episode15 魔法

 食事を終えたところで、冒険者ギルドの裏手側にある演習場へとやって来た。

 演習場を見ると、練習用の的である案山子が設置されていた。


 また、入り口には練習用の武器が置かれていて、剣や槍、斧など様々な種類の武器がある。

 練習用なので、刃は潰してあるようだ。


「ミィナとリーサはどうする?」

「あたし達は休憩用のベンチに座って見てるよ」

「分かったわ」


 そして、二人は少し離れたところにあるベンチへと移動して行った。


「それじゃあ早速教えるわね」

「ああ。頼む」

「お願いするね」

「まずはこっちに来てくれるかしら?」

「分かった」

「分かったよ」


 俺達はルミナと共に的である案山子の前まで移動する。


「基本的な魔法の使い方は分かる?」

「術式を使って魔力を変換すれば良いんだよね?」


 昨日読んだ本によるとそのようだが、肝心なやり方が分からない。

 だからこそ、今から教えてもらうわけだが。


「そうよ。今からやって見せるわね」


 ルミナがそう言うと、彼女の右手の手の平の上に高さ十センチメートルほどの大きさの氷の塊が出現した。

 そのままそれを案山子に向かって飛ばす。


 すると、氷の塊は真っ直ぐと飛んで行き、案山子に当たると爆発して大きな氷塊を形成した。

 その氷塊は着弾点から一メートルほどの針状のものがいくつも生えたような形状だ。

 かなりの威力があるようで、直撃すればただでは済まないだろう。

 実際、直撃した案山子はバラバラに砕け散っていて影も形も無い。


「おー! 案山子が消し飛んじゃった!」

「思った以上の威力だな」

「ふふっ。そうでしょう?」

「……それで、どうやってやるんだ?」


 魔法を実演してもらったのは良いが、これでは肝心なやり方が分からない。


「術式を紡いで魔力を流し込めば良いのよ」

「そう言われてもだな……。まず、詠唱のやり方から教えて欲しいのだが」

「そうね……まずは簡単な魔法からやってみましょうか」

「ああ、頼んだ」


 そして、ルミナによる魔法講座が始まった。


「詠唱は心の中で術式を編んでいく、とでも表現すれば良いのかしら。とりあえず、この術式を詠唱してみて」


 そう言うと、ルミナの目の前に文字が浮かび上がった。

 どうやら、これが術式のようだ。

 ひとまず、言われた通りに心の中でその術式を読み上げていく。


「次は魔力をコントロールして編んだ術式に流してみて」


 そして、次は魔力を流すように指示されるが、そう言われても魔力の流し方が分からない。


「そう言われても……っ!?」


 だが、魔力の流し方を聞こうとしたそのとき、体の中で何かが霧散していくような感覚がした。


「あら、もしかして術式が霧散しちゃった?」


 よく分からないが、恐らくそうなのだろう。何と無くそんな感じはするしな。


「ああ。そうみたい……おわっ!?」


 と、そのとき突然前方で爆発音がした。

 すぐに爆発音がした方を見ると、的である案山子が燃えていた。


「おー! できたー!」


 シオンが嬉しそうに声を上げる。

 どうやら、案山子が燃えていたのはシオンの放った魔法によるもののようだ。


「シオンはできたみたいね」


 それを見たルミナはそう言ってシオンを褒める。


「あれ? エリュはどうしたの?」


 シオンは俺が魔法を使えていないことを疑問に思ったのか、こちらを向いて首を傾げながらそんなことを聞いて来た。


「いや、魔力の流し方を聞こうとしたら術式が霧散してな。……と言うか、シオンは何でできたんだ?」


 シオンも俺と同じように魔力のコントロール方法は知らないはずだ。

 何故、魔法が成功したのかが分からない。


「何と無くやったらできたけど?」

「何と無くかよ」


 確かに、直感的なことはシオンの方がだいぶ優れているからな。

 言ってしまえば、俺は理論派、シオンは感覚派と言ったところだ。


「えっと……二人は魔力の流し方は分かっていなかった感じかしら?」

「ああ」

「うん」


 その質問に二人同時に答える。


「そうね……まず、シオンはさっきと同じ感じでやってみてくれるかしら?」

「うん」


 そう言うと、シオンは何かに集中するかのような素振りを見せた。

 ルミナはその様子をじっと見て観察している。


「右手に集中させてみて」

「こう?」


 ルミナの指示に対して何かをしたようだが、見た目の変化は特に無い。


「次は左腕全体に」

「これで良い?」


 やはり、見た目の変化は見られない。

 だが、何かをしているのは確かなようだ。


「問題無くできているわね。その感覚を忘れないでね」

「うん!」


 どうやら、シオンは魔力のコントロールができているらしい。

 相変わらずシオンは直感的なものに対してのセンスが良いな。


「シオンは引き続き魔法の練習を続けて。術式は維持しないと、さっきのエリュみたいに霧散しちゃうから気を付けてね」


 どうやら、術式が霧散したのは術式を維持しなかったからのようだ。


「分かったよ」


 そして、シオンは魔法の練習へと戻っていった。


「次はエリュね。準備は良いかしら?」

「ああ」

「まずは集中して体の奥底の方に意識を向けてみて」

「分かった」


 言われた通り集中して、体の奥底の方に意識を向ける。


「何か感じるものは無い?」


 言われてみると何なのかは分からないが、確かに何かを感じる。


