episode199 カジノでのゲーム結果

「さて、そろそろ終わるとするか」


 それからしばらくテキサスホールデムで遊んでいたが、だいぶ時間が経っていたので、そろそろ切り上げることにした。


「では、俺はそろそろ行かせてもらう」


 俺はディーラーにチップを渡して席を立つ。


「シオンとリメットは……いたな」


 周囲を見渡してみると、シオンとリメットはすぐに見付かった。二人は既にゲームを終えていて、近くの席でドリンクを飲んでいた。

 ひとまず、二人の元へ歩いて向かう。

 そして、そのまま二人のいるテーブルに座った。


「あ、エリュ。もう止めたんだ。どうだった?」


 席に着いたところで、シオンが結果を聞いて来る。


「十五万ほど勝ったぞ」


 俺はそう言いながらチップの入ったケースをテーブルの上に置く。


「そんなに増えたのか!? 確かに、かなり勝ってはいたようだが、倍以上じゃないか!」


 それを聞いたリメットは驚き声を上げる。


「確認してみるか?」


 俺はケースを開いて、中身を二人に確認させる。


「本当に二十五万以上入っているな。エリュはあのゲームに慣れているのか?」

「いや、ルールは知っていたが、プレイしたのは初めてだぞ?」


 ルールはもちろん知っていたが、プレイする相手もいなかったので、実際にプレイしたのは初めてだ。


「初めてでこんなに勝ったのか?」

「まあそういうことにはなるな」

「才能があるんじゃないか?」

「俺が強かったのではなく、相手が弱かったといったところだろうな。手が読みやすかったし、大したことは無かったぞ」


 強いプレイヤーであれば、あんな安いレートのテーブルでゲームをせずに、もっとレートの高いテーブルに行っているだろうからな。


 実際、彼らは手が読みやすく、端的に言って弱いプレイヤーだったしな。


「その手を読めるのも才能だと思うのだが……まあ良いか」

「お前達はどうだったんだ?」


 ひとまず、二人の結果も聞いてみる。


「あたしは二万ほど減ったな」

「ボクはちょっと減ったよ」

「そうか」


 何と無く察してはいたが、二人は負けたらしい。


「シオンはケースの中身を確認させろ」

「何で?」

「どうせかなり負けたのだろう?」

「そ……そんなことはないよ? ちょっとだけ、ちょーーっとだけ負けただけだよ?」

「…………」


 シオンはそう言うが、はぐらかそうとしているのが見え見えだ。


「ほら、さっさと渡せ」

「うわっ!?」


 俺はシオンからケースを奪い取って、中身を確認する。


「……シオンの中では七割はちょっとの範囲なのか?」


 シオンの持っていたケースの中身を確認すると、三万セルト分ほどのチップしか入っていなかった。

 どうやら、シオンは七万も負けていたらしい。


「これから勝って増やすことを考えると、七万ぐらいは誤差範囲だよ!」

「勝って増やすどころか、全部擦るだろう! もう止めておけ。一万だけ残して回収しておくぞ」


 この調子だと全部擦ってしまいそうなので、食事代だけを残して回収しておくことにした。

 俺はケースから二万セルト分のチップを回収して、一万セルト分のチップが残ったケースをシオンに返す。


「むぅ……まだ本気を出してないだけなのに……」

「最初から本気を出さなかったのが悪いし、そもそも真面目にやった上での結果だろう?」

「意地悪ー……」

「まあ元々お前はこういうものには向いていないからな。諦めろ」


 シオンは駆け引きがあまり得意ではないからな。仕方が無いと言えばそうなるが、このままだと確実に全部擦ってしまうので、彼女には悪いが回収させてもらう。


「調子が良かったのはエリュだけか。まあ大方予想通りではあるがな」

「……誰かと思ったらアデュークか」


 俺達の後方から現れたのはアデュークだった。もちろん、ライカも一緒だ。


「そちらはどうだったんだ?」

「まあまあだな」


 アデュークはそう言ってケースをテーブルの上に置く。


「ふむ……少し勝ったようだな」


 ケースの中身を確認してみると、中には十三万セルト分のチップが入っていた。


「お前が勝ち過ぎなだけだ」

「そうかもな。ライカはどうだったんだ?」


