第8話 【追撃】義理のきょうだいが泊まったら、とんでもない事態に 2/2

「ん…………」



 ボーッとする頭のまま、俺は布団の中から這い出ると、上体を起こした。


 布団のそばに置かれた目覚まし時計は、〇時過ぎを指し示してる。



「……喉、渇いたな」



 小さくあくびをして、俺はゆっくりと立ち上がった。


 少しだけ離れたところに敷かれた布団では、部屋着用のワンピースを着た結花ゆうかが、気持ちよさそうに眠っている。


 俺の煩悩が暴れ出さないよう、少し離して布団は敷いてあるけど。


 夜中にこうして顔を見ると、距離があってもついドキッとしてしまう。



「むにゅ……ゆーくん……ちゅき……」



 なんかむにゃむにゃ言ってる。


 っていうか結花、寝言でまで恥ずかしいこと言ってくるの、やめてくれない?



「取りあえず、水でも飲んで落ち着こう……」



 冴えてしまった頭で部屋を出ると、俺は階段を降りて、できるだけ急いでキッチンに向かった。


 なぜなら、今日は――勇海いさみくんが一階の元・母さんの部屋に、寝泊まりしてるから。




「申し訳ないんですが、数日だけ泊めてもらえないですか? お義兄にいさん」



 たまには夕飯はピザにするか、なんて話してると、勇海くんが恐縮した様子で言った。



「金曜からは、東京の友達のところに泊まる約束をしてるんですが……それまでは行くところがなくて。ご迷惑でなければ……」


「それなら直前に来て、そのまま友達のところに行けばよかったじゃんよ。なんでわざわざ、月曜にうちに来たのさ?」


「結花と少しでも――同じ刻を過ごしたかったから」


ゆうくん! このふざけた妹を追い出そう!!」


「はいはい。分かったよ、結花。謝るよ……嫌な思いをさせて、ごめんね」



 そんなわけで、数日間泊まることになった勇海くんだけど――問題は部屋だ。



「二階に三室あるだろ? 俺の部屋と、結花の部屋と、那由なゆの部屋。結花、寝るときは俺の部屋に来るんだし、勇海くんに部屋を貸してあげたら?」


「えー……それはちょっと。私がいないとこの子、勝手に部屋を荒らすんだもん」


「不本意だけど、それは事実だね」



 そこは嘘でも、やらないと言ってほしかった。



「じゃあ、数日だけ結花が、勇海くんと一緒に寝るっていうのは――」


「やだ! 遊くん不足で死んじゃう!!」


「さすがですね、お義兄さん。ここまで結花に懐かれてるとか」


「……じゃあ。俺と結花と勇海くんで、寝るとか?」


「はぁ? ありえないし。ふざけてるし。結花ちゃん以外の女子と寝るとか、不貞行為だし。なんなの、ハーレム作ってギャルゲの主人公にでもなりたいの馬鹿なの兄さん?」



 恐ろしいほどの速度で、那由に毒舌を捲し立てられた。


 何にキレたのか意味不明だけど、顔がマジだから、これは廃案だな……。



「じゃあ、那由が勇海くんと寝るのは?」


「やだ。普通に、やだ」


「僕もさすがに、那由ちゃんの部屋を借りるのは気が引けるので……」




 結果――一階にある和室(元・母さんの部屋)を使ってもらうことにしたんだけど。


 あれだな……夜中に水を飲みに来るとかまでは、想定してなかったな。



 初対面は男装だったけど、中身は女子――結花の妹なわけだし。


 あんまり物音とか聞いても悪いから、さっさと部屋に戻ろう。



「うぅ……うぅぅぅ……」



 そんなことを考えつつ、廊下に出ると。


 勇海くんのいる部屋から、呻き声のようなものが聞こえてきた。



「結花ぁぁぁぁ……うぇぇぇぇ……」



 これ……勇海くんの声、だよな?


 日中の気取った雰囲気とは、真逆なテンションだけど――声質は明らかに勇海くん。


 そのギャップに動揺したせいか、俺は足を壁にぶつけて、音を立ててしまった。



「――!! 誰!?」


「あ、いや……ごめん。遊一ゆういちだけど。喉が渇いたから……」


「……お義兄さん」



 しおらしい声とともに、ゆっくりと勇海くんのいる和室のドアが開いた。



「すみません……こっちに、来てもらえますか?」



 日中とかけ離れた態度の勇海くんに、少し動揺しながら。


 俺は躊躇しつつも、部屋の中に入った。



「……ん?」



 そこには、一人の女子が体育座りをしていた。


 ほどいた黒髪は、結花と同じくらいの長さで。


 当然、目は青くないし、なんなら眼鏡を掛けてる。結花みたいに、目つきが変わるわけじゃないけど。


 着ているパジャマの胸元は……なんというか、凄まじい迫力。


 昼間も思ったけど、男装するときどうやって、このサイズを隠してたんだろう?