「言われてみれば何か感じるな」

「それが魔力よ」


 どうやら、これが魔力というものらしい。

 何と言うか、魔力紋を採ったときの感覚と似ている。


「次はその魔力をコントロールして右手に集めてみて。体の奥底から流していくような感じで……うーん……言葉で表現するのは難しいわね。まあとりあえずやってみて」

「分かった」


 説明はともかくやってみないことには始まらないので、とりあえず試しにやってみることにした。

 魔力紋を採ったときの感覚を思い出しながら体の奥底から魔力を流すようにイメージする。


 すると、体の奥底から魔力が流れ出すような感じがした。

 そして、それをそのまま右手に集約させる。


「できてるわね。次は左腕全体に集めてみて」


 言われた通りに今度は左腕全体に魔力を集約させる。


「バッチリね。今度は編んだ術式に魔力を流してみて」

「ああ」


 先程と同じ術式を編んで魔力を流すと、右手に魔力が一気に集約されるような感覚がした。

 魔力が集約されたところで、その右手の手の平を的である案山子に向ける。


 すると、直径三十センチメートルほどの大きさの火の玉が手の平の先に出現して、的である案山子に向けて真っ直ぐと飛んで行った。

 そして、着弾すると小さな爆発が起こって、案山子が燃え上がった。


「できたみたいね。それが魔法よ」

「そうか」


(これが魔法……か)


 異世界に来て初めての魔法に少し感動を覚える。

 最初はそもそも使えないという可能性も考えていたが、無事に魔法が使えて安心した。


「シオン、ちょっと良いかしら?」


 ここでルミナが少し離れたところで魔法の練習をしているシオンを呼び出す。


「なになにー?」


 呼ばれたシオンはすぐに駆け足でこちらにやって来る。


「二人ともとりあえず魔法の基本は習得できたわね」

「ああ」

「うん」

「このまま魔法の練習を進めたいところだけど、まずは魔力のコントロールの練習をしましょうか」

「えー……ボクは魔法の練習がしたいな。それに魔力のコントロールはできるようになったからもう良いじゃん」


 シオンの言う通り魔力のコントロールはできるようになったので、このまま魔法の練習を進めても良い気がするが、それはダメなのだろうか。


「魔力のコントロールは基本にして最重要と言っても過言ではないわ。魔力を用いた身体能力の強化から難易度の高い魔法の行使に至るまで全て魔力のコントロールの精度が重要になるわ」

「魔力を用いた身体能力の強化?」

「ええ。試しに全身に魔力を流してみて」

「分かった」


 言われた通りに全身に魔力を流す。


「その状態を維持したまま適当に動いてみて」


 そして、その状態のまま軽く走ってみる。

 すると、普段よりも体が軽いような気がした。


「確かに、身体能力が上がっているような気がするな」

「魔力を纏っていると身体能力が強化されるだけじゃなくて、魔力の膜のようなものも張られるから防御力も上がるわ」

「そうなのか?」

「ええ。それと流す魔力が多いほど強化されるわ。全身に流すのではなく一部に集約させた方が効果が高いわね」

「なるほどな」


 恐らく、魔力が集約されているほど強化されるといったところだろう。

 もちろん、その分多くの魔力を消費するのだろうが。


「武器に魔力を纏えば武器の性能を上げることもできるわ」

「色々とできるんだな」

「ええ。魔力を纏っての強化は基本と言っても過言ではないわね。と言うより、魔物と戦うのならこれができないと厳しいわね」


 つまり、習得が必須レベルということか。


「そうか」

「ちなみに、この魔力を纏っての強化を魔力強化って言うから覚えておいてね」

「分かった」

「分かったよ。それで、魔力を使っての身体能力の強化ってどのぐらいの効果があるの?」


 確かに、どの程度の効果があるのかは気になるところだ。


「魔力のコントロールの精度によって変わって来るけど、そうね……分かりやすいのは足に魔力を集中させて跳んでみることね」

「分かった。やってみるね」


 そう言うと、シオンは集中するような素振りを見せてしゃがみ込んだ。

 そして、勢い良く真上へ跳躍すると、四メートルほどの高さにまで跳び上がった。


「おお、確かにこれは分かりやすいな」

「エリューーー!」


 そして、シオンはそう叫びながら落下し、地面にうつ伏せに叩き付けられた。


「……大丈夫か?」

「受け止めてよ!」


 シオンはうつ伏せの状態のまま顔を上げて声を上げる。


「このぐらいの高さなら普通に着地できるだろ」

「ここは受け止めるところでしょ!」

「いや、普通に着地しろよ」

「むぅ……」


 そう言って不満そうにしながら軽く頬を膨らませる。俺にどうしろと……。


「そろそろ戻りましょうか。魔力のコントロールの練習ならここでなくてもできるわ」

「そうだな」


 とりあえず、魔法の基本は分かったので、今回はこのぐらいで良いだろう。

 用は済んだので、冒険者ギルドに戻ることにした。


「ミィナ、リーサ! そろそろ戻るわよ」

「はーい」

「分かったわ」


 少し離れたところにある休憩用のベンチで待機していた二人が呼ばれてやって来る。


「シオンも行くぞ」

「待ってよー」


 そして、魔法の基礎を習得したところで、冒険者ギルドへと戻った。

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