第24話 許嫁の水着選びの付き添い、振る舞い方が難しい件について 2/2

 途中で止めていた録画を最後まで観て、準備を済ませると。


 俺と結花ゆうかは――家から電車で三駅ほど先にある、ショッピングモールまで買い物にやってきた。



 いつだったかここで、まだ結花の『素』を知らなかった頃の二原にはらさんと、ばったり遭遇して……二人でデートに来てるのがバレないよう、試行錯誤したっけな。


 あの頃はまさか、二原さんが特撮畑の人だなんて思わなかったし、結花と二原さんがこんなに仲良しになるだなんて夢にも思ってなかったけど。


 今じゃあ、修学旅行で一緒の班になっても困らない関係になってるんだから……人生って何が起きるか分かんないもんだなぁ。



「じゃあゆうくん、ドキドキさせる水着買うから……覚悟してね?」

「う、うん……」



 肩甲骨あたりに掛かってるストレートヘアを、ふわりと揺らして。


 キャップを目深にかぶった、眼鏡をしていない家仕様の結花は――水着を売ってる店舗に入っていった。


 結花が店内に消えると、俺は急いでスマホを取り出して、「お店には一切興味ないですよ」オーラを放出しながら壁にもたれ掛かる。



 いや……だってさ。


 女性用水着とか、女性用下着とか、そういうのしか売ってない店舗なんだもの。


 男性がうろちょろしてたら、下手すると通報されるかもしれない。


 結花と一緒に行動して、「彼氏ですよ」って顔さえしておけば、大丈夫かもしれないけど……ちょっとこの店内に入る勇気は、俺にはないわ。



 ってわけで。


 結花の買い物が終わるまで、俺はここで「たまたま店の近くでスマホを見たかっただけの人」を装ってることにする……。



「ちょっとちょっと! 遊くん、なんで一緒に来てないのー!?」



 そんな俺のところに戻ってくると、結花が不満そうに声を上げた。


 俺は慌ててスマホを片手に、きょろきょろと周囲を見回す。


 よかった……まだ通報はされてないみたい。



「なんでしょう? 俺は『たまたま店の近くでスマホを見たかっただけの人』ですよ。安心してください、何も怪しくないので……」


「怪しさしかないよ!? 意味分かんないよ、ランジェリーショップの近くでたまたまスマホ見たいって!? それなら私と一緒に、お店に入った方がいいじゃんよー」


「いやいやいやいや、こんな女子女子しいお店に入るとか、怖すぎるって! 俺にとっては、お化け屋敷と変わんないから!!」


「極端だよ!? もー……だって遊くんが試着見てくんないと、好みの水着が選べないじゃん!! 一緒にお店に来てくれないと困るの! そんなにわがまま言うんなら……大声出しちゃうぞ?」



 こわっ!? 何その、痴漢冤罪を掛けますよ予告!?


 ここまで言われたら仕方ない……俺はおっかなびっくり、結花と一緒に店内へと足を踏み入れた。



「ひぃぃぃ……なんかピンクとか青とか、カラフルなものが見える……」


「そういう言い方してる方が怪しいよ、遊くん!? 取りあえず、私が何着か選んだから……試着室の前で待っててね?」



 そして――結花が試着室の中へと消えていった。


 ランジェリーショップ内に、一人取り残された俺。


 こんなとき、どんな顔をしてたらいいのか……スマホを取り出すのも怪しい気がするし、かと言ってきょろきょろしてるのも挙動不審だし。



 どうしようもなくって、取りあえず試着室のカーテンを見てるけど――これはこれで、なんか良くない気がするな。


 だって、この布を一枚隔てた先で……結花が着替えてるんだよ?


