第18話 お茶会

館入り口のホールは明かりがなく暗かった。

だが、近くの蝋燭に炎がひとりでに灯っていき明るくなっていく。


さっきまでビビってたが、なんか落ち着いて考えると便利で良いよな。


「良いなーここ、住みたい」

「素敵な館ですね」


ちょっとしたパーティーくらい開けそうだ。


「中に入ったし、まずはお茶しようぜ」

「いいですね、ティーポットとか置いてるといいですが」


すると左手の扉が自動的に開いた。

入ると大きな食堂になっている。


「立派な部屋だな」

「そうですね。あ、奥の扉が開きましたよ」


アタシたちはそのまま誘われるようにいくつかの扉や廊下を抜けていく。


気がつけば中庭の方に来ていた。

目の前ではテーブルと椅子が二つ用意されている。


なんとなしにエリーと座ってみる。

するとティーポットとカップが音を立ててこちらへとやってきた。


人の姿はない。


ティーポットからは湯気が出ており、カップの中に紅茶を入れて差し出してくる。


「ありがとうございます。とてもいい香りですね。オバケさんもクッキー食べますか?」

「エリーのメンタルってアダマンタイト並に強いよな」


エリーは一切動じる気配がない。

正直私はちょっとビビり初めてるぞ。


「ええ、オバケさん達は別に悪いことをしているわけではありませんから」


まあ、おもてなしをしているだけだしな。

アタシだってそれが分かっているから武器だって抜いていない。


そこでエリーがクッキーの包み紙を開けると、フワリとクッキーが中に浮かんで消えていく。


お気に召したようで何よりだ。

エリーの作った物を気に入らないとかだったら屋敷ごと焼き払ってたぞ。


「しかし姿が見えないというのも困りもんだな。出てきてくれねえか?」


そう空中に声をかけてみる。

すると奥から一人メイドが出てきた。


ゾクリ、と寒気がする。

見てはいけないものが現れる。

そんな予感がする。


しずしずと俯いたまま黙って歩いてくるメイド。

その顔は見えない。

ふと近くまで来ると、ゆっくりと顔上げていく。


その顔には何も無かった。

目も、口も、鼻も、全てが存在しないのっぺらぼうだった。


魔物でも魔族でもない異形。

それがそこにあった。


「うっぎゃあああーーーー!!!」


やばい、どうする?

戦うか?

いや先に逃げ道を確保したほうが……


「こら! なんですかその態度は! メイドたるものが人を驚かせて遊ぶんじゃありません!」

「え?」


メイドはエリーの怒り声にビクッとなり面食らったようになっている。

いや表情分からないけど。


エリーがメイドに厳しい。

お陰で場の雰囲気が一瞬にして破壊された。


「メイドとして振舞う以上、背筋を曲げて、暗い雰囲気を纏ってお客様の前に出るものではありません! 場に合わせて影として使えつつも求められたときには明るく振る舞うのがメイドの努めです。背筋を伸ばして、顔をしっかり見せて笑顔で対応しなさい!」


のっぺらメイドが狼狽えている。

アタシも狼狽えている。

エリーさん厳しい。


「いいえ、顔を責めているわけではありません。世の中無駄に目鼻がついているから苦労している者もいるのです。むしろ貴方の雪のような細やかな肌はマリーのように美しいですよ」


褒められてる…… のか?

褒められてるんだよな?

なんかメイドがわちゃわちゃジェスチャーしている。

何を伝えようとしてるんだ?


「いいえ、言葉が話せなくとも、顔が無くとも、心で通じることはできます。現に私達がそうしているではありませんか」

「え?、え?」


エリーさん?

マジで意思疎通できてるの?

私『達』ってアタシ出来てないよ?

以心伝心混線してない?


あ、メイドさん、なんか感極まって泣いてるっぽい。

目が無いから涙出てないけど。


「あー、すまねえな。エリーはメイドに少し厳しいんだ。アタシ達はこの家の主人になるかもしれない者だと思ってくれ。お茶美味かったぞ」


とりあえずフォローにもならないフォローを入れておく。


主人という言葉に反応したのか、慌ててメイドが何かを説明してくる。

が、よく分からん。


「マリーも目を閉じて心静かにしてみれば、彼女の声が聞こえてくると思いますよ」


えー、ホントかよ……

渋々目を閉じてみる。


……やっぱりなんも聞こえねぇな。


「念話魔法の一種だと思ってください。」


ぐぬぬと唸っているとエリーから助け舟が出た。

念話ねぇ。

専門の魔法使い経由でしか試したことないけどやってみるか。


(……えますか? 私はここに封印された主人に仕えるメイドのメイです。)



……本当に聞こえた。


「主人? アタシらのことじゃなくて?」

(今から千年前にこの地に封印された主人です。本当に聞こえてるんですね!)


