第六章 闇の魔王と第二の魔法少女
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「それにしても、凄い肥料ね。ものの数時間で育っちゃうなんて」
芽が出てから半日であの植木鉢は五十センチくらいにまで育っていた。
「肥料のお陰だけではありませんよ。この種は品種改良されたもので、大人になるまでが早く、そして老いるまでの時間が長くなっているのです」
「科学が進んだ世界ってもの、十分魔法のような世界ね。でも、これだけの物があっても地上では芽を出すことすら適わなかったの?」
「はい、ですが……天音さんのお陰で遂に、芽が出ました」
植木鉢を見る目はどう見ても子を見る親のようだった。
「大事なのはこれからよ。枯れちゃったら意味はないわ」
「いいえ、芽が出たという事実。この一歩こそが何よりも大事なのです。この成果を研究すれば、なぜここの大地では芽が出ないのか解明出来るかも知れません」
「……そうか、ロックには無限とも思える時間があるんだしね……」
でも、それならもっと芽吹かせておくべきだろう。
「ロック、もっと植木鉢はないの? 出来れば他の種も試してみたいわ」
「そうですね。ちょっと待ってください」
そう言って倉庫の中に入っていったロックは、戻ってくるときは籠のような台車に一杯の植木鉢を入れて出てきた。
「これでどうでしょう」
「いいわ。後は私の魔法でどれだけ土が作れるのか」
ある意味、魔法がどれだけ使えるのかの実験にもなった。
テレビゲームとかだと魔法を使うにはそのためのエネルギー、よくマジックポイントとか言われていて数値化されている。
だけど、現実として魔法を使っているとその数値なんてわからない。
少なくとも体のどこかに刻まれているなんてことはない。
ということは、どれくらい魔法が使えるのかその限界値がわからなかった。
それって今考えると怖い話だ。
だって、空を飛んでるときにその限界値に達して急に魔法が使えなくなったらと思ったら……。
「それでは、私は土の入った植木鉢に種と肥料と水を与えればいいのですね」
「そうね。じゃあ始めるわよ」
それから半日かけて天音は五十個の植木鉢に土を出現させた。
しかし、どれだけ魔法を使っても疲れはないし、土の量が変わることもない。
クルスが魔法のセンスがあると言ったのは、こういう意味だったのだろうか。
そういえば、一番最初に芽を出した植木鉢はすでに一メートル近くにもなろうとしていた。
……少し、計画が間違っていたかも。
この速度で他の植物も生長していったら、植木鉢の大きさ的に問題が出てくる。
「ねえ、これってまだ大きくなるの?」
「はい、過去のデータによると三メートルくらいの植物に育つようです」
「……その植木鉢だと、小さいよね」
「あ……確かに、そうですね」
だからといって、この時点で外に出すのは早計だろう。
「そうだ。この地下シェルターに温室を作れないかな。ビニールハウス程度のものでも良いんだけど」
「……ビニールハウスがどのようなものかはわかりませんが、温室はわかります。簡単なものでよろしければ明日の朝までに完成させておきましょう」
もはやその事でいちいち驚くのも飽きた。
ロックが出来るというなら任せておいて良い。
天音は天音で土をどれだけ魔法で出せるのかの実験を続けることにした。
今までは植木鉢の中でイメージしていたが、今度は違う。
地下シェルターは広いし、そこに軽い小山が出来ても大丈夫だろう。
ロックが建てたホテルの目の前は他には何もないので丁度よかった。
「『土の山』よ」
魔法の言葉は天音のイメージしたとおりの小山を作りだした。
さすがのロックもこれには驚いていたが、天音もロックが本当に一晩で温室を仕上げたことに驚かされた。
ロックが作った温室は、温度管理と水流の調整機能付きで、天音の世界だったら最新式と言っていいレベルの温室だった。広さは体育館くらいある。
もちろん温室を取り囲む壁はあの透明な板。ガラスでもプラスチックでもない。前に一度ロックに聞いたが、聞いたことのない名前だったのでなんとか物質としか覚えていなかった。
「それじゃ、この土を運び込もう」
「天音さんは休んでいてください。そういう仕事こそ私たちに与えられた役目なのですから」
「ロック、気を遣ってくれてるのはわかるけど、人間の仕事全てを代わることが人間のためになるわけじゃないのよ。そりゃ、ロックだけでやった方が効率的だろうけど、私はやりたいの」
