episode179 レグレットの宣戦布告
翌日、昨日奪った姿と身分証を使ってリグノートに入った俺達は街の様子を見て回っていた。
「無事に姿も変えられたし、ひとまず問題は無さそうだな」
俺達は街に入った後は事前に用意しておいた別の姿を使っていた。
昨日、奪った姿は全員男だったし、ルートライア家の者に見られると面倒なことになる可能性があるからな。あの姿と身分証は街の出入りのときにだけ使うつもりだ。
「明らかに警戒度が上がっているな」
街には以前よりも警備の兵士が増えていて、警戒度が上がっていることは明らかだった。
「まあこれから戦争を仕掛けるのだから、それも当然でしょうね」
「ところで、いつになったら宣戦布告をするんだろうね?」
「さあな。だが、近い内に出されることは確実だな」
そろそろレグレットの本隊も到着しているだろうからな。早ければ明日には宣戦布告が出されるはずだ。
「それで、今日は何の調査をするの?」
「今日は街全体の様子を見てみるだけの予定だ」
「それだけ?」
「ああ。今日の調査の結果を受けて、明日以降の動きを決めるつもりだ」
今日のところは戦争前の状態で警戒度が上がっている街の様子の確認に留めて、それを受けて計画を立てる予定だ。
なので、本格的な調査は明日からになる。
「そうなんだ。それで、どこに行くの?」
「軍事関連の施設がある区画だ」
もちろん、一番調べたい場所は軍事関連の施設だ。
なので、まずはそこを調べてみることにする。
「分かったよ。それじゃあ行こっか」
「ああ」
そして、今回の方針を説明したところで、軍事関連の施設がある区画へと向かった。
「思った通り、ここは警備が多いな」
「まあそれはそうでしょうね」
軍事関連の施設がある区画に向かうと、そこには普段よりも多くの兵士がいて、周囲を警戒していた。
「おい、そこのお前達!」
と、そんな話をしていたところで、巡回している兵士が声を掛けて来た。
「何だ?」
「ここは立ち入り禁止だ! 早々に立ち去れ!」
そして、すぐにここから立ち去るように注意されてしまった。
「む? そうなのか?」
軍事関連の施設が近くにあるとは言え、この辺りは一般人でも入れる場所のはずだ。
「何だ? 国の発表を知らなかったのか? この辺りはしばらくは関係者以外は立ち入り禁止だ。分かったらさっさと立ち去れ」
どうやら、戦争を仕掛けるに当たって、関係者以外立ち入り禁止の区域が広げられていたらしい。
「そうだったのか。行くぞ」
入れないのであればこれ以上ここにいる意味も無いので、騒ぎにならない内にその場を離れることにした。
「……で、どうするの?」
「そうだな……とりあえず、あの区画の調査は後回しにして、他の場所の調査をするぞ」
あの区画の調査は難しそうなので、ひとまず今日は他の場所の調査をすることにした。
「俺とシオン、エリサとアーミラの二組に別れるが、それで良いな?」
「ええ、それで良いわよ」
「うん」
「良いよー」
「では、俺達は西側を担当する。二人は東側を頼んだぞ」
「分かったわ。アーミラ、行くわよ」
「はーい」
そして、二手に別れた俺達はそれぞれで街の調査を始めた。
その夜、調査を終えた俺達は裏市街近くにあった空き家屋に集まっていた。
「全員、集まったな。エリサ、報告してくれるか?」
「ええ」
そして、それぞれの調査で得られたことを報告し合う。
「結局、大した情報は得られなかったな」
「そうね」
今日は一日使って街を調査してみたが、大した情報は得られなかった。
「何て言うか、徒労だったね」
決して何も収穫が無かったというわけでは無いのだが、収穫はほぼ無かったので、シオンが言ったように徒労に近い。
「やはり、今、俺達が欲しい情報は重要施設に潜入しないと得られそうにないな」
「そうね」
今、俺達が欲しい情報は軍事的な情報だからな。重要施設に潜入しないと、求める情報は得られそうになかった。
「ひとまず、ルミナに報告しましょうか」
「そうだな」
