第11章 機構天使と一時代の終幕
episode277 一年
ルーメインでの一件が解決して、ワイバスに戻ってから一週間が経過した。
今日も俺達はいつものようにルミナの店でのんびりと過ごしている。
「転生して来てから一年になるな」
「そうだね」
それはそうと、俺達が転生して来てから一年が経過していた。
「そう言えば、そのぐらいになるわね」
それを聞いたルミナはそう言いながら手に持っていた紅茶の入ったカップを置く。
「言われてみればそうだね。何かお祝いでもする?」
その話を聞いたミィナは折角なのでお祝い事でもしようと、そんな提案をする。
「わざわざそんなことをしなくて良いでしょう?」
だが、ソファーでくつろいでいたリーサはそれに反対した。
何と言うか、相変わらずだな。
「逆張りしていないで、素直になったらどうだ?」
俺は彼女の隣に座って、その頭に優しく手を乗せる。
「な……何よ!」
「自分に正直になったらどうだと言っている」
「そうだよ! えいっ!」
「ひゃっ!?」
ここでシオンはリーサの後方に回ると、そのまま後ろから彼女の豊満な胸を握り締めた。
「ちょっと! 何するのよ!」
「ちょっと分けてもらえないかなーって」
「分けられるわけないでしょ!」
「……放っておくか」
リーサの関心が俺から外れたようなので、このまま放っておくことにした。
「それで、どうするの?」
「そういうことは機構天使の討伐が終わってからで良いか? その方が何かと都合も良いだろうからな」
機構天使の討伐後であれば時間もあるし、祝福するにもちょうど良いからな。
そういったことは機構天使の討伐が終わってからにすることにする。
「確かに、それが良さそうだね」
「……シオン、少し出掛けないか?」
「別に良いけど、何しに行くの?」
「この一年色々とあったからな。街を見て回ろうと思っただけだ」
転生して来てから一年ではあるが、色々なことがあったからな。
今まで生きて来た中で一番濃い一年だったので、少し振り返ってみようと思ったのだ。
「分かったよ」
「では、ルミナさん、少し外に行って来るぞ」
「ええ、行ってらっしゃい」
そして、ルミナに一言出掛けることを伝えてから外に向かったのだった。
外に出た俺達が最初に訪れたのは冒険者ギルドだった。
「ここに来るのも久々だね」
「そうだな」
冒険者としての活動はあまりしていないからな。ここに来るのも久々になる。
「あ、エリュさん、シオンさん、久しぶりですね」
と、ここでこちらのことに気付いたミーシャが話し掛けて来た。
「そうだな」
「今日はどうしましたか?」
「こちらに来て一年になるし、色々とあったので少し振り返ろうと思ってな」
「あ、依頼を受けに来たわけではないのですね」
「悪いな」
特別用があったわけではないからな。迷惑と言えばそうなるので、そこはきちんと謝っておく。
「一年ですか……言われてみれば、そのぐらいになりますね」
「ああ。それで、最初に訪れたのがここだからな。まずはここに来たということだ」
「そうだったのですね。……人の成長は早いものですね」
俺達のことを見たミーシャは呟くようにそんなことを言う。
「そうか?」
「はい。最初の頃は色々と戸惑いが見られましたが、今はもう一人前ですよ」
まああのときは転生したばかりで、分からないことも多かったからな。
あの頃と比べれば成長しているのも当然と言える。
「……そうか」
「それに、優しくなったと言うか、柔らかくなったと言うか……最初の頃の怖い感じは無くなりましたね」
「……まあそれはあるかもしれないな」
あの頃はまだ転生前とあまり変わらなかったからな。『殺戮の執行者』としての名残もあったので、「怖い感じ」も残っていたのだろう。
だが、それも今は削ぎ落されて、その影が薄くなっているからな。もうあの頃とは違う。
「……機構天使の討伐に参加するのですよね?」
ミーシャは少し寂しそうな声色でそんな質問を投げ掛けて来る。
「……ああ」
その質問に対して、俺は静かにそう答えた。
「そんなに悲しそうにしないでくれ。俺達は必ず生きて戻って来る。約束しよう」
俺はそう言ってミーシャの頭に手を乗せて、そのまま彼女の頭を優しく撫でる。
「……そうですよね。絶対に大丈夫ですよね」
「ああ。だから、安心してくれ」
「……はい」
ミーシャはそれを聞いて安心したのか、耳と尻尾から力が抜ける。
「…………」
俺はその流れで彼女の耳に手を伸ばす。
「わっ!?」
「……嫌だったら止めるぞ?」
「……いえ、いきなり触られたので驚いただけです」
「そうか。…………」
どうやら、嫌なわけではないようなので、そのまま耳をモフモフする。
「……何をしているのですか?」
だが、ここで奥から現れたエルナが鋭い視線を突き刺して来た。
「エルナさんか。どうした?」
「どうした、ではありません。何故、私の許可も無くミーシャに手を出しているのですか?」
「……いや、逆に聞くが、何故エルナさんの許可がいるんだ?」
まるで自分の所有物であるかのような物言いをしているが、もちろんそんなことはないからな。
仲が良いのは分かるが、そこまで口出しするのはどうなんだ?