 アデュークの結果も聞けたので、残ったライカの結果も聞いてみる。


「…………」


 しかし、ライカはケースを見ながら黙り込んでしまった。


「……随分と軽そうだな」

「……いや、行けると思ったんだよ? あそこが勝負時だったから仕掛けたんだけど、ちょーっとしくじっちゃってね」

「それで大負けしたと?」

「まあちょっとね」

「……八万はちょっととは言わないぞ」


 随分とケースが軽そうだと思ったら、どうやらシオン以上に負けていたらしい。


「……どうやったらそんなに負けるんだ?」

「……自分が大勝ちしたからって、喧嘩売ってる?」

「いや、そんなつもりは無い。気分を害したのなら謝ろう」


 煽るつもりで言ったわけでは無かったからな。そこはきちんと謝っておく。


「とりあえず、一旦昼食にしないか?」

「そうだな。お前達もそれで良いな?」

「良いよー」

「ああ」

「それで良いよ」


 時刻はちょうど昼なので、ここで一度、昼食休憩にすることにした。


「では、こちらだ。付いて来い」


 そして、俺達はアデュークの案内でカジノ内にある食事スペースへと向かった。






 食事スペースに向かうと、そこでは多くの客が昼食を摂っていた。


「下手な店よりも繁盛しているな」


 昼時だということはあるが、食事スペースはかなりの客で賑わっていた。

 席はほとんどが埋まっていて、早く席に着かないと座る場所がなくなってしまいそうなほどだった。


「とりあえず、埋まる前にさっさと席に着くか」

「そうだね」


 このままだと座る場所がなくなってしまいそうなので、まずは席を確保することにした。

 すぐに俺達は近くにあった空いていた席に座る。


「はい、メニューだよ」


 席に着いたところで、ライカにメニューを渡される。


「うーん……何か高くない?」


 メニューを見たシオンは値段を見てそんなことを言う。

 確認してみると、確かに全体的に値段が高めに設定されていた。


「まあここに来る客はそれなりに金があるからな。それでも金を出すので問題無いということだ」

「うーん……テーマパークの自販機が高いみたいな感じ?」

「ふむ……理由としてはどちらも正解で、どちらも正確ではないと言ったところだな」


 アデュークの言うこともシオンの言うこともどちらも間違ってはいないが、正確ではない。


「って言うと?」

「アデュークの言うように高くても買うということに間違いは無いが、それだけでは高い理由の説明としては不足しているということだ」


 確かに、アデュークの言うことに間違いは無い。

 だが、これだと説明不足で、ここのメニューが高い理由を完全に説明し切れているとは言えない。


「そもそも、何故テーマパークの自販機が高いのかは知っているか?」

「高くても売れるからでしょ?」

「それも理由の一つだが、それだけが理由ではないな」


 テーマパークの自動販売機が高額である理由の一つに高くても売れるということがあるが、それだけが理由ではない。他にも様々な理由がある。


「そもそも、高くても売れるのは何故だと思う?」

「うーん……他に買うところが無いから?」

「外で買うという選択肢は無いのか?」

「わざわざ外に出るのはめんどくない? それに、テーマパークって再入場するのにもお金が掛かるよね?」

「そう、つまりそういうことだ。ここの客は手間と金を天秤に掛けた結果、金を出すことを選択したということだ」


 当たり前のことではあるが、わざわざ外に出て買いに行くのは手間が掛かって面倒なことだ。

 なので、客は手間とお金のどちらを取るかを天秤に掛けることになる。


 そして、その結果お金を出すことを選択して、少し高くてもカジノ内で食事を摂ることにしたということだ。

 テーマパークの場合は再入場時の料金の問題もあるが、このカジノに入場料は無いので、その話は無関係なこととして置いておくことにする。


「なるほどね」

「それに、こういうところは一種の閉鎖空間になるからな。カジノ内は競合する相手がいない独占市場になるので、価格もカジノ側が自由に決められる。なので、値段を高くすることは容易だし、多少高くても売れるということだ」


