第66話 王女の威厳
「悪ぃ、今日はちょっと体調が微妙でな」
「ごめんなさい。今日は英雄科の特別講義で放課後が潰れてしまうの」
学園の放課後。
グランとエリシアが、申し訳なさそうに告げた。
「そ、そうですか……」
ミゼが落ち込んだ様子で引き下がる。
この日の放課後、ミゼはまた俺たち四人でギルドの依頼を受けたいと考えていたらしい。しかし今日はグランとエリシアの都合が悪いようだった。
「ト、トゥエイトさんはどうですか?」
「そうだな……」
本音を言うとミゼにはできる限り寮の中で大人しく過ごしていて欲しいが、ここで俺が断ることで、彼女一人だけが王都の外に出るような事態になるのはあまり好ましくない。
「一応訊きたいんだが、ミゼは今日、どんな依頼を受けるつもりなんだ?」
「今日は放課後という短い時間しか使えませんから、採取依頼でも受けようかと思っています。昨日ギルドの掲示板を確認したところ、『廻深王墓』の一層に生えている薬草の採取依頼がありましたので、そのくらいなら最悪、一人でも受けられますし……」
どうやらミゼは一人でもギルドに向かうようだ。
それなら、俺は同行するべきだろう。
「手伝わせてもらってもいいか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「オズも多分いける筈だ。後で連絡しておこう」
嬉しそうに首を何度も縦に振るミゼへ、俺はオズを呼ぶ旨を伝えた。
鞄に荷物を詰め込むミゼを眺めながら、俺は『通信紙』でオズに連絡する。ギルドで合流することにした。
――二時間後。
俺とミゼとオズの三人は、迷宮『廻深王墓』の一層にいた。
「あまり時間に余裕がありませんから、素早く終わらせましょう」
「ああ」
「りょーかい!」
ミゼの指示に俺とオズが頷く。
既に外は日が暮れ始めている。恐らく帰路の途中で夕飯時となるだろうから、俺たちは事前にギルドで携帯食料を購入し、それを馬車の中に置いていた。
休む間もなく動かなくてはならないため、迷宮を楽しむ余裕はない筈だが、それでもミゼは活き活きとしていた。今のミゼにとっては、冒険者として仕事をこなすこと自体が楽しいのだろう。足元に生える薬草を丁寧に、せっせと採取している。
「……オズ。どうだ?」
ミゼに聞こえないよう、オズに小声で問いかける。
問いの意図は「付近に敵が潜んでいると思うか?」だ。
「いない、よね? トゥエイトは見つけた?」
「いや、俺も見つけていない。……恐らく今回は追跡されていないな」
敵の追跡がないことを互いに確認しつつ、俺は先日のオズとのやり取りを思い出す。
昨晩は互いの主張が噛み合わず、オズは苛立った様子も見せていたが……今はいつも通りの調子に戻っている。
依頼を受ける前、ギルドで合流した時はその態度に驚いたが、藪蛇となるため言及はしなかった。昨日の様子を引き摺っているようでは、少なくとも俺にとっては不都合である。
「念のためボクが周辺を見てこようか」
「……ああ。頼む」
オズの好意に頷くと、彼女は大きな声で宣言した。
「ちょっとトイレに行ってくるね!」
薬草を採取していたミゼがずっこける。
「あ、あの、オズさん。あまりそういうのは口にしない方が……」
「え、なんで? 別にボク、気にしないけど」
ミゼが複雑そうな表情を浮かべて俺の方を見た。
無言で肩を竦める。オズにそういった常識を期待するのは無駄だ。
トイレに行ったらしいオズを見送った後、俺とミゼは薬草採取を再開する。
依頼で指定された薬草は恐らく迷宮に棲息する魔物の食糧なのだろう。薬草はあらゆるところに生えていた。しかし魔物との交戦を避けるためには辺りに注意を払っておく必要がある。何処からでも自由に採取できるわけではない。
ギルドで支給された籠の中に大量の薬草を入れる。
その時、『通信紙』が着信を報せた。
「ミゼ、その辺りの採取を任せてもいいか? 俺は他のところを探してみる」
「わかりました」
ミゼに断りを入れてから少しその場を離れ、『通信紙』を起動する。
「オズ、どうした」
『うーんとね、今のところ敵は来てないんだけど……うーん、連絡しといてなんだけど、これ言う必要あるのかなー……』
「……一応、聞かせてくれ」
悩ましい声を上げるオズに、取り敢えず続きを促す。
『なんかね。エリシアと同じ服を着た人たちが、道に迷っちゃったみたいで困り果ててる』
「エリシアと同じ服というのは……白い学生服か」
『そうそう』
ということは、英雄科の生徒だ。
『見たところ弱そうだし、このまま放置したら近くにいる魔物に襲われて全滅しそうなんだけど……どうしよっか、これ。任務とは関係なさそうだけど……』
「そうだな……」
面倒なことになったかもしれない。少し考える。
「それ、もしかして『通信紙』ですか?」
オズに対する返答に悩んでいると、後ろからミゼに声をかけられた。
ミゼの視線は、俺が持つ『通信紙』に注がれている。
この道具自体は市販されていることもあり、隠す必要はない。
「知っているのか?」
「はい、魔法具の一種ですよね! 遠くにいる人と連絡を取り合うための!」
魔法具にも興味があるのか、ミゼは好奇に満ちた瞳で『通信紙』を見ていた。
流石に今、これを貸すわけにはいかないが――相談はしておきたい。
「今、オズから連絡があったんだが……英雄科の生徒たちが遭難しているみたいだ」
事態が深刻であることを予感したのか、ミゼは真剣な面持ちとなる。
「付近には危険な魔物もいるらしい。依頼とは関係のないことだが、ミゼは――」
「――助けましょう」
ミゼはきっぱりと言う。
「ここで助けなければ、きっと後悔します」
そう告げる彼女の瞳は、決してぶれることがなかった。
俺たち普通科は日頃の学園生活でも、英雄科から嫌がらせを受けることがある。それでも、彼女は一切迷うことなく助けることを選んだ。
その強さは、尊重するべきだろう。
こういうところは王女らしい。寛大で、威厳のある態度だった。
「わかった。すぐに向かおう」
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