第二部 お化け退治編
閑話 秘密会議
とある商会の地下。
深部には黒ずくめの男達が円卓に座っていた。
痩せた者、太った者など様々だ。
そこは密会の場。
同好の士である彼らにとっては身分も地位も関係ない。互いの欲望こそが彼らを動かす。
互いに仮面をつけており素顔は見えない。
お互いそれとなく察してはいるのだが、それを尋ねることはタブーとされていた。
「例のモノを」
男が重々しく言う。
すると近くにいた別の男は重ねた束を取りだした。
それは写真。
付与魔法の技術を用いて作成された限りなく本物に近い絵。
様々な女性冒険者が写された写真の束。
その中でも新人である二人。
エリーとマリー二人の写真で皆は手を止める。
「ほう、これが次期にD級となる冒険者マリーとエリーか」
「くくく、G級からはじまりわずか一ヶ月でE級への昇進」
「噂では依頼中に悪魔を倒したとか…」
「噂は一人歩きするもの」
「とはいえ有望株には違いない」
彼らは秘密結社のメンバーだ。
そう、彼らこそ、この大陸に独自のネットワークを持ち、世界中の同志達と情報交換を行う秘密結社。
「だが、我々の仲間も何人かやられている」
「強大な敵…か。素晴らしい」
「やはり彼女達は極上の獲物ですな」
男たちは下品な顔を仮面で隠し、それでいて紳士として振舞う。
「ふふふ、あの足で踏まれることを考えるとそそられますなあ」
「全くですなあ、同志!」
自称『美人コンテスト評論委員会』
それが彼らの集まりであった。
『写真家』と呼ばれる貴重な『盗撮』スキル持ちによって撮影された、その貴重な写真を取引する場である。
「しかし『写真家』が何度も入院するのはマズい」
ここ数回の会合において、メインは新米冒険者のエリーとマリーであった。
だが極秘事項である『盗撮』スキル持ちの写真家という存在。
彼の存在がまるで最初から知っていたかのように即座にバレてしまい、ボコボコにされたため、最初の作品は数が少ない。
写真は価格と販売枚数に応じてランク分けがおこなわれる。
他の冒険者と比べて圧倒的に少ない写真はレアリティの高さから金貨数十枚から取引されていた。
「ほう、これは背中を刺されたエリーちゃんを抱えて疾走するマリーちゃんの姿ですか。血塗れでボロボロなのに一枚の絵のような美しさを持っている」
「これは初めて登録に来たときの姿ですな。マリーちゃんは堂々としていて、とても初心者には見えませんな」
複数の写真に対してあれやこれやと批評を繰り返す男たち。
議論に夢中で上部の扉が開いたことには気づかない。
ゆっくりと階段を降りる一つの影。
カツン、カツンと階段を降りてくる音が響き、そこでやっと男たちは気がつく。
「誰だ!」
返事はない。
明かりの逆光で影となった姿は、光源の近くまで来てようやく明らかになる。
階段を降りてきたのは赤いフードを被った少女だ。
フードの奥には手元の写真と同じ顔が写っている。
「さあ、クズ共。掃除の時間だ」
男たちは絶望に染まる。
「どうしてここが分かった!」
「アタシにとっては馴染みのある場所さ」
会合の場所は多くない。
その一つ一つを実際に訪れ、調べていただけに過ぎないが、男たちがそれを知ることはない。
「まさかここが見つかるとはな…」
「ははは、我々の同志達にはD級冒険者程度には腕効きが複数いるのだ! 申し訳ないがしばらくマリー殿には眠っていただこう」
男たちが武器を構えると、少女もまた包丁のような刃物を構える。
不思議なことに包丁の形が次第に変わっていき、パン切り包丁の形へと変わった。
「今は金属魔法の練習中だ。少し実験に付き合ってくれ」
少女はパン切り包丁で峰打ちの構えを取る。
