第36話 俺の許嫁になった地味子、声優になったら輝きしかない 2/2

 控えめに言って、『ゆらゆら★革命』の歌声は……この世の奇跡だった。


 紫ノ宮しのみやらんむの力強くクールな歌声と、和泉いずみゆうなの可愛くて明るい歌声――そのパーフェクトハーモニー。



 耳が浄化されていく……身体がとろけてしまいそう。



 それだけじゃない。


 二人のパフォーマンスも、相当なものだ。



 ライブ慣れしている紫ノ宮らんむに比べると、キレ具合は劣るかもしれないけど。

 二人の呼吸がぴったり合っているからか――ダンスがずれることはなくって。



 まるで掛け合いながら、物語を紡いでいるように。


 二人が歌いながら踊り、『ドリーミング・リボン』の世界を築き上げていく。



「……ゆうなちゃんだ」



 その光景は、大げさじゃなく。


 ゆうなちゃんとらんむちゃんが、三次元の世界に降臨したんじゃないかってほど……完璧にキャラと声優がシンクロしていた。



 なんだかよく分かんないけど、自分の目頭が熱くなるのを感じて――俺は慌てて目元を拭った。


 ステージに立った瞬間から、俺が結花ゆうかにしてあげられることは何もない。


 そもそも普段から、結花はいつだって自分の力で頑張っている。


 今回のライブだって、大声を上げて会場に向かう車に止まってもらったことくらいしか――俺が頑張ったことなんて、思いつきやしない。



 だけど……紫ノ宮らんむと話して、少しだけ気付いたことがある。



 本当に些細なことだけど。

 たいそうなことではないんだけど。


 疲れてる結花に「お疲れさま」って伝えたり。

 頑張ってる結花に「無理しすぎないようにね」って伝えたり。


 たまに頭を撫でてみたり。

 休みの日は、一緒にTVを観たり、買い物に出掛けてみたり。



 そうやって、当たり前みたいに結花と過ごす毎日は、かけがえのない当たり前の日常は、少しくらい結花の支えに――なってるのかも、しれないなって。



 だって俺にとっても……この当たり前みたいな毎日は、傷ついて立ち止まってた過去から踏み出すための、支えになってるって感じるから。



 ――出逢う前から、二人はそうやって……支えあってきたんだね。



 鉢川はちかわさんに前に言われた、そんな言葉を思い出す。


 俺は落ち込んでいた時期に、ゆうなちゃんの存在によって救われた。


 そして結花も……凹みながら頑張っていた時期に、『恋する死神』の存在によって救われた、らしい。



 だったら――出逢う前も。出逢ってからも。これからも。


 そうやって支えあいながら、なんとなく楽しい日々を過ごせていけたらいいなって。


 もしかしたら、それが……『夫婦』なのかもなって。



 そんな風に、思ったんだ。



「――――」



 一瞬、和泉ゆうなと俺の視線が、バチッと合った。


 絶対に俺がいるって気付いたと思うけど――彼女は動揺せず、すぐに会場中を見渡した。



 ――――俺を特別扱いしなかった。


 未来の『夫』だからとか、『恋する死神』だからとか、そういうことで優遇しなかった。



 そのことが、俺は――堪らなく嬉しかったんだ。


 ちゃんと結花が、和泉ゆうなとして、プロの声優として……ファンすべてを大切にしてるんだって。そう実感できたから。



 そんな君だからこそ……俺はこれからも、応援し続けられるんだ。


 ありがとう、ゆうなちゃん――いつだってみんなを、笑顔にしてくれて。



          ◆



「――以上、『ゆらゆら★革命』で」

「『ドリーミング・リボン』でしたっ!」



 肩で息をしながら、順番に話す二人を見て――俺はパチパチパチと、会場中に響くくらいの拍手を送った。


 俺以外のファンの人たちも、割れんばかりの拍手を、二人に向かって届けている。


 そんな会場を、紫ノ宮らんむは……珍しく微笑みながら見て。



「……ありがとう。今後とも『ゆらゆら★革命』を、よろしくお願いするわね」


 そして、紫ノ宮らんむが――微笑を湛えたまま、和泉ゆうなを見た。


 その視線に気付くと、彼女は……会場に向かって笑い掛けた。



 そこにいるのは――今まで見たどんな『綿苗わたなえ結花』とも。

 画面越しにいつも見ている、『和泉ゆうな』とも。

 彼女が演じる『ゆうな』ちゃんとも違う。



 ………そのすべてが混じり合った、また違う『結花』のように見えた。



「今日はとっても楽しかったです! これからも『ゆらゆら★革命』として、すーっごく頑張るから……みんながいっぱい笑ってくれたら、嬉しいですっ!!」




 そう言って、ステージの上で花のように笑う結花の姿は。


 言葉にならないくらいに――素敵だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る