ロックと一緒に汗をかきたいって気持ち、それを理解させるのって『異世界跳躍』や『魔法』を教えるよりも難しいんだろうなと思った。
「……わかりました。それでは、一緒に運びましょう」
シャベルでバケツに土を詰めて、それを台車に載せて運ぶ。
天音は土を詰めて、ロックにそれを運んでもらった。
毎日朝八時に起きて仕事を始める。
お昼はロックが食事を用意してくれて、三時にはおやつ休憩を挟み、六時まで作業を繰り返した。
夕食はロックに教わりながら天音も一緒にキッチンに立つ。
シャワーを浴びて九時にはベッドに横になった。
元の世界にいた頃は夜遅くまで起きていた。
それは退屈な授業中に半分意識が寝ていたり、妄想していたり、まともに起きていなかったから夜眠れなくて、結局翌日の授業中に眠くなったりして……。
生活リズムを狂わせる負の連鎖に嵌まっていた。
でも、ここでこうして汗を流していると、いつもは寝られないような時間でも体が疲れているから自然と眠ってしまう。
そして、早く寝るということは早く目が覚めてしまうわけで、それからの一ヶ月で天音は実に健康的な生活を送るようになった。
「もうそろそろ土の運び込みは良いかな?」
「そうですね。これで十分だと思います」
温室の中は、魔法で作った土で隅から隅まで整地されていた。
ちなみに、すでに鉢植えで育てていた植物たちは、整地が終わった区画に先に植え替えてあるので、そこだけすでに緑で溢れていた。
ただ、どの植物も地球で見たことのないものばかり。
「後は、種を蒔くだけね」
「はい。ここに用意してあります」
「本当に手際が良いよね。それじゃ、私はこっちの端から蒔いていくから、ロックは向こうからね」
「……はい」
あまり植物が近すぎると邪魔し合っちゃうだろうし、栄養も取り合ってしまうかも知れない。
あ、でもここの肥料だとそれは問題ないのかな。
何しろあれだけ生長を促してしまうわけだから。
取り敢えず大きくなったときに邪魔にならない程度に間隔を開けて種を蒔いた。
水は循環システムがあるので、じょうろで一つ一つ与える必要はない。
だから、種蒔きは一日で終わってしまった。
……そろそろ、ここでの役割も終わりかも知れない。
いつものように夕食を食べ、シャワーを浴びた天音はロックが用意してくれたパジャマには着替えなかった。
ここに来たときの服装。
Tシャツに短パン。レギンスにスニーカー。全てロックが洗濯してくれていたから新品同様に綺麗だった。
空になった鞄を肩から提げる。
「天音さん。その格好は……?」
部屋に戻ると、天音が寝るための準備をしていたロックがそう言った。
「ロックなら説明しなくてもわかるでしょ?」
「……いえ、理解出来ません」
それは、ロックが初めて天音の意見を否定した言葉だった。
だから、はっきりと言わなければならない。
「私がこの世界でやるべきことはもうないと思う。ロックがこの世界で植物を復活させるための研究をする材料は揃ったはずだよ。後は、半永久的に生き続けるというあなたのエネルギーが続く限り、きっといつかこの星の大地にも緑が蘇る」
「……天音さん。あなたが私を信じてくださったことはありがたく思います。ですが、私はあなたと共にこの世界の命を蘇らせたい。共にこの世界を救って欲しいのです」
ロックは今まで何かを望むことはなかった。
それはロボットとしてのプログラムがそうさせるのか、あるいはロック自身がそうさせるのか。
そのロックが、自らの望みを求めてきた。
「ここは本来私がいない世界なんだよ。だから、ここに留まることは出来ない」
「天音さん。あなたは元の世界が退屈だったから『異世界跳躍』したはずです。そんな世界に戻ることに一体何の意味があるというのですか?」
「……確かにね。私の世界は退屈だわ。不健康な生活も送ってきたし、人と関わることさえ煩わしく思うこともある」
「そうでしょう。天音さんの世界の科学力は、この世界ほどではないようですが……。人間という生き物は変わらない。二人以上存在する世界ではいずれ必ず争いは起こります。いえ、もう起こっているのかも知れません」
それを否定するつもりはなかった。
日本は今、平和だ。しかし数十年前、ロックの感覚からしたらほんの少し前に戦争していた。
今も世界で紛争や戦争は絶えない。
いずれはこの星と同じ運命を辿るのかも知れない。
「それでも、捨てられないし、帰りたいと思う場所が……私の故郷だから」