「問答無用です」
「っと……」
だが、有無を言わさずに引き離されてしまった。
「ミーシャ、大丈夫でしたか?」
エルナはそう言ってミーシャの耳と尻尾をモフモフし始める。
「あ! エルナさんだけずるい!」
「そうですか? まあ私は付き合いが長いですから、このぐらいは当然です」
それを見てシオンが文句を言うが、エルナは当然の権利のようにそんな主張をして来た。
「何と言うか……何かすいません……」
その様子を見たミーシャは申し訳なさそうにしながら、頭を下げる代わりに耳をぱたんと下げる。
「いや、気にしないでくれ。シオン、そろそろ行くぞ」
「分かったよ」
これ以上ここにいてもエルナに文句を言われるだけだろうからな。そろそろ次の場所に向かうことにした。
「では、またな」
そして、ミーシャに別れを告げたところで、冒険者ギルドを後にしたのだった。
冒険者ギルドを後にした俺達はレグレットで迎えた元奴隷達が住んでいるシェアハウスに向かっていた。
「誰かと思えばエリュか。どうしたんだ?」
シェアハウスに向かうと、リメットが出迎えてくれた。
「たまには様子を見てみようと思ってな」
「そうだったか。とりあえず、中に入ってくれ」
「ああ」
俺達は彼女に案内されるままに中に入る。
そして、そのまま一直線にリビングに向かった。
「あれ、エリュとシオンじゃん。何しに来たんだ?」
リビングに向かうと、そこではアルフ、レビット、ルピアの三人がソファーでくつろいでいた。
「様子を見に来ただけだ」
「そうだったか」
「とりあえず、隣に座っても良いか?」
「ああ、良いぜ」
アルフが許可したところで、俺とシオンは彼女達の隣に座る。
「すぐに飲み物を用意しますね」
ここでキッチンで作業をしていたリコットが飲み物の準備を始める。
「いや、長居するつもりは無いし、その必要は無いぞ」
「いえ、そういうわけにはいきませんので。……はい、できましたよ」
俺は必要無いと断るが、リコットは手早く紅茶を用意して、こちらに運んで来た。
「……手際が良いな」
元々手際はかなり良かったが、以前にも増してその手際が良くなっていた。
「はい。イヴリアさんから色々と教えてもらいましたので」
「そうか」
どうやら、ルートライア家のメイド長だったイヴリアに家事を教えてもらったらしい。
「男の方は……聞くまでもないか」
「ああ。あちらのことは問題無いぞ」
男性メンバーが住んでいる方はイヴリアが世話を担当しているからな。
彼女であれば家事は完璧にこなせるし、わざわざ聞く必要も無かったか。
「こちらの方は順調か?」
「まあ何とかな」
「ふむ……アルフのあたりは心配だったが、そう言うのであれば安心か」
「何であたしなんだ!?」
「この中で一番がさつだからだ」
アルフはここのメンバーの中で一番がさつだからな。彼女が大丈夫なのであれば問題無いだろう。
「そうか? なあリコット、あたしってそんなにがさつか?」
「はい。少なくとも、この中では一番がさつですね」
アルフからそう聞かれたリコットは迷わずそう答える。
「……即答は流石に酷くね?」
「でも、事実ですし」
「……まあ案の定といったところか」
一応、彼女のことは少しの間ではあるが面倒を見たからな。
ある程度はその性格も分かっていて、予想できたことなので特に驚きは無い。
「エリュまで言うのか……」
「まあ別に悪いことだとは言っていない。そんなに気にするな」
それ自体が悪いというわけではないからな。
重要なのはそれを自覚した上でどうするのかということだ。
「……何だ
「そうか?」
「あたし達のことも面倒を見てくれたしな。感謝してるぞ」
アルフはそう言いながら俺の腕に抱き付いて来る。
「……そうか。とりあえず、離れてくれるか?」
思い切り胸が押し付けられているからな。
このままだと動けないし、ひとまず離れてもらうことにする。
「何でだ?」
「いや、まあ良いか」
言っても気にしなさそうだし、無駄だろうからな。
彼女が自分から離れてくれるまで放置しておくことにする。
「あー! 胸があるからってアピールしてるでしょ!」
「おわっ!?」
ここでその様子を見ていたシオンはアルフの服の下から手を突っ込むと、そのまま彼女の胸を揉み
シオンはアルフを押し倒す勢いで伸し掛かっていて、服が捲れ上がっていて胸が見えそうになっている。
「二人ともそんなに暴れないでくれ」
このままだとテーブルを蹴飛ばしてしまいそうだからな。そうなる前にテーブルを少し遠ざけておくことにする。
「そうですよ。ほら、離れてください」
ここでリコットが二人の間に割って入って、彼女達を引き離す。
「シオンはことあるごとに騒ぎを起こさないでくれるか?」
「えー……大したことはしてないし、別に良いじゃん」
「それで迷惑を
それでとばっちりを受けるのは俺だからな。少しは大人しくして欲しいところだ。
