第24話 【朗報】俺が生まれた日、盛大に祝われる 2/2

 そして帰宅後。


 結花ゆうかに「パーティーの準備が終わるまで、お部屋にいてね!」と言われたので、俺は一人、自室で『アリステ』をして過ごしていた。



『お誕生日おめでとう! これからも、ゆうながずーっと、そばで笑顔にさせちゃうから……覚悟してね?』



 ログインと同時に出てきた、ゆうなちゃんのお祝いコメントに、俺は心がとろけていくのを感じた。


 なんという幸せ。なんという女神の祝福。



 ありがとう、ゆうなちゃん。俺、本当にこの世に生まれてきて、良かったよ……。



 なんて、ゆうなちゃんを凝視したまま物思いに耽っていると……RINEアプリが、着信を知らせてきた。



 その相手は――――綿苗わたなえ勇海いさみ


 夏休みに我が家に襲来して、嵐を巻き起こして帰っていった、厄介な義妹だ。



『お久しぶりです、ゆうにいさん。お誕生日、おめでとうございます』


「ああ、結花に聞いたのか。ありがとな、勇海」



 コスプレイヤーとしてコミケに連日参加したあと、そのまま地元に戻ったから、勇海と話すのは二週間ぶりくらいなんだけど……。



『結花は元気にしてますか? 僕がいなくなって、子猫みたいに寂しく丸まってないですか? もしなっているとしたら……今すぐ行って、抱きしめてあげたい』


「なってないから。っていうか、それ聞いたら、二度と来るなって言われるから」



 相変わらず、姉への偏愛が激しい奴だな。



 何がきっかけなのかは分からないけど――中学生の頃、不登校だった結花。



 そんな姉を護れるくらい強くなるって誓った勇海は、男子顔負けのイケメン女子になって。どういう流れなんだか、女性人気の凄まじい男装コスプレイヤーに進化した。


 その結果……結花を『妹』みたいに扱うのが癖になり、ひんしゅくを買い続けるという悪循環に陥ってる。



 ――結花と仲良くしたいなら、いい加減自分の言動を省みればいいのに。



『遊にいさんたちの高校、もうすぐ文化祭ですよね? 絶対、行きます。何をするか知りませんが、結花が失敗しないようサポートして……好感度アップを目指しますから!』


「勇海……いい加減、お前が手を出そうって発想を捨てろって。中学生の頃がどうだったかは知らないけどさ。結花はもう……自分の力で、どうにかできるから」


『……確かに、遊にいさんの家に行ったとき、結花はニコニコしてました。自然に笑えるようになったんだなって、本当に安心しました。でも……それはあくまでも、遊にいさんの前で……ですから』



 勇海が声のトーンを落として、言葉を選びながら語る。



『遊にいさんには感謝してます。人と接するのが苦手な結花が無邪気に懐いているのは、遊にいさんの人徳だと思ってます。だけど……他の人とも同じように接することができているかは、やはりまだ心配なので。文化祭は……結花を助けるつもりで、行きますから』



 最後まで結花の心配を口にして、勇海は電話を切った。


 まったく。変なところで頑固なのは、お姉ちゃんそっくりだな、勇海。



 そんなことを考えていると――今度は違う相手から、電話がかかってきた。



「はい、もしもし?」


『やっほ、佐方さかた! 誕生日、おめ!!』



 クラッカーと思われる音が、めちゃくちゃ音割れしながら聞こえてきた。


 ごめん。スマホ越しに破裂音鳴らすのやめてくんない?



 耳がおかしくなるかと思ったよ……。



「っていうか二原にはらさん、よく俺の誕生日なんて覚えてたね?」


『だってぇ? うちは佐方の、二番目の妻だもん。そんなの、知ってるに決まってるじゃんよー。じゃんじゃんよー』



 明らかにからかってるテンションで、二原さんが言ってくる。


 二番目の妻て。結花が聞いたら大騒ぎだよ、まったく……。



「結花に聞いたの、俺の誕生日?」


『お、さすがは佐方! 大正解ー。ゆうちゃんから、「どうしようももちゃん……男の子ってどんな風に誕生日をお祝いしたら喜んでくれるかな?」って、めっちゃ聞かれたかんさー。一応、うちもお祝いの電話くらいしたげよ、って思ったわけ』


