きっと私のことを書いている

湯藤あゆ

第1話 友達は百合小説家でした

午後3時45分を回ったチャイムが鳴る校舎。

私は数学のノートを忘れて、1人教室に戻ってきたところだった。

「陽菜ちゃんのクラス、ここだね」

私は半ば遊び半分で机の上をつらつらと指で追っていた。たまに指が綻んで在らぬ方向に向かってしまうのを慌てて戻す作業も、一見意味のないこの遊びに少しの意義を散らしてくれているかのようで楽しい。鼻歌混じりで指は進む。

「陽菜ちゃんのっ、つっくっえ」

私には親友がいた。

前橋陽菜まえばしひな。さらさらの髪をシンプルなヘアピンで留めた、キュートな女の子。本を読むのが好きで、私とは彼女が小学4年生のときに転校して来て以来、かれこれ6年くらいの付き合い。高校に入学してからも、私たち2人は一緒だった。

「1年B組、羽田花純はねだかすみっと」

私のノートを発見した。やっぱりだ。昼休みの時に陽菜ちゃんの机の上に間違って置いてきてしまったのが、片付けられていたのだった。

「ひーなちゃんのっ、におーい」

柔らかい日光のような香りがノートに微かに残っているのを鼻腔に覚えさせる。ちょっと変態じみてる気もするけど、なんか安心する。好奇心と遊び心に駆られるまま、陽菜ちゃんの机の中を指で弄る。

「あれ?」

机の中にはたくさんの教科書。だけど1個だけ、明らかに個人的なノートが隠れているのを発見した。

「なんだこれっ」

彼女は隠し事や裏表のない純粋な人間だ。だから、こういうノートがあるとより気になってしまう。

私は周りをぐるっと見回し、人が来ないのを確認して、

「…たまには…っ、いいよね」

ノートの表紙を広げた。一番最初のページには、真ん中にこじんまりと何か書いてあるだけだった。

「なになに、『コーヒーと夕靄』?詩人なこと書いてるなぁ」

私は躊躇いもなく次のページを開いた。一通り目を通し、ちゃんとちゃんという女の子の友情に関しての話のようだ、と気づく。なんだ、なかなか繊細で良い話を書くんだな…。そう思いつつ、次のページ、次のページと読み進めていった。



***


「和美…っ、」

ベッドが軋む音が聞こえる。和美の唇からは、一筋の唾液が糸を引く。

「香奈、可愛い」

再度、和美の唇に柔らかい何かが触れる。と、今度は口の中に入ってきた。

「む…?!」

和美はディープキスの感覚に驚きつつ、興奮がより昂ってきているのをわかっていた。

「和美が悪いんだよ。こんなに可愛いのに、…食べないなんて無理」

言葉にしつつ、和美の身体中に香奈の手が擦り寄る。快楽への期待に身体を震わせて見つめる和美の胸を、香奈は繰り返し、繰り返し揉む。

「ひ、んん…っ、そこ、はずかしいよお…」

「…はずかしいと、もっともっときもちいいよ?」

「じゃあ、…もっと、恥ずかしいこと、…して」

すでに中央が湿った下着を脱ぎ、和美は香奈の口元に近づける。情欲の香りが2人の間に立ち込める。

「和美ちゃん…変態すぎ」

淫らな夕方はまだ始まったばかりだ。


***



なんということだろう。

私の友達が。

私の大切な友達が。

えっちな文章が書き連ねられたノートを机の中に隠していたのだ。

しかも。

和美。香奈。

花純と陽菜に語感がだいぶ似ている。

それだけではない。設定が、私たちの関係と殆ど一緒だ。現実と違う部分があるのは、名前と、性的な意識で接しているかどうか、だけだった。

更に。

とても残念なことに。

私はこの話を読んで、思ってしまったのだ。


陽菜ちゃんとなら、、と。

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