第3話 プリパルプレパル★裏切りの変身

も~っと! 3-1「社畜根性丸出しじゃん」

 ――殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェなんて……今すぐ辞めるわ。



 はっきりと、きっぱりと。


 雛舞ひなむは「辞職」の意思を表明した。



「辞めたい」って言うばっかで、実際には辞めらず悶々としながら生きてきたわたしと違って、即断即決な行動。


 これが若さか、ちくちょう! 若さ、若さってなんだ!!



 ……とかなんとか考えているうちに、雛舞とパオンは『再設定』を行いはじめた。


 さすがに我慢の限界に達したらしいガブリコが、悲痛な声を上げる。



「雛舞! いい加減、バカなことはやめるがぶ!! お前さんは、ビビビッときた僕ちゃんに選ばれた、殲滅魔天ディアブルアンジェの偉大なる戦士がぶよ!? トップアンジェとしての設定だって、行ったばかりがぶよ!? それを反故にするなんて……こんなの絶対、おかしいがぶ!」


「そうにょろ!」



 ちろちろと不気味な舌を動かしながら、ニョロンが追撃する。



「ユーが魔法少女になるために、魔法連盟アルスマギカや妖精、さらには引き継ぎをする先輩魔法少女までが関わってるにょろよ? それなのに選ばれてわずか数日で『辞める』だなんて……こちら側のかけたコストに対して、あまりに自分本位すぎるにょろ! 社会人として失格にょろよ!!」


「や。うち、学生だし」



 ばっさりと、ニョロンの言葉を切り捨てて。


 雛舞はビシッと、わたしたちの方を指差してきた。



「それにさぁ。なんの対価も払ってないくせに、束縛だけはしてくるなんて、ブラック企業も甚だしくない? DV男もびっくりだよ。それに比べてミッドナイトリバイバルカンパニーは、給与も交通費も支給される。リーダーの選出も、フレキシブルに対応してくれる。超ホワイトじゃん? うちに言わせりゃ、みんなが魔法連盟アルスマギカを辞めない方が疑問なレベルだね!」


「辞めれるもんなら、とっくに辞めてるわよ!」



 わたしはギュッと、血が滲むほどに唇を噛み締めて、あらん限りの声で叫んだ。



魔法連盟アルスマギカは、確かにブラックだよ! 人をこき使うだけ使って、なんのフォローもしない、労働基準法をぶっちぎった悪徳組織だよ! けど、けどさぁ……わたしが辞めちゃったら、代わりがいないんだよ!! 世界が困るんだよ!! だから、だからわたしは八年も頑張って――」


「社畜根性丸出しじゃん、ほのりさん」



 肩をすくめつつ、雛舞がわたしのことを鼻で笑った。



「代わりがいないから、辞められない? そんなの、向こうの事情でしょ? それをバカ正直に受け止めて辞められないとか――精神病むよ? 辞めたけりゃ、辞めちゃえばいいんだって。それで困ったら、なんだかんだで代わりの魔法少女はいくらでもいるんだから。自分が幸せで、トップを目指せる環境を考えた方がいいよ?」



 フリーダムな雛舞の言動に苛立ちを覚えつつも――わたしはそれに、返す言葉が思いつかない。


 だって雛舞の言っていることには、何も矛盾がないから。



 むしろわたしの方こそ、辞めたいくせになんで魔法少女にしがみついてるんだって……思い知ってしまったから。



「『再設定』完了ぱお」



 そう言って、妖精インド象が大きく鼻を振るう。


「おっけー」


 雛舞はにやりと不敵に笑い、背負っていた黒い刀剣の竹刀を抜く。



 それは『魔天の剣』と呼ばれる、殲滅魔天ディアブルアンジェに変身するための『三種の魔器』のひとつ。



 だけど今は――鍔の部分に刻印されていた、『天使と悪魔が抱きあっているレリーフ』が消失している。



「『魔天の剣』は、『リバイバルブレード』に修正されているぱお。これを使うことによって、汝は再雇用魔法少女ミッドナイトリバイバルの、リバイバルトップへと変身することができるぱお」


