episode145 ルミナの兄

 翌日、いつものようにルミナの店の営業が行われていた。

 だが、そこにはいつもと違う点があった。いつもと違う点は俺も店員として働いているという点だ。

 もちろん、俺が店員として働いているのはミィナとリーサの護衛をするのと、怪しい人物がいないかどうかを確認するためだ。


(怪しい人物は……いないな)


 怪しい人物がいないかどうかを確認するが、今のところはそのような人物は見当たらない。


「二万五千セルトちょうどですね。ありがとうございました」


 そんな中、ミィナは慣れた手付きで手早く会計を済ませて客を捌いていく。


「エリュ、治癒ポーションが減って来てるから、倉庫から持って来て補充してくれる?」

「悪いが、それはミィナがやってくれるか? その間に怪しい奴が来ないとも限らないからな」


 商品の補充をする程度であれば短時間で済むが、その間に不審な人物が現れないとも限らないからな。

 ここは俺が店番をして、彼女に商品を補充してもらうことにする。


「分かったよ。できるだけ急ぐから店番お願いね」

「ああ」


 そして、ミィナは治癒ポーションを取りに急いで倉庫に向かった。


「会計お願いできますか?」

「む? ……ああ」


 と、ミィナが倉庫に向かったところで、客が商品を持ってレジに来たので俺が対応する。


「全部で二万セルトだ」

「これでお願いします」

「金貨二枚、ちょうどだな。毎度あり」


 そして、受け取った金貨二枚をレジに入れて、初めての接客を終えた。


「ちょっと補充するので退いてくださーい」


 俺が接客を終えると、ミィナが補充する商品を持って戻って来た。そのまま減っていた商品を補充していく。


「お待たせ。終わったよ」

「そのようだな」


 そして、戻って来たところで、メインの店番をミィナに代わる。


「ここがあいつの店か」


 と、ここで男性客がそう言いながら店に入って来た。


(こいつは……貴族か?)


 その男性客の身なりはそれなりに豪華で、見たところ貴族のようだった。

 護衛だと思われる武器を持った男を二人連れていて、店の外にも護衛だと思われる者がいる。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「お前は店員か。ルミナを呼んで来い。居るのだろう?」


 そして、その男はルミナを呼ぶよう求めて来た。


「ええっと……そう言われましても……」

「良いから早く呼べ。この僕を待たせるつもりか?」


 ミィナは対応しようとするが、男は聞く耳を持たずに高圧的な態度で急かして来る。


「……ミィナ、下がっていろ。俺が相手する」


 普通に対応するだけでは解決しそうに無いので、ここは俺が対応することにする。


「何故、呼ぶ必要がある?」

「何だ貴様? この僕を誰だと思っているんだ?」

「質問に答えろ。お前のことなど聞いていない」

「貴様……本当にこの僕のことを知らないようだな。おい!」


 男がそう言って護衛の男達に視線を送ると、護衛の男達は剣を抜いてそのまま俺の方に向けて来た。


「きゃー!」

「何だ何だ!?」


 すると、それを見た店内にいた客達が騒ぎ始めた。


「ミィナは客の安全を確保してくれ。こいつらには俺が対応する」


 こいつらを片付けることは簡単だが、客に被害が及んでしまってはいけないので、まずは客の安全を確保してもらうことにする。


「分かったよ」


 ミィナは指示を受けてすぐに客を店の奥側に誘導しに向かう。


「その不敬な男を片付けろ」

「はっ!」


 そして、護衛の男達は指示を受けて、その剣で攻撃を仕掛けて来た。


(突きによる攻撃か)


