episode105 ローハイトへの急襲
その日、ローハイトの領主の屋敷では主要な貴族に向けての説明会が開かれていた。
説明会とは言っても会場はパーティのような感じで、豪華な食事が用意されている。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
呼ばれた貴族達が会食をする中、ローハイトの領主であるソドマニア家の当主が挨拶をする。
「本日お集まりいただいたのはレジスタンスの件です。ご存じかとは思いますが、今この国にはレジスタンスという反逆者がいます」
そして、そのままスピーチを始める。
「しかし、ご安心ください。奴らにこの素晴らしい国を好き勝手になどさせません。反逆者は何としてでも始末します」
「それで、レジスタンスとやらは見付かったのですかな?」
「現在、国が総力を挙げて探しています。もちろん、私も探しています。最早、見付かるのは時間の問題でしょう」
「戦力が大分集まっているとの話もありますが、大丈夫なのですか?」
「我々はレジスタンスなどという寄せ集めとは違います。我らが国王軍で圧倒して見せましょう」
そのまま流れるようにして領主と招かれた貴族達との問答が始まる。
だが、彼らは気付いていなかった。この国の命運を分ける戦いが今にも始まろうとしていることに。
ローハイトの領主の屋敷の上空には魔物に乗った三人の人影があった。
「……いよいよ始まるわね」
「そうだな」
今日はいよいよレジスタンスの決起日だ。
まあ決起日とは言っても、実際にレジスタンスが動くのは二、三日後からの予定だが。
「フハハハ! まさか魔法の試し撃ちの機会が訪れるとはありがたいことだな!」
ヴァージェスが高笑いしながらローハイトの街を見下ろす。
「……そうだな」
今、上空にいるのは俺とエリサ、ヴァージェスの三人だ。シオン、アーミラ、アデュークの三人には地上で待機してもらっている。
今回は戦力としてヴァージェスを連れて来ている。彼には地上には降りずに上空から魔法で攻撃をしてもらう予定だ。彼が地上に降りると騒ぎになりそうだからな。
今回の作戦だが、攻撃を仕掛けるのは兵舎と上層区の二か所で、前者はエリサとアーミラ、後者は俺、シオン、アデューク、ヴァージェスの二手に別れる予定だ。
「さて、そろそろ始めるか」
「そうね。ヴァージェスも準備して。仕掛けるわよ」
「分かっておる」
そう言うと、ヴァージェスはすぐに術式の構築を始めた。
すると、略式詠唱で何十個もの術式を構築していき、あっという間に術式の構築は終わってしまった。
「……速いな」
魔法陣を使わない略式詠唱にも関わらず、術式の構築速度がとてつもなく速い。
これが簡単な魔法ならまだ分かるのだが、そこそこ複雑な魔法なのにも関わらずこの速度だ。最早、俺とは次元が違う。
「これでも彼は魔法の扱いに関しては間違い無くトップクラスよ」
「当然だな。その辺の魔法使いと一緒にするでない」
「そのようだな」
エリサがそう言うのであれば間違い無いな。
やはり、ずっと魔法の研究をしているだけのことはあるな。
「あなたも早く準備しなさい」
「分かった」
空間魔法で魔法弓を取り出してローハイトの領主の屋敷に狙いを定める。
「それじゃあ始めましょうか」
「ああ」
そして、俺とエリサが飛び降りると同時にヴァージェスが魔法を放って、街への攻撃を始めた。
ヴァージェスの放った魔法が地上に降り注ぎ、上層区にある貴族の屋敷や施設が破壊される。
「キャー!」
「何だ何だ!?」
「敵襲か!? 衛兵は何をやっている!」
そして、街の各所が混乱に陥れられた。
「さて、
探すと領主はすぐに見付かった。安全な場所に避難しようとしているのか、私兵を連れてどこかに行こうとしている。
私兵は領主を守るように周りを囲んでいるが、上ががら空きだ。
俺は魔法弓で狙いを定めて領主に向けて矢を放つ。
そして、俺の放った矢は領主の頭部を貫いて、その頭を跡形も無く消し飛ばした。
「……は?」
「何が起こった!?」
私兵の兵士達は何が起こったのかを理解できずに混乱する。
「領主様が殺されたぞ!」
「キャー!」
さらに、それを見た貴族達が動揺して混乱が広がっていく。
そして、そんな混乱の中で俺は予定通りに領主の屋敷の庭に着地した。
「……撃つ」
混乱しているのはこちらにとっては好都合だ。楽に片付けられるからな。
そのまま魔法弓で貴族達を狙って攻撃を仕掛ける。
もちろん、優先して狙うのは諸悪の根源である貴族達だ。私兵達も全て片付けるつもりではあるが、最悪、貴族達を仕留められればそれで良い。
「お前達、早くワシを守らんか!」
「早くあいつを始末してちょうだい!」
「はっ!」
流石に混乱は大分収まって来ていた。指示を受けて兵士達が陣形を組んで俺に攻撃を仕掛けて来る。
ひとまず、ここは装備を変えた方が良さそうなので、魔法弓を片付けて刀とハンドガン型の魔法銃を装備した。
