episode157 地下闘技場の売上金奪取
翌日の夜、俺達は持ち出される地下闘技場の売り上げを奪うために商業施設の周囲を張っていた。
地下闘技場は襲撃して潰す予定ではあるが、売り上げの回収日が今日だったので、少しでもルートライア家に入る資金を減らそうということで、奪っておくことにしたのだ。
「……来たな」
しばらく待っていると、売り上げを持ち出していると思われる人物が魔力駆動式の馬車に乗って現れた。
運んでいる人数は全員で五人で、周囲を警戒しているようだった。
「では、奴らよりも先に街を出るとするか」
「そうね」
街中で襲撃すると、面倒なことになる可能性が高いからな。襲撃を行うのは街を出てからだ。
そして、
リグサイドを出た俺達は街から少し離れた場所で
「さて、そろそろ来るはずだが……来たな」
そして、しばらく待っていると
「一応、馬車ごと奪うんだよな?」
「ええ。馬車ごと吹き飛ばすと硬貨が散らばるでしょうし、散らばった硬貨を集めるのは面倒だから、馬車は壊さないようにするわ」
確かに、この暗い中で散らばった硬貨を集めるのはかなり面倒だからな。できればそれは避けたいところだ。
「分かった」
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ」
そして、ある程度近付いて来たところで一気に接近して、それと同時に短剣を投擲して先制攻撃を仕掛けた。
「っ!」
しかし、その攻撃はギリギリで反応して防がれてしまった。
だが、防がれたところで何も問題は無いので、気にせずにそのまま仕掛ける。
こちらの配置はシオンとアーミラが前衛、俺とエリサが後衛という配置だ。リメットは戦闘能力に不安があるので参加させていない。
「……斬るっ!」
「行くよ!」
まずはシオンとアーミラが御者台にいた二人に攻撃を仕掛ける。
だが、ここでは敢えて本気を出さずに攻撃速度を落として攻撃をする。
本気で攻撃すると馬車も吹き飛ばしてしまうからな。二人は敢えて速度を落として攻撃している。
「遅い!」
しかし、その攻撃は大きく跳んで馬車から離脱することで躱されてしまった。
だが、それはこちらの想定通り、いや、狙った通りの動きなので問題は無い。
「死にな、盗人共!」
その直後に馬車の中にいた敵が飛び出して来て、シオンとアーミラの二人に攻撃を仕掛けるが、今度はその二人が大きく跳んで馬車から離脱しながら攻撃を躱した。
「とりあえず、馬車からは離れてくれたな」
敵は全員馬車から出てくれたので、これで馬車のことを気にせずに戦うことができる。
(……? 誰だ?)
だが、ここで後方から何者かの視線を感じた。
「……? どうしたの?」
「いや、後方からこちらを見ている者がいるようでな」
「敵かどうかは分かるかしら?」
「恐らく、敵では無いな。敵だとしたらもっと強い敵意を向けているし、この感じだと第三者だと思うぞ」
こちらを見ていることは間違い無いが、その視線からは明確な敵意は感じられず、ただ様子を見ているだけのようだった。
その理由までは分からないが、敵では無いようなので、今は放置しておくことにする。
「分かったわ。それじゃあまずは目先の敵を片付けましょうか」
「もちろん、そのつもりだ」
謎の観察者に敵意が無いことを確認したところで、魔法弓を構える。
「敵は全員前衛か」
ここで改めて敵を確認してみると、全員剣か槍を持っているので前衛のようだった。
「俺達が補助する。お前達は好きに動け」
「オッケー」
「分かったよ」
戦闘能力の高いアーミラには下手に連携をさせるよりも、自由にさせた方がその力を発揮できるだろうからな。
シオンには連携を取らせても良いのだが、アーミラには自由にさせてシオンには連携を取らせると半端なことになりそうなので、ここは二人には自由に動いてもらって、俺とエリサがそれを補助するという形を取ることにする。
