第13話 生意気すぎる妹の誕生日を祝ってくれる人、集まれ 1/2

「……ねぇ、結花ゆうか?」

「なぁに、ゆうくん?」

「ちょっとトイレに行きたいんだけど……」

「あ、うんっ! 分かった!!」



 良い返事をすると、結花はパッと俺から離れた。

 腕にはまだ、結花の体温が残ってるけれど。


 だって――かれこれ一時間近く、結花はずっと抱きついて離れてくれなかったからね。


 というわけで、俺はソファから立ち上がり、トイレに向かう。



「…………」

「ちょこちょこ」

「…………」

「ちょこちょこ」

「……何してんの、結花は?」

「遊くんの後をつけてる!」



 犬かな?



「どうして後をつけるの?」

「遊くんと離れたくないからですっ!」



 いや。そんな素直に答えられても、反応に困るんだけど……。


 どうしたもんかと思いつつ、俺は結花に向かって言った。



「えっとね、結花? さっきも言ったけど、俺はトイレに行こうとしてるんだよ」

「うん! だから遊くんがトイレに行くのに、ついてきてるの!!」

「変態かな?」

「なんで!? さすがにトイレの中までは入んないよ!?」



 いや、そんな「当然でしょ」みたいな反応されても。


 ちょこちょこ言いながらトイレについてきてる人が、どこまで破天荒な行動を取るかなんて、予測不可能だって。



「……にへー」


 本気で対応に困っていたら。

 今度は嬉しそうに、にへにへ笑いはじめた結花。


 なんだろ、この生き物……。

 どこに行くにもついてくるし、目が合ったらニコニコ笑ってくるし。新手の座敷童なのかもしれない。


 そんな益体もないことを考えつつトイレに入ると、俺はドアを閉めようと――。



「……待ってるからね、遊くん。絶対に……待ってるから」


「いやいや!? ただトイレに行くだけで、死亡フラグ立てないで! なんなの、トイレの水で溺死するの、俺は!?」


「やーだー! 遊くんが死ぬのは、やーだー!!」



 自分で振っといて、自分で駄々をこねはじめた。


 駄目だこりゃ。かなりの重症だ……この子。




 ――こんな感じで。


 名古屋公演が終わってから数日、結花のぺったりモードは凄まじいことになってた。


 幼児返りかってレベルで、甘え倒してくる結花を見て、俺は思ったね。

 財布には痛いけど……北海道公演は、絶対ついていこうって。


 そうでもしないと、反動が尋常じゃないから。



          ◆



 そんな駄々甘えモードの結花が、ようやく落ち着いてきたのが――今日。

 十二月七日のことだった。



「遊くん。確か今日って、那由なゆちゃんの誕生日だよね?」



 一緒に家を出た制服姿の結花が、ポニーテールを揺らしながら尋ねてきた。


 眼鏡を掛けてはいるけど、まだ大通りに出る前なのもあって、家と同じく目を爛々と輝かせている。



「残念だなぁ。もし日本に帰ってきてたら、いっぱいご馳走を用意したのになぁ」


「あいつもまだ学校が休みになってないしね。まぁ、クリスマスには帰ってくるはずだから、そのときにでも祝ってやろうよ」


「んー、でもなぁ。やっぱり誕生日だし、なんとか当日もお祝いしてあげたいんだけどなぁ……むー」



 アゴに手を当てながら、何やら思案してる結花。


 傍目から見れば、真面目でお堅い綿苗わたなえさんが考え込んでるように映るんだろうな。



「あ、そうだ! 遊くん、いいこと思いついた!!」


 すると結花は、パッと明るい表情になり、俺の服の裾を引っ張ってきた。

 そして、キラキラした笑顔を俺に向けて。


「この間の、名古屋の夜みたいに――リモートで誕生日会をしてみようよっ!」



          ◆



「おっじゃましまーす!」

「おじゃましてくださーい!」


 玄関先で結花と仲良さげなやり取りをしてから、我が家に上がる二原にはらさん。


 いつもはコスプレまがいの特撮作品由来の格好をしてる二原さんだけど、今日は学校帰りなので、制服のまま。


 いつも思うんだけど、もうちょっとボタンをちゃんと留めてくれない?

 ボタンを多めに外して胸元をゆるっとさせてるもんだから、その大きな胸の谷間が目立つこと、目立つこと。



「……お? 佐方さかた、どしたん? おっぱいが恋しくなったかな?」

「やめてください、ごめんなさい」

「遊くんのばーか! わ……私のおっぱいで、我慢してよ!!」

「ごめんなさい、全力で謝るから結花はボタンを外すのをやめて!?」



 ちらっと見ただけのつもりだったのに、なぜか大惨事に。


 男子の視線って、女子にはバレバレって噂をよく聞くけど、あれマジだったんだな……気を付けよう。


 それから俺は、ソファの上に置きっぱなしにしてたマンガを、自室に持っていく。

 急きょ二原さんが来るって決まったから、リビングが散らかってるんだよね……。



「へぇー、すっごーい! めっちゃ『アリステ』のグッズあるじゃーん!!」

「って!? なんで当たり前みたいに部屋まで来てんの、二原さんは!?」

「いいじゃん、減るもんでもないしさー」



 いや、そうは言うけどね?


 ポスターとかグッズで溢れてる自分の部屋を、女子に見られるのは抵抗あるって。いくら相手が、人の趣味を馬鹿にしないタイプの二原さんだとは言っても。



「てか、めっちゃゆうなちゃんのグッズあるしー! すっごー!!」

「ゆうなちゃんは、女神だからね」


 ゆうなちゃんの名前が出てきたので、俺は即レスで応える。



「あははー! 意味分かんないけど、なんか分かるー!! うちも仮面ランナー史上最高に大好きな『仮面ランナー危竜きりゅう』のフィギュアとか、めっちゃ飾ってるかんねー。あのシリーズ、仮面ランナーが百八人出てくるって斬新な設定でさぁ……」



 するとなぜか、いつの間にか特撮トークに話が変わっちゃう二原さん。


 やっぱ二原さんも同類なんだな……マサとの会話あるあるだもん、これ。



「もぉー! 二人とも遊んでないで、準備しようよー!! 那由ちゃんに伝えた時間になっちゃうってばー!!」



 そんなオタク会話モードになってた俺たちを、結花が呼びに来た。


 ああ、そうだった。早いところリビングのパソコンを、準備しないとね。




 そう、これからはじめるのは――那由のリモート誕生日会だ。

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