閑話 盗賊の頭
時は少し遡る。
マリーが戦いに熱中している頃、山賊の頭はこっそりと馬車のそばまで忍び寄っていた。
狙いはコリン。
彼女に復讐の刃を突き立てる為だ。
頭のスキルは『異界透明化』。
一定時間誰からも見ることができず、干渉されない身体となる。
副作用としてこちらからは見る事と聞く事以外には干渉することができないのだが。
この力を使い、男は様々な窮地から生き延び、時には不意討ちで相手を倒していた。
男は時期を伺う。
包帯の悪魔に集中し、自身の存在が『透明』になるその瞬間を。
「! マズイ、マリーの剣が!」
「私、馬車から武器を探してきます!」
「任せたわ!」
悪魔との戦いでマリーの剣が折れた。
言うが早いか、エリーは代わりの武器を探しに馬車の方へと駆け出す。
その間もコリンとジクアは攻撃を少しでも減らせるよう、矢とスキルでマリーへの支援を行う。
男は好機が来たことを知る。
悪魔と戦っているあの少女に気を取られ、こちらへ気を伺うスキはないだろう。
そう考えた男はひっそりとコリンの後ろへ回り込む。
次に短剣を構えて透明化を解除し、思い切り振り下ろした。
短剣には毒が塗られている。
これに刺されれば傷口が腐れ、三日三晩苦しみ抜いて死ぬ。
弓を使う男を殺せないことが山賊には気がかりだったが、これで復讐は一旦終了だと考えた。
「コリンさん、危ない!」
コリンは馬車から戻ってきたエリーに突き飛ばされる。
代わりに山賊の頭が振るった刃はエリーの背中へと突き刺さった。
「ちっ、邪魔しやがって!」
山賊に気がついたジクアが、ボウガンを放ち、矢が山賊の目へと吸い込まれる。
「ウガッ! 痛えぞ!! くそがああぁ!」
片目を失った男は咆哮をあげ、ジクアとコリンに向きあった。
ジクアの剣は人並み、D級冒険者のそれだ。
だが山賊の頭もまた、他の山賊達と比べて特に剣が優れているわけではない。
そのスキル故に暗殺に特化しているだけだ。
男のスキルが再使用できるようになるまで五秒程度。
その間、男はジクアの猛攻をかろうじて受け切り、姿を隠す。
「エリー!!」
「わた、しは……いいからっ! 武器を!」
か弱くも力強い声でそう言うと、エリーは箱を差し出してくる。
かつてオオカミ退治の時に話していた武器、『魔女の刃』が入っていた箱だ。
コリンは自らのスキル『風流操作』を用いて、武器をマリーの所まで投げ飛ばす。
箱は空中で分解するも、武器の包丁はちょうど良いところに落ちたようだ。
「サンキュー、コリン!」
こちらを見ることなく、いや見る余裕すらない状況でマリーはお礼をいう。
それは幸いだった。
もしこちらを見ていたのなら、大きく動揺して戦闘どころではなかっただろう。
隠れた男は一度逃げの体勢に入ると、少し離れた所でスキルを解除した。
己の手で復讐を果たせないのは悔しいが、仕方ない。
悪魔がいる間、この空間は閉じて出られないと聞く。
男は不利を悟り、悪魔にすべてを任せ隠れている事にした。
しばらくして、結界が晴れていく。
男は安堵する。
どうやら、あの悪魔が『幌馬車』を始末したのだろうと考えて。
男は死体でも拝もうと思い腰をあげる。
立ち上がって戦場の方に視線を向けようとすると、目の前に一人の少女が立っていた。
少女の両手には包丁のような刃物が握られており、服装は血と泥でボロボロだ。
少女はうつむいており、表情は見えない。
「なんだテメ……」
男は一瞬気が付かなかった。
先程まで悪魔と戦っていた少女が生きているはずないという思い込み、そして常に相手を煽るように立ち回っていた少女の無表情。
これらが結びつかず、だが気づくと同時に武器を構えようとするが、それは叶わなかった。
ドサリ、と何かが落ちる音がして地面をみる。
そこには武器を持った男の腕が落ちていた。
「は?」
間抜けな声を出してしまった男は、自分の腕を見る。
そこにはただ凍りついた傷口の断片だけがあった。
男は恐怖する。
いつ切られたのか分からないことにも。
そしていまだに痛みがないことにも。
「氷魔法は傷口ごと凍らせるんだ。」
少女は無表情に呟く。
それは男に言っているというよりも、どこか独り言のようだった。
まずい、逃げなければ。
男はそう考えるとスキルを発動させようとする。
そこで足に力が入らず、体勢を崩し転んでしまう。
「毒なんかの場合は、傷口を焼くより凍らせる方が効果的だったりする」
……違う。足に力が入らないのではない。
足そのものが凍りつき、重さに耐えきれず砕けていた。
「回復魔法に反応する毒もあるからな、凍らせたよ……」
更に、もう片方の腕も落ちる。
こちらは普通に切り落とされており、強い痛みが襲ってくる。
「エリーが索敵魔法でな、位置を教えてくれたんだ。喋るのだってままならなかっただろうに……」
「ひいぃっ!」
「ここで逃しちゃまた復讐されるかも知れないからって、昨日今日知りあった奴らのためにそこまでしてくれたんだ」
男は恐怖しながらも、スキルを発動させ、少女の視界から消え去る。
少しでも這って逃げようとする男に少女は声をかける。
「血が垂れてるぜ。体から離れた血は見えるみたいだな。 ……お前のスキル、地面の上にいるのは間違いないんだろ」
そう言うとマリーは地面を軽く蹴る。
同時、マリーの足元から地面が抉れ大穴が開く。
男は穴の中に落ちてしまう。
最初は暗闇の中で見えなかったが、やがて目が慣れて洞窟の形状が見えてくると、底面には剣山のように尖った岩がびっしり生えているのがわかった。
スキルの力で干渉されないため刺さってこそいないが、スキルを解除すればマズい事になるのは想像に難しくない。
「武器に毒を塗って突き刺したらしいな。アタシも真似させて貰うぜ」
そう言うとなにかをふりかけてくる。
……毒だ。
男は知らないが、コリンの馬車にあった、狩り用の毒である。
もちろん、スキルにより毒は男には通じない。
男をすり抜け、針山に毒がかかる。
「アバよ、ゲス野郎」
少女はそう言うと穴を閉じた。
男は慌てる。
コレではスキルが解けた瞬間、串刺しだ。
そうでなくとも窒息してしまう。
だが両手両足をもがれた状態でできることなんてないに等しい。
声をかけようにも、スキルを発動している間、こちらの声は届かない。
男は怒り、叫び、謝り、暴れた。
だが世界に干渉する術を持たない男が何をしようと、なにも起こらない。
なにも起こらないまま、時間だけは刻々と過ぎていきスキルの使用限界時間へと到達する。
そして男は姿を表し……
「嫌だあああああああぁァァァ…………!!!」
男は、二度と喋る事は無かった。
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