第4話 アウェイキング☆本当の友達

#4-1「おいしく調理すんな!!」

 ――あれは、魔法少女になるよりもっと前のことだったか。



「あーあ、ぼくもなぎちゃんみたいにつよかったらなぁ」


 幼き日の雪姫ゆきひめが、ぼやくように呟く。



「そしたらほのちゃんのこと、どんなわるいやつらからでもまもってあげられるのに」


「みっちゃんは、いまだってじゅうぶんつよいよ」


 そんな雪姫に対して、同じく幼き日のわたしが、満面の笑みで微笑む。



「なぎちゃんみたいなちからはないかもだけど、みっちゃんはどんなやつにだってたちむかってくれるじゃない。それで、いつだってわたしをまもってくれるもん」


「それは、ぼくがほのちゃんのことを――だからだよ」


「え、なに?」



 わたしが聞き返すと、雪姫は「なんでもないっ!」と顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


 わたしは首をかしげつつも、なんとなくそれ以上詮索してはいけない気がして、雪姫から視線を逸らした。


 空が夕焼けの色になり、二人の世界は真っ赤に染まる。



 ……なんでだろう?


 どうして今、こんな昔のことを思い出すんだろう……。



          ●  ●  ●



 ひらりと制服のスカートを翻して、雪姫はくるりと台座の上で一回転をした。


 黒墨くろすみが『ひょおおおおお!!』と興奮気味に声を上げる。


 こいつ……もう恥も外聞もなくなったな。

 吹っ切れた変態ほど怖いものはない。



『こほん……我らが偉大なる黒王こくおう陛下はおっしゃった!』



 よだれでも垂らしそうな表情から一変。


 真面目な顔を作ると、黒墨くろすみは声を張り上げた。



『そう、「たとえ王国が滅びようと、我らが大いなる目的は不滅である」……とな。その意思を引き継ぎ、俺は今より「第二黒王」として世界を漆黒に染め上げることを宣言する! 女子高生軍団と一緒にな。そう、そして漆黒に塗り潰された世界に残るのは、俺と女子高生だけ!! 女子高生と俺だけの未来が、今こそ誕生するのだ!!』



 黒王も草葉の陰で泣いてることだろうな。確かあの人、真剣に世界征服を目指してた気がするし。やってることは壁を黒ペンキで塗ったりする軽犯罪程度だったけど。


 まぁ……今はそんな滅んだ組織のボスの気持ちなんて、どうでもいい。


 そんなことより、大切なことは――。



「雪姫。今なら怒らないであげるから、戻ってきなさいよ。これ以上はちょっとシャレじゃあ済まないわよ?」



 わたしはやや苛立ちを孕ませながら、雪姫への説得を試みる。


 しかし雪姫はにこにこと微笑むばかりで、何も答えてはくれない。



『無駄だ。彼女は自ら志願して、俺にプロデュースされる道を選んだのだ。電脳ライブハウス二人目の構成員――第二黒王の正妻、黒后こくごうとしてな! ふははははははは、雪姫ちゃんは俺の嫁っ!! ふははははははは!!』