 男達は剣を振って斬撃を放って来るのではなく、突きによる攻撃で仕掛けて来ていた。

 まあここは屋内であまり広い場所では無いので、大きく剣を振ることはできないからな。そうして来るのも当然か。


「……遅いな」

 俺は前傾姿勢になることでそれをギリギリで回避する。

 そして、それと同時に握り拳を作った状態から中指の第二関節を突き出して、基節骨と中節骨で三角形を作った状態にして、その状態のまま両手を素早く前に突き出した。


「ぐはっ!?」

「がっ!?」


 その一撃は突き出した部分で正確に二人の喉を捉えて大きく怯ませた。

 二人が前に出るタイミングに合わせて、俺も前に出ながらその一撃を放ったことで威力は増大したので、その効果は絶大だった。


 さらに、そのまま両手を引きながら二人の持っている剣の柄を掴んで奪い取り、半回転させて順手に持ち替えてから剣先を二人の喉元に当てた。


「ふむ……大したことは無かったな。そう言えば用件を聞いていなかったな。ルミナさんに用があるようだが、何の用だ?」


 ここで改めて貴族らしき男に用件を尋ねる。


「こいつ……おい、お前達も来い! ……ぐはっ!?」


 貴族らしき男は外で待機している護衛を呼ぼうとしたので、氷魔法で攻撃してそれを阻止した。

 その攻撃で吹き飛ばされた男は武器が置かれた棚に叩き付けられて、それによって棚は壊れて武器と共に崩れ落ちた。


「質問に答えろと言っているのだが?」


 そして、改めて用件を尋ねる。


「あら、誰かと思えばセミアスじゃない。久しぶりね。わざわざリグノートからワイバスにまで来るなんて、何か大事な用でもあるのかしら?」


 ここで騒ぎに気付いて二階から降りて来たルミナがレジ裏の扉から現れた。


「ルミナさん、こいつのことを知っているのか?」


 もちろん、俺は彼のことは知らないが、ルミナはそうでは無いようだった。

 なので、ルミナに彼が何者なのかを聞いてみることにする。


「ええ、もちろん知っているわ。彼はセミアス。一応、私の兄に当たる人物よ」


 どうやら、彼はルミナの兄で、今のエンドラース家の当主に当たる人物のようだ。


「とりあえず、その剣を返してあげたらどう?」

「それもそうだな」


 とりあえず、奪い取った剣は返してしまっても問題無さそうなので、剣は護衛に返すことにした。

 軽く屈んで剣を床で滑らせて、護衛の男に剣を返す。


「彼の相手は私がするわ。だから、あなた達は店の営業に戻ってくれるかしら?」

「分かった」

「分かりました」


 ここはルミナに任せた方が良さそうなので、言われた通りに俺達は店の営業に戻ることにした。


「ミィナは店番を、エリュは棚を直してくれるかしら?」

「俺が直すのか?」

「ええ、そうよ。あなたが壊したのでしょう?」

「それはそうかもしれないが、原因はこいつだぞ?」


 確かに、壊したのは俺だが、その原因となる事を起こしたのはセミアスだ。俺が悪いわけではない。


「文句を言わずに早く直しなさい。まだ今日の営業は始まったばかりだし、その棚に商品を置けない分、売り上げが減るでしょう?」

「それはそうだが……」

「分かったわね? それじゃあ頼んだわよ」


 だが、半ば押し付けられる形で棚の修理を任されてしまった。


「セミアス、応接室はこっちよ。護衛を置いて来なさい」

「……ルミナ、君は今の立場を分かっているのか? 今の僕は当主だぞ?」

「ええ、もちろん知っているわ。話がしたいのであれば早く来なさい。営業の邪魔よ」


 セミアスは脅迫気味にそう言うが、ルミナは一切怯んだ様子は無い。


「本当に自分の立場を理解しているのか? 僕が一言命令を下せば兵士を動かせるのだぞ?」

「それがどうかしたのかしら? 動かしたいのなら動かせば良いじゃない。やりたいのならどうぞ」

「…………」


 ルミナはセミアスを煽り立てるが、彼は動こうとしなかった。


(まあ流石にそこまで馬鹿ではないか)


