第30話 騎士

 砦の屋上からは周辺が見渡せ、風が心地いい。


 しばらく橋を見つめているユウトとレナに屋上通路の方から一人、近づいてくるのをユウトは感じ取る。自然と顔が近づく人の方へ向いた。


 黒い光沢を持った鎧を着込んだ男だとわかる。左腕には円形をした小型の盾のようなものが埋め込まれたガントレットで腰にはロングソードを装備していた。一目で一般人ではないことが分かる。まさに騎士といった姿だった。


 短く刈り上げた黒髪に琥珀色した瞳で表情は穏やかで精悍な顔つき。背は高い。


「突然申し訳ない。ここは夜間の一般人の立ち入りを規制していてね。もうすぐ日も沈むからそろそろ降りてもらってもかまわないだろうか」


 男はにこやかで丁寧な口調で語りかけてきた。


「そう。夜景も綺麗で前は夜も居て大丈夫だったんだけど残念ね。わかったわ」


 レナは素直に注意に従う。ユウトはというとさっきまでの感動から現実に引き戻され改めてレナを意識してしまい必死にこらえていた。


「すまないね。ここ最近、魔獣の出現する頻度が高くなっていて用心のために規則が変わったんだ」


 理由まで教えてくれる騎士の律義さと人当たりの良さにユウトは感心する。


「そっか。騎士も大変そうね。ご武運を」

「ありがとう」


 そんなやり取りをしてレナは上ってきた階段の方へ歩き出す。ユウトもレナに着いて、すこし距離を取りつつ歩き出そうとした時だった。


「ちょっと待ってくれ。君、チョーカーはどうしたのかな」


 騎士の男はレナを呼び止める。レナは罰が悪そうに返答した。


「あー・・・。そうね。ちょっと訳があって今はつけてないんだ。これから大工房に行って着け直してもらう予定なんだけど」


 騎士の緊張が増すのがユウトにはわかる。一瞬で空気が張り詰めた。


「申し訳ないが連行させてもらう。女性がチョーカー未着用で都市を出ることは厳禁だということは知っているね。どうやって検査をすり抜けることができたのかも含めて話を聞かせてもらうよ」


 騎士は重たい一歩を踏み出しレナに迫る。


「あたしは小鬼殲滅ギルドの一員でいろいろあってここにいるだけなんだって」


 レナは焦りからか言い訳には苦しい返答をする。それを聞いた騎士には怒りの感情がにじみ出していた。


「ギルドの一員ならばあのチョーカーの意味をより理解しているはずだろう!ゴブリンの増殖を防ぐために強制され死の首輪をはめさせられ続けた婦女子の方々の献身を!その努力を君は無に帰するつもりか!」


 これまでの丁寧な物腰だった騎士の怒声にユウトは圧倒される。そしてゴブリンの増殖を防ぐためという文言が強烈に引っかかった。これまで断片的だった魔導チョーカーについての疑問が解けそうになる嫌な予感をユウトは感じている。


 しかし、その予感はかき乱される。怒りよりもより激しい憤怒の渦がレナから発せられだしていた。


「・・・偉そうに!」


 ねじ切るようにつぶやくレナの言葉には言い表せない暗く混とんとした感情が含まれている。


「ゴブリンを軽視し踏みにじられていく小さな村を、その婦女子を見捨ててきた王族の小間使い騎士が語るんじゃない」


 レナは完全に頭に血が上っているようだった。


「連行するなら・・・力づくでやってみろ。アンタ達に庇護してもらうようなか弱い女じゃないって証明してやる」


 レナは担いでいた短槍を構える。半身になって脚を開き腰を低く落とした。


「抵抗するというなら・・・仕方ない。少し痛い目をみてもらうぞ」


 騎士はレナが構えたのをみて左手の小さい盾を前方に突き出して脚を開いて構える。剣は抜かない。レナの方も穂先の鞘は取らなかった。


 ただレナの殺気は本物だとユウトにはわかる。実力差はわからないが高い集中力と力みのない自然な構えをみるにレナも騎士も実力者であることは武術の未熟なユウトにも理解することができた。そしてきっとただじゃすまないことも。


 しかしユウトも決して冷静ではなかった。魔導チョーカーの意味、ゴブリンが何をしてきたのか、目の前の一触即発の状況、収まらない劣情。いくつもの問題を抱えユウトもパニック寸前の中、この状況の打開策を模索する。


 レナと騎士のせめぎ合う集中力が臨界に達しようしたタイミング目掛けユウトは二人の間に割って入った。


「待ってくれ!二人ともいったん落ち着こう!」


 ユウトの完璧なタイミングでの割込みによって二人とも完全に出ばなをくじかれ、一歩体制を崩してしまう。


(よし!うまくいった)


 咄嗟の判断がうまくいきユウトは心の中で自画自賛する。


 だが突拍子もなく動いた結果ユウトの顔を隠していたフードが舞い上がる。フードの毛皮として擬態していたセブルは必死に外れない様にじたばたともがいて努力した。だが努力むなしく、セブルをあざ笑うような一吹きの風がフードを押し落とす。ユウトの異形の顔が夕焼けの明かりに照らし出された。

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