 二人しかいないのかよ、構成員。とんだ小規模組織だな。



「おい変態。雪は、本当は男子高生だぞ? お前の人生、それでいいのか?」


『男のだけど、愛さえあれば関係ないよね? セーラー服も似合っているしな!』


「うぅ……自分はこんな、制服フェチの変質者に騙されてたんすかぁ……」


『そのとおりだ。残念だったな引きこもり』


「残念なのはあんたの頭よ、黒墨影夜かげや



 頭を抱えて絶望に身体をくゆらせている百合紗ゆりさちゃんはさておいて。


 わたし・薙子なぎこ・もゆの三人は目配せをし、それぞれの変身アイテムを取り出した。



『ほう、俺と戦うつもりか? ホログラムの俺に対して、攻撃は一切当たらないと分かっているのに?』


「うっさいわね、分かってるわよ変質者。それでもやるしかないでしょうが。ここで放っておいたら、雪姫の歌でさらに女子高生を洗脳するつもりなんでしょ?」


『いい読みだ。ぜひ俺と一緒にサバゲーをやってほしいくらいだよ。有絵田ありえだほのり――いや、女子高生!!』


「やかましいわ! とにかく!! あんたをぶっ飛ばして、そこのバカの目を覚ますしか方法がないのなら……たとえ勝率が低くても、わたしたちは戦うわよ」



 そう、それこそが。


 非常に遺憾ながら――魔法少女の使命って、やつなんだから。



「行くよ、二人とも!」


「ああ」


「了解なのです!」



 わたしはポケットから取り出した、ピンク色の勾玉を。


 薙子なぎこはネックレスから引きちぎった、オレンジ色の持ち手をした短剣を。


 もゆは宝飾部に黒色の勾玉が据えられた、エンゲージリングを。


 それぞれ構えて――。



「キューティクル勾玉エナジー! チャームアップ!!」


「キューティクルソードエナジー! チャームアップ!!」


「魔天の雫の加護を浴び……今、咲き誇れ! 百花繚乱!!」



 呪文の詠唱とともに、わたしと薙子の服は弾け飛ぶ。



 勾玉に口づけると噴き上がる、泡のカーテン。その裏でいそいそと着替えて、わたしはハートの飾り付きリボンを巻く。同時に髪の毛が伸び、サーモンピンクに染め上がる。



 現れる擦りガラス。その裏で薙子は着物を纏うと、巨大化したキューティクルソードでガラスを器用に切り裂いた。そして出来上がる、片足だけのガラスの靴。



 一方で呪文詠唱と同時に服が透過したもゆは、白い光に全身を包まれた。


 その光の中で、もゆは身体の各部をポンポンと叩いていく。


 叩くたびにリンと鈴の音が鳴り、帽子・ブーツ・学ラン風コスチュームと、徐々に服装が魔法少女のそれへと変化を遂げる。



「さぁ、行くよ!」



 わたしは水飛沫を上げて、水中から飛び出した。


 フリルをあしらったミニスカートコスチュームに、羽織るはブレザーを模した謎マント。


 縞のオーバーニーソックスや、ハートの装飾がなされた黄色いリボンは、相変わらず年甲斐もない。



 赤面しそうになるのを堪えながら、わたしは左腕を伸ばしてポーズをきめた。そして、両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレーを引き抜くと、くるくる回して正面に向ける。



