episode85 ハインゼルの探索

 翌日、予定通りに早朝からガーグノットに向けて出発した。

 キーラに乗って地上から見えないように雲の上を飛んで、暗くなる前に首都であるハインゼルの近くにまで来ることができた。


「着いたようだな」

「そうね」

「早速、降りるのか?」

「いえ、降りるのは日が落ちて暗くなってからよ。明るいときに降りると見付かるでしょうから」

「分かった」


 まあ降りるところを見られると何かと面倒だからな。その判断は妥当だろう。


「とりあえず、夕食にしましょうか」

「そうだな」


 少し早いがこのまま上空で待機していても暇なだけなので、夕食にすることにした。

 干し肉と水を取り出して、各自で摂り始める。


「街に入った後はどうするんだ?」


 このままただ待っていても仕方が無いので、この待ち時間の間に今後の予定を聞いておくことにする。


「一泊して明日から調査を始めるわ」

「分かった」


 まあ今日は街に入ったら夜だろうからな。調べるのは明日からにするのが良いだろう。


 ……逆に夜の方が調べやすいこともあるかもしれないが。


「今日は明日からの調査に備えてゆっくりと休むと良いわ」

「ああ、そうさせてもらう」


 そして、そのまま上空で日が落ちるのを待った。






 日が落ちて暗くなったところで少し離れたところに降りて、歩いて街まで向かった。

 特に問題無く街に入ることができて、今は宿で休んでいるところだ。


「さて、軽く明日のことについて話をしましょうか。ちょっと集まってくれるかしら?」

「ああ」

「分かったよ」

「うん」

「分かった」


 エリサに言われて五人全員が輪になるようにして集まる。


「明日はエリュとアーミラ、シオンとアデューク、私の三手に分かれて行動するわ」

「それでどうするのだ?」


 アデュークがその詳細を尋ねる。


「私はザードに会いに行くわ」

「ザード?」


 全く聞いたことの無い名前だ。何者なのだろうか。

 ひとまず、そのままエリサに聞き返してみる。


「ザードはガーグノットの王家の側近の一人よ。明日は彼に話を聞きに行くわ」

「側近が国のことを話してくれるとは思えないのだが?」


 普通に考えて側近が国のことを話してくれるとは到底思えない。


「だからこれを持ってきているのよ」


 エリサがそう言って取り出したのは一つの袋だった。

 ひとまず、その中身を確認してみると、そこには金貨が入っていた。

 つまりはそういうことらしい。


「それで行けるのか?」

「ええ。今までもこれで情報を買っていたから大丈夫よ」


 以前話を聞いたときはどこから情報を入手していたのかと思ったが、どうやらザードから入手した情報だったようだ。


「そうか。ところで、俺達は顔を隠しておいた方が良いか?」


 エリサは顔が割れているのでそのままでも問題無いかもしれないが、俺達はまだそうではないので顔を隠しておいた方が良いように思える。


「そうね……確かに、隠せるのであればそうした方が良いかもしれないわね。でも、顔を隠せる物はあるの?」

「ああ、あるぞ」


 俺は持って来ておいたある物を取り出して見せる。


「かなりリアルなマスクだな」

「これほどの出来なら分からなそうね」


 俺が取り出したのはシリコンマスクに似せて作ったマスクだ。

 自分で言うのも何だが、かなり精工に作られていて、下手したら近くで良く見ても分からないレベルだ。


「これ、エリュが作ったの?」


 アーミラがマスクを手に取って見て回しながら聞いて来る。


「ああ」

「結構器用なんだね」

「まあな」


 転生前は指名手配されていて顔が割れていたからな。これを使った変装は必須だった。

 だが、足が着くので普通に買うわけにはいかず、自分で作っていたので作り慣れている。


「一応、全員分あるが使うか?」

「そうね……これは中々使えそうだし、使わせてもらうことにするわ。それじゃあ明日の調査ではこのマスクを使うということで良いかしら?」


 とりあえず、明日はこのマスクで変装して調査することにしたようだ。


「ああ」

「分かった」


 アデュークとアーミラもそれを承諾する。


「向こうの都合もあるから、ザードから情報を入手するのがいつ頃になるのかは分からないわ。情報を入手次第、集合場所と集合時刻は伝えるわ」

「分かった」

「分かったよ」

「話は以上よ。それじゃあこれで解散にするわね」


 そして、そのまま話し合いは解散となった。


「ボク達はどうする?」

「そうだな……とりあえず、この街のことでも再確認しておくか」

「分かったよ」


 その後はこの街、ハインゼルの情報が書かれた資料を再確認してから眠りに就いた。






 翌日、予定通りに三手に分かれて行動を始めた。

 それぞれ昨日渡しておいたマスクで変装していて、目立たないように一般人に近い服装をしている。