「アルフは服を整えろ。見えそうになっているぞ?」
それはそうと、アルフは服が捲れ上がって、胸が見えそうになっていた。
なので、とりあえず服を整えてもらうことにする。
「……別に見たいのなら見ても良いぞ?」
だが、アルフはそう言って自分の服を掴むと、そのまま上半身の服を脱ぎ捨てようとした。
「待て、見たいとは言っていないぞ」
俺はすぐに彼女の両腕を掴んでそれを止める。
「何だ? 見たくないのか?」
「もう少し常識というものをだな……まあそのあたりはリコットに任せるか」
今俺が言っても意味が無さそうだからな。教育はリコットに任せて、俺は口出しせずに黙っておくことにする。
「それにしても、色々とあったな」
「だねー」
ガーグノットの一件でのリメットとの出会い、レグレットでのレーネリアを巡る一件からの彼女達との出会い、思い返すと短期間で色々なことがあった。
「……そろそろ行くか」
「そうだね」
もう様子を見るのは十分だし、これ以上長居する必要は無いからな。そろそろルミナの店に戻ることにした。
「飲まなくて良いのか?」
だが、テーブルの上に残された飲み物を見たアルフがそんなことを聞いて来た。
「……このまま帰るのも悪いか」
出された飲み物を飲まずに帰るのも悪いからな。飲み物を飲んでから帰ることにした。
そして、その後はリコットに出された飲み物を飲んでからルミナの店に戻ったのだった。
その日の夜、夕食と入浴を終えた俺とシオンは眠りに就こうとしていた。
「ちょっと良いかしら?」
だが、明かりを消そうとしたところで、エリサが扉をノックして入室の許可を求めて来た。
「ああ、構わないぞ」
そして、俺が許可すると、寝巻姿のエリサとアーミラが部屋に入って来た。
「それで、何の用だ?」
「遠征への出発時期が一週間後に決まったから、その報告をしに来ただけよ」
「そうか」
どうやら、機構天使を討伐するための遠征への出発時期が決まったので、その報告をしに来たらしい。
「……いよいよだな」
「そうだね」
今や俺達のこの世界での目的になっている機構天使の討伐。
その決戦のときはもうすぐそこにまで迫っていた。
「……緊張しているのかしら?」
「……どうだろうな」
何と言うか、強く肯定はしないが、否定はできないといったところだな。
「まあ今日は休むか。シオン」
「うん」
これ以上話すことも無いからな。今日はさっさと寝てしまうことにした。
俺はそのままシオンと一緒にベッドに向かう。
「不安なら一緒に寝てあげましょうか?」
だが、エリサがそれに一緒に付いて来て、一緒に布団に潜ろうとして来た。
「……最近しつこいぞ?」
「終わった後のことを考えて、今から親交を深めておいても良いとは思わないのかしら?」
「終わってからで良いだろう? 終わった後であればいくらでも時間はあるのだからな」
機構天使の討伐が済めば、時間はいくらでもあるだろうからな。
そういうことは事が片付いてからにして欲しいところだ。
「あなたが損するわけじゃないし、別に良いじゃない。それとも、この身体だと気に入らないのかしら?」
「別にそういうわけではない」
エリサは見た目は十四歳ぐらいだが、別にそれが理由ではないからな。
今すべきことではないと言っているだけだ。
「……まあちょうど良い抱き枕になりそうだと思ったりはするがな」
とは言っても、俺達よりも小柄でちょうど良い大きさなので、抱き枕にするとちょうど良さそうだとは思うが。
「試してみるかしら?」
「いや、終わってからで良い」
「そう。それなら、後の楽しみに取っておくわね。アーミラ、行くわよ」
「はーい」
そして、話が済んだところで、二人は部屋を出て行った。
「さて、寝るか」
「だね」
二人が出て行ったところで、俺達は明かりを消してベッドに向かう。
「……エリュ」
布団に潜ったところで、シオンがそっと話し掛けて来る。
「何だ?」
「抱き枕はいる?」
「……いや、いい」
俺はそれを断って、すっと寝返る。
「ちょっと! 何でなの!」
だが、それが気に入らなかったのか、シオンはこちらに飛び付くようにして抱き付いて来た。
「じゃあボクがエリュを抱き枕にするね!」
「……寝付けないのだが?」
抱き付かれていると寝付きにくいからな。シオンには離れてもらうことにする。
「えー……別に良いじゃん」
「……全てが終わってからにしてくれるか?」
「しょうがないなぁ……」
俺がそう伝えると、シオンはすぐに放してくれた。
「……この一年、ホントに色々あったよね」
「……ああ。だが、今は眼前に迫ることに集中しないか?」
「……そうだね」
そして、そんな話をしたところで、俺達はすっと眠りに就いたのだった。
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