6話 コンストラクタ領の様子
その後、すっかり体調が良くなっていたマイナさんの退院が認められたので、一緒に館に帰ることになった。何でも、元々シーゲン子爵の紹介で村に来ていて、うちの館に滞在予定だったらしい。
なるほど。だからシーゲンの街から僕らに同行してたのか。
「今空いてる馬車がないらしくて、申し訳ありません」
先行するパッケの後ろを、3人で歩きながらターナさんに謝罪する。うちの村は裕福じゃないので、馬車が何台もあるわけではない。しかも2台は昨晩僕らが襲われた時に壊れて、残りも魔物素材の回収に出払っている。
魔物の皮や肉は高値で売れる重要な特産品なので、はずせないのはわかるが、病み上がりの客人を歩かせるというのは、何とも申し訳ない。
「気にしていただかなくても大丈夫ですわ。おかげさまでマイナも元通りですし、私たちはフィールドワークが多いですから歩くことにも慣れてますの。イント様は恩人なのですから、そんな申し訳なさそうになさらなくても良いのですよ?」
そういえば、昨晩ターナさんもマイナさんも神術を使っていたし、動きも良かったので、もしかしたら冒険者なのかもしれない。だとしたら歩くのも平気だろう。
ただ、治療院を出てから、ずっとターナさんが喋っているのが気にかかる。マイナさんがまったく話をしてくれないのだ。
疲れた様子はないが、今もジトッとした目でこちらを見ていた。もしかしたらまだ言い逃れだと思われていて、誤解は解けていないかもしれない。
「そう言ってもらえると救われます」
会話をしながら考える。こんな美人に変質者扱いされたら、心が耐えられる気がしない。
「そう言えば院長さんの言っていた、奇病の方はどうなんですの?聖霊様の思し召しは頂けそうなのかしら」
治療院の院長からは、最近村で流行っている病について、聖霊様に聞いて欲しいと頼まれていた。教科書と前世の記憶の事は何と説明して良いわからないので、両親に説明した時も治療院で説明した時も省略している。
あの自称天使に教科書を出してもらった事は間違っていないので、勘違いとまでは言えないけど、教科書は医者を育成するものではないので望み薄だろう。
「同じ家に住む家族が同時に下痢をするようになるっていう奇病と、炎天下で農作業や狩りをしていた者が急に吐き気や頭痛、倦怠感の襲われて、場合によっては死んでしまう奇病でしたっけ……」
期待感が高くてどうにも気が重い。
「ええ。何でも、街道の大討伐に派遣された騎士団に多数罹患者が出て中止になったとか。今魔物が増えているのも、そのせいかも知れませんね」
話もでかい。自称天使との契約は3つだったはずなので、これ以上は何も教えてくれないだろう。
すでにある教科書に載っているか、確認ぐらいはできるかもしれないが。
「そうなんですね。一応聞いてはみますが、何でも教えてくれるわけではなさそうで……」
話をしながらしばらく坂を上がると、石造りの建物が見えてきた。この村で3階建てなのはここだけで、外から見るとちょっとした校舎ぐらいの規模がある。中庭を囲むロの字型の建物で、周囲には簡単な柵と空堀がある。一応砦としての機能もあるのだ。
まぁ正直、夏も冬も住み心地はそれほど良くなかったりはするのだが。
「あら、イント坊ちゃん、お帰りなさいねぇ。そちらはお客人かい?」
道端で草を刈っていた顔見知りのおばあちゃんが、手を止めて声をかけてきた。魔物の大量発生があると、この村の老人や小さな子どもはあらかじめ領主の館に避難してくる。
魔物大量発生が頻発するこの村では、珍しくない光景だ。このおばあちゃんは畑に出れないので、馬車を引く馬が食べる草を刈ってくれていたのだろう。
「お疲れ様。こちらはターナさんとマイナさん。今日はうちに滞在してもらう予定だよ」
おばあちゃんはニコニコ笑っている。
「なるほど。2人とも別嬪さんやねぇ。よろしくねぇ。ところで、何しにこんな辺鄙な村に来たんだい? 何もない村だがね?」
