原さんに向けた。



「私の好きな桃ちゃんはねぇ……とっても優しい人で、とっても友達思いな人なんだぁ。だけど、一人で抱えちゃうところが多くって――ちょっとだけ、心配な子なの」



 そして結花は――ふわっと。

 二原さんの身体を、自分の方へと抱き寄せた。



「だーれも悪くないよ? ゆうくんも、桃ちゃんも、来夢さんだって……いっぱい悩んで、いっぱい傷ついて。いっぱいいっぱい――頑張ってきたんだから。これ以上、自分を責めなくたって……いいじゃんよ?」


「……結ちゃん」


「悲しい思い出とか、辛い思い出とか……そういうのを消すのは、難しいかもだけど。楽しい思い出や、明るい思い出で、上書きしちゃうことはできるはずだもん……だから、一緒に笑お? いっぱいいっぱい――笑顔の思い出を、作っちゃおうよっ!」



 結花の言葉で堰を切ったように、二原さんはその場で泣き崩れた。


 そんな二原さんの背中を、結花はただ静かに撫で続ける。



 そして結花の放った言葉は……俺の中にも溶け込んでいって。


 ぽっかり穴が空いたようだった胸の奥が――温かいもので満たされていくのを感じた。



「……綿苗さんって、本物のゆうなちゃんなんだな。遊一ゆういち



 俺の心を代弁するように。

 マサがぽつりと呟いた。



「どんなことがあったって、笑顔を絶やさなくって。その無邪気な優しさが、みんなの心に届いて――いつの間にか、笑顔が広がっていく。和泉いずみゆうなちゃんだからとか、そういうことじゃなくって……ゆうなちゃんだよ。綿苗さんは」


「……そんなこと、言われなくたって分かってるよ」



 学校ではお堅くて。声優としては一生懸命で。

 本当は無邪気で天然で、世界の誰よりも優しい。


 ゆうなちゃんみたいで。だけど、ゆうなちゃんと違うところもあって。


 そんなすべてをひっくるめて、俺は――。




 ――――綿苗結花が好きなんだから。

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