「待って。俺の誕生日祝いを……よりにもよって、二原さんに相談したの、結花は?」


『あと、那由なゆっちにも聞いてみるって言ってたかな?』



 考えうる限り、最悪の人選だった。


 結花との和やかなパーティーを期待してたけど、完全に恐怖のバースデーイベントに変わったわ……心の底から。



『つーわけで。うちと那由っちの、素敵な誕生日プランに、乞うご期待ー♪』



 そう言い残して、二原さんは電話を切った。


 もう正直、この後の展開に不安しかない。



 ……って、那由からもRINEが入ってるな。


 俺は那由とのトークルームを開いて、メッセージを見る。



『童貞十七年目、おめ。そしてさようなら……童貞だった兄さん』



 何これ。


 怪文書すぎて、もはや祝ってるのかどうかすら分かんないんだけど。



「お待たせー!! 遊くーん、リビングに来てくださーいっ!!」



 そんな不吉でしかない愚妹のバースデーメッセージを読んだところで、一階から結花が呼ぶ声が聞こえてきた。


 繰り返しになるけど、二原さんと那由のせいで、もはや不安しかない。



 俺はおそるおそる階段をおりると、そーっとリビングのドアを開けた。



 ――――すると、そこには。


 めちゃくちゃ巨大な、赤いプレゼントボックスらしきものが置いてあった。



「…………」



 ああ、そういうね。


 マンガとかで見たことあるな、この展開。



「がたん、がたんー。ごとごとー」



 めちゃくちゃ中に入ってますアピールの声がして、プレゼントボックスが揺れた。


 大体オチは見えてるけど……放置するわけにもいかないしな。


 俺はいそいそと、巨大なプレゼントボックスの蓋を開けた。



 すると、中から飛び出してきたのは――。



「箱の中から、じゃじゃじゃじゃーんっ! 遊くん、誕生日おめでとうー!!」



 小さく飛び上がったのは、満面の笑みを浮かべた結花だった。


 だけどその格好は、俺が想定していたものを、遥かに上回る――ヤバい代物だった。



 黒く艶やかな髪をおろした、家仕様の結花。

 その頭からぴょこんと生えてるのは、寂しがり屋の結花にぴったりなウサ耳。


 身体を包んでいるのは、肩が丸出しになってる構造の、黒いレザーのレオタード。

 脚にはぴっちり、黒い編み目のストッキング。


 そして、なぜか全身に……赤い紐が巻き付いている。



 端的に言うと――なんか紐で身体を縛られた状態の、バニーガールな結花だった。



「……ふにゅ。は、恥ずかしいけどね? プ、プレゼントは……私ですっ!」


「どっちの提案だ、これ!? 那由か? 二原さんか!?」


「えっと、バニーは桃ちゃんで……紐で縛るのは那由ちゃんかな?」



 地獄のコラボだった。



「えっと、それから……よいしょっ」



 さらに結花は、真っ赤なイチゴを口に咥えると、キュッと目を瞑って。



「……食べて? イチゴも……私も。おいしいよ?」


「ねぇ結花、自分が何やってるか分かってる!?」


「わ、分かってるよ! すっごく恥ずかしいけど……男の子は、こういう誕生日を求めてるって、二人が言うから……遊くんに喜んでもらいたくて、頑張ってるんじゃんよ!!」



 全男子に対する偏見だよ……と言いたいけど言えない、複雑な男心。


 とはいえ、こんな刺激的な格好の結花を直視し続けるのは、目の毒すぎる。



「と、とにかく着替えて、結花? そんな格好しなくっても……お祝いしてくれるだけで、十分嬉しいからさ」


「……うん。分かった、遊くんがそこまで言うんなら」



 ぱくっと自分でイチゴを食べると、結花はいそいそとプレゼントボックスから出て、廊下の方へと駆け出していった。


 こんな過激な誕生日祝い、人生で初めてだよ……当たり前だけど。



 取りあえず巨大な箱を片付けてから、ソファに腰掛けて人心地つく俺。



「……遊くん、調子はいかがですかー?」



 バニーガールから着替え終わったのか、廊下から結花が声を掛けてきた。


 調子? なんの?



「あー、大変ですねー。心臓が、すっごくドキドキしちゃってますねー。これはひょっとしたら、破裂しちゃうかも!」



 声優にあるまじき棒読みでそんなセリフを口にしたかと思うと。


 結花がガチャッとドアを開けて……リビングに姿を現した。



 ――――純白のナース服を身にまとって。



「って! ぜんっぜん分かってないね、結花は!? さっきの流れで、なんでまたコスプレしてんのさ!?」


「い、一回遠慮してきても、それは強がりで……女性経験の少ない遊くんは、本当は悶々としてて。二回目で落ちるはずだからって、那由ちゃんが!」


「またあいつか!!」



 次に帰ってきたら本気でとっちめてやる、あの愚妹め。


 それはそれとして……この格好はヤバい。色んな意味で。



 家の中だってのに髪の毛をわざわざポニーテールに結って、眼鏡を掛けて。


 太ももの半分の長さもないナース服の下には、何も身につけておらず。


 しかも胸元は、まともな病院ならNGを食らうだろうってほど、V字に開いている。



「ナースなら眼鏡の方がいいよって……桃ちゃんに勧められたの。どう、似合ってる?」


「お願いだから今後、あの二人にアドバイス求めるのやめてくれないかな……」



 げんなりする気持ちと、ドキドキ鳴り止まない鼓動のおかげで、本気で脳がショートしそうだよ……。



「う、嬉しくなかった……かな?」



 そんな俺の顔を覗き込みながら、結花が心配そうに言った。


 その瞳は少しだけ――潤んでいる。



「ごめんね、遊くん。私、好きな人の誕生日を祝うのって初めてで……でも、遊くんにとって人生で一番素敵な一日にしたかったから。色々考えたんだけど……ちょっと暴走しすぎちゃった、かな」


「結花……」



 そんなけなげな許嫁を……俺は無意識に、ギュッと抱き寄せていた。



「ゆ、遊くん!? あ、え、えっと……」


「……暴走しすぎだったのは、事実だけど。その……俺を喜ばせようと一生懸命考えてくれたのは、本当に嬉しかったから。だから――ありがとう結花。最高の誕生日だよ」


「……遊くん」



 そんな俺のことを、眼鏡にナース服の格好のまま、結花はギュッと抱き返すと。


 上目遣いにこっちを見て――「えへへっ」って、はにかむように笑った。




「――誕生日おめでとう、遊くん! 生まれてきてくれて、私と一緒にいてくれて……ありがとう。これからもずっと……大好きだからねっ!!」

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