#3-8「白状しよう……俺は、女子高生が好きだ」

 …………。


 ………………はぁ!?



『女子高生を女子高生たらしめるもの、それは制服。大人には決して着ることの許されない、思春期女子たちだけの秘密のパスコード。その女子高生特有の衣装こそ、アイドルたるに最もふさわしいのだ』


「そ……それなら、自分だって高校の制服着るっすよ! 一回も着たことないけど!!」


『甘ったれるな!!』



 理不尽な怒りを露わにして、黒墨くろすみは黒マントを大仰に翻した。



『白状しよう……俺は、女子高生が好きだ』


 知ってます。



『そして女子高生は、制服が一番可愛い。風に踊るプリーツスカート、瑞々しい肌に張り付いた白いシャツ……セーラー服も好きだ。でも、ブレザーも捨てがたい』


「昨日から思ってたけど、マジで気持ち悪いな。お前」



 薙子なぎこがゴミでも見るような目つきで、黒墨を見やる。



『制服は使い古してあるからいいんだ。毎日眠気と戦いながら学校に通い、放課後は友達と商店街に繰り出して――そうした青春の汗と涙が染み込んでいるからこそ、価値があるんだ! 貴様みたいな引きこもりが新品の制服を申し訳程度に着たところで、なんのありがたみもないわ!! 死ね!!』



 暴論でしかない、ロリコン特有の凄まじい主張に、百合紗ゆりさちゃんは膝を折る。

 わたしたちはただ、その様子を生温かい目で見守るのみ。



『分かったか、ジャスミン……いや、茉莉まつり百合紗。貴様に、女子高生を名乗る資格はないのだ! この引きこもりめ!!』


「うう……ぐすっ……全ては音楽のため。そのために女子高生ライフだって捨てて、生きてきたのにぃ……」


『実に愚かだな、茉莉百合紗。そのくだらない幻想を抱いて、一生部屋で過ごしてろ』



 吐き捨てるようにそう言って、黒墨は視線を百合紗ちゃんからこちらに動かした。


 うわ、こっち見ないでよ変態。



『いかがかな? 俺の、崇高なる理念は』


「いや、低俗にも程があるでしょ……」


「死ねよ。気持ち悪い」


「嗚呼……魅惑の果実に心奪われた哀しき使者よ。我が盟友の心を踏みにじりし行為、断じて許さないのですよ!」



 各々の言葉で黒墨を否定すると、わたしたちは地べたに倒れ伏した百合紗ちゃんをかばうように、その前に立ちはだかった。



「百合紗ちゃんの気持ちを踏みにじり、女子高生を自分の欲望の糧にしようとする第八十七番目の悪の組織――電脳ライブハウス、黒墨影夜かげや! あんただけは絶対に許さない!!」


「お前は、生理的に受け付けない。覚悟しろ、殺す」


「ユリーシャのため、人々のため……今日も魔天は、悪しき魂を断罪するのです!」


『くっくっくっく……果たして貴様たちに、電脳ライブハウスを滅ぼせるかな? 新たなる「歌姫」は、どこぞの引きこもりとはレベルが違うぞ?』



 新たなる……歌姫だと?


 目を丸くするわたしたちを満足げに一瞥すると、黒墨は噴水に向かって右手を振りかざした。



 瞬間――地鳴りのような音が、公園全体を震撼させる。



「な……何よこれ!?」


『さぁ現れよ。真なる歌姫――「黒后こくごう」よ!!』



 噴水が真っ二つに割れる。小便小僧も真っ二つに割れる。


 そしてその裂け目から巨大な台座が、ガタンガタンとせり上がってくる。



「え……?」



 台座の中央には、一人の少女が立っていた。


 陽光を浴びて金色に輝く、ふわふわのパーマ。つぶらな瞳に、零れ落ちそうなほど長い睫毛。わたしたちの学園のセーラー服を着込み、その上にベストを羽織っている。


 嘘……でしょ?


 なんであんたが、こんなところにいるのよ!?



 思いも寄らなかった光景に、わたしは思わず肩を震わせた。



 その脳裏にリピートされる、あいつの言葉。



 ――ほのりん。ゆっきーは分かったんだよ。


 ――ゆっきー一人なら、人気者を目指せるんじゃないかって。


 ――ジャスミンみたいに、なれるんじゃないかって。




『さぁ――はじまるぞ。俺のプロデュースによる、アイドル伝説第二弾が』



 両腕で自身の身体を抱きしめて、黒墨は陶酔するように目を閉じた。


 そんな気持ち悪い彼の挙動などアウトオブ眼中に――わたしは台座に君臨するそいつに向かって叫んだ。



「何やってんのよ……あんた!」


「やっほー、ほのりん」


「やっほー、じゃないわよ! 何やってんだって聞いてんでしょ!!」


「えー? 見たまんまだよぉ。プロデューサーさんのおかげでぇ、ゆっきーはアイドルとしての一歩を踏み出したんだ★ そう、漆黒の雪を身に纏う新時代のアイドル――黒后としてねっ★」



 わたしはガンッと、そばに立っていた樹木目掛けて思いっきり拳を叩きつけた。


 バサバサと羽音を鳴らして、鳥たちが澄み渡る青空へと飛び立っていく。



「ふざけてんじゃねーぞ……」



 俯いたままで、呻くように呟くと。


 わたしは顔を上げ、台座に一人立つ少女もどきへと声を張り上げた。



「どういうことか説明しなさいよ、黒后……いいえ、雪姫ゆきひめ光篤みつあつ!!」



 しかしそんな怒声にも怯むことなく。


 手にしたマイクを口元に当てると。




 ――わたしの幼なじみ・雪姫は、いつもみたいににっこりと微笑んだ。

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