おばあさんはあっけらかんと言い放つ。確かに何もないけど、辺鄙はひどかろう。
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ。この村へ来たのは、死の谷の奥にあるという温泉の調査のためですの。私は美容について研究していて、温泉は美容に良いこともありますのよ」
ターナさんがおばあさんに説明しているのを聞きながら、納得した。確かにターナさんもマイナさんも肌がキレイだ。髪は若干油ぎっている感じはあるが、艶と思えば気にならない。なるほど、美容の専門家だったのか。
「そうかいそうかい。温泉に効果があったら私も若返られるんかねぇ。でも、死の谷は危ないところだから、入るんなら気をつけてなぁ」
おばあさんと軽く言葉を交わして別れると、すぐに子どもたちが木の枝を剣や槍に見立て素振りしているのに出くわした。歳の頃は6~8歳くらいで、7、8人ぐらいはいるだろうか。この村の周辺は魔物が多いので、護身ができないと出歩くことすらままならない。だから、子どもたちも真剣そのものといった雰囲気で棒を振っている。
「おにいちゃぁぁぁん!」
そんな集団と向かい合うように棒を振っていたストリナが、僕を見つけて飛びついてくる。
「リナ、がんばってるかぁ」
ストリナを全力で受け止めて、頭を撫でる。ストリナも父上から剣の手ほどきを受けているので、子どもたちに対しては教える側に回っていたらしい。ストリナが剣を振るのをやめると、全員やめてしまった。
あんまり言いたくないが、僕はストリナと試合しても3回に1回ぐらいしか勝てない。多分、うちの領内の同年代の中で、ストリナに勝てる奴はいないだろう。
「こんにちは!」
子どもたちがキラキラした瞳で次々にあいさつしてきた。領主の後継ぎだからだろうか? やたら丁寧でちょっとこそばゆい。
「おにいちゃん、しあいやろ!」
ストリナは無邪気に誘ってくるが、こちらの世界には竹刀がなく、軽めの木の棒で試合するので、とにかく痛い。ストリナは体重が軽いので、父上の木剣が当たった時よりはマシだが、それでも痣ぐらいはできる。
昨日の今日で身体が軽い筋肉痛なので、試合は避けたいところだ。皆の前で負けると父さんが怖そうだし。
「ターナさんたちを案内しないといけないから、また今度な。父上は帰ってきた?」
「まだ。なんかおそくなるって」
父上たちが狩った魔物を集めているはずなので、間違いなく遅くなるだろう。昨日はかなりの数の魔物が見えたので、死体を集めるのも時間がかかるはずだ。
さすがに解体は村人に任せるだろうが、それでも夜になるに違いない。
「あ、きのうおにいちゃんがキスしてたおねえちゃんだ!」
ストリナはマイナさんに気づいたらしく、大声でとんでもないことを言った。
「い、いや、ち、違っ」
しまった。家族にはキチンと説明したつもりだったが、妹には伝わっていなかったらしい。子どもたちの間にざわめきが広がって、大好物を前にしたように目が輝きだす。
咄嗟に妹の口を塞ぎ、マイナさんを見ると、口元を手で隠してプルプル震えている。まずい。何か言い逃れしないと。
「あ、あれは、そ、そう、秘伝だから! 魔狼の攻撃で―――」
「イント君!」
僕が咄嗟に何かでっちあげようとしたら、マイナさんが鋭い声をあげて、腕を引っ張ってきた。さっきまでの照れた反応とは違って、ちょっと怒気がこもっている。
「え?え?」
「ひゅーひゅー!」
子どもたちが冷やかすような声を上げる中、僕はそのまま腕を引かれて館の門をくぐらされた。門は石畳敷きの中庭に繋がっていて、そこにいくつか粗末なテントが張られているが、人の気配はない。
マイナさんは周囲に僕ら4人以外誰もいないことを確認し、立ち止まると振り返った。普段は清楚で大人しげだったのに、今は般若もかくやという顔をしている。
「ちょっと! どういうつもり? 何でペラペラ喋ろうとしてんの!?」
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