 セミアスはあまり頭は良く無さそうだったが、流石にここで兵士を動かすのがまずいことぐらいは分かっているようだ。


「それに、立場を分かっていないのはあなたの方でしょう? そんな態度で頼んで動いてもらえると思っているのかしら?」

「…………」


 どうやら、彼は何かを頼むために遠路遥々ワイバスまでやって来たようだ。この沈黙が図星であることを物語っている。


 まあその内容はある程度予想はつくのだが、ここは黙って成り行きを見守ってその答えを確認してみることにする。


「何だ、分かっているのなら話は早いな。では、本題に入るとしよう」


 ルミナのその言葉を聞いたセミアスは、彼女の方を向いて改まって仕切り直した。


「ルミナよ、お前がエンドラース家に戻って来ることを許可する」


 そして、セミアスは宣言するようにそう言い放った。


「お断りするわ」


 しかし、ルミナはそれをあっさりと断った。


「まあ待て。話は最後まで聞け。今戻って来るのであればその待遇は期待して良いぞ。何なら、僕の次に高い地位に据えてあげても……」

「お断りするわ」


 だが、ルミナはそれを最後まで聞かずに改めて断る旨を伝えた。


「私は今の生活が気に入っているし、戻るつもりは無いわ。いつも使者にもそう伝えているでしょう?」

「……使者?」

「……時々使者が来て、戻って来るように言われてたんだよ。毎回、断ってたけどね」


 ここで俺が使者について知らないことを察したミィナがそのことを説明して来る。

 どうやら、俺の知らないところでエンドラース家からの使者が来ていたらしく、以前から戻って来るように言われていたようだ。


「戻って来れば、不自由の無い今よりも良い暮らしができるぞ?」

「私は今の生活が気に入っているのよ。貴族の暮らしなんかに興味は無いわ。面倒なだけだしね」


 セミアスはメリットを提示して戻って来るよう促すが、ルミナの考えは変わらない。


「そもそも、そういうのに興味があるのだったら、出て行かずに当主になっているわ」

「むぐぐ……と言うより、何故、当主になれることを前提に話をしているんだ? 当主になれていたとは限らないだろう?」

「あなたが私を差し置いて当主になれたとでも? あなたは学業でも実戦でも私に劣っていたじゃない。あのまま私が出て行かなかったら、私が当主になっていたと思うけど?」

「ぐぐ……」


 セミアスは何とか説得しようとしているが、完全に言い負かされている。


「とにかく、私は戻る気は無いわ。分かったら早く帰ってくれるかしら?」

「いや、そういうわけには行かないな。何としてでも戻って来てもらうぞ!」

「だったらどうするのかしら?」

「それはだな……」

「その護衛を使って実力行使をするのかしら? 相手になるわよ?」

「…………」


 ルミナに考えを読まれて、セミアスは何も言い返せずに無言になる。


「だが、昔と違って左目と左腕を失っている今のお前にそれほどの実力があるのかな?」

「さて、どうなのでしょうね?」

「それに、お前の実力は健在でも他の奴らはどうかな?」


 ここでセミアスはそう言ってミィナに害意のある視線を向ける。


「っ!?」


 だが、その瞬間に周囲が凍り付いて、そこから生えた無数の棘状の氷が彼を取り囲んだ。


「……何をするつもりだったのかしら? 怒らないから言ってみなさい」


 ルミナはそう言ってゆっくりとセミアスに近付いて行く。


「…………」


 それに対してセミアスは、ルミナにされて何も言うことができずに無言のままだ。


「……まあ良いわ。もうあなたと話すことは何も無いわ。分かったら早く出て行きなさい」


 そして、ルミナがそう言ったところで、セミアスを取り囲んでいた氷の棘が霧散して消滅した。


「……十秒待ってあげるわ。早くどうするのか決めなさい」


 だが、これで終わりでは無かった。セミアスの前にまで来ていたルミナは鋭い刃状の氷を纏った右手を彼の喉元に当てる。


「チッ……」


 そして、ルミナの最終警告を受けて、セミアスは店を出て行った。


「全く……何度言われても私の答えが変わらないことに気付かないのかしら?」

「まあ馬鹿には何を言っても無駄だということだな」


 残念ながら何を言っても分からない馬鹿はいるからな。奴もそういう類の人間なのだろう。


「一応、当主だし、流石にそこまで馬鹿では無いと思うわよ? まあエンドラース家は他の二家と比べると落ち目だから、何とかして盛り返したいのでしょうね」

「そうなのか?」

「ええ。ルートライア家とハイスヴェイン家は戦力として貢献できるっていう強みがあるけど、エンドラース家はこれといった強みが無いから落ち目なのよ。ハイスヴェイン家もそれを分かっていてエンドラース家から落とそうとしているから、今はかなり立場が危ないわね」

「なるほどな」


 ルートライア家とハイスヴェイン家は騎士の家系らしいからな。戦力としては十分に貢献できるだろう。


 それに対して、エンドラース家の方は俺が知らないだけかもしれないが、特に突出した点があるとは聞いていないからな。

 そうなると落としやすいのはエンドラース家の方になるので、そちらから落とそうとするのは当然だろう。


「だが、良いのか? 今はあまり関係が無いとは言え、元いた場所だろう?」

「別に構わないわよ。特に思い入れも無いし、もう私とは何の関係も無いわ」

「……そうか」


 まあ本人がそう言うのであれば問題無いか。


「と言うか、エリュは全然作業が進んでいないわよ。口を動かす暇があるのなら手を動かしなさい。分かったわね?」

「……ああ」


 そして、ルミナはそれだけ言い残すと二階に戻って行った。


「さて、俺も作業を進めるか」


 ルミナの言う通りに、話を聞いていたので作業の方は進んでいない。

 なので、ひとまず指示されていた棚を直す作業を進めることにした。

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