第32話 団長

「ディゼル!お前、盾を使っただろ!何があったんだ?」

「はい。小鬼殲滅ギルドの方々にお願いして模擬戦闘訓練を行っていたのですが、追い込まれてしまった結果つい魔導盾を使用してしまいました。お騒がせしてしまいもうしわけありません」


 ディゼルは何事もなかったような自然体でにこやかに語る。


 やってきた男の鎧はディゼルのものと似ており同じ騎士団の一員なのだろうとユウトは思う。


 男の風貌は中年でどこかくたびれて見える。ほりのふかい目鼻立ちに無精ひげ、伸びたグレーの髪を雑に後ろで束ねていた。その男がユウトとレナの方へ目線を向けて一瞬観察して何かに気づく。


「ああ。君のことだな。ゴブリンの姿をした人っていうのは。話はガラルドから聞いている。

 私は調査騎士団団長クロノワだ」


 クロノワは床に転がった剣先に一瞬目をやった。


「今回の件。怪我などなければどうか穏便に済ませたいのだが・・・いかがだろう」

「あたし達に問題ありません。お気遣いいただきありがとうございます」


 レナも涼しい顔して何事もなかったように語る。普段の言動からすればとても丁寧な言葉遣いだが嫌味はなかった。


「そうか。こちらこそ痛み入る」


 クロノワの様子にユウトは他部署と喧嘩した若手の仲裁を行う中間管理職の上司の姿と重なる。立場で気苦労をする者がいるのはどの世界でも同じだなと密かに思った。


「諸君。団員がお騒がせしてしまったが問題はない。引き続き警戒を行ってくれ」


 クロノワは集まった兵士たちに向け大きく声を掛ける。聞き取った兵隊たちはもといたそれぞれの持ち場へと戻っていく。


 ユウトたち四人だけになるころには日は沈みきり地平が夕暮れの名残で赤く染められるだけになっていた。


「おっと危ない。こんなところに物騒なものが落ちてるな」


 クロノワはわざとらしくユウトによって切り飛ばされた剣先が落ちてる方に歩き出しそれを拾いあげる。その焼き切られた切り口を注意深く観察した。


「大層熱の入った訓練のようだったみたいだな。ディゼル」


 クロノワは切れ端をディゼルに見せつつ語り掛ける。ディゼルは困ったような笑顔を見せることしかできない。


 座り込んでいたユウトはようやく立ち上がることができる。思考を落ち着かせるのにずいぶんと苦労した。


「もう!どうしてそんなあっさり相手を許しちゃうんですかユウトさん!殺されかけたんですよ!首刎ねられてたかもしれないんですよ!」


 ユウトの耳元でセブルが語り掛ける。毛が強く波打ち苛立ちが伝わってきた。


「ここで揉めてもきっと誰も得しないんだよ。あの時みんな冷静じゃなかったし。

 それよりセブル。守ってくれてありがとう。あれは危なかった。セブルは大丈夫か?」

「ぜんぜん大丈夫です!お役に立ててうれしいですー」


 セブルはもだえるように小さくうねっている。肌触りのいいやわらかい毛がユウトの首を撫でる。

 セブルの機嫌が持ち直したようでユウトも安堵する。初めて戦闘訓練を受けた者との攻防から切り抜けられた幸運さをユウトは実感していた。


 そんな中、ユウトは感じる。何かはわからない。殺気でもない初めての感覚。


「何があった」


 ユウトとレナが上がってきた階段からガラルドがやってきた。ガラルドの声を聞いてレナがビクりとする。


「い、いえ。特に何もありません」


 レナはガラルドの方を向きしどろもどろに答える。


 ガラルドはクロノワに目線を向ける。それに気づいたクロノワは苦笑いをしてみせた。


「そうか」


 ガラルドは短い言葉で了承する。


 ユウトはガラルドの気配は把握していた。だからその分、把握できない先ほどからの妙な感覚の違和感に胸がざわめく。方向すらうまくつかめていない。


「クロノワ。砦の駐在兵の警戒体制の理由はなんだ」


 ガラルドはぶっきらぼうに質問する。


「ああ。お前さんと話したあと。騎士団付きの魔術師が魔物の反応をとらえた。ここ数日追いかけているんだがどうもここが目標らしい。目的はわからん。鳥型でななかなか手を焼かされてる」


 鳥型という言葉でユウトは気づく。空だと。謎の気配は上から感じていた。


 ユウトは空を見上げる。沈んだ夕日の赤と濃紺との間で何かが動く。


「おい!あれは何かわかるか!」


 ユウトは声を上げて動くものへ指を差す。その場にいた四人はすかさずその方向に顔を向けた。


「アイツだ!」


 もっとも早くディゼルが叫んだ。


「総員!魔物出現。現れたぞ!連絡係は対岸に信号を送れ!門を閉じろ!避難を急げ!」


 クロノワは矢継ぎ早に塀の内側に向かって指示を出す。


 ユウトは動くモノの正体を掴もうと空を凝視する。動きはゆっくりに見える。高い所を飛んでいるのだろうと予想ができる。だが大きさがつかめない。


 鳥型の魔物と呼ばれたモノは移動を続ける。砦へ近づいていることは確かだった。


 ユウトたちが空の動向に目を見張っている間、砦内はバタバタと慌ただしい。兵士達は塀の上に集まりだし、それ以外の人や馬車は急いで砦内に収容され表門は閉められた。


 移動を続けていた魔物が動きを止めたその位置はユウトたちのいる砦と対岸の砦の直線上。ユウトの目算で大橋中央直上。


 そして魔物は速度をつけて降下する。皆が固唾を飲んで見つめる。砦全体の緊張が高まりユウトは肌がひりついた。

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