episode285 機構天使vsルミナ&エルナ

 ルミナとエルナは位置に着いて、機構天使が解放されるのを待っていた。


「……久々ですね」


 しばらく黙っていた二人だったが、ここでエルナが口を開く。


「冒険者時代以来になるから、そうなるわね」


 二人がこうして戦うのは冒険者時代以来になるので、久々と言えばそうなる。


「……あの頃は楽しかったですね」

「……そうね」


 二人は冒険者時代のことを思ってか、瞳を閉じて感慨に浸る。


「……また戻りませんか? 色々な場所を旅しながら、冒険者として活動していたあの頃に」

「そうは言っても、私達ももう若くはないわ。残念ながらね」

「それはそうかもしれませんが……ルミナは戻りたいとは思わないのですか?」

「そう思わないわけじゃないけど、今の生活にも十分満足してるわ。エルナはそうじゃないのかしら?」

「いえ、そういうわけではありません。ですが、あの頃が一番楽しかったので」


 もちろん、今の生活に不満があるわけではない。

 だが、一番輝かしかった過去のことが忘れられなかった。


「そうね。……だいぶ時間は掛かったけど、立ち直ったみたいね」

「……何の話ですか?」


 エルナはあまりそのことを知られたくないのか、そう言って目を逸らしながらすっとぼける。


「左腕と左目を失ったことは気にしていないわ。こうして取り戻すことができたわけだし、何も気にすることは無いわ」

「…………」


 ルミナはそう言うものの、エルナは未だにそのことを気にしているようだった。


「ですが、私が油断していたせいだったのは事実ですし……」

「気にしなくて良いって言っているじゃない」


 ここでルミナはそう言ってエルナに抱き付く。


「……恥ずかしいので、止めていただけませんか?」

「誰も見ていないし、別に良いじゃない」

「……いい年をした大人が抱き合うのはどうかと思いますが?」

「そんなことを誰が決めたのかしら?」


 そう言うと、ルミナは力を強めて、さらに強く抱き付く。


「止めていただけますか?」


 だが、エルナはルミナの手を振り解くと、素早く二、三歩下がって離れてしまった。


「あら、面白くないわね」

「面白いだとか、そういうことではありません! 今の状況を分かっているのですか?」


 今は断界という危険地帯にいて、機構天使の討伐を目前に控えている状況だ。

 この状況でそんなことをしている場合ではない。


「……そうね。全てが終わってからにしましょうか」


 それを聞いたルミナは今回の件を終えてからにしようと、気持ちを切り換える。


「……解放されたようですね」

「そうね」


 ここで機構天使が解放されたことを感じ取った二人はすぐに警戒して構えた。


「私が先に仕掛けます。ルミナはサポートをお願いします」

「分かっているわ」

「来ます!」


 飛んで来ている機構天使の姿を確認したエルナは声を上げて警戒を強める。


「……生命反応を確認。殲滅します」


 二人のことを発見した機構天使は警戒態勢に移って、降下を始める。

 そして、着地したところで、腕に魔力の刃を形成して構えた。


「……行きます」


 エルナは剣を鞘から抜いて魔力と風を纏うと、罅が入るほどの勢いで地面を蹴って、音速すら超えるほどの速度で機構天使に接近する。


「はっ――」

「――対抗」


 そして、エルナが目にも留まらぬ速度で剣を振り下ろすと、機構天使がそれを受け止めた。

 音速を超えたことによって発生した衝撃波と、魔力がぶつかり合ったことによって発生した魔力の衝撃波が拡散されて、空気が割れるように震えると共に砂埃が吹き飛ぶ。


「行きます」


 エルナはその勢いのまま素早く斬撃を放って、一気に押し込んでいく。


「――虚風」


 だが、機構天使が対抗しないはずもなく、大量の魔力の斬撃を放って反撃して来た。


「はっ!」


 エルナは剣による斬撃と風魔法による風の刃でそれに対抗する。


「――斬」

「くっ……」