「ええい! 我らを惑わすその姿! ココを知られたからにはたとえマリー殿といえども容赦はせんぞ!」
数人の男たちが彼女を取り囲む。
だが彼女はいたって落ち着いてその呪文を唱えた。
「サンダーローズ」
彼女が呪文らしきものを呟いた途端、彼女から発せられた雷が男たちを貫く。
雷に貫かれた男たちは身体が麻痺して動けず、その場に倒れ伏した。
「ば、馬鹿な! D級冒険者達が一瞬で…」
「金属魔法とか言って雷魔法を使うとは…」
「おのれ! C級冒険者の『一匹狼』さえいればせめて一矢報いるものを!」
男たちは好き勝手に叫び、最近行方知れずとなっている常連冒険者の『一匹狼』の二つ名をもつ同志に思いを馳せる。
一人でC級として活動を続けられる彼がいれば一太刀報いることができるだろうに、と。
「…残念だがソイツは二度とここへは来れない」
「まさか、始末したというのか! だがギルドの極秘データと照らし合わせた限り殺害数は変化ないはずっ…?」
男はギルドの関係者だという事を暗にほのめかしてしまう。
マリーは呆れたようにその男を見ていた。
「悪い子達にはお仕置きだな」
男たちは激昂する。
「おのれぇ! 貴様になにが分かる! 若い女性から向けられるゴミを見るような視線の痛みが! 気持ち悪がられて陰口を叩かれる痛みが! 貴様に分かるか!!」
「わかるさ… 誰よりもな…」
天を仰ぎながら呟いたその言葉は、誰よりも実感が籠もっていた。
その言葉の重みを感じ、男たちはなにも言えなくなる。
「ああ、お前らの痛みは分かっている。だから、アタシはお前らを遠ざけたりはしない。むしろ慈愛の心で接してやる」
マリーは両手を広げ優しく微笑む。
まるで男達の罪を許すと言わんばかりに。
その穏やかな微笑みに見惚れ、一部の男は涙を流してさえいた。
「だけどま、ソレはソレ。コレはコレだ。とりあえずボコるから安心しろ」
あっさりと手のひらを返したマリーによる惨劇が始まった。
惨劇が終わり、やがて部屋の中が静かになる。
そこにいたのは椅子に座ってあぐらをかくマリーと冷たい床の上に正座させられる仮面の男達。
二極化した構図がそこにあった。
「お前らエリーが魅力なのは分かるが、こそこそ盗撮するんじゃねえよ。写真没収な」
「いえ、マリア様も十分お綺麗で…」
「そ、そうか? ふへへ… な、なら一枚くらいはアタシの写真持ってて良いぞ」
褒められて途端に機嫌を良くするマリ-。
その笑顔に男たちは釘付けとなる。
「ところでマリー様。我々は今後どのように振る舞えば良いのでしょうか」
別の男が語りかける。
「そうだな… お前ら裏でアタシ達の写真売って稼いでたんだろ? ならコレからは最低でも一人あたりコレだけの金額を払ってもらおうか」
パチンと指を鳴らすと土魔法が発動し、サラサラと地面金額が書かれていく。
その額はこの会の売上を大きく超えていた。
「ば、馬鹿な… この金額を毎月だと!?」
「それでは食べていけない、どうか、どうかお慈悲を」
「まあ無理ならいいぜ。アタシも鬼じゃないさ。考えはある」
「考え…ですか」
「ああ、お前らファンクラブを作れ」
男たちを聞きなれない言葉に目配せし、皆それぞれ首をかしげる。
「ファンクラブ、と言いますと?」
「あー、なんていうかな。応援する団体だ。冒険者から了解を得て公認の団体を作れってことだ。コソコソするんじゃなくてな」
男たちは怪訝そうに顔を見合わせる。
「会員として登録したら会員費を払わせる。会員には公認冒険者の装備とかバッチとかそんなんを渡す。代わりに… これは冒険者次第だが一部メンバーと交流をもてる」
この会員のメンバーにはとある商会の会長もいた。
商会長は商売の匂いを敏感に感じ取る。
