#3-6「不採用通知?」
呼び鈴を何度か鳴らしてみるが、
お母さんはともかく、筋金入りの引きこもり・
さて、どうしたものやら。
「ふふふ……ここはわらわにお任せを」
不敵な笑いに振り返る。
そこには、学ランをアレンジしたような奇抜なコスチュームの魔法少女――ノワールアンジェの姿があった。
そしてノワールは髪の毛を掻き揚げ、金色の左目を外気に晒す。
「魔法のオッドアイ『夜光虫』――
瞬間、わたしたちの周囲の景色が切り替わる。
門扉の前で立ち尽くしていたはずのわたしたちは、デスクトップパソコンや立派な機材の置かれた一室――そう、百合紗ちゃんの部屋の中に移動していた。
「これ、不法侵入じゃないか?」
「血の盟友との絆を、法で裁くことなどできないのです」
「法律なめんな、あほ! ご、ごめんね百合紗ちゃん。これには深いわけが……」
突然の来訪者に戸惑っているか、怒っているか。
なんにせよ謝罪は必要だよなぁなんて思いつつ、わたしが振り返ると。
「――死ぬしかない。死ぬしかない。死ぬしかない。死ぬしかない……」
「ひぃ!?」
白いTシャツにショートパンツと、相変わらずラフな格好をした百合紗ちゃんは、ベッドで体育座りをして呪詛のように不穏な言葉を呟き続けていた。
「な、なんという禍々しきオーラ! ユリーシャ、しっかりしてくださいなのです!!」
もゆは変身を解除して、慌てて百合紗ちゃんのもとへと駆け寄る。
「……ああ。これはこれは、おちびちゃんじゃないっすか」
光のない瞳のまま、へらっと口元だけで微笑する百合紗ちゃん。
はっきり言って、不気味だ。
「何があったの百合紗ちゃん? まさか
「……雪姫さん? なんの話っすか。昨日以来、会ってもいないっすよ?」
首を九十度近く傾けて、百合紗ちゃんは再びへらっと笑う。
なんか壊れたぜんまい人形みたいだな。
「……ま、なんでもいいっすけどね。自分はもう、死ぬしかないんすから。全部終わりです。はいはい、人生おわたー。自分にはもう、未来が見えない」
「だから、どうしたって言うのよ!? 人生投げ捨てて引きこもっても平気な顔してたくせに、何があったらこんなことに……」
「これじゃないか? パソコン見てみろ」
そこには『差出人:黒墨プロデューサー』と書かれた、一通のメールが表示されていた。
『拝啓、ジャスミン様。時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。誠に残念ながら、厳正なる選考の結果、弊社での採用は見送らせていただくこととなりました。何卒ご理解のほどを――』
「って何これ? 不採用通知?」
「そっす。自分はたった今、黒墨プロデューサーに捨てられたんすよ。えへへへへ……見てくださいよ、これ」
百合紗ちゃんはふらふらしながらパソコンの前へ移動すると、ミーチューブを表示する。
そして昨日アップしたらしい新曲――『突撃! パンナコッタ』とかいう、既にタイトルから理解不能な動画を再生させはじめた。
流れてくるのは、イカれたメロディ。
耳をつくのは、狂った音程。
わたしは思わず耳を塞ごうとして――コメント欄の異変に気付く。
『なんだこれwww』『震えが止まらない……下手すぎて』『世界よ、これが歌い手(笑)だ!!』――――。
「これは……コメント欄が、炎上してる?」
「……つい三十分前に不採用通知が来たかと思ったら、これっすよ。これまでの動画も全部、批判の嵐っす。あはは」
百合紗ちゃんはゆらりと立ち上がり、壁にもたれ掛かった。
「信じて待っていろ……その言葉を信じてバカみたいに待ってた結果が、これっすよ。自分は騙されてた……あの人は自分を、ボロ雑巾みたいに捨てたんす!」
がくりとその場にへたり込んで、百合紗ちゃんはさめざめと泣きはじめる。
これは――一体どういうことだろう?
しかしまだ洗脳は完璧じゃなく、発作的にヘッドバンギングをする程度にしか女子高生を操れていない。
その状態で、ジャスミンを捨てる……?
「嗚呼、ユリーシャ……」
そんなことを思案していると。
真っ赤な三つ編みを揺らして、もゆが百合紗ちゃんのそばへと一歩踏み出した。
「なんという哀しみの旋律。その憂いを帯びた声は、まるで儚き茨姫。けれど、どうか安心して。ユリーシャにはそう、誰より濃い血の絆で結ばれた、もゆがいるのですから」
「……おちびちゃん。自分は今、中二病ごっこに付き合う元気はないんすよ」
もゆの意味不明な声掛けに、絶望MAXな百合紗ちゃんはつれない態度。
けれど、もゆはめげることなく、勾玉形の変身アイテム――魔天の雫を取り出した。
「どんなお悩み、寂しさだって
「だからぁ……おちびちゃんとは組めないって、言ってるじゃないっすか」
百合紗ちゃんは地べたに座り込んだまま、深々と嘆息した。
そしてその眠たげな瞳で、射るようにもゆを見据える。
「自分は引きこもり。誰かと組んで人前で活動するだけでも、酸欠になりかねないっすよ。その上、相方が子どもだなんて。子どもは何するか分かんないから、引きこもりにとってストレスが大きすぎるんすよ」
引きこもりのくせに偉そうだな、こいつは。
けどまぁ、百合紗ちゃんの言い分にも一理あるかもね。
まだまだリーダーとして未熟なもゆには、この超個性派な百合紗ちゃんを引っ張っていくって役割は、ちょっと荷が重すぎる。
でも、百合紗ちゃんが仲間になってくれないと、わたしの引退が詰むんだよなぁ。
最悪な決まりを作ったもんだよ、
「大丈夫なのですよ、ユリーシャ」
そんな絶望的な状況にも、まるで怯むことなく。
むしろ自身満々に「ふふん」と微笑んで――もゆは百合紗ちゃんに手を伸ばした。
「もゆは確かに子どもですが、すぐに成長するのです。星の巡りに導かれて。だから……もゆを信じて、一緒に来てほしいのです。我が盟友、ユリーシャ」
「……言ってる意味が、さっぱり分かんねーっすよ」
もゆの中二病妄言をばっさりと切り捨てると、百合紗ちゃんはゆらゆらと陽炎のように揺れながら、立ち上がる。
そしてベッドの隅に投げてあった靴下を履くと、ちょんまげヘアを整えて、部屋を出ようとする。
「ちょ、ちょっと百合紗ちゃん!?」
「太陽光に当たると、死ぬ設定じゃなかったのか」
「ええ。ぶっちゃけ陽の光は苦手だし、人混みも嫌いっす。外の世界なんて出たくない……一生家で、歌だけを歌って生きてたかった。けど、南関東魔法少女並に落ち目になった今の状況じゃあ、そうも言ってられないっす」
あれ、なんで今ディスられたの? 関係なくね?
「とにかく、黒墨プロデューサーを探して、直接理由を聞かねーと納得いかないっす。それは自分の音楽にとって、最重要課題。そのためなら自分は――外にだって、出れる」
自分に言い聞かすように、そう言って。
百合紗ちゃんは、思い切りよく扉を開けた。
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