第10話 【衝撃】許嫁の父親に挨拶をしたら、とんでもないことになった 2/2

「……へぇー。それで、向こうのお父さんに言い負けて、逃げ帰ってきたわけ? すごいねー兄さん、馬鹿なんだ?」


 電話口の向こうから、那由なゆのキンキンに冷えた声が聞こえてくる。


 ああ。久しぶりに聞いた……これ、那由がガチで怒ったときのトーンだ。

 小さい頃から、マジギレすると急に冷静になるんだよな、那由は……。



 結花ゆうかのお父さんと初めての対面を果たした俺は――この結婚は、うちの親父が持ち掛けたものだったっていう、衝撃の真実を告げられた。


 その上で、お義父とうさんは――結花が俺からもらっているものは何かと、俺に問い掛けてきたんだ。



 だけど俺は……色んな思いが頭の中を駆け巡ってしまって。


 情けないことに、即答することができなかった。



 そんな俺を見て――お義父さんは静かに、言ったんだ。



「……急な問い掛けだ。今日のところは、答えられなくても構わない。ただ、そう遠くないうちに――その『答え』を、聞かせてほしい」



 ――――と。


 そんな地獄みたいな実家挨拶を終えて、自宅に戻ってきたところで。


 俺は親父を問いただそうと電話したんだけど、なぜか電源を切ってやがって、繋がらなかったから。

 那由から取り次いでもらおうと思い、電話をかけたら――洗いざらい話させられて。


 今に至る、ってわけだ。



「兄さんって、結花ちゃんと結婚する約束してんだよね? なのに、ちょっと動揺したら何も答えられないとか……控えめに言って、死んだ方がよくね? 結花ちゃんが可哀想なんだけど?」


「いやいや、那由? 言葉を返すようでなんだけど。結婚の前提を覆された上で、急にそんなことを尋ねられたんだぞ? 多少は情状酌量の余地をだな……」


「返された言葉をさらに返すけど。前提が覆ろうが、急に言われようが、答えるのが男じゃね? そのヘタレな態度で、もし向こうが『婚約解消』って言ってきたら、どうする気だったわけ? ほら、ぐうの音も出ないっしょ? 馬鹿じゃん、兄さん。マジで」


「…………ぐぅ」



 ごもっともすぎて、返す言葉もなかった。

 そんな俺に向かって、那由は盛大なため息を吐いてから、言った。



「……ま。次回はぜってー、リベンジしろし。とりま今月末に、うちと結花ちゃんの実家の顔合わせをセッティングするって、父さんが言ってるから」


「……ん? 待て待て、那由。親父、そこにいんのか?」


「うん」


「親父と電話代われ、那由! 結婚の件について、ちゃんと説明を――」


「あ、逃げた」


「ふざけんなよ、あのくそ親父!!」



 ――そんなこんなで結局、親父の口から、結婚のくだりの説明を聞くことはできず。


 唯一分かったのは、残り一か月もないうちに……結花のお父さんとのリベンジマッチが開かれる予定だってことだけだった。



「あー……どうしたらいいんだろ……」



 那由との電話を終えて、俺はぐったりとテーブルに突っ伏した。



 正月の夜、結花が中学時代の友達と電話して――過去の自分との区切りを付けたのを、思い出す。


 俺よりも辛い過去を持っているはずなのに、結花は……学校では友達を作ろうと、頑張って。声優としては、たくさんのファンを笑顔にしようと努力を続けていて。


 そんな結花の笑顔に、俺はいつだって、励まされてるんだ。



 ――それに比べて、俺はどうだろう?



 片思いの相手・野々花ののはな来夢らいむにフラれて、その噂をクラス中にばら撒かれて……親父と母さんの離婚以来のダメージを負った、あの頃。


 ゆうなちゃんと出逢って、『恋する死神』として彼女を推しはじめた俺は、心に誓ったんだ。


 傷つけ合うばかりになる、三次元女子との恋愛は――もうしないって。



 それからしばらくして、結花と出逢って。

 そのおかげで、楽しい毎日を送れてはいるけれど。


 自分が結花みたいに、過去を乗り越えて頑張れているのかって聞かれたら――まったく向き合えていないって事実に気付く。


 そんな俺が、結花にあげられているって、自信を持って言えるものは――本当に何もなくって。



「……我ながら、情けないよなぁ」

「――うにゃー!!」



 そうして、一人で思考のるつぼに呑み込まれていってた俺に向かって――後ろから結花が、飛び掛かってきた。


 むぎゅーっと背中に密着する、結花の柔らかい胸。

 ほのかに漂ってくる、柑橘系のシャンプーの匂い。



「えっと……結花? 急に猫語で飛び掛かってきて、どうしたの?」

「……遊くんが、元気ないんだもん」


 後ろから抱きついたまま、結花は俺の背中に指を当てて、ついーっと動かしはじめる。



「ちょっ、結花!? それ、めちゃくちゃくすぐったいから!!」

「……笑えー」


 俺が声を上げると、結花は指を止めずに呟いて。



「私は遊くんがそばにいるだけで、たくさん幸せだもん。遊くんがいるから、いっぱい笑顔でいられるんだもん。だから……笑えー。いっぱい笑えー、遊くんー」



 ああ、なるほど――「笑わせる(物理)」ってことか。

 俺が元気ないもんだから、心配させちゃったんだろうな。


 ……ごめんね、結花。



「ふにゃ!?」


 俺は無理やり身をよじると、結花の方に向き直って――結花のことを抱き締めた。


 いきなりだったからだろう、結花は顔を真っ赤にしてビクッてなったけど……すぐに身体を弛緩させて、俺の方に寄り掛かってくる。



「――遊くん」


「ありがとうね、結花……うん、大丈夫。もう、元気になったから」


「本当かなー? ちらっ、ちらっ」



 おどけたようにそう言って、いたずらっ子みたいに首を動かす結花に――俺は本気で、噴き出してしまった。



「あ、ほんとだ。遊くん、もっと笑えー。ちらっ、ちらっ」


 俺が笑ったのが嬉しかったのか、口元を猫のようにきゅるんっとさせて、ますます俊敏な動きで首を動かしはじめる結花。まったく……すぐに調子に乗るんだから。



「はいはい、大丈夫だから。ほら、落ち着いて?」

「……むにゅ」


 俺がぽんぽんって頭を撫でると、結花はおとなしくなって、俺の腕の中で丸くなる。



「えへへー……遊くーん。私はずーっと、遊くんから離れないからねー……」


 そんな無邪気な結花を見てたら――さっきまで悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。




 結花ほど過去を乗り越えられていなかった俺は、情けないことに……お義父さんの問い掛けに即答することができなかった。


 おみくじに書いてあったとおり――「思わぬ躓き」だったよ。本当に。



 だけど……結花と一緒に、笑顔でいられるように。


 お義父さんと次に会うまでに、全力で『答え』を見つけてみせるから。




 そうじゃないと――結花の『未来の夫』だなんて、胸を張って言えないもんな。

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