第5話 【急募】七夕の短冊の正しい書き方 1/2

「よーしっ、お前ら! 席につけー!!」



 ガラッと教室の扉を開けて、担任の郷崎ごうさき熱子あつこ先生が入ってきた。


 談笑に耽っていたクラスメートたちが、いそいそと自分の席に戻っていく。


 そしていつもどおり、郷崎先生がホームルームを開始した。



「お前ら、今日がなんの日か、知ってるか? じゃあ、二原にはら


「えー?」



 急になんだって顔をしながら、二原さんが唇に手を当てて答える。



「んっと、七夕っしょ?」


「そう、七夕だ。それじゃあ綿苗わたなえ。七夕がどんな日かは分かるか?」


「はい」



 結花ゆうかがゆっくりと立ち上がり、眼鏡をくいっと上げ直した。



「天の川に阻まれた織姫と彦星が、年に一度だけ巡り逢える日……と認識しています。風習としては、笹や竹に短冊を吊るし願い事を記すことが挙げられるかと思います」



 さすがは、学校での綿苗結花。


 表情ひとつ変えず、模範解答を言ってのけて――家では想像もつかないほど、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 家だと話し好きで、ただただ人懐っこい子なのにな。


 そんなことをボーッと考えてると、郷崎先生が楽しそうに笑った。



「そんな七夕をみんなで楽しもうということで、生徒会が七夕企画の準備をしたそうだ。校庭に笹が置いてあるだろ? 思い思いの願い事を短冊に書いて、あそこに吊るしてくれ。匿名でもかまわないってことだからな」



 窓から校庭を見ると、結構な大きさの笹が用意されていた。


 学校を巻き込んでイベントをやろうとか、生徒会って陽キャだよな……俺には絶対務まらないやつだ。



 そして……サインペンを持って、俺は配られた短冊と睨めっこをする。


 俺の願い事、か。



佐方さかた、めっちゃ考え込んでんじゃん。ウケるー」


 パッと顔を上げると、二原さんがこっちを見て、けらけら笑っていた。



「二原さん、もう書き終わったの?」


「うん。うちの願いは、いつだって――ひとつだかんね」



 そう言って突き出された短冊には、『世界平和』とでかでか書かれている。



「えっと。二原さん……ふざけてんの?」


「ふざけてないしー。これがうちの、真面目な願い事だっての」


「ヒーローみたいなことを……ああ、ヒーローと言えば。この間、お店でおもちゃ――」


「ほら、佐方も早く書きなって! お喋りしてないでさ!!」



 自分から話し掛けてきたのに……相変わらずギャルの考えは、まるで理解できない。


 まぁ……人に理解してもらえなくても、自分の中で譲れない願いなら。



 俺にもあるな――確かに。




 短冊を持って校庭に出ると、既にたくさんの生徒たちがわらわらと笹の周りに集まっていた。


 そんな中、俺はふっと――自分の書いた短冊に視線を落とす。



『彼女が幸せになれますように』



 誰にもバレないよう、『彼女』の名前は伏せたし、記名も当然していない。



 ――ゆうなちゃん。


 目を閉じればいつだって、俺に笑顔と元気を与えてくれる、次元を超越した最高のアイドル。


 毛先がくるっとした、茶色いツインテール。

 可愛い彼女に似合う垂れ目。猫みたいにきゅるんとした口元。


 ピンク色のチュニックに、チェックのミニスカートと黒のニーハイソックス。その隙間に生まれる絶対領域は、艶めかしくてドキドキする。



 そんな、俺の女神――ゆうなちゃんは。


 俺の脳内で、はにかむようにニコッと笑って。



 ――――遊くーんっ! 今日も一緒に、アニメでも観よ?



 俺はハッと、目を開けた。


 だって今の声は、ゆうなちゃんだけど、ゆうなちゃんじゃなくって。

 かといって、声優の和泉いずみゆうなってわけでもなくって。



 ――そう。


 家で無邪気に笑ってる、俺の許嫁……結花の声だったから。



「何、してるの?」



 後ろから抑揚のない声でそう言われて、俺はハッと我に返った。


 振り返った先にいるのは――学校仕様の、綿苗結花。



「後ろがつかえてるから、早めに」

「あ。うん……ごめん」



 そそくさと笹に短冊を吊るすと、俺は結花に順番を譲った。


 そして、教室に戻ろうと歩き出したところで……なんだか嫌な予感を覚える。



 ……結花、まさか変なこと書いてないよな?



 勝手に見るのは申し訳ないと思いつつも、俺は振り返って――じっと目を凝らして、結花の短冊を見た。



ゆうくん大好き  二年A組 綿苗結花』



 俺は慌てて笹に飛びつくと、結花が吊るした短冊を奪い取った。


 結花は一瞬、目を丸くしたけど……すぐにいつもの真顔に戻って。



「佐方くん。返して」



 いやいやいやいや!? こんな短冊、駄目に決まってるよね!?


 周囲の様子を窺いつつ、俺と結花はささっと、グラウンドの隅にある大木の裏側に移動した。



「……ちょっと、遊くん。それ返してってば。私の一番の、お願いなんだから」


「えっと……ツッコミどころ多すぎて、頭痛いんだけど。まずこれさ、お願いとかじゃないよね? 結花の感想だよね?」


「でも、本当に思ってるんだもん……」


「仮に思ってたとしてもね? 丁寧に記名までしてこんなの吊るしたら、どうなると思うの? 『綿苗さんの好きな遊くんって誰!?』って噂になって、すぐに拡散されるよ」



 噂の力を、なめちゃいけない。



「そこから万が一、俺と結花が同棲してるなんて知れ渡ったら……凄まじい騒ぎになるでしょ? しかも結花は、声優・和泉ゆうなでもあるんだから。周りの目は気にしないと危ないって」



 若手女性声優にとって、男性とのスキャンダルは致命的だ。


 つい先日、彼氏との同棲が発覚した女性声優が、ネットで大炎上したのを思い出す。


 これまでファンだった人間が、手のひらを返したように叩き出すあんな地獄を――頑張り屋な結花には、絶対に味わわせたくない。



 結花の許嫁『佐方遊一ゆういち』としても、ゆうなちゃんの一番のファン『恋する死神』としても……そう思う。



「で、でも! 短冊に嘘なんて書いたら、天罰で悪いことが起きるかもじゃんよ……」


「はい?」



 思いもよらない切り口だったもんだから、俺は無意識に変な声を出してしまう。


 そんな俺を上目遣いに見つつ、結花はキュッと唇を噛み締めた。



「だから私は、ちゃんと名前を書いて、『遊くん大好き』の気持ちを天の川まで届けたいんだってば」


「……えっと。織姫と彦星は、神かなんかなの?」



「――佐方。こんなとこにいたの?」



 突然声を掛けられて、俺と結花は慌てて距離を取った。


 そして、おそるおそる振り返る。



「あれ? なんで綿苗さんもいんの?」

「……たまたま」



 急に無表情になった結花が、眼鏡を直しつつ淡々と言ってのけた。


 あからさまに怪しいけど……険しい顔をしてる二原さんは、それどころじゃないって感じで気にも掛けてない。



 そんな二原さんの手に握られてるのは……俺の短冊だった。




『彼女が幸せになれますように』(要約:ゆうなちゃんが幸せになれますように)

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