第37話 【超絶朗報】俺の許嫁と、最後の沖縄の夜に……

 インストアライブが無事終了して、修学旅行に戻ってきた俺と結花ゆうかだけど――びっくりするほど、誰からも怪しまれることはなかった。


 さすがは二原にはらさん。どう誤魔化したのか、さっぱり分かんないけど。



「はぁぁぁ……ライブ行きたかったなぁ、遊一ゆういちぃぃぃ……」


 夕飯を食べながら、大きなため息を漏らすマサ。ごめんな……俺だけ観に行って。



「ねぇねぇ、この魚おいしくないー?」


「分かるー。これ、食べたことないくらい、最高じゃんー?」


「……わぁ、ほんとだ! やっぱり沖縄の料理って、すごくおいしいよね!!」



 雑談を交わしあってたクラスの女子たちの輪に、急にカットインした結花。

 いつになくお喋りな結花のテンションに、びっくりしたように目を丸くする女子たち。



 多分、ライブのテンションが覚めやらぬまま、つい素が出ちゃったんだろうな。


 そんな自分に気付いたらしい――結花は恥ずかしくなったのか、さっと俯くと、いつものクールな口調で呟いた。



「……おいしすぎて、取り乱したわ」




 ――明日の昼前には、空港に行って沖縄を発つ。


 四泊五日なんて長いなって思ってたけど……いざ来てみたら、あっという間だったな。



「わぁ……夜の海って、なんか神秘的だね。一人だったら怖いかもだけど……えへへっ。ゆうくんがいるから、全然へっちゃら!」


 そんな、沖縄の最後の夜。


 俺と結花は二人っきりで――ひとけのない夜の海辺を、手を繋いで歩いていた。



 二原さんが「修学旅行の最後は、カップルで夜デートが鉄板っしょ!」とか言って、またまた融通を利かせてくれたんだよね。本当にお節介で……頼りになる友達だよ。



「ねぇねぇ、ちょっと海の近くまで行ってもいい? 手を離しちゃ、だめだよ?」


「離さないって。こんなに暗いんだもの、近くにいなきゃ危ないでしょ」


「……うん。でも私は、暗くなくっても、遊くんが近くにいた方がいいな?」



 ――そういうの、不意打ちで言わないの。


 なんかシチュエーションも相まって、ドキッとしちゃうから。



 そして結花は、海辺に近づくと、靴と靴下を脱いで。


 爪先だけ海に入れて、ばしゃばしゃって……楽しそうにはしゃぎ出す。



「本当に、楽しい修学旅行だったなぁ……」

「そうだね。俺もこの修学旅行は――きっと一生、忘れないと思うよ」



 それから俺たちは、浜辺に座って。


 さざ波の音を聞きながら、心地よい夜風に身を任せていた。



「でもまさか、遊くんがライブに来てるなんて……びっくりしちゃったよ。らんむ先輩……遊くんのこと、本当の弟じゃないって、きっと気付いちゃったよね?」


「うーん……多分、会う前から、本当の弟じゃないことは分かってた気がするよ」


 なんだか底知れないオーラを感じる人だったな――紫ノ宮しのみやらんむは。



「……私ね、らんむ先輩のこと、すっごく尊敬してるし、本当に……憧れてるんだ」



 座ったまま、俺の肩にこつんと寄りかかって。

 結花は呟くみたいに言った。



「だけどね。私は……らんむ先輩みたいには生きられない。声優だって一生懸命頑張りたいけど、遊くんのことも大好きだし、ももちゃんも大好き。那由なゆちゃんや勇海いさみのことも大好きで――どれかひとつなんて、選べないんだ。わがままかもだけど」


「……ううん。別にそれだって、間違った考えじゃないよ」



 すべてを捨てて頂点を目指そうとする紫ノ宮らんむは、すごい覚悟だって思うけど。


 自分の大好きなものを、全部大切にするって決意してる和泉いずみゆうな――結花だって、十分すごい覚悟なんじゃないかな。



「紫ノ宮らんむは、憧れのトップモデルを目標に、声優やアイドルを極めるためにストイックに生きるって誓った。和泉ゆうなは、家族もファンも友達もひっくるめて、みんなが笑顔になれるように頑張るって誓った。考え方は違うけど……どっちも間違ってないんじゃないかな?」


「あははっ。らんむ先輩と並べられるほどじゃないけどね? 私なんかまだまだ……」


「――結花が、どう感じようと。俺は……ゆうなちゃんに『恋する死神』だから」



 俺はそう言いきると、隣に座ってる結花の目を――まっすぐに見つめた。



「どんなときだって、結花の選択を応援する。それだけは絶対に……変わらないから」

「う、うん……ありがと」



 照れたように下を向いて、足先でもじもじと砂をいじりはじめる結花。


 なんか、ちっちゃな子どもみたいで……昼にあんな素敵なライブを成功に導いた声優と同一人物だなんて、嘘みたいだ。



「はい、結花」

「――え?」



 俺はさっと……結花の両手に収まるサイズの、包装された箱を手渡した。


 結花はそれをきょとんと見てから――なんだかキラキラと瞳を輝かせはじめる。



「遊くん、開けてもいい?」

「う、うん……」



 そんなに期待の籠もった目で見られると、ハードルが上がっちゃうんだけどな。



「あ……これ、私が欲しかったやつっ!」



 箱の中身は――スノードーム。

 ドーム状の透明な容器の中で、ピンク色のイルカのミニチュアが泳いでるやつだ。



「水族館のお土産物屋でさ、結花がじーっと見てたから……欲しいのかなって思って。ライブのお疲れさまプレゼントにしようって、買っておいたんだ」


「好き! 遊くん、大好き!! えへへっ……うれしー、すきー……」



 いやいや、そんなたいしたもんじゃないからね!?


 我ながらキザすぎたかなって……なんか恥ずかしくって、顔が熱くなってきた。



「じゃ、じゃあ結花……そろそろ旅館に戻ろっか?」


「え、やだ。もうちょっとプレゼントを堪能したいよー」


「え、ちょっ!? そんなに引っ張ったら――」



 恥ずかしさのあまり、早く帰ろうと立ち上がった俺の服を――まだ帰りたくない結花が、ギュッと掴んだもんだから。


 俺はバランスを崩してしまい……結花の方へと倒れ込んでしまう。



「――――あぅ?」

「…………え?」



 その結果――俺が結花に覆い被さる形で。

 唇と唇が……触れ合ってしまった。



「ご、ごめん、結花!!」



 俺は大慌てで結花から離れると、そのまま背を向けて、自分の唇に手を当てた。


 や、柔らかくて温かい感触が……まだ残ってる。



「遊くん……」


 その声を聞いて、俺がパッと後ろを振り返ると。


 ――砂浜の上で、女の子座りの体勢になった結花は。


 自分の唇に、人差し指を名残惜しそうに当てて。



 ちょっとだけ目を細めて……俺のことを、上目遣いに見ていた。



「遊くんってば、大胆……でも、きもちかった……」


「い、いや、えっと! 今のは事故! 事故だから!!」


「じゃあ……もう一回、事故しよっ?」


「なに言ってんの!? 事故って、そんな約束して起こすもんじゃないよね!?」




 ――夜の海辺で、こんな恥ずかしいやり取りをした、高校二年の修学旅行も。


 きっといつか、二人で思い返したときには。



 スノードームみたいにキラキラした想い出になってたらいいなって――そんな風に、思ったんだ。

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