第39話 類は友を呼ぶ
放課後。
俺たちはいつも通り、四人で固まって下校した。
「うしっ、そんじゃ帰るか」
「帰るかって、皆、貴方を待ったんだけれど?」
「悪ぃ悪ぃ、板書が終わらなくて」
「はぁ……授業中、寝てるからでしょ」
急いで鞄に荷物を入れるグランに対し、エリシアは責めるような視線を注ぐ。
「でも、最近授業が本格化してきましたし、気を抜くとすぐに置いていかれそうになりますよね」
ミゼが苦笑しつつ言うと、エリシアは「まあね」と相槌を打ち、怒りを弛緩させた。
俺は、そんな彼らの様子を、無言で眺めていた。
「トゥエイトさん?」
ミゼが小首を傾げて俺の顔を見る。
「なんだ?」
「いえ、その……何か考え込んでいるように見えましたので」
「気のせいだ」
いや――その通りだった。
いつもなら軽快なジョークで誤魔化すことも可能だが、今はそれができないくらい頭が追い詰められている。
まさか、目の前にいる少女が隣国の王女様だとは。
グランやエリシアが知ったら、どんな反応をするだろうか。
盛大に驚く二人を想像しつつ、俺は少し前のクリスとの会話を思い出した。
◆
『殿下のお名前は、ミーシェリアーゼ=アルケディア。学園には、ミゼ=ホーエンスという名で通っているわ』
その名を聞いた途端、俺は急に、自分の足元が崩れ落ちたような気がした。
クリスが俺のことを「28」と呼んだ以上、俺は学生としての自分を一時的に忘れ、機関の兵士だった頃の自分を取り戻していた。しかし、まさかこのタイミングで俺の知り合いの名が出るとは思いもしなかった。それも――今の俺にとっては日常の象徴と言っても過言ではない、友人の一人だった。
28が剥がれ落ち、トゥエイトとしての感情が溢れ出る。
何故、ミゼなんだ? そう思わずにはいられない。
――というか、
前回のエリシアに続き、今度はミゼときた。
俺の友人は問題児ばかりなのか?
「一応、訊かせてくれ。クリスは……俺の交友関係について知っているか?」
『貴方の交友関係? いえ、知らないけれど……あ、エリシアさんは例外ね。私が知っている貴方の友人って、彼女くらいかしら』
「だよな……そうだよな」
どうやら狙ってやったことではないらしい。
エリシアに関しては、先月のロベルト暗殺計画における中心人物でもあったため、クリスも知っている。だがミゼのことは知らない。
『理想は、貴方が既に王女殿下と友人関係であることだけれど、流石にそこまでは求めていないわ。……隠密とは言え、護衛する以上、多少は面識があった方がいいでしょう。その方がいざという時も怪しまれないし。……まずは王女殿下と接触する方法を考えないといけないわね』
「……クリス、落ち着いて聞いてくれ」
『何?』
「ミゼは、俺の友人だ」
『…………はぇ?』
クリスが変な声を漏らした。
『え、ちょっと? それ、本当?』
「ああ」
『えぇ……貴方、ちょっと……貴方の友人……えぇ……』
きっと今、クリスは額に手をやっているのだろう。
彼女の苦虫を噛み潰したような顔が脳内に浮かんだ。
『その……もう少し、普通の子と付き合えないの?』
「偶々、仲良くなった相手が、そういう奴らばかりなんだ。俺は悪くない」
『……類は友を呼ぶってやつね』
「何か言ったか?」
『いいえ、何も』
多分、何か言われたのだろうが、よく聞こえなかった。
『ちょっと吃驚しすぎて頭が回らないけれど……今後はこういう情報共有もしっかりしないとね。とにかく、これは僥倖よ。通信を終え次第、すぐに護衛を始めてちょうだい。敵は既に動いているわ』
「了解」
『それと、今回は局の正式な任務だから、貴方の
「それは助かる」
正直、護衛任務で狙撃杖を使う機会があるかは疑問だが、やはり使い慣れた武器が手元にあると安心する。長年、戦場にいた兵士の性だ。
『幸運を祈るわ』
俺が機関の兵士だった頃と同じように。
クリスは通信を締め括った。
◆
回想を終え、改めてミゼの方を見る。
よく考えれば――心当たりは幾つもあった。
その所作は明らかに育ちの良さを表しており、少なくとも上流階級の人間であることは間違いないだろうと、前々から思ってはいた。流石に王族とまでは予想していなかったが、決して不釣り合いというわけではない。こうして見れば、成る程、彼女は一国の姫に相応しい品格を醸し出している。
「あーあ、明日の小テスト自信ねぇな。……今日は一夜漬けか」
「付け焼き刃で勉強したところで意味ないわよ。期末試験の頃には全部忘れているわ」
「エリシアさんは凄いですよね、実技も座学も満点近くて……私は座学なら得意ですけれど、実技の方はからっきしで……」
三人の会話を聞きながら、今後の計画について考える。
ミゼにバレることなく、ミゼを守る。
少し難しいが――彼女を狙う輩がいる以上、俺は全力で護衛しなければならない。
28として任務を受けたから――だけではない。
これは、トゥエイトとしての意思でもある。
――崩してたまるものか。
俺たちの日常は、必ず守ってみせる。
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