深夜の被写体
鯨飲
深夜の被写体
私は、一人で暗い夜道を歩いていました。
家に居ても、退屈だし、何もすることがないので、私は散歩を始めることにしたのです。
いつもとは、異なる時間に外に出て、景色を見てみると、昼間と同じ所だとしても、かなり違って見えます。
家に居ても、退屈なのは、最近眠れなくなってしまったからです。
俗に言う、不眠症ってやつですね。
まぁ、寝てなくても昼間、動けるので何も問題はないのですけれど。
むしろ、不眠症になる前よりも体が良く動きます。
でも、何だか眠れないのは不安です。
何か体に異常があるようなものなので、とっても心配になるのです。
家に居ても、そのことで悩んで、ナイーブになってしまいます。
なので、その日も、夜に散歩していました。
ルートとしては、下宿先から、通っている大学までです。
街灯が道を照らし、その道には、私以外だれもいない。まるでランウェイにでもいる気分でした。
モデルみたいな気分です。
ちょっと、胸を張ってみたり歌を歌ったりして、昼間とは異なる感じで歩いていました。
そんなことをして遊んでいると、
前から人がやってきました。
流石に見られると恥ずかしいので、私はモデルを一時中断しました。
コツコツと、男性が前方からこちら向きに歩いています。
何歳ぐらいだろう?
見た感じ、そんなに若くはなさそうです。
五十歳くらいかな?
この人も、眠れないのかな?
それとも、ただ散歩が好きなだけ?
そう考えている間にもどんどん私たちの距離は縮まります。
そして前からやってきた男性は、私とすれ違う際に、ちらりとこちらの顔を覗き見ました。
何だか気味が悪いです。そんなに私の顔が気に入ったのでしょうか。
しかし、私もその男の顔に目がいってしまいました。
なぜならどこかで見たことがある顔だったからです。
そして、すれ違ってから、一秒、二秒、三秒後、
私は、その男のことを思い出し、思わず振り返りました。
すると、男もほぼ同時に振り返り、こちらを見ていました。
男と目が合ってしまい、少し気まずいです。
その男は、最近地元で話題になっている、カメラおじさんでした。
カメラおじさんとは、この辺に出没する不審者のあだ名です。
首からカメラを提げて、通りすがりの人のことを撮影したり、時には、何もない所を撮影してる、おかしなおじさんなのです。
不審者情報がメールで回ってくるので、このおじさんはちょっとした有名人、危険人物なのです。
私は、おじさんのことを思い出したので、振り返りましたが、
どうして、おじさんは、こちらを振り返ったのでしょう?
私をもう一度確認した、その意図は何なんでしょうか?
その理由を考えていると、おじさんは、少し嬉しそうに話しかけてきました。
「ねえ、君はこの辺りの子かい?」
思ったよりも低い声でした。
「はい。そうです。」
「こんな所で何してるの?」
「何って、言われても、まぁ散歩ですね。」
「いつも、散歩してるの?」
「いや、最近はじめましたね。」
「どうして、はじめたの?」
「眠れないんです。不眠症ってやつです。」
「ストレスのせいかもしれません。最近、大学でいじめられるようになったんです。」
「暴力とか、そういうのは無いんですけど、みんなに無視されるんです。」
私は初対面のおじさんにベラベラと喋っていました。
少し久し振りに人と話すことができたからでしょうか?
すると、おじさんは、私の自分語りを聞いて、このように返してきました。
「そうなんだ。でもそれはいじめじゃないかもねぇ。」
何言ってるんだ?この人?集団でのシカトなんて、いじめに決まってるじゃん。
「いじめじゃないなら、一体何なんですか?」
「うーん、それを僕の口から言うのは野暮ってものだよ。」
野暮でも何でもいいから、教えてほしいよ。
でも、そのおじさんは、確固たる意志があるのか、どんなに聞いても教えてくれなさそうな顔つきをしていました。
「ひとつ、お願いがあるんだけど。」
おじさんは、少し間をあけて、話始めました。
「君の写真を撮らせてくれないかい?」
カメラおじさんらしいお願いです。
すごく嫌な気持ちです。
深夜に散歩なんて、するんじゃなかった。
撮られたくない。怖い。一体何が目的なんだろう。観賞用かな。
そんなふうに考えを巡らせていると、
「顔は映さないからさ。お願いします。」
と、おじさんは言ってきました。
どうしても撮りたい様子です。
さっきから、おじさんの目つきが鋭くて、怖いんだよなぁ。さっさとこの人から離れたい。
顔が映らないんだったら、別にいいかもな。特に害はないでしょ。
しばらく考えて私は、
「まぁ、顔を写真に入れないならいいですよ。」
撮影を許可しました。
「でも、誰にも見せないでくださいよ。見せたら殺しますからね。」
ここまで、きつく言っておけば大丈夫でしょ。
「最近の子は、言葉遣いが荒いなぁ。すぐ、殺すとか言っちゃうんだもんなぁ。」
「それぐらいの気持ちってことです。ネットにばら撒いたりしないでくださいね。」
「もちろん。分かったよ。」
「じゃあ、その電柱に寄りかかってもらえるかな?」
早く済ませたいので、私は指示通りに寄りかかる。
「ありがとう。それじゃ撮るね。」
「はい、チーズ」
パシャ
私たち以外誰もいない、深夜の道路に、シャッター音が鳴り響く。
「おっけー、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「もう、行っていいですか。」
私は早くその場から離れたかった。
「うん。いいよ。それじゃあさよなら。」
私は何も返さずにそそくさとそこから離れました。
それから、私は下宿先の部屋へと帰りました。
そして、眠れないまま朝を待つのです。
しばらくすると、朝が来ました。大学へ行く時間です。
通学路を歩いていると、前の二人組が大きな声で話していました。
「おい、やべぇって。これ、見たか?」
「あ?何だこれ?」
「ここら辺で撮られた写真だよ。ネットに上がってたんだ。ほら、映ってる電柱に書いてある住所が、この近所だろ?」
「ほんとだ。でも、何だこの写真?」
私は嫌な予感がしました。
確認するために、二人組を追い抜く際に、片方が持っているスマホの画面を確認しました。
そこには、私が映っている写真が表示されていました。
「心霊写真だよ!霊だから足が無くなってるんだ!」
え、
私って死んでいるの?
どうして?
じゃあみんなに無視されるのは、いじめじゃなくて、霊はみんなに見えないから?
不眠症じゃなくて、もう生きていないから、眠る必要がなくなっただけ?
嫌だ、まだ死にたくない。というより、もう死んでいたとは思いたくない。
現実を教えないでよ。
知らないままの方が幸せだったのに。
死なないままの方が幸せだったのに。
あーあ、やだなぁ。
見せちゃったのかぁ。他の人に。
あのおじさん
生きていようと、死んでいようと、約束は守らないといけないよね。
「十三日未明、A市内の住宅で、カメラマンの男性が亡くなっているのが発見されました。また、男性の遺体には、多くの刺し傷が発見されており、警察は、何者かに殺害されたとして、捜査を進めています。」
殺せたのはいいけれど、私が死んだことはまだ受け入れきれないなぁ。
もしかしたら、あのおじさんが、写真加工してた可能性もあるしね。
もっと標本がいるなぁ。
大学構内にて、
「なぁ、お前。あの噂知ってるか?」
「どんなやつ?」
「この大学に続く道を歩いてると、後ろから、」
「私のこと撮ってよ。」
「っていう声が聞こえるらしいぜ。」
「そして、振り返ると、血塗れの包丁が浮いているんだ。」
深夜の被写体 鯨飲 @yukidaruma8
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