 っていうか、身長と胸の大きさを除くと。


 さすが姉妹――結花によく似てる。



「ふぇぇぇぇ……お義兄さぁぁぁん……」


「って、なにその泣き方!? 昼間のキャラと違いすぎない!?」


「あれは、ほらコスプレしてましたし……コスチュームは僕の『拘束具』だから」



 似たようなセリフ、前に君の姉さんからも聞いたな?


 綿苗わたなえ姉妹は、内と外でギャップを作らないといけない呪いにでも掛かってるの?



「お義兄さん、折り入ってお願いがあります……僕を、弟子にしてください!」

「なんの!?」



 急すぎる土下座。


 テンションのジェットコースター感が、さすが結花の妹だなって思うわ。本気で。



「えっと……勇海くん?」


「『勇海』でお願いします。僕はもう、お義兄さんの弟子ですから」


「勝手に決めないでくれるかな!?」



 押しの強さも姉譲りだな、この子。



「えっと……じゃあ、勇海。君は普段、イケメン男装女子なんだよね? それで、コスプレイヤーとしても知名度があって、『執事喫茶』でも人気ナンバーワンと」


「はい、そうです。そこら辺の男子と僕なら、僕の方がモテます」


「自信満々だな……で? それほどの人気者な勇海が、俺に何を求めてるの?」


「……うかに……」


「はい?」



「――結花に! 昔みたいに、僕を好きになってもらいたいんです!!」



 結構な大声で叫ぶと、勇海は再びがくっと頭を垂れた。



「……僕だって、結花と仲良くしたい。結花は可愛くて、優しくて、小さい頃から本当に大好きな――素敵な姉なんです。なのに、なぜか最近、僕が話すとムッとすることが多くなって……すごく、寂しい」


「えっと、だったらさ? 結花を『姉』として敬う感じで接すればいいと思うよ?」



 結花が怒ってるポイント、どう見てもそこだし。


 結花を『姉』として持ち上げれば、はい解決。って悩みじゃない、それ?



「……できないんです」



 なのに勇海は、神妙な面持ちで俺を見て、ギュッと手を握ってきた。


 涙で潤んだその瞳、なんかすごく結花と既視感があるから……マジでやめてほしい。



「中学生の頃の結花のこと……聞いてますか?」

「……ほんの、少しだけ」



『アリステ』のゆうなちゃんに大抜擢されて、声優になる少し前。


 結花にも俺と同じく、不登校だった時期があったと――ちらっと言ってたことがある。



 それ以上のことは聞いてない。


 結花が話したいなら別だけど、こっちから詮索するのは……違う気がするから。



「結花が、不登校だった頃……僕は強くなるって決めたんです。誰よりも優しい姉が、これ以上傷つかないで済むように――しっかりしようって、変わってみせるって。そして僕は、『イケメン男子』として生きるようになりました」



 前段と後段の繋がりが、ごめんよく分かんなかった。



「そんな生き方が染みついたせいか……いつも、結花を心配する気持ちが勝っちゃって。つい子ども扱いした言い方になっちゃう……自分でも、どうやって直せばいいか分からないんです。離れていても、心はずっと結花のそばにって――いつも思ってるのに」


「勇海……」



 不器用ながら姉を思いやる勇海の姿に――なんだか、結花が重なって見えた。


 自分のことより大事な人のことを優先して。空回ったり、ちょっと疲れちゃったり。



 そんな優しいところが、そっくりな姉妹だなって。



 そう思ったから――俺は勇海の手を、ギュッと握り返した。



「分かったよ、勇海。俺が必ず、君と結花がまた仲良くなれるよう……協力するから」


「本当ですか!? あ、ありがとうございます、お義兄さん! なんという優しさ――結花が本気で好きになる気持ちが、とっても分かります!!」


「い、いや……そんな大したことじゃ――」



 その瞬間――パチッと音がして、部屋の照明が点いた。


 そして、俺の後ろから……ドシッという重い足音が。



「本気で好きになる……? い、勇海、ゆうくんに……何してんの?」


「ゆ……結花? こ、これは違うんだって。俺はただ、勇海の悩み相談を……」


「い、勇海って呼んでる!? どうして夜中に、二人が急接近して、しかもギュッて手を繋いでんの!? 勇海、説明してよ!!」


「落ち着きなよ、結花」



 勇海が不敵な笑みを浮かべた。

 昼間のイケメンモードみたいなテンションで。


 そして――――。



「結花が好きになるほどの相手、どんな素敵な殿方か……見定めてたんだよ、僕は」


「…………ふーざーけーるーなー!!」



 これまでの同棲生活で聞いたことのない声量で、結花が怒った。


 そんな結花に向かって微笑を浮かべつつ、いなしてる勇海。



 内心は――結花に怒られて、めちゃくちゃ凹んでるだろうに。



「遊くんは、私の! 遊くんなんだからねっ!? もうぜーったい、ちょっかい出さないでよ!? 分かった、勇海!?」


「ああ……怒った顔も可愛いよ、結花?」


「もぉー! ぜんっぜん、分かってないじゃんよー!!」




 ……我ながら、安請け合いしてしまったなって反省する。


 盛大にすれ違ってる、この姉妹の仲を取り持つのは――かなり難儀しそうだわ。

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