「そこそこ人通りはあるな」


 昨日は夜だったので人通りが少なかったが、今は多くの人通りがあって活気に満ち溢れている。


「それで、まずはどこに行く?」


 ひとまず、この街に来たことのあるアーミラに行き先を聞いてみる。


「そうだねー……シオンとアデュークは工業区域に行くって言ってたし、アタシ達は一般区域に行こっか」


 この街は一般人が生活する一般区域、集中的に装備品などの生産を行っている工業区域、富裕層が生活する上層区域の三つの区画に別れている。

 シオンとアデュークは工業区域に、エリサは上層区域に向かうようなので、俺達は一般区域に向かうことにした。


「分かった。それは良いのだが、シオンとアデュークはどうやって工業区域に向かうつもりなんだ?」


 それぞれの区画は壁で隔たれていて、通るには通行証が必要だ。

 しかし、シオンは通行証を持っていないので通れないはずだ。


「侵入する方法は色々あるし大丈夫だよ。金貨を握らせたり、空間魔法で転移したりね」

「なるほどな」


 それなら問題は無さそうだな。


「それで、一般区域のどこを探索するつもりなんだ?」


 一般区域と言っても、住居が中心の居住区や商店が中心の商業区など色々な場所ある。今いるここも一般区域だ。


「一般区域の探索をするアタシ達はレジスタンスの調査をしたいから、探索するならレジスタンスの拠点がありそうな場所かな」


 そう言えば、最初にこの国の説明をされたときにレジスタンスがいるという話はしていたな。


「その場所の当てはあるのか?」

「それはまだ分かんないかな。アタシ達が得た情報はレジスタンスが存在しているってことだけだから」

「そうか」


 まあ俺達がその情報を手に入れられるぐらいであれば、国もその情報は持っているだろうしな。

 国もその場所が分かっていればとっくに潰しに掛かっているはずだ。


「確認するが、この街にレジスタンスがいることは分かっているのか?」

「それもまだ分かんないかな」

「つまり、そもそもこの街にはレジスタンスがいない可能性もあるということか」

「そうなるね。でも、エリサはいるとしたら一般区域だろうとは言ってたよ」

「まあそうだろうな」


 工業区域や上層区域に入るには通行証が必要になるからな。

 レジスタンスがいるとしたら、一般区域のどこかと見て間違い無いだろう。


「となると、一番可能性が高そうなのは商業区、次点でスラムと言ったところか」

「何でそう思うの?」

「人が集まりやすいのと物資を運ぶのに都合が良いからだな」


 店であれば誰が入って行っても怪しまれないのと、商品を仕入れるように見せ掛けて必要な物資を運び込むこともできるからな。レジスタンスとして活動するのに都合が良い。


 また、スラムは隠れて行動しやすいのと、現体制に不満を持っている者が多いことから協力的な者が多い可能性が高い。

 こちらもレジスタンスとして活動するのに都合が良いが、報酬目当てに裏切り者が出る可能性もあるので、少々リスクはある。

 他にも理由はあるが、スラムを次点としたのはこれが主な理由だ。


「エリサと同じこと言うんだね」


 どうやら、エリサも同じ考えだったようだ。


「まあ普通に考えればそうなるからな。さて、目的地が決まったところで早速行くか」

「そうだね。それじゃあアタシが案内してあげるから付いて来て」

「分かった」


 そして、行き先が決まったところでアーミラの先導で商業区へと向かった。






「ここが商業区か」


 商業区は比較的近いところにあったので、すぐに着いた。

 まだ朝早いせいか、営業が始まっていない店がほとんどだ。


「それで、どうやって探すつもりなの?」

「様子を観察して怪しいところを探すしかないな」


 魔力領域を展開することで地形を把握して怪しいところを探すという手もあるが、相手にバレやすいのでその案は無しだ。

 ある程度魔力の扱いに慣れた者であれば、魔力領域を展開されたことは簡単に分かるからな。


「だよねー……」

「だが、まだ開いていない店もあるからな。探し始めるのはもう少し待ってからだな」

「それじゃあどうするの?」

「適当な喫茶店で待つぞ」

「分かった」


 まだ開いていない店もあるので、喫茶店で時間を潰して店が開くのを待つことにした。






 ちょうどその頃、シオンとアデュークは一般区域と工業区域を隔てる壁の前に来ていた。

 壁は街を囲む外壁と同じ高さで、二十メートルほどの高さがある。


「この先が工業区域?」


 シオンが壁を見上げながらアデュークに尋ねる。


「ああ、そうだ」

「それで、どうするの?」

「ここから中に入る」


 アデュークはそう言って目の前の壁をトントンと叩く。


「どうやって?」

「空間魔法で転移して侵入する。空間魔法に対しての対策がされていないからな。侵入は簡単だ」


 アデュークが提案した侵入方法は空間魔法による空間転移だった。