「その冒険者御用達の武器や防具、回復薬などを売っても…?」
「好きにしろ。ただしゴミを売るときは偽物ですって付け加えとけよ。命に関わるからな。そのへんはルール作って悪い事する奴が出ないようにお前らで管理しろ」
冒険者はそれだけで食べていける。
冒険者を興行として扱うという概念は商会長にとって刺激的な提案だったようだ。
「売上はどのように…?」
「半分が冒険者、一割がアタシだ。残りはお前らでなんとかしな。ギルドも巻き込んで金払えよ」
ギルドの職員だと思われる男を見ながら言った。
「ちなみにアタシ達は冒険者も兼ねてるからアタシ達のファンクラブは六割が取り分だぞ?」
「そ、そんな暴利を!」
「は? 嫌なら衛兵に突き出しても良いんだぞ?」
「せめて、せめてなにかの報酬を!」
「報酬か… 良いぜ、言い出したのはアタシだからな。ファンクラブ向けにちゃんと報酬は払ってやるよ」
そう言うとマリーはブーツを脱ぎ、次に靴下を脱ぐ。
「ほらよ、アタシの靴下だ。ボロくなって捨てようと思ってたんだ、やるよ」
「お、おお…」
男達の一部は新たな扉を開いたようだ。
だが少女は気づかない。
「まさか嫌って事は言わねえよなあ?」
「め、滅相もございません! と、ところでこのような報酬を毎月いただけるので…?」
「…え?」
マジでその報酬でやるの、とマリーは呟くが聞こえた様子はない。
「…まあ捨ててもいいゴミなら定期的にくれてやる。ちゃんと処分しろよ」
「ははっ!」
「あ、あと写真はアタシが許可したものだけな。 …裸の写真なんか撮ったら殺すぞ」
最後に睨みを効かせてそう言うと、マリーは去っていく。
去っていくマリーに対して男達は…
「お、俺マリーちゃんと会話しちゃったよ! 絶対無理だと思ってたのに!」
「マリーちゃん乱暴だけど意外と優しいな! みろよ、殴った後軽く手当てしてくれたんだ!」
「マリー様…」
「あの時みたいにお兄ちゃんと呼んでくれ…」
かなりの好評だった。
そこである男が手元から作成したばかりの写真を取り出す。
「ところで、私のスキルで撮影した生足のマリーちゃんと、はにかみ笑顔のマリーちゃんの写真だがどうしたい?」
「おお、写真家! 流石だな!!」
「さっそく焼き増しして皆で…」
そこで、待ったをかける人物がいた。
商会長の男だ。
「まて。今回の写真は公にはせず、ファンクラブ会員のみが所持を許されるようにしよう」
「なに!? 生足だぞ! 最低でも金貨八十枚、いや百枚は硬い!」
「落ち着くのだ同志よ。我々は金に困ってこのような事を始めたのか? 違うはずだ。私たちは本来は触ることすら許されない彼女たちへの敬愛からこの会を発足したんだ」
表ではそれなりの地位をもつ別の男がその意見に同意する。
「私達は侮蔑の眼差しには慣れている。だが素直に笑顔を見せてくれた者がどれほどいただろうか。」
「ああ、そうだ。この写真はマリー様が見せて下った純真な笑顔なのだ」
「…」
「それに今回の件は悪いことばかりでもない。金貨を一度に数十枚得るよりも、毎月銀貨を少しずつもらった方が、長期的には得になる」
「なにより、マリー殿の意向に逆らうような事をすれば今度こそ我らは潰されるだろうな」
「ならばファンとして、マリー殿に敬愛を示す。それだけで良いだろう」
「よし! そうと決まればファンクラブを発足するぞ! 第一号はマリー殿とエリー殿のコンビだ!」
この日、美人コンテスト評論委員会は消滅し、新たに『ファンクラブ制作委員会』と『エリーマリーファンクラブ』、そして裏の顔である『マリー教』が発足した。
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