「……来い」
そして、刀で近付いて来る敵を斬り捨てて、魔法銃による遠距離攻撃で貴族を狙う。
魔法銃は威力が低いので実力者が相手だとあまり使えないが、戦闘能力を持たない一般人が相手であればこれでも十分だ。
人数的は向こうの方が圧倒的に有利だが、そもそも実力が違うのと空からはヴァージェスの魔法が降り注いでいるので、戦闘はこちらが圧倒している。
「お前達、そいつは足止めするだけにして撤退を優先するぞ!」
ここで私兵のリーダーらしき兵士の一人がそう指示を出す。
どうやら、俺を倒すことを諦めて撤退を優先することにしたようだ。
「……逃がさん」
当然、一人たりとも逃がすつもりは無い。逃げようとしている者を魔法銃で集中的に攻撃して逃がさないようにする。
「ええい! どいつもこいつも役に立たんな! もうワシは一人で逃げるぞ!」
と、ここで貴族の一人が隙を見て逃げ出そうと門に向けて走り出した。
「何っ!?」
だが、そのとき逃げ道を塞ぐように巨大な氷塊が空から降って来た。
間違い無い。これはヴァージェスの氷魔法によるものだ。
エリサは兵舎に向かっていて、既にここにはいないはずだからな。
そして、それを皮切りにして次々と巨大な氷塊が空から降り注ぎ、全ての退路を完全に塞いだ。
「そう簡単には逃がすつもりは無いぞ?」
そして、退路を塞ぐ氷塊を前に立ち尽くしている貴族の男の頭部を魔法銃で撃ち抜いた。
「おい、どうする! もう逃げ道が無いぞ!」
「こうなったら奴を倒すしか……」
「だが、奴は相当な手慣れだぞ。どうする?」
その状況を前に私兵達は慌てふためき困惑している。
「こうなったらやるしかない! うおおーー!」
ここで自棄になった私兵の一人が剣を振り上げて真っ直ぐと突っ込んで来た。
「……斬る」
「がはっ……」
それを間合いに入ったところで軽く斬り伏せる。
自棄になって考え無しに突っ込んで来る者など敵では無い。隙だらけだ。
「突撃陣形を組め! 何としてでも奴を仕留めるぞ!」
「「「はい!」」」
そして、半分自棄になって一斉に突っ込んで来た。
「……簡単に片付きそうだな」
こうなってしまえばもう難しいことは無い。冷静さを失って自棄になって突っ込んで来る敵を俺は冷静に一人ずつ仕留めていく。
そして、私兵達は全員で突撃して来ていたので、あっという間に全滅してしまった。
「……後はお前達だけか」
俺は残った貴族達に向けてゆっくりと歩を進める。
「ひっ……ま、待て! 何が欲しい? 何でも欲しい物を――」
貴族の男は
「待て! 何故ワシらを狙うのだ? 誰の差し金だ?」
「……そう聞かれて答える馬鹿がいるとでも思っているのか?」
そう聞かれて答える暗殺者などどこにもいない。その情報を与えることによるメリットは何一つ無く、デメリットしか無いからな。
「だが、その質問に敢えて答えてやろう。別に誰の差し金でも無い」
「嘘を吐くな! 誰の差し金でも無いと言うのにワシらを狙うのか!」
「そうだ」
俺は誰かの指示で動いているのではない。自分の意思で行動している。
「目的は何だ!」
「俺の目的はお前達を殺すことだ。……いや、それだと語弊があるな。俺の目的は悪人を殺すことだ」
俺の目的はただ一つ。悪人を殺すことだけだ。
今回はこの街を陥落させるのも目的ではあるが、俺個人としての目的はその一つだけだ。
「私達が何をしたのと言うのよ!」
「贈賄、暗殺の依頼、裏での不正な取引……まあ色々とあるな」
もちろん、こいつらのことはもう調べてある。軽く調べただけでもかなりの犯罪行為が確認された。
なので、当然こいつらも俺の
「そんなことで私達を殺そうとしているの!?」
「そうだ」
「ワシが誰なのかを分かった上で殺そうとしているのか!?」
「そうだが?」
今更、何を言っているのだろうか。そんなことは当然知っている。
「貴様、一体何者だ?」
「別に俺は何者でもない。新たな世界を旅するただの旅人だ」
「……何を言っている?」
貴族の男は俺が何を言っているのか分からないといった様子だ。
まあそれもそうだろう。俺が別の世界から転生してきたことなど知る由も無いからな。
だが、わざわざそれを説明してやる必要も無い。貴族達の前に立ってそっと納刀している刀に手を据える。
「だが、一つ言っておいてやろう。『殺戮の執行者』エリュシオン、それがかつての俺の呼び名だ」
そして、最後にそれだけ言ってから貴族達の首を刎ねた。
「……とりあえず、連絡するか」
こちらは片付いたので手筈通りにアデュークに連絡する。初動が片付いたら一番余裕のある彼に連絡することになっているからな。
「エリュか。連絡して来たということは、そちらは片付いたようだな」
「ああ。……ところで、アデュークは何をしているんだ?」
向こうから聞こえて来る音から察するに、戦っているわけではないことは分かるのだが、逆に言うと分かることはその程度だ。