今日の調査は終わったので、とりあえずその成果をルミナに報告することにした。
遠距離通信用の魔法道具を取り出して、ルミナに通信を繋ぐ。
「今、時間はあるかしら?」
「ええ、大丈夫よ」
そして、エリサが今日の成果とこのまま慎重な調査を続けても情報が得られそうにないことを報告した。
「なるほどね」
「それで、私達は明日からどうすれば良いかしら?」
「そうね……とりあえず、宣戦布告がされるまでは待機で良いわ」
「分かったわ。それじゃあもう切るわね」
「ええ」
そして、ルミナの指示を確認したところで、通信を切った。
「明日は暇になりそうだな」
「そうね」
早ければ明日には宣戦布告が出されるだろうが、そうだとしても俺達が動くのは明後日以降になるだろうからな。明日は暇になりそうだった。
「今日の見張りはどうする?」
「私とシオンが先に見張りをするわ」
「分かった。では、俺はもう休んでおくぞ」
「ええ、そうすると良いわ」
そして、方針が決まったところで、寝袋を取り出してそのまま眠りに就いた。
その夜、リグノートでは今回の戦争関係者による会議が行われていた。
「首尾はどうなっている?」
「本隊は無事に到着しました。明日から動けます」
リグノートの軍事関係の上層部の者達は、一時間ほど前に本隊が到着したという連絡を受けていた。
「そうか。ワイバートの動きはどうだ?」
「こちらが西の山脈から攻めることを想定してか、西側に戦力を集めているようです」
「詳しく報告しろ」
「はい。ワイバートは西の街や村に部隊を送って西側を固めています。さらに、山脈の近くにエルナを隊長とする部隊を送ったようです」
レグレット側はこれまでの調査でワイバートが西側に戦力を集めているということは掴んでいた。
「流石にそれぐらいは読まれているか」
「それと、行き先は不明ですがルミナもどこかへ向かったようです」
「行き先の調査は進めているのか?」
「もちろん、その行き先は調査していますが、先程言ったように行き先は不明です」
さらに、ルミナも街を出たことは確認されたが、その行き先までは分かっていなかった。
「引き続き調査を続けろ。他には何か報告することはあるか?」
「はい。ルミナへの協力者も西の山脈へ向かったようです」
「居場所は?」
「山脈内のどこかに潜んでいると思われます」
エリュ達が街を出て西の山脈に向かったことは確認されたが、正確な居場所までは掴めていなかった。
まあ彼らは既にリグノートに潜入しているのだが、レグレット側はそのことを掴めていなかったので、山脈内のどこかに潜んでいると思っていた。
「そうか。そちらも警戒しておけ」
「はっ!」
「ところで、オールドイスはどうしている?」
「アールカイドと霧の領域の境界付近を通ってワイバートに向かっています。あと二日以内には到着するとのことです」
オールドイスは二日前にリグノートを出発して、ワイバートに向かっていた。
「計画通りに進んでいるな」
「そうですな」
オールドイスの提案した西側から攻めるように見せ掛けることでそちらに戦力を集中させて、手薄になった南東側に精鋭部隊を送るという作戦はうまく行っているようだった。
「まさか、危険地帯である霧の領域付近を通って来るとは思っていないでしょうな」
ワイバート側は霧の領域という危険地帯を突っ切って来ることは想定していないと思われるので、彼らは虚を衝ける良い作戦だと思っていた。
まあワイバート側にはそのことも想定されているのだが、レグレット側はそれを知る由も無い。
「それで、どう動くつもりなのですかな?」
「西の山脈の部隊に先に動いてもらって、そちらに注意を向ける。そして、その後にオールドイスに動いてもらって、東から切り崩す」
戦略としては当初の予定通りに西に注意を向けて、本命の東を通すというもので行くつもりでいた。
「そうですか」
「明日の朝に宣戦布告して、それと同時に西の山脈の部隊を動かす。異議のある者はいるか?」
「「「…………」」」
騎士団の団長が会議の参加者全員に聞くが、それに意見する者はいなかった。
