も~っと! 2-8「大事な商談をしてるとこなんですけどー」

「えーと……貴方は?」



 唐突に手を握られた風仁火ふにかさんは、カチューシャをしてドレス風ワンピースを着込んだその少女のことを、いぶかしげに見た。



「うちの名前は、緒浦おうら雛舞ひなむ! 殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ最強の魔法少女、トップアンジェですっ!!」


「な……!? だ、誰が最強なのですか!」



 憤慨したもゆが声を上げるけど、雛舞はどこ吹く風。


 キラキラとした瞳で、風仁火さんのことを見つめている。



「殲滅魔天ディアブルアンジェ――魔法少女キューティクルチャームの後任に当たる、次世代魔法少女よね?」


「そうです! キューティクルチャームより強いディアブルアンジェの中で、一番強いのがうちですっ!!」


「ちょっとぉ!? キューティクルチャームをバカにしないでよねっ! ぷんぷん!」



 雪姫ゆきひめが抗議の声を上げるが、それにも雛舞は反応しない。


 彼女が見ているのは、ただ一人――風仁火さんのことだけ。



「……それで? その最強の魔法少女とやらが、一体ふーちゃんになんの用だお?」

「いい話だったんで、感動したんです!」



 雛舞の言葉に、さすがの風仁火さんも面食らう。


 そんな風仁火さんから手を離すと、雛舞は得意げに後ろ髪をふぁさっと掻き上げた。



「いいじゃん、ミッドナイトリバイバル! すべての魔法少女を倒して、一番になるってことだよね? 魔法連盟アルスマギカもぶっ潰して、自分たちが魔法少女の頂点に立つってことなんだよね? 分かりやすくて格好いい!! それこそまさに、トップに立つってことじゃん!」


「……へぇ。貴方、意外と話が分かるんだお」


「当たり前! なんたってうちは、理解力もトップレベルなんだから!!」


「ちょっと待て。ちょっと待て、雛舞」



 わたしは慌てて雛舞の首根っこを捕まえる。


 そんなわたしをギロッと睨んで、雛舞は抗議の声を上げた。



「なんですか、ほのりさん? うちは今、ミッドナイトリバイバルカンパニーと大事な商談をしてるとこなんですけどー」


「あんた、マジで言ってんの? ミッドナイトリバイバルカンパニーは、魔法少女を倒そうとしている……悪の組織なのよ!?」



 ソファに腰掛けていた薙子なぎこの顔が、僅かに歪む。


 そうだよね。分かるよ、薙子。



 わたしも『悪の組織』って言ったとき――胸が締め付けられるような感じがしたから。



魔法連盟アルスマギカは確かに信用できないし、邪悪な連中だと思うけど……選ばれた魔法少女たちは、みんな一生懸命働いてるのよ? それを力でねじ伏せるなんて、正しいやり方なんかじゃない!!」


「みんな一生懸命? ほのりさん、矛盾してるね!!」



 ビシッとわたしのことを指差して。


 雛舞はドヤ顔を浮かべながら、得意げに微笑んだ。



「そんなこと言ってるほのりさんが一番、一生懸命じゃないじゃん! 魔法少女辞めたいとか言ってる人に、魔法少女を任せられないって考え――うちは理解できる!」



 ちくっと。


 わたしは、胸が痛くなるのを感じた。



 その反応に気を良くしたのか、雛舞は続ける。



「しかもさ、雇用条件だって全然違うじゃん? ミッドナイトリバイバルカンパニーが魔法少女を管理するようになったら、交通費も出るし給与も発生するって言ってたよ? むしろ今まで出てなかったのかよー、って感じなんだけど。ブラック企業じゃん!」



 ぐぅの音も出ねぇ。


 魔法連盟アルスマギカ、やっぱり滅びた方がいいのかな……。



「雛っち! ほのりんが一生懸命じゃないって言葉は、訂正してっ!!」


 雪姫ゆきひめが雛舞を睨みつけて、反論しはじめる。



「ほのりんは確かに、辞めたい辞めたい病だけど……やるときはやる。最後まで絶対に投げ出さない! そんなほのりんを見下した発言をするのは、ゆっきーが許さないよ!!」


「そうなのです! ほのり先輩は辞めたい辞めたいって言いながらも、実はやる気満々なのです!! ツンデレさんなだけなのです!!」



 雪姫に同調して、もゆまでもがフォローの声を上げる。


 うん。ありがとう、二人とも。


 でもわたし、本当に辞めたいんだからね? ツンデレとかじゃないからね?