 しかし、手数では負けていないものの、持ち前の耐久力で多少の攻撃を無視できる機構天使を前に、彼女は少し押されてしまっていた。


「私も行くわ」


 ここでその状況を見たルミナは接近して加勢する。

 本来であれば魔法がメインの彼女は遠距離から支援するべきだが、この速度の接近戦の攻防を遠距離攻撃で支援することは困難なので、接近戦を挑むことにしたのだ。


「これでどうかしら?」


 ここでルミナは機構天使の後方に回ると、氷魔法で鋭い氷塊を大量に形成して、エルナに当たらないように攻撃を仕掛けた。


「――対象を変更」


 その様子を見た機構天使はルミナを狙った方が良いと判断して、攻撃対象を切り換える。


「あら、私なら倒せると思ったのかしら?」


 だが、ルミナは両腕に氷を纏って、問題無く接近戦をこなしていた。


「悪いけど、私は接近戦もそれなりにできるわよ?」


 ルミナは魔法がメインの戦闘スタイルなので、接近戦は不得意なのが普通だ。

 しかし、彼女はエルナと戦闘訓練をしていたので、高いレベルで接近戦もこなすことができる。

 なので、機構天使を相手にしても接近戦で対応することができていた。


「――虚風」

「ふっ――」


 魔力の刃と氷の刃がぶつかり合って、砕けた氷塊がダイヤモンドダストのように輝きを放つ。


「私のことを忘れていませんか?」


 ここでエルナが地面に向けて剣を振り下ろすと、竜巻が発生して、その中に機構天使は閉じ込められた。

 竜巻の内側には強力な風の斬撃が発生していて、機構天使の装甲に傷を付けていく。


「――転移」


 別にその攻撃は致命傷にはならないが、戦況的には不利なので、空間転移して仕切り直そうとした。


「させないわ!」


 だが、ルミナがそう簡単にそれを許すはずもなく、氷魔法を使って妨害を仕掛けた。

 ルミナは機構天使が転移する前に素早く小さな氷塊を打ち込む。


「――!」


 すると、転移した直後に機構天使を中心に氷塊が形成されて、氷の中に閉じ込められた。


「エルナ!」

「分かっています!」


 すぐにルミナは魔法陣に冷気を、エルナは剣に風を集約させて、攻撃の準備をする。


「砕けなさい」


 先に攻撃を放ったのはルミナだった。

 彼女が放った小さな氷塊は凍っている機構天使に向けて真っ直ぐと飛んで行き、着弾点で冷気を伴う爆発が連続で発生する。


「はっ!」


 続けて、エルナが風弾を放つと、着弾点で風の斬撃を伴う爆発が発生した。

 それによって、先程のルミナの攻撃と合わせて、周囲にブリザードのような強烈な冷風が吹き荒れる。


「……流石の耐久力ね」


 だが、機構天使はあれだけの攻撃を余裕を持って耐え切っていた。

 装甲が破壊されている部分もあるが、活動に影響は無い。


「やはり、コアを狙って仕留めた方が良さそうですね」

「そうね」


 機構天使はコアさえ破壊してしまえば倒せるので、狙いをコア一点狙いに切り換えることにした。


「――黎転、断律」


 ここで機構天使は白い光を放つ魔法陣を展開すると、その光が黒く変化して、そこから黒い光が真上に放たれる。

 すると、その黒い光は地上百メートルほどの高さの地点で周囲に拡散して、そのまま直径百メートルほどの大きさの円形の結界を形成した。


「……断絶境界付きね」

「そのようですね」


 確認すると、その結界には当然のように断絶境界が張られていた。


「まあ逃げるつもりは無いから、あまり関係は無いわね」

「そうですね」

「――殲滅」


 結界を張り終わったところで、機構天使は魔法陣を展開して攻撃を仕掛ける。


「私が対応するわ」


 それにはルミナが対応した。

 光魔法による光弾に氷魔法で形成した氷塊をぶつけて相殺すると、氷塊が砕けて冷風が吹き抜ける。


「私がサポートするわ」

「助かります」


 そして、そのままルミナが魔法で攻撃しながら二人で機構天使に接近した。


「はっ!」

「ふっ――」


 ルミナが機構天使の攻撃を捌いて、エルナがコアを狙って攻撃を仕掛けていく。