「それじゃあ行くよ!」
アーミラが真正面から突っ込んで、シオンはその少し後ろから様子を見ながら接近する。
「残念だが、これをお前達に渡すつもりは無い。全員死んでもらうぞ!」
「えー……ルートライア家はお金あるんだし、ちょっとぐらい良いじゃん」
「良いわけあるかよ! ……ぐはっ!?」
剣と盾を持った男は盾でアーミラの蹴り上げを受けるが、受け止めきれずに打ち上げられる。
「……エリュ」
「任せろ」
すぐさま打ち上げられた男に向けて火属性と光属性の魔力を込めた矢を放つ。
「当たるかよ!」
しかし、その一矢は風魔法を使って空中で跳ぶことで躱されてしまった。
(全員それなりに実戦経験があり、そこそこ実力があるようだな)
敵の動きはどう見ても訓練では無く実戦によって磨かれた動きで、実戦経験があることは明らかだった。
まあ大きな収入源の一つになっている地下闘技場の売り上げの回収を任されるぐらいだからな。
オールドイスも実績のある部隊に任せるだろうし、それなりに実力があるのも当然か。
「まだまだ行くよ!」
「くっ……」
アーミラは依然として前線で暴れているので一対四で戦っているが、敵はそれを止められずに掻き乱されていた。
「そろそろボクも行くよ!」
そこにシオンも加わって一気に崩しに掛かる。
(向こうは大丈夫そうだな)
援護して補助するつもりだったが、アーミラ一人でも十分なほどなので、向こうはこのまま二人に任せてしまっても大丈夫そうだった。
「とりあえず、俺はあいつを片付けるか」
ここで手に持っている魔法弓を真上に投げて、刀に手を据えて居合斬りの構えを取る。
そして、打ち上げられた男に注意を向けて攻撃に備えた。
「お前達から片付けてやる」
打ち上げられていた男は盾を構えながら風魔法を使ってこちらに跳んで来る。
「…………」
「……っ!」
だが、こちらの間合いに入る直前に横に跳ばれてしまったので、間合いから外れてしまった。
どうやら、こちらの技を打ち破れないことを感じ取って避けたようだ。
「その勘は中々のものだな」
仕方が無いので居合斬りの構えを解いて、落下して来た魔法弓を取って構える。
(例の観察者は……まだ様子を見ているようだな)
ここで一度こちらを見ている観察者の様子を探ってみるが、待機場所をこちらから見て奥の方に変えただけで、まだ様子を見ているだけのようだった。
「そろそろ終わらせましょうか。エリュも構えて」
エリサは何か魔法を準備していて、一気に終わらせるつもりのようだった。
「分かった。牽制する」
魔法弓で魔力の矢を味方に当たらないように適当に曲射で放って牽制してから魔法弓を手放して、そのまま刀に手を据えて居合斬りの構えを取る。
「アタシも行くよ!」
ここでアーミラは後方に跳んで敵から距離を取ると、勢い良く右手を地面に叩き付けた。
すると、地面を通して戦場の外周から血で形成した細い物が真っ直ぐと飛び出した。
そして、それらは中心付近の空中のある一点に集まって、戦場全体を覆う檻を形成した。
「それじゃあ行くわよ」
それに合わせるように、その直後にエリサは準備しておいた魔法を発動させた。
エリサの右手の手の平から放たれた黒いビーム状の何かはこの戦場の中心の地面に着弾して、そこを中心にして戦場全体と同じ大きさの巨大な魔法陣が展開される。
すると、重力が強くなったかのように敵が地面に引き付けられた。
そう、エリサの使った魔法はこれまでも何度か見たことがあるが、範囲内の全てを魔法陣に引き付ける闇魔法だ。
だが、いつもと違って俺達は範囲内にいるにも関わらず、その影響が出ていなかった。
どうやら、術式に何か仕掛けて俺達には影響が出ないようにしているらしい。
「……斬る」
「斬るよ!」
「終わりだよ!」
そして、敵の体勢が崩れた一瞬の隙を狙って、それぞれで攻撃を叩き込んで敵を殲滅した。
「……っ!?」