「それが再雇用魔法少女の、リーダーってわけね?」


「そうだお」



 風仁火ふにかさんが頷く。


 それを満足そうに受け止めて――雛舞はゆっくりと、眼前に竹刀を構えた。



「定年退職パワー! パラシューティング!!」



 瞬間――雛舞の服が透過して、全身が白い光に包まれる。


 竹刀から長剣へと変化した『リバイバルブレード』を振るって、天を切り裂く。するとその切れ目から、赤い光が滝のように流れ落ちてきて、雛舞の全身を満たしていく。


 雛舞が、両腕を広げる。


 同時に全身を包んでいた光は、魔法少女のコスチュームへと変化し――最後に天から降ってきた二つのリングが、両手首に装着される。



 そうして、わたしたちの眼前に姿を現したのは。


 トップアンジェではなく――リバイバルトップ。



 白いヘッドドレスを装着した、深紅のロングヘア。


 裾や袖にフリルのついた、膝丈くらいのスカートをした、メイド服のようなコスチューム。白いニーハイソックスから伸びる、艶めかしいガーターベルト。


 左手首には白の、右手首には黒のリングが、それぞれ装着されている。



 見た目はトップアンジェの頃と、ほぼ変わってない。


 だけど彼女は間違いなく、魔法連盟アルスマギカを離反した――リバイバルトップだ。



「じゃあ、ふーちゃんも……変身するお!」



 そう言って、ピンク色のナイフ『リバイバルナイフ』を突き出す風仁火さん。



「定年退職パワー! パラシューティング!!」



 オーロラのような光が、風仁火さんの全身を包み込む。


 その中でくるくると、まるでアイススケートでもするかのように、回転する風仁火さん。回るたびに脚・手・身体と、次々に洋服が魔法少女のコスチュームへと変化していく。


 そして最後に髪の毛が、煌めく光を放って――リバイバルイーターの変身は完了した。



 陽の光のように輝く、黄色いツインテールの髪型。


 チェックのエプロンドレスを身に纏い、両手にはナイフとフォークが握られている。



「それじゃあ、イーター! うちらの最強の決めゼリフ、見せてやろうじゃない!!」

「もちろんだお!」



 リバイバルトップはビシッと、右手の人差し指を天に向かって突き上げる。

 そして右手を、大きく横に振るうと。



「夜空に輝く一番星は、不敵に無敵なナンバーワン! 最強の乙女、我が名はリバイバルトップ」



 続いてリバイバルイーターが、フォークを正面に向けながら、満面の笑みを浮かべる。



「今日もあなたを食べちゃうお★ リバイバルイーター!」



 そしてトップが右向きに、イーターが左向きになって、背中を合わせる。



「「今、蘇る。再雇用魔法少女――ミッドナイトリバイバル!!」」


 そのまま二人は、十字を切り――黙祷を捧げた。


「「魔法少女よ、永遠に」」



 ミッドナイトリバイバルカンパニーのオフィス内が、静まり返る。



「あははっ。うちのトップレベルな変身に、言葉も出ないみたいだね?」



 いや、唖然としてるだけだよ。


 っていうかあんたの場合、定年退職でも再雇用でもねーだろ。転職だろ、転職。



「ヒナリア、目を覚ますのです!!」



 もはやツッコむのも面倒くさいわたしに代わって、もゆが大きな声を上げた。



「もゆとヒナリアとユリーシャは、前世からの因果で結ばれた、決して切れないひとつの魂。思い出して! あの日あの丘で契った、永遠の約束を!!」


「知らん!」



 もゆの妄言をぶった切って、リバイバルトップは眉尻に指を当てる。



「ったく。なーんでこんな中二病のおちびちゃんが、殲滅魔天のリーダーなんだか。どう考えたって、頂点に立つうちの方が適任だったのに……そういうところが嫌だったんだよね、南関東魔法少女。先輩たちは、なんかダサいし」


 唐突にキューティクルチャームをディスるな! ぶっ飛ばすぞ!!



「魔天の雫の加護を浴び……」


 そのときだった。



 もゆが、魔天の雫を構えて、変身の呪文を唱えはじめたのは。



「ちょっ……もゆ? あんた、何やって……!!」


「今、咲き誇れ! 百花繚乱!!」



 鈴のような音とともに、もゆの服が魔法少女のコスチュームへと変化していく。


 左目を覆い隠すほどに長い、膝のあたりまで伸びた漆黒の髪。


 学ランをアレンジしたような服。学帽風のキャップからは小さな白い羽根が、腰元からは黒い羽根に見立てたひらひらが、それぞれ生えている。



「常闇 混沌 漆黒 ……雨。漆黒の乙女、我が名はノワールアンジェ」



 目を瞑り、左目を手で押さえながら口上を言い挙げると、ノワールは片足を上げてポーズを決める。


 そして――傲岸不遜な態度で立っているトップのことを、キッと睨みつけた。



「トップ! いい加減、闇の言葉に惑わされていないで、目を覚ますのです!!」


「惑ってないし。うちは、うちの意思でディアブルアンジェを辞めたんだし」


「嗚呼……なんという悲劇。ようやく見つかった血の盟友は、大いなる闇に心を呑まれていた……これが神話の一ページだとするならば、神はなんという辛き試練をわらわに与えるのでしょう? 神の子は、やはりいつの日も孤独」


「浸ってんじゃないって、この中二病は。御託はいいからさ……そろそろ決着をつけようじゃん?」



 何やら神の子モードに入っているノワールを、トップはビシッと指差して、自信満々な様子で言い放った。



「本当にトップレベルなのは――どっちかってことをさ!!」

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