 当然、客は自由に出入り可能だが、手間が掛かるなどの理由から帰る場合を除いて外部への移動が抑制されることになる。

 その結果、物理的には自由に出入り可能であるにも関わらず、擬似的な閉鎖空間が形成されるのだ。

 なので、多少商品が高くても売れる環境ができているということになり、商品が問題無く売れるということになる。


「じゃあボクが最初に言った、テーマパークの自販機が高い理論で合ってるじゃん」

「いや、テーマパークの自販機が高いのには他にも理由があるからな。それだと正確な答えであるとは言えない」


 最初に言ったようにアデュークの言ったこともシオンの言ったことも間違ってはいない。

 ただ、それだと正確な理由であるとは言えないというだけだ。


「他の理由って?」

「そうだな……自販機で売っている飲み物の値段が場所によって違うのは何故だか分かるか?」


 他の理由も説明したいところだが、そのためには自動販売機の商品の値段の違いを説明する必要があるので、まずはそのことを説明することにする。


「うーん……コストの違い?」

「何のコストだ? 何故テーマパーク内に設置するにはコストが掛かるんだ? ちゃんと考えてくれるか?」


 確かに、コストの問題で高くなっている自動販売機も存在する。

 例えば、富士山の頂上にある自動販売機は維持や飲み物の補充などにかなりコストが掛かるので、五百ミリリットルのペットボトルが五百円と、かなり高額になっている。

 だが、テーマパークに設置するのにコストは掛からないし、飲み物の補充などの維持費も他の自動販売機とあまり変わらない。


「あー、もう! 何で一言に対してそんなに返して来るの! 意地悪!」


 シオンにちゃんと考えるよう言うが、それを受けて彼女は不貞腐れてしまった。


「分かった! 説明したやるから、騒ぐな!」


 シオンにこれ以上騒がれると面倒なので、ここは素直に説明してやることにした。


「値段が場所によって違うのは施設側が値段を設定しているからだ」


 自動販売機の飲み物の値段は飲み物を売っている業者側ではなく、施設側が値段を設定している。

 そう、テーマパークにある自動販売機の値段が高いのは、テーマパーク側が高額に設定しているからだ。


「テーマパーク側があんな値段に設定してるってこと?」

「ああ。飲み物を売っている業者側に渡す分もあるが、そこに施設側が儲けとしていくら上乗せするのかは施設側次第だ」

「……あれ、待って? 施設側が儲けとしていくら上乗せするかって……それだと、売り値に関係無く業者側の利益は変わらないように聞こえるけど?」

「ああ。売り値が高くても、飲み物を売っている業者側の儲けは上がらないらしいぞ」


 そう、通常価格より高めに設定されようが、基本的にそれは施設側の利益になるので、売り値が高くても飲み物を売っている業者側の利益にはならない。

 それどころか、テーマパークでのあの高額な販売価格に反して、一本当たりの利益が低いことも多いらしい。


 と言うのも、テーマパークは集客力が高く、業者側に対して自分側が有利になるような契約を迫るからだ。

 だが、業者側としては販売数量が見込め、一本当たりの利益が低いことが分かっていても施設側と契約するので、販売価格に反して業者側は薄利多売の販売方式になるという現象が起こっている。


「そうだったの!? もう詐欺じゃん!」

「いや、ちゃんと契約はしているし、詐欺ではないと思うぞ?」


 そのような契約を交わしているわけだからな。それは詐欺とは言わない。


「まあテーマパーク側としては反感を買いやすい入場料やアトラクションの値上げを行うよりも、そういったところで利益を上げた方が都合が良いといった裏事情もあるようだがな」

「そうなんだ」

「……なあ、少し聞いても良いか?」


 と、ここで話を聞いていたリメットは何か疑問があったらしく、俺にそのことを聞こうとしていた。


「何だ?」

「そのてーまぱーく? とか、ジハンキ? とは何なんだ?」


 質問の内容はテーマパークと自動販売機のことについてだった。

 どうやら、リメットはテーマパークや自動販売機のことを知らないらしい。


(言われてみれば、テーマパークも自動販売機も見たことが無いな)