だが、そのときだった。例の観察者が動いたのは。
観察者はとてつもない速度で馬車に接近すると、そのまま血の檻と壁を突き破って馬車の中に入った。
そして、その数秒後に天井を突き破って高く跳び上がると、風魔法を使って空中で跳んで逃げて行ってしまった。
「……そういうことだったか」
それを見てようやく観察者の目的が分かった。
「……確認してみましょうか」
「そうだな。アーミラ、檻を消してくれ」
「うん」
そして、アーミラが血で形成した檻を消したところで、馬車を確認しに向かった。
「……全部持って行かれたな」
「そのようね」
馬車を確認してみると、そこにあるはずの地下闘技場の売り上げが無くなっていた。
そう、観察者の目的は地下闘技場の売り上げを奪うことだった。
あの様子から察するに元々は一人で実行するつもりだったようだが、俺達が襲撃しているのを見て掻っ攫う方向に計画を変更したようだ。
「えー!? それじゃあアタシ達タダ働きってこと!?」
「まあそうなるな。だが、目的は果たせているし、問題無いのではないか?」
俺達の目的はルートライア家に資金が渡るのを阻止することだ。
見たところ、売上金を奪って行った者はルートライア家の者では無いようなので、一応、目的は果たせたことになる。
「良いわけないでしょ!」
「おい、何故俺に当たる! 痛いから止めろ!」
アーミラはそう言って俺のことをぽかぽかと叩いてくるが、力が強く普通に痛いので止めて欲しいところだ。
「今からでも奪い返しに行かない?」
「いや、もう遠くに行っているだろうし、取り返すのも面倒だ。止めておけ」
もう逃げてしまったし、今から追いかけるのは面倒だからな。
それに、例の観察者は売上金の奪取を一人で実行する予定だったようだしな。それなりの実力者だと思われるので、ここは下手に相手しない方が良いだろう。
「アタシの言うことに文句あるの!」
「だから、俺を叩くな! エリサ、何とかしてくれ!」
俺にはどうしようも無さそうなので、エリサに助けを求める。
「アーミラ、止めてあげなさい」
「えー……でも、止めてあげる理由も無いしなー……」
「叩かれる理由も無いのだが?」
八つ当たりで叩かれるこちらは迷惑極まりないので、早く止めて欲しいのだが。
「しょうがないなー……アタシは優しいから止めてあげるよ!」
「……そうであるのなら初めから八つ当たりなどしないのだが?」
「……何か言った?」
「いや、何でも無い」
機嫌を損ねてしまうと面倒だからな。これ以上は何も言わないことにする。
「それで、どうするのエリサ?」
「盗られてしまった物は仕方が無いわ。とりあえず、彼らが持っていた装備品だけでも回収しましょうか」
「分かったよ」
そして、敵が持っていた装備品を回収してから、休息場所へと戻った。
地下闘技場の売り上げを奪った女は、周囲の安全を確認したところで袋の中身を確認していた。
「結構あるね」
複数ある袋をそれぞれ確認すると、かなりの金額が入っていた。
「いやー……今回は誰かが襲撃してくれたおかげで楽勝だったね」
元々は一人で襲撃して奪う算段だったが、何者かが襲撃していたおかげでうまく掻っ攫うことができた。
「ところで、あの人達は誰だったんだろ? かなり強かったよね?」
彼らが何者なのかは分からないし、戦闘の様子も少ししか見られなかったが、かなりの実力者なのは確かだった。
「それにしても、『
ここで彼女は星空を見上げてそんなことを呟く。
「行き先も言わずにどっか行っちゃって勝手だよね。今頃どこで何してるんだろ?」
過去を想いながらそんなことを考えるが、答えは出ない。
「まあいないならいないで、あたしは自由にするだけだけどね!」
そして、最後にそれだけ言うと、彼女は夜の闇に消えて行った。
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