……なんかいきなりデカイ話になってきたな。封印された魔王とかじゃないよな?


(主人は悪い人ではなかったのですが、身内の者に裏切られまして、こんなところに封印される羽目になっていました)


うん、悪い人じゃないのか。魔王じゃないならいいや。


(私達側仕えも一緒に封印されていたのですが、数十年前に封印の第一段階が解けたため、私達は僅かながら外界に干渉する術を経て、自由に動けるようになりました)


ああ、ロマとかいう執事のおっさんが言っていた館の建築か。


(ぜひお礼にと、この館の持ち主様が快適にくらせるよう、お手伝いをさせていただいておりました)


勝手に手伝ってたんか。

ホラーだろこんなん。

前の領主よく逃げ出さなかったな。


(ところが館の主様が代替わりしてからというもの、私達への扱いが酷くなりまして…… 意思疎通もマトモにできないのに、あれやってこいあれとってこい、あーじゃないこーじゃないだの、目に余るお化け使いの荒さ! 私たちの我慢は限界を超え、ついにはストライキを起こすことにしたのです)


あれ?次の領主も適応してるぞ?

もしかしてお化けにビビってるアタシがおかしいのか?


(そもそも! 私たちはもともとこの土地に封じられた主に仕えているのであって館の持ち主に使えているのではありません! いくら少し封印を解いて頂いたからと言って、人員を削って私達に仕事を投げるなんて身勝手にも程があります!)


まあココの領主どケチだからな。

しかし身振り手振りも派手で雄弁だなこいつ。

口がなくてちょうどいいくらいじゃねーか。


(とはいえ側仕えの本分を発揮せず、敵も客も追い返したとあっては主様の名誉を汚すことにも繋がりません。よってお客様は持てなし、敵からは精気をいただいて活動の糧とさせていただいていたのです)


いや、誰も知らないから汚れる名誉なんてねーよ。

ところで精気って何だ?

生命エネルギーみたいなもんか?


(今回は誠に申し訳ない事をいたしました。今まで客らしい客も来ないまま、驚くのが楽しくて武器を出した時点で敵として精気を頂いていたものですから、ついやってしまいました)


つい、で驚かすなよ。

のっけから敵前提じゃねーか。

なんというかただの駄メイド臭がする。


「あー、要するに敵じゃないんだな?」

(はい! 主に誓って!)


なんかもう、敵じゃないならいいや。

ビビってたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「とりあえず私達は敵ではありませんし、この館を買う事になるかもしれない者です。他の方にもそれを知らせて来てくれませんか?」

(は、はいっ! 分かりました!)


駄メイドは何度も頷くと小走りで席を外す。


「あのメイドはまだまだ訓練の必要がありますね」


エリーさんは本当にメイドに厳しいな。



しばらくすると、中庭に大量のお化け達が集まってきた。


(皆さん連れてきました。一人足りませんが、いつもどおりどこかをブラついているのだと思います)


駄メイドが並べて紹介していく。


一番多いのが、白い人魂に手と目口を書いたような通称人魂くん達だ。

ちょっとコミカルで可愛い。


彼らが姿を見せたり、透明になって消えたりしながら人形やぬいぐるみを動かしたり動かしたりしていた。


他にも子供が白い布をかぶって布に目と口を書いたような通称お化けくんや、おとぎ話に出てくる家事妖精がいる。


おとぎ話の世界が溢れたみたいで面白い。

しかし、結構いるな。



(ところで、もしここでお住みになられるのなら、出来ればお掃除や洗濯をする代わりにお給金を頂きたいのですが)

「ん? 別に少しくらいなら良いが、何に使うんだ? お前ら使い道ないだろ。」

(はい、主様の封印が解けた時に少しでも不自由なく暮らせるようにと思いまして)


後ろのお化け達も一斉に頷く。

……健気だなあ。

ただの駄メイドなんて思って悪かった。

お前は凄い駄メイドだ。


「あー、分かった。金はやらん」

(そうですか……)


メイドと妖精達が露骨にガッカリした顔をする。

まあ最後まで聞け。


「要するに主人とやらの封印を解けば良いんだろ? どうやって解くんだ?」

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