第9話 【衝撃】許嫁の父親に挨拶をしたら、とんでもないことになった 1/2

「…………朝が来てしまった」


 カーテンの隙間から射し込む日差しを見て、俺は深い深いため息を漏らした。


 結花ゆうかが勇気を出して、中学の頃の友達に電話でエールを送って。


 そんな健気な結花が愛おしくなったもんだから、ギュッと抱き締めたまま、二人で寝入ってしまい……気が付いたら朝になってたんだけど。


 さっきからずっと、溢れ出るため息が止められない。



「大丈夫だとは、思うけど……やっぱ緊張するな」


 すやすや寝息を立てつつ、まだ布団にくるまって眠ってる結花を見ながら、俺は独り言ちた。



 ――そう。


 今日は俺にとって、人生の山場となる日。


 昨日は仕事で不在だった、結花のお父さんと――対面を果たす日だ。



          ◆



ゆうにいさん、大丈夫ですか?」


 足取りが重い俺に気付いたらしい勇海いさみが、振り返りながら尋ねてくる。


 結花と勇海に連れられて、お義父とうさんの部屋に向かってるんだけど――我ながら情けないけど、マジで緊張してきてるんだよね。



「遊くん、大丈夫だよっ!」


 無邪気な声を上げて、俺の腕に抱きついてくる結花。

 そして、ニコーッと子どもみたいに笑って。


「だって遊くんってば、こんなに素敵な人なんだもん。だからぜーったい、お父さんも……すぐに安心するに決まってるもんねっ」



 安心させる一言のようで、めちゃくちゃハードル上げてるからね結花?


 そんな俺たちを尻目に……勇海はふすまを開けて、お義父さんの部屋に入っていく。


 そして、数秒も経たないうちに出てくると。



「父さんが、遊にいさんと二人で話をしたいって言ってますけど……どうします?」



 え、いきなり二人で?


 最初は結花や勇海と一緒に話すものだとばかり思っていたから、予期せぬ提案すぎて少し怯んでしまう俺。


 そんな俺の動揺が伝わったのか、結花がくいっと服の裾を引っ張ってきた。



「遊くん、大丈夫? 私も一緒に行くよ? 私もまだ、お父さんに挨拶できてないし」

「……うん、ありがとう結花。だけど、大丈夫だよ」



 結花が心配してくれる気持ちは嬉しいけど。

 婚約者の父親から、二人っきりで話そうって言われてるんだもの……ここで逃げたら、男がすたる。


 そして、意を決した俺は。


 結花と勇海に見送られながら――お義父さんの部屋のふすまを、ゆっくりと開けた。



「し……失礼します」

「――ああ。座りたまえ」



 低い声でそう言われて、俺はおずおずと、勧められた座布団の上で正座する。


 目の前に坐しているのは、白髪交じりの短髪の男性。


 ……多分、うちの親父と同年代くらいだと思うんだけど。


 黒縁眼鏡の下から覗く、眼力の強さ。

 甚平姿で腕組みをしている、その佇まい。


 どこを取っても、うちのヘラヘラしてる親父とは比べものにならないほど、威厳に溢れている。



 この人が――結花のお父さん。



「昨晩は、申し訳なかった。待たせた上に、挨拶する時間も取れずに」


「い、いいえ。大丈夫です。こちらこそ、気を遣わせてしまって――」


「こんな遠方まで足を運んでもらったこと、大変感謝している。私は綿苗陸史郎りくしろう――結花の父親だ」



 先に名乗られてしまった。

 俺は慌てて、深く頭を下げる。



「こちらこそ、お招きいただき、感謝しています。初めまして……いつも結花さんには、お世話になっています。佐方さかた遊一ゆういちです」


「……ああ。足を崩してもらって、構わんよ」


「い、いえ。大丈夫です」



 結花とも、勇海とも、お義母かあさんとも違う――寡黙で厳格な印象の、お義父とうさん。


 どんどん緊張感が高まっていくけど……とにかく粗相がないようにしないと。



「結花は……そっちでは、元気にしているか?」


「は、はい! 結花さんは、家でも学校でも、元気にしています。優しくて、温かな人柄の結花さんに、僕はいつも元気をもらっていて……結花さんには毎日、感謝することばかりです」


「結花に、元気をもらっている――か」



 …………何か、地雷を踏んだ?


 復唱されたことに、内心めちゃくちゃ動揺する俺。


 けれど、お義父さんは顔色ひとつ変えることなく、淡々と続ける。



「知っていると思うが。結花は中学生の頃、不登校だったことがあってな。その頃の結花は――いつも泣いてばかりいた」


「……はい、結花さんから聞きました。そんな自分を変えたいと、オーディションを受けて、声優になって。それをきっかけに、高校から上京してきたと」


「そうだ。男親としては、心配の方が大きかったが……元気に、しているのか」


「お義父さんが、結花さんの一人暮らしを心配されていたというのも、聞いていました。それで、うちの父と話をして、お義父さんが僕たちの結婚を提案し――」



 言葉に出してから……なんだか、妙な違和感を覚えた。



 俺はまっすぐに、目の前で腕組みをしている、お義父さんのことを見つめる。



 娘の一人暮らしを心配している得意先のお偉いさんと、うちの親父が親しくなって。


 俺と結花の結婚をさせるなんて、意味の分からない約束をして。


 そんな奇妙な話からはじまった、この同棲生活だけど――。



 この寡黙で厳格なお義父さんが。

 そんな突飛な話……本当に、言い出すのか?



「……この結婚を提案してきたのは、遊一くん――君の、父親の方だよ」



 ――ガンッと。


 俺は脳天を殴られたような、そんな衝撃を受ける。



「もちろん、彼だけの責任と言うつもりはない。私が彼の話を拒否していたとすれば、この縁談がはじまることは、なかったのだから」

「…………」



 何も、言葉が出てこなかった。


 世界がひっくり返ったみたいに、頭の中がザーッと真っ白になっていく。


 そんな俺を見据えたまま――お義父さんが問い掛ける。



「結花から元気をもらっていると、言っていたね。毎日、感謝することばかりだとも」


「…………は、はい」


「それでは、ひとつ尋ねさせてほしい――遊一くん。結花が君からもらっているものは、なんだね?」



 ――――結花が、俺からもらっているもの?



 結花と暮らすようになって、俺はたくさんの元気を――『笑顔』をもらった。


 結花がいつも笑顔で、そばにいてくれるから。

 俺の毎日は少しずつ明るくて、温かなものになっていった。


 クリスマスだって、結花が支えてくれなかったら……那由と本音をぶつけ合うことなんて、きっとできなかった。




 それじゃあ……俺が結花にあげられてるものって、なんだ?

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