「……私は、この千年。この世界に命を蘇らせたいと思っていました。人間が滅ぼした後の世界で、命を蘇らせる。矛盾しているのです。私以外のロボットたちは、人間が命を滅ぼすものだと認識してしまった。だから、人間の命を守るために、命を滅ぼす人間を滅ぼそうとしました」
そうして起こった終末戦争がロボットも人間も滅ぼし、この惑星を死の星に変えてしまった。
人間のせいで、一人残されたロックが、天音と共に生きたいと願う。
そこにどんな葛藤や想いがあったのか。
「人間という生き物は不思議な存在です。私にとって忌むべき存在であり、そして、また愛しき存在でもある。私はあなたと出会ったから、人間とではなく……天音さんと共に歩みたいと思ったのです。いずれ、天音さんの寿命が尽きて別れることが避けられないとわかっていても」
ロックの想いは人間の心と変わらない。
それをないがしろには出来ない。
「ロックの気持ちは嬉しいよ。私も、ロックのことは好き。だけど、それでも私には帰る場所がある。ここに永遠に留まることは出来ない」
天音はロックの瞳――カメラのレンズを覗き込むように真っ直ぐと見つめた。
キュルキュルとそのレンズが動き、レンズに映る天音が大きくなった小さくなったりした。
「……人間の心というものは、難しいですね。私の想いも天音さんには負けていないはずなのに。天音さんの想いも私には負けていない。わかりました、今は帰ることに納得します。ですが、私のエネルギーは半永久式ですから、いつでもここへ帰ってきてもいいのですよ」
「そうだね。人間の世界が嫌になったら、またここへ来るかもね」
「いつでも、お待ちしております」
「それじゃあ……」
「あ、ちょっとお待ちください」
そう言って、ロックは部屋を出て行った。どこへ行くのか聞こうと思ったら、すぐに戻ってきた。
何やら両手に一杯荷物を抱えている。
「それは?」
「旅にはお土産がつきものだと人間の文化として勉強しましたから。一応、この世界のお土産を用意していたのです」
あれだけ言っておいて、ロックは天音がいつか元の世界へ帰ると分析していたのか。
やっぱり、用意が良い。
「なんか、よくわからないものばかりだけど」
一見するとガラクタにしか見えない。
「大丈夫です。どれもマニュアルを用意しておりますので。使い方はそれを読めばすぐにわかると思います」
そう言われても、これを全部持ち帰るわけにもいかない。さすがに邪魔すぎる。
「それじゃ、この鞄に入りそうなものだけ」
そう言って三つほど適当に詰め込んだ。
「あ、それを持っていきますか。気をつけてくださいね」
「へ? 何? 危ないものなの?」
「いいえ、マニュアルがありますから。使うときに気をつけてくださいという意味です」
何か……釈然としない説明だけど、後でマニュアルとやらをよく読んだ方が良いかもしれない。
「それじゃ、今度こそ行くわ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「ロック、次に私がここに来たときは温室だけじゃなく、地上にも命を蘇らせておいてね。楽しみにしてるから」
「はい、約束しましょう」
サムズアップ。天音は親指を立てて、ロックと約束をした。
天音は『扉の世界』にいた。
白い空間、無数の異世界への扉が開いている。
その中で、元の世界――地球の日本。東京の我が家の二階。自分の部屋をイメージする。
そこへ向かって歩き出すと、光り輝く扉の前にすぐに辿り着いた。
しかし、すぐにそこへ入る気にはなれなかった。
自分の世界へ繋がる扉の隣――どこの世界かわからないが異世界の扉の一つから、自分の世界が放つ光とは真逆の闇が溢れ出ていた。
闇に覆われているせいか、扉そのものが歪んでいるように見える。
まるで、消えかかっているかのように。
どういうことなのだろうか。
扉が消えると、どうなるのか。
まさか、世界が消滅してしまうとか。
そんなことがあるのかと思う反面、この異常な扉を見てしまっては笑い飛ばすことも出来ない想像だった。
何が起こっているのかわからない。どこの世界なのかもわからない。
命の危険さえあるかも知れない。
それでも、見て見ぬふりは出来なかった。
天音はその世界へと足を踏み入れる。
全身を悪寒が襲う。
――そこは、地球の東京だった。
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