「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」



 肩と胸元を大胆に露出させた花魁のような薙子は、オレンジ色の髪を風になびかせる。


 淡い黄色の着物に、白のサイハイソックス。そして背中には、無骨な鉄パイプ。


 無表情のまま魔法の鉄パイプを背中から引き抜くと、和装魔法少女は眼前に据えられたガラスの靴を木っ端微塵に破砕させた。そして鉄パイプを数回転させて、右手に構える。



「ガラスの靴を叩いて壊す! チャームゥゥゥ……番長!!」



 コスチュームを身に纏ったもゆは、両手をクロスさせる。瞬間、腰元から黒い羽根のようなひらひらが、ばさりと生えてくる。


 帽子には天使を意味する小さな羽根、腰元には悪魔を意味する黒い羽根。


 そして最後に撫で上げた髪が、妖怪みたいに不気味に伸びて左目を覆うと――演出上現れた月に照らされながら、宵闇の中で振り返る。



「常闇 混沌 深淵 ……雨。漆黒の乙女、我が名はノワールアンジェ」



 チャームサーモン・チャーム番長は、天に向かって伸ばした右手を重ねた。



「「世界に轟く三つの歌は、キュートでチャームな御伽のカノン」」


 パウダースノウは、いないけれど。



「「我ら魔法少女! キューティクルチャーム!!」」




 一方のノワールアンジェは、左手で唇に触れつつ、右手の人差し指を使って右目を拭う仕草をする。


「生まれし罪に悪魔の接吻キスを。戦う罰に天使のるいを」


 そのまま地面を蹴り上げ、ポーズを決めると。



「我ら選ばれし民。殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ」




 そしてキューティクルチャームのリーダーたるわたしは、両手を腰に当て、恥ずかしさに唇を噛みつつ宣言する。



「ちまたに溢れる社会のクズ共! この魔法少女キューティクルチャームが、今日もシュシュッと……お掃除しちゃうゾ☆」



 対するディアブルアンジェのリーダー・ノワールアンジェは、瞳を閉じると苦悶するように腰を捻って。



「嗚呼……今宵も魔天は、血に濡れる」


「ひいぃぃぃ……」



 思わず変な声を漏らしてしまうわたし。


 いや、だってさ。腰を捻りながら「血に濡れる……」とかさ。


 いくらなんでも小っ恥ずかしすぎるでしょ。


 そんなわたしの態度に憤慨したのか、ノワールが唇を尖らせる。



「毎度毎度なんなのですか、炙りサーモン先輩。わらわの優雅な変身に茶々を入れるのはやめてください!」


「誰が炙りサーモンだ、おいしく調理すんな!! あんたの決めゼリフが何度聞いても薄ら寒いんだから、仕方ないでしょうが!」


「ぷぷっ……『お掃除しちゃうゾ☆』とか言ってる十七歳の方がよっぽど恥ずかしいのですよ? そちらこそ歳を考えてください」


「やってる場合か、お前ら」



 わたしとノワールの口論を、番長が諌める。


 おっと。そうだったわね。こんな低次元な言い合いをしてる場合じゃなかった。


 今やるべきことは――悪の変質者の手に落ちた、雪姫を救い出すことだ。



『くっくっくっく……変身したな魔法少女ども。それではこちらも、対抗させてもらうとしよう。黒后よ』


「はぁーい★」



 黒墨の言葉に手を挙げて返事をすると、雪姫は真っ黒なマイクを片手に、瞳を閉じた。


 そして。



「――――ドレミファソラシー♪」



 その声変わり時期を過ぎているとは思えない可愛らしい声で、旋律を口ずさんだ。


 瞬間――わたしの身体がむずむずしはじめる。


 え、何これ。ちょっと嫌な予感がするっていうか、胸の奥が熱くなってきて――。



「フォオオオオオオオオ! 黒后さまあああああああ!!」



 堪らなくなって、わたしはあらん限りの声で叫び声を上げた。


 そしてそのまま、首を前後にシェイクさせはじめる。


 ベイビーカモーン! ジャスミンの時代は終わった!!


 これからは黒后様が、世界を瞬く間に席巻するときだぜひゃっはあああ!!



「落ち着け」



 ゴンッ、と鈍い音が耳の奥の方に響いた。


 半拍遅れて訪れる、後頭部の激しい痛み。



「って、痛ってええええ!? ふざけんな番長!! 味方の頭を鉄パイプで殴る魔法少女がどこにいんのよ!?」


「人間もTVも同じだ。壊れかけたときは、殴るのが一番早い」


「あほか! 魔法少女じゃなかったら即死よ即死!!」


「ですが……少なくとも、番長先輩のおかげでサーモン先輩は正気に戻ったのですよ。あの方たちとは違って」



 呟くようにそう言って、ノワールは正面をおそるおそる指差した。


 痛む後頭部をさすりながら、わたしはその指の先へと顔を向ける。



「――ちょっと。何よこれ!?」




 そのあまりの光景に、わたしは思わず息を呑んだ。



 黒后――雪姫光篤みつあつの立つ、公園の噴水の周りでは。



 大量の女子高生たちが、無我夢中でヘッドバンギングを繰り広げていた。

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