 そう考えたら、なんか背徳感が押し寄せてきた。


 結花、早く出てきてくれないかな……。



「――じゃじゃーん! ど……どうだろ、こんなの?」

「なに着てんの、結花!?」



 シャッと開いた、カーテンの向こうから現れたのは。


 ワンピースタイプの水着なんだけど、へそ周りだけ生地のない……ただただ、セクシーに溢れてる水着を身につけた結花だった。



「ど、どうでしょうかー……ドキドキしますかー?」


「ドキドキしかしないわ! 修学旅行用の水着を買いに来たんだよね? こんな水着を着た綿苗わたなえ結花を見たら、みんな正気を疑うでしょ! 却下!!」


「……そっか。確かに修学旅行に着ていくんなら、駄目だねこれ。那由なゆちゃんのアイディアは没、っと」



 またあいつの入れ知恵か!


 うちの妹は、俺の脳でも破壊したいのかな……本当に。



「じゃあ、こっちはどうだろ? これなら、全然セクシーじゃないよ!」

「そういう問題じゃないな、これは!?」



 再び開いた、カーテンの向こうから現れたのは。


 ダイビングとかするときに使う、スウェットスーツを着た結花だった。



「ど、どうでしょうかー……ドキドキしますかー?」


「しないよ! よく売ってたな、これ!? えっと、沖縄の海で泳ぐための水着を探してるんだよね? ダイビングとかならともかく、海で泳ぐのにこれは却下でしょ……」


「……だよね。私も変だと思ったんだよ。勇海いさみはなんで、これが遊くんにハマるって思ったんだろ?」



 こっちは勇海の入れ知恵か……。


 多分だけど、沖縄で結花に変な虫が付かないようにとか、そういう過保護な考えからの提案だと思うよ。騙されてる、騙されてる。



「じゃあ、これはどう? ……いや、これはだめだね……うん、だめだ」

「なんで着ておいて、自分でテンション下がってんの!?」



 カーテンの向こうから現れると同時に、なんか拗ねたような顔をする結花。


 っていうか、この水着見たことあるような……。



「……あ、分かった。これ、二原さんの入れ知恵でしょ?」



 思い出した。


 これ、さっき二原さんが送ってきた、自撮りで着てたのと同じやつだ。


 ビキニタイプの水着で、肩紐がないタイプ。フリルとかがついてて可愛らしいんだけど、なんか胸の谷間のところを強調するデザインになってる。



 ちょっと露出が多い気はするけど、那由や勇海の意見よりかは、だいぶマシな気がするんだけどな。


 なんで結花的に、これがNGなんだろ――。



「遊くん……なんでこの水着が、ももちゃんのアイディアだって分かったの……?」

「…………あ」



 なんだか結花の背中から、真っ赤な炎が燃え上がってる……ような幻覚が見える。


 まずいまずい!


 鉢川さんの件があったから、女子関係で変な勘繰りをさせたくなかったのに――墓穴を掘った。



「ち、違うんだ結花! あれは、二原さんが勝手に――」

「胸で決めつけたでしょ!」



 ――――はい?



「えっと……どういうこと?」


「ふーんだ。しらばっくれないでくださーい。この水着は、胸が強調されるデザインですー。つまりー、遊くんはー、私のー……おっきくない胸に合わないこの水着を見て、『二原さんなら似合う……なるほど、二原さんのアイディアか』――ってなったんでしょ!!」


「何その飛躍した論理!? 全然違うよ! っていうか、お願いだから、この店内でそんなテンションの声を上げるのはやめて!?」


「……だって遊くんが、胸で。胸で人を、判断するからじゃんよ……」


「言い掛かりだってば! 誤解を招いちゃうから、やーめーてー!?」




 ――そんなこんなで。


 最終的には誤解が解けて、結花に似合う水着を買って帰りました。



 どうしてもって、結花が主張するから……俺の好みの水着を、選ばされる羽目にはなったけど。


 なんだかんだ、結花が満足そうに笑ってたから……いっか。




 ちなみに。


 那由には俺から、勇海には結花から――お説教の電話を入れましたとさ。

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