 だが、そう言われて思い返してみると、この世界ではテーマパークも自動販売機も見たことが無い。

 なので、そもそもこの世界にはそれらの物が存在していない可能性が高かった。


「アデューク、ライカ、二人は知っているか?」


 だが、単にリメットが知らなかっただけの可能性もあるので、念のためにアデュークとライカにも聞いてみることにする。


「いや、無いぞ」

「あたしも無いよ」


 思った通り二人も知らなかったので、この世界にそれらの物は無いと見て間違い無さそうだ。


「そうか。では、軽く説明しよう。テーマパークはそうだな……大型の娯楽施設といったところだな」


 テーマパークについてのことをこの世界の概念で説明するのは難しいので、ざっくりとした説明をする。


「そして、自販機というのは自動販売機のことだ。お金を入れて商品を選ぶと、その商品が出て来る装置だな」

「何を売っているんだ?」

「基本的には飲み物だな。金属製の円柱型の缶に入っているか、ペットボトル……プラスチック製の容器に入っているな」


 ペットボトルと言っても分からない可能性があるので、ここはプラスチック製の容器と言っておく。


「そうなのか。聞くが、それは無人なのか?」

「ああ。でなければ自動販売機の意味が無いからな」


 有人で販売するのであれば自動販売機を使う必要が無いからな。俺にとっては当たり前のことだが、もちろん無人だ。


「無人で大丈夫なのか? 盗まれたりしないのか?」

「それは……治安次第だな」


 リメットの懸念は尤もなもので、自動販売機を狙った窃盗が行われることは容易に想像できた。

 実際、転生前の世界でも自動販売機を狙った窃盗はあったし、治安の悪い国だとその懸念から置かれていなかったからな。


 日本に自動販売機が普及したのも治安が良かったからで、自動販売機が多いことを理由に治安が良いと言う外国人もいるぐらいだったし、治安が良いことが自動販売機の設置条件になることに間違いは無い。


(まあ考えてみれば、それらの物が無いのも当然か)


 改めて考えてみたが、この世界にテーマパークや自動販売機が存在しないのは当然のことだった。


 まず、テーマパークが無いことに関してはスペースの問題だ。魔物がいるこの世界では居住可能な場所が限られていたり、居住可能な場所でも壁を築く必要がある。

 つまり、使うことができるスペースには制限があるということだ。


 そして、そんな限られたスペースをテーマパークや遊園地のような娯楽施設に使う余裕があるだろうか?

 もちろん、その答えはノーだ。そんな物を作るぐらいなら他の有用な施設を作る。

 なので、この世界にテーマパークや遊園地が存在しないことは必然だと言える。


 次に自動販売機についてだが、こちらは先程、説明した通りだ。

 ワイバスぐらい治安が良ければ大丈夫かもしれないが、俺の知る限りではワイバスほど治安の良い街は他に無い。

 なので、自動販売機が存在しないことも同様に必然だと言える。


(ワイバスで試しに設置してみるのはありかもしれないな)


 治安の良いワイバスであれば設置しても大丈夫だろうからな。装置や容器の開発などの課題はあるが、試してみる価値はありそうだ。


「まあワイバスであれば大丈夫だろうし、ルミナさんと相談して開発してみるのはありだな」

「……なあ、一つ聞いても良いか?」

「何だ?」

「エリュはどこから来たんだ? そんな物があるほど平和な国はあたしは知らないぞ?」


 その話を聞いたリメットはそのことを不思議に思ったのか、俺の出身国についてのことを聞いて来た。


「遠い国だ。お前達の知らない、な」

「随分と抽象的だな。どこなんだ?」

「それは知らなくて良いことだ。あまり気にしないでくれ」

「……そうか」


 あまり話したくないことを察してくれたのか、それ以上は何も聞いて来なかった。


「お前達、さっさとどれにするのかを決めてくれ」

「む、それもそうだな」


 だいぶ話し込んでしまったが、昼食をどれにするのかをまだ決めていなかった。

 なので、さっさと昼食を決めてしまうことにした。


「ところで、この後はどうするの?」

「昼食後はそのまま帰るか、もう少し遊んでから帰るかだな。俺としてはどちらでも良いぞ」

「じゃあ遊んで行こ」

「だね」


 アデュークの話を聞いたライカとシオンは遊んで行くことを提案する。


「ならば、帰るということで良さそうだな」

「「何で!?」」


 だが、アデュークはそんな二人の意見に反して帰ろうとした。


「お前達は大負けしただろう。どうせ、結果は同じだ。諦めろ」


 二人は大負けしていて、勝てる見込みも無いからな。それが妥当な判断だ。


「いや、次は勝てるから! もうコツは掴んだから!」

「そう言う奴ほど負けるのだが?」

「ボクはその例外だから大丈夫だよ!」

「その自信はどこから来るんだ……」


 シオンは次は勝てると自信満々に主張しているが、もちろんその主張の根底となる根拠はどこにも無いので、出任せでしかない。


「……分かった。一万だけなら許してやる」


 だが、アデュークはこれ以上駄々をこねられると面倒だと思ったのか、一万セルトだけ使うことを許可した。


「ありがと。じゃあ早く昼食にしよっか」

「そうだな」


 そして、方針が決まったところでそれぞれで注文を決めて昼食を摂った。


 尚、昼食後にシオンとライカは意気揚々とゲームをしに行ったが、全部擦ったのは言うまでもない。

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