 そのコンビネーションは他の追随を許さないほどに圧倒的なもので、機構天使すらをも翻弄していた。


「――虚風」

「邪魔はさせないわ」


 機構天使は狙いに気付いたのか、エルナを集中的に攻撃するが、ルミナは彼女が自由に動けるように可能な限り攻撃を打ち消していく。


「――そこです」


 ルミナのサポートを得たエルナは確実にコア部分を狙って攻撃を叩き込んでいく。

 大きな隙は無いので、決定打になるような攻撃は叩き込めていないが、着実に装甲を削っていた。


「――解放」


 機構天使はこのままだと押し切られると判断したのか、魔力を解放して攻撃に特化したスタイルに変更する。


「私に任せなさい」


 攻撃は先程よりも激しくなるが、ルミナも速度を上げて対応した。


「――神速」


 ここで機構天使は光魔法を放ちながら連続で空間転移して攻撃する。


「――斬」


 さらに、魔法だけではなく、隙を見て近接攻撃も交えて来ていた。


「その程度で――」

「――仕留められると思わないことですね」


 残像が残るほどの速度だが、二人にとっては十分に対応できるものだった。

 ルミナは氷を纏った腕で、エルナは剣で弾いて捌いていく。


「エルナ」

「そのつもりです」


 その一言で意図を察したエルナは、機構天使に対する対応を弱めて、攻撃の準備を進めた。


 ルミナの作戦は彼女自身が機構天使の攻撃を防いで、エルナが攻撃の準備を進めるというものだった。

 二人は学生時代からの長い付き合いで、冒険者として活動もしていたので、以心伝心で言葉にせずとも伝わっていた。


「――行くわよ!」


 エルナの様子を見て、準備が整ったことを察したルミナは行動に移った。

 近接攻撃のタイミングに合わせて冷気を放つと、一瞬にして機構天使は凍り付く。


「――転移、不可」


 機構天使は空間転移しようとするが、当然のように空間転移を封じる術式が仕込まれていたので、不発に終わった。


「このまま凍り付きなさい」

「――破壊」

「――!」


 しかし、攻撃を防ぐことにリソースを割いていた分、拘束力が強い術式は組めなかったので、自身を中心に光魔法を放つことで拘束を解かれてしまった。


「遅い」


 だが、エルナの攻撃準備は既に整っているので、もう遅い。

 彼女が風を纏った一突きを放つと、そこから槍状の風弾が放たれた。


 放たれた風弾は周囲に破壊をもたらしながら突き進み、地面を抉るほどの一撃が機構天使を襲う。


「防御――」


 機構天使は回避が間に合わず、咄嗟に防御するが、エルナの全力の一撃を防ぎ切ることはできなかった。

 その一撃によって機構天使は半身を消し飛ばされる。


「まあ私達の手に掛かればこんなものですね」


 エルナはそう言って振り返ると、剣を鞘に納めた。


「――斬」


 だが、コアが完全には破壊されていなかったので、機構天使は完全にはその機能を停止していなかった。

 機構天使は最後の力を振り絞って、エルナに接近して攻撃を仕掛ける。


「――私が油断しているとでも?」


 だが、エルナは油断していたわけではなかった。

 準備しておいた術式を起動すると、後方に槍状の風弾が放たれる。


「同じ過ちは繰り返しませんので」


 そして、その一撃によってコアが破壊されて、機構天使は完全に機能を停止した。


「ふぅ……何とか片付いたわね」

「そうですね。……それでは、残骸を回収しましょうか」

「そうね」


 戦闘を終えた二人はそのまま機構天使の残骸の回収を始める。


「……昔のことを思い出しますね」


 ここでエルナは残骸の回収をしながらルミナに話し掛ける。


「……そうね」

「……たまにはこうして旅をしてみたりしませんか?」

「それも良いかもしれないわね。でも、今は目の前のことに集中しましょう?」

「そうですね」


 だが、それは後で考えれば良いと話を切り上げて、機構天使の残骸の回収を続けたのだった。

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