「では、そのように手配しておけ。他に何か話すことはあるか?」
「「「…………」」」
「無いな? それでは、今回はこれで解散とする」
そして、直近の方針が決まったところで、会議は解散となった。
翌朝、ルミナの店にいるメンバーとイヴリアは買い出しのために商業施設に来ていた。
「おい、聞いたか? レグレットが宣戦布告して来たらしいぞ」
「そうらしいな。この先、大丈夫なのだろうか……」
ワイバートの国内はレグレットのある宣言を受けて少しざわついていた。
そう、レグレットの宣戦布告だ。今朝、正式にレグレットから宣戦布告されて、それが発表されたのだ。
「みんな不安そうだね……」
買い物に来ていたミィナはそれを見てそんなことを呟く。
「国の方も大丈夫だって発表してるんだけどね」
アリナの言うようにワイバート側は既に対策のために動いていると発表しているし、実際、軍も動かしているのだが、民衆にはそんなことは分からない。
なので、民衆のその不安も当然と言える。
「別にお前達が気にすることではないだろう。普段通りに過ごせば良い」
だが、ワイバスに残ってルミナの店にいるメンバーの面倒を見ているアデュークは、特にそのことを気に留めていないようだった。
「アデュークって冷淡だよねー」
ここでステアが軽くからかうようにそう言いながらアデュークの背中を叩く。
「…………」
「あれ、どうしたの?」
「……何でも無い。少し昔のことを思い出しただけだ」
「昔のこと、ね……ねえねえアデューク、ちょっと……うわっ!?」
ステアはアデュークに後ろから飛び掛かるが、それを躱されて勢い良く転んでしまった。
「話すつもりは無いぞ?」
「えー……ちょっとぐらい良いじゃん!」
ステアは転んだ状態のまま顔だけを上げて声を上げる。
「……行くぞ」
だが、アデュークはそれを無視してそのまま歩いて行く。
「あ、待ってよー!」
ステアはすぐに起き上がって他のメンバーを追い掛ける。
「ところでお嬢様、何か気になることがあるのでしょうか?」
と、ここでレーネリアの様子を見たイヴリアは彼女にそんなことを尋ねた。
「いえ、何でもありません」
「……オールドイスのことが気になるのですか?」
「……はい」
心中を見透かされたレーネリアは静かに一言そう答える。
「ルミナに進言しましょうか?」
「お願いします」
「イヴリアさん、前から思ってたんだけど、一応オールドイスは主人だよね? 最早、呼び捨てにしてるし、だいぶ扱いが酷くない?」
ここでそのやり取りを見たステアがイヴリアにそんなことを尋ねる。
「主人ではなく"元"主人です。お嬢様に仕えると決めてからはお嬢様が主になります」
「へー、そうなんだ。愛されてるね、レーネリア」
「はい、おかげさまで」
「……変わりましたね、お嬢様」
操り人形にされて生気の無い死んだ目をしていたあの頃とは違って、ワイバスで過ごすレーネリアは生き生きとしていた。
「そうですね。脱走に協力してくださったメリーフにイヴリア、こちらで面倒を見ていただいたルミナさんにレイルーンさん、他にも関わってくださった多くの方々のおかげで今の私があります」
「幸せですか?」
「はい、もちろんです!」
そして、レーネリアは以前の彼女では考えられないような笑顔を見せた。
「本当に変わりましたね。安心しました」
その様子を見たイヴリアはそう言ってレーネリアを抱きしめる。
「あの……恥ずかしいので放していただけますか?」
「畏まりました」
そう言われたイヴリアはすぐにレーネリアを解放する。
「……今回で断ち切って終わりにしましょうか」
「そうですね」
そして、決意を新たにした二人は手を繋いで歩き出した。
「あのー……盛り上がってるところで悪いんだけど、買い物はまだ終わってないから、まずはそれを終わらせてくれるかな?」
「それもそうですね」
そして、彼女達はそのまま買い出しを続けるのだった。
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