 そんなことを思いつつ――わたしはこほんと、咳払いをした。


 そして、雛舞のことをまっすぐに見つめると。



「まぁ、雛舞の言い分もあるだろうけど。悪の組織に賛辞を送るなんて、魔法少女のやることじゃないわ。まだまだ引き継ぎ足りないところがあるみたいだから、あんたには後でじっくり――」


「おちびちゃん!」



 わたしの話なんて聞いてないとばかりに、途中で遮って。


 雛舞はビシッと、もゆのことを指差した。



 きょとんとした顔をするもゆ。



「なんなのですか、ヒナリア?」


「もゆに変なこと言うなら、自分が承知しないっすよ」



 百合紗ゆりさがずいっともゆの前に立ちはだかり、雛舞のことを睨みつける。


 お前、本当にもゆのこと大好きだな。


 だけどそんな百合紗すら、雛舞はまるで意に介さない。



「殲滅魔天ディアブルアンジェのリーダーは、誰?」


「はい? 前から言ってるじゃないですか、もゆに決まってるのです!」


「そうっすよ。自分たちのリーダーは、もゆしかいないっす!!」


「リーダーの座を譲る気は?」


「『勾玉』に選ばれた戦士がリーダーになるというのが、南関東魔法少女の慣わし。古来より連綿と引き継がれてきた大いなる意思に従って、もゆにはリーダーを務める義務があるのです!」


「あっそ」



 雛舞は肩をすくめながら二人に背を向けると、再び風仁火さんの方を見た。



「ひとつ聞きたいんだけど……再雇用魔法少女ミッドナイトリバイバルのリーダーって、どうやって決めてんの?」


「今のところ、ふーちゃんしかいないからリーダーは決めてないけれど……もし増員した場合は、パオンも含めて合議を取ることになると思うお。基本的には社長であるパオンが承認した人が、リーダーの役職を与えられるかな?」


「なるほどね!」



 ポンと手を打ち鳴らして、雛舞はパオンのつぶらな瞳をまっすぐに見つめる。


 そしてニヤッと、傲岸不遜に笑って。



「ね、パオン? うちがもし、あんたらの仲間になるとしたら――トップであるうちに、リーダー役を認めてくれるかな?」


「はぁ!? ちょっとあんた、正気!? 何ふざけたこと言ってんのよ!!」



 もし自分が、ミッドナイトリバイバルの仲間になるとしたら?


 この自己中娘は、一体何を考えてんだ。どうかしてるぞマジで。



 だけど雛舞は、キラキラと瞳を輝かせながら――パオンの返答を待っている。



 パオンは困ったように、風仁火さんに視線を向けた。



「拙者としては、ミッドナイトリバイバルカンパニー結成当初からのメンバーである風仁火を、リーダーとして考えていたでござるぱおが……」


「ふーちゃんは、別に気にしないお」



 風仁火さんは、ただただ嬉しそうに笑って言う。



「ふーちゃんは、やる気を持った人と魔法少女をやりたいってだけだから。別にリーダーって立場にこだわりはない。きちんとリーダーとしての務めを、果たしてくれるのなら」


「うちを誰だと思ってんの? すべてにおいてトップに立つ女、緒浦雛舞だよ? 魔法少女のリーダーとしても、頂点に立ってみせるんだから!」



 何を。


 何を言ってるんだ、このカチューシャバカは。



 唖然とするわたしや、他のメンバーの方に向き直ると、雛舞は不遜に微笑みながら――深々とおじぎをした。



「じゃ、交渉成立ってことで。うちは再雇用少女ミッドナイトリバイバルの、リーダーになる! そしてすべての魔法少女をぶっ潰して、魔法少女界のトップに立ってみせる!!」


「ちょっと待つのです、ヒナリア!? それではディアブルアンジェは、一体どうするのですか!?」


「はぁ……分かんないかなぁ、おちびちゃん」



 必死な様子で叫ぶもゆに向かって、雛舞は盛大にため息をついた。


 そして当たり前のように――その言葉を口にする。




「殲滅魔天ディアブルアンジェなんて……今すぐ辞めるわ」

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