「でも、ボクは空間魔法を使えるとは言っても、別次元の空間に物を収納するアレしか使えないよ?」


 シオンは空間魔法を使えるようになったとは言っても、まだ別次元の空間に物を収納する魔法しか覚えていない。


「俺が一緒に転移させてやる」


 だが、空間転移の魔法はアデュークが使えるので、その点は問題無い。


「分かったよ。それじゃあお願いできる?」

「ああ。だが、その前にこの先に人がいないかどうかを確認する。少し待て」


 アデュークは周囲に気付かれないように慎重に魔力領域を展開して、壁の先の状況を探る。


「問題無いな。では行くぞ」

「うん」


 そして、アデュークとシオンは空間魔法で工業区域に侵入した。






「……で、何で屋根の上からコソコソしてるの?」


 工業区域に侵入したアデュークとシオンは建物の上から工業区域の様子を観察していた。


「基本的に工業区域は労働者とその管理者、それと生産した装備品を運搬する者しか入れないからな。それ以外の者がいると怪しまれる」


 工業区域には装備品の生産に関わる人物しか入れないので、それ以外の人物は侵入者ということになる。

 なので、見付からないようにするために誰も来ないような建物の上から観察をしている。


「そうなんだ。とりあえず、建物の様子を観察してれば良い?」

「ああ」


 そして、二人は工場の観察を始めた。


「何かみんな鎖付きの首輪と手枷と足枷を付けてるね」


 労働者の様子を見てみると、全員が簡素でボロボロな布の服を着ていて、鎖付きの首輪と手枷と足枷を付けていた。

 それを何人かのきちんとした服装をした人物が監視している。


「ここで働いているのは全員奴隷だ」

「奴隷?」

「ああ。この国で何かしらの理由で奴隷落ちした者や犯罪奴隷がメインだ」


 ここで働いている……いや、働かされているのは全員奴隷だ。

 工業区域は言わば強制労働施設で、一般人の労働者は一般区域で働くので、ここには奴隷とそれを監視する国の役人しかいない。


 と、その様子を見ていたシオンがここであることに気付く。


「男の人しかいないね」


 そう、ここにいるのは全員男性で、女性が一人もいないのだ。


「女の奴隷や管理し切れない分の奴隷は売り飛ばされているからな。ここには男しかいない」

「そうなんだ」

「ちなみに、一般区域のスラム付近の裏路地に国が管理している奴隷商があるぞ」


 表向きには奴隷商人が営業しているということにはなっているが、実際は国がそこを管理していて国の管轄になっている。


「そうなんだ。……あ、見て! 建物から馬車が出て来たよ!」


 ここで建物からいっぱいに荷物を積んだ一台の馬車が出て来ていた。


「あれは軍で使う分の装備品だな」

「分かるの?」

「上層区域の方に向かっているからな。外国向けの商品であれば一般区域に送られる」


 装備品は軍で使う分と外国に向けて輸出する分の二種類がある。

 王城は上層区域にあり、軍もそこで管理しているので、軍で使う分の装備品であれば上層区域に送られる。


「じゃあ一般区域に外国向けの装備品を売ってるところがあるの?」

「ああ、あるぞ。まあ隣国を除いた外国の行商人に対してしか売っていないがな」

「つまり、一般人に対しては装備品を売ってないってこと?」

「一応売ってはいるが、反乱を警戒してか一般人の装備品の購入には制限がある。それに違反して購入しようものなら国家反逆罪で奴隷落ちだ」


 この国では一般人への装備品の販売が制限されていて、必要以上に買うことができないようになっている。

 もちろん、その目的は軍の兵力を上回れないようにして弾圧できるようにするためだ。


「厳しいんだね」

「この国は圧政を敷いて抑え付けていなければ爆発するような状況だからな。もうこの国の体制が崩壊するのも時間の問題だな」

「レジスタンスも活動し始めてるらしいしね。エリュも『"意志"は集いつつある。後は"力"だけだ』とも言ってたし」


 この国への反乱の意志はレジスタンスという形で集いつつあり、後はそれが国の兵力を上回るかどうかというところまで来ている。

 アデュークの言う通り、国の体制が崩壊するのも時間の問題だ。


「それに、この国の状況を纏めた資料を見たエリュも言ってたしね。『もうこの国は詰んでいる』って」


 この国の状況を纏めた資料を見たエリュが最初に発した一言はそれだった。

 侵略戦争は負け続きで戦果を得られずに赤字続きで、国内は不満を無理矢理抑圧することで何とか形を保っている状態。傍から見ても国の状況が悪いことは明白だった。


「そうだな。……さて、そろそろ別の場所を見に行くぞ。気付かれないように注意しろ」

「分かったよ」


 そして、アデュークとシオンの二人は場所を移して工業区域の観察を続けた。

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