俺には彼が何をするのかは聞かされていないので、本人に直接聞いてみることにする。
「俺は瓦礫の中から価値がありそうなものを探している」
「……そうか」
どうやら、崩壊した貴族の屋敷から金目の物を探しているようだ。
「お前も価値のありそうな物を探しておけ。領主の屋敷ならそういう物も多いはずだ」
「分かった」
どうせもう持ち主はいないしな。折角なので、アデュークの言う通りに使えそうな物は貰って行くことにした。
そして、瓦礫の中から価値のありそうな物を探す。
「武器が多いな」
まあこの領主は武器のコレクターだったらしいからな。武器が多いのは当然のことだろう。
「無事な物が多いのは助かるな」
屋敷が原形を留めていないほどに崩壊している割には無事な物がほとんどだった。
やはり、高価な武器が多いので丈夫な物が多いようだ。
「まあ壊れていたり変形していたりする物も直せば問題無さそうだな」
壊れている物もあるが、この程度なら簡単に修理できるので問題は無い。見つけた武器を片っ端から空間魔法で収納していく。
「さて、こんなところか」
瓦礫の山を探ってみるが、もう金目の物は見当たらない。
そして、探し終わったところで、領主の屋敷だった場所を後にした。
領主の屋敷を後にしてみると、案の定上層区は大混乱だった。
もうヴァージェスによる魔法攻撃は止んでいるが、人々は安全な場所を探して逃げ惑っている。
「こんなときに衛兵は何をしている!」
「衛兵は何故、早く来ないんだ!」
あちこちで怒号が飛び交うが、衛兵が来ることは無かった。
それもそのはずだ。衛兵達のいる兵舎はエリサとアーミラが抑えているからな。
「おい、あいつらは何だ?」
ここで貴族の一人が遠方に人が集まっていることに気が付いた。
「やっと衛兵が来たのか?」
そして、ようやく衛兵が駆け付けたのかと少し安心した様子を見せる。
「おい! 今まで何をしていた! さっさとワシらを助けんか!」
そこに一人の貴族の男が怒号を上げながら近付いて行く。
だが、その貴族の男が目の前にまで行ったそのとき、予想だにしないようなことが起こった。
何と貴族の男は衛兵達に迎えられることは無く、衛兵だと思われる男に殴り倒されたのだ。
「今こそ反逆の時だ! 行くぞ!」
「「「うおおーー!」」」
そして、その集団が貴族達に向けて一斉に襲い掛かった。
そう、この者達は衛兵ではない。この集団は一般人の集まりだ。
何故、一般人が集まっているのかと言うと、俺が数日前から扇動しておいたからだ。
この街に来た六日前から近くレジスタンスが動くという噂をそこはかとなく流しておいて、事が起きたときに一般人が動くように扇動しておいたのだ。
「……少し離れておくか」
このままここにいると確実に巻き込まれるので、この場から離れておくことにした。
風魔法を使って風を纏って、集団のいる反対方向に向かって駆ける。
「……む?」
と、そのとき端末にメールによる連絡が入った。
ひとまず、目立たない裏路地に入ってメールの内容を確認する。
『兵舎の方は片付いたわ』
メールの内容はエリサからのものだった。
どうやら、エリサ達の方は無事に片付いたようだ。
『そうか。ひとまず、全員の初動の動きは終わったようだな』
『そうね』
『一般人も動き出したぞ。手筈通りに動いたので良いか?』
『ええ。シオンとアデュークも良いわね?』
『分かったよ』
『分かった』
そして、シオンとアデュークの返信を確認したところで、メールでのやり取りを終えた。
民衆が動き出したので、ここは予定通りに動くことにした。
民衆が動いたときにどうするのかは事前に決めてある。
様子を見て民衆側が押されそうならこっそりと手助けをする。これが事前に決めておいた手筈だ。
もちろん、その間には瓦礫の山と化した貴族の屋敷から金目の物を探すつもりだ。
「さて、手筈通りに裏方に回るとするか」
そして、遠方から民衆の様子を見ながら、貴族の屋敷があった場所で金目の物が残っていないかを探った。
ある程度事態が進行したところで、一度全員で集合することにした。
「さて、ここが集合場所だが……いたな」
集合場所に向かうと、そこには既に俺以外の全員が集まっていた。
「来たわね」
「ああ。それで、状況はどうだ?」
「もう民衆側が一方的に押している状態ね。まあ戦力となる衛兵達を潰したのだから、それも当然なのでしょうけど」
「そうか」
どうやら、俺達の手助けは必要無さそうだ。
「それで、どうするの?」
「このまま様子を見ながら待機して、制圧が終わったらレジスタンス達と合流しに行くわよ」
「分かった」
そして、そのまま待機しているとあっさりと街の制圧が終わったので、それを確認したところでローハイトの街を発った。
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