第22話 新学期になったら、俺の許嫁が変わると思った人、挙手 2/2

「よぉ、遊一ゆういち……元気そうだな」


「そういうお前は、土気色の顔してんな。マサ」


「逆に聞くけどよ。夏休み最後の日……徹夜でイベントに参加しない理由があるのか?」



 お前それ、登校日のときも言ってたよな?


 どこまで無尽蔵に課金してんだよ……こいつはいい加減、親から怒られた方がいい。



「やっほ、佐方さかたぁ! 二学期もよろしくねぇ!!」



 そんな俺の背中をバシンと叩くのは、陽キャなギャル改め特撮系ギャル――二原にはら桃乃ももの


 茶色いロングヘアを揺らしながら、無邪気にけらけら笑ってる。


 ボタンを多めに外してるブレザーの隙間から、豊満な胸の谷間がちらっと見えるもんだから……俺は慌てて目を逸らした。



「あー! 佐方ってば今、うちの胸、見てたっしょ?」



 それをめざとく見つけた二原さん。


 まるで面白いおもちゃでも手に入れたように、小悪魔な笑みを浮かべる。



「そっかそっかー。約束したもんねぇ……おっぱいが恋しいときは、うちのこと求めていいよって! 佐方にとって、今がそのときってことかぁ!!」


「お、おっぱ……っ!? おい遊一、なんだその羨まし――いやらしい契約は!? に、二原! 俺にもその契約の方法、教えてくれ!! い、いくら課金すればいい!?」


「うわぁ……倉井くらい、きもすぎ」


「なんでだよ!? 遊一だけ、おかしいだろ!!」



 マサの発言もだいぶおかしいけど、まぁ二原さんがおかしいのも分かる。


 っていうかそもそも、俺はそんなこと頼んでないからね?



「さぁさぁ佐方! うちの胸に飛び込んどいでー?」


「いやいや、行かないから……だからその、胸をもにゅもにゅってやるのやめて。心が変になるから。本当に」



「学校と性的なお店を、履き違えないでくれる? ……佐方くん」



 底冷えするように怜悧な声が、静かに響き渡った。


 俺はおそるおそる、顔を上げる。



 そこにいたのは――綿苗わたなえ結花ゆうか



 家とは違って、眼鏡にポニーテールのスタイルで。

 家とは違って、冷たい印象を与える顔つきで。



 ……ただひたすらに、俺のことを睨みつけている、学校仕様の綿苗結花だった。



「お、おはよう、綿苗さ……」


「話し掛けないで。女子の胸に欲情している、けだもの」



 挨拶すらも許さない、恐ろしいほどの怒りのオーラ。


 結花は胸のことになると、めちゃくちゃ過剰反応するからな。


 二原さんが勝手に暴走しただけなのに、ただただ理不尽。



「やっほー、わったなえさーん! 今日も元気そうだねぇ!! 二学期もよろっ!」


「別に」



 家ではあんなに二原さんと会えるのを楽しみにしてたのに、嘘みたいな塩対応。


 マサなんか、あまりの冷たい空気に固まっちゃってるし。



 そんな、凄まじく重苦しい雰囲気の中で、結花はきっぱりと言い放った。



「とにかく……女子のことを胸だと思っているのは、人として下劣だと思う」


「いやいや、思ってないよ!?」



 やばいでしょ、女子のことを胸だと思ってる人とか!!



「おーい、席につけー」



 だけど、そんな結花の偏見に満ちた言い分に言い返す間もなく。


 担任の郷崎ごうさき先生が入ってきたところで、俺たちは散り散りに席についた。



 ――――ブルブルッ♪



 着席と同時にスマホが振動したので、郷崎先生に見つからないよう、こっそりRINEを起動する。



『ふーんだ! 遊くんの、ばーかばーか!! 胸はないけど、私だって柔らかいんだから……私に抱きつけばいいじゃんよーだっ』



 とんでもなくIQの低い結花のメッセージに、俺は思わず吹き出しそうになる。


 さっきまで「けだもの」とか「下劣」とか言ってたのと同一人物とは、到底思えない。



「……ゆうちゃんからっしょ? なぁに、可愛いRINEでも来たん?」



 斜め前の席の二原さんが、こちらを振り返って、にやにやしながら小声で言う。



「可愛いっていうか、だいぶ頭悪そうなのが来たけど」


「いいじゃん、いいじゃん。素直に言えない乙女心……それもまた、かわゆし!」


「おい、二原!! ホームルーム中だぞ、前を向け!」


「ほーい、すいませーん」



 郷崎先生に名指しで注意されて、二原さんは舌をぺろっと出して前に向き直った。


 俺もこっそりスマホをしまうと、黒板の方に視線を向ける。



『文化祭 2年A組  クラス代表1人 副代表2人』



 大きく書かれたその文言に、俺は「ああ、もうそんな時期か」とぼんやり思う。



 文化祭。それは陰キャな俺にとって、ただの強制拷問イベント。


 クラスメートと思い出を共有したいとも思わないし、『アリステ』をする時間を削ってまで出し物に注力したいとも思わない俺は――クラス中がわいわい盛り上がってるあの空気が、いつも合わなくて仕方ない。



 誰がクラス代表になるか知らないけど、お願いだから負担の少ない出し物にしてほしい。



 ……なんて、心の中で願っていると。



「はーい、郷崎せんせー。うち、代表やりたいでーす!!」



 思わぬ人物が立候補したもんだから、俺はつい変な声を出しそうになった。


 立候補したのは――なんかにんまり笑ってる、特撮系ギャルこと二原桃乃。



「おお! 立候補なんて、やる気満々だな!! みんな、二原が代表でいいかー?」



 郷崎先生がクラス中を見回すけど、特に発言をする人はいない。


 そりゃそうだよな。文化祭クラス代表なんて面倒な仕事に立候補したい奇特な人間、そうそういるとは思えないし。クラスの陽キャとも親しい二原さんなら、異論もないだろう。



 そんな感じで、代表はあっさりと決まったわけだけど。



「んじゃ、先生! 他の副代表は、うちが選んでいいっすか? ほら。どうせなら、うちが一緒に仕事したい人に、なってほしいですし?」


「まぁ、他に立候補する奴もいなそうだしな。じゃあ二原、誰を指名するんだ?」


「じゃー、うちが一緒にやってみたい二人はー……」



 ――そのとき、ゾクッと。なんだか背筋が冷たくなるのを感じた。


 おそらく、虫の知らせってやつだったんだろう。



 なぜなら、二原さんが黒板に書き出した二人っていうのは…………。



「それじゃあ、文化祭委員は……佐方! そして、綿苗!! 二原の指名で、この二人に決定でいいな、みんな?」




 文化祭 2年A組  代表  二原桃乃

           副代表 佐方遊一 綿苗結花



 ――――とんでもないことしてくれたな、この特撮系ギャル。マジで。

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