リトルスター・イン・ザ・スモールタウン
橋本鴉
リトルスター・イン・ザ・スモールタウン
俺の名前は松尾誠之心(まつお・まことのしん)。現在23歳で普段は東京でフリーターをしている。働けど働けど一向に暮らしが楽にならない俺だけど
今日は年に一度、年末年始に帰省する時期なので地元に帰ってきた。
さっそく疲れからか、電車を一駅寝過ごしてしまった。田舎の私鉄は運賃が高い。ここから少し歩いて帰ろう。
生まれてから18歳までの期間を過ごした町。何もないところだけど、どんな都会も俺の中ではこの町には敵わない。
離れてより一層そう思えてきたよ。まぁそんなことより乾いた北風が冷たいな。
国道に出ると、新しい店を発見した。クレープやパフェのサンプルが展示されている。どうやらスイーツを扱うカフェのようだ。
こんな田舎でも流行のサイクルは早いもんだな。去年はここに激安ステーキのチェーン店ができたと話題になっていたのに
もう潰れて新しい店になってるんだもんな。駐車場の車は市外ナンバーのものもある。そんなに人気の店なのだろうか。
甘いものを食べながらブラックコーヒーを飲みたい気分になった俺は暖まるためにも、店に入ってみた。
店内は割りと賑わっている。やはり中学生や高校生くらいの子達が多い。俺は浮いてるか。やっぱり出て行こうか。
そう思っていたときだった。スタッフが出てきて、俺を席に通す。そこのゾーンは割りと大人や家族連れが多かった。
案内された席に座り、チョコパフェとブラックコーヒーを頼む。ふと隣のテーブルを見ると、切れ長の目に色白の肌、セミロングの黒髪の可愛い女の子がいた。一人なのだろうか。少し寂しそうにも見えるその表情に俺は見惚れていた。
真っ白なマフラーが色素の薄い瞳によく似合っていて儚さを感じさせる。そんなイメージ。
しかしそんな儚さに浸っている最中だ。俺の前に座っていた男がその女の子に声をかける。
「一人で来たの?このあとヒマ?てかLINE交換しない?」と詰め寄る男。
モデル風のセンター分けのヘアスタイルをかき上げるその男はとても端正なルックスだった。
結局、綺麗な子と釣り合うのはこういう男か。と俺はため息をついた。
しかしよく見ると女の子は迷惑そうにしている。俺は勇気を振り絞って「あの・・・ 嫌がってるじゃないですか。やめてください。」と言った。
男は俺を睨みつけ舌打ちをしたと共に「なんだてめぇ?」と呟く。俺は心臓バクバクだったが、可愛い女の子の前で情けない姿は見せられないと思い、決して食い下がらなかった。
ちょうどその時、店員が俺にコーヒーを届けに来て、男は決まり悪そうに帰り支度を始めた。良かった。胸を撫で下ろし、コーヒーをすすった。
「ねぇ。」隣から声が聞こえ、恐る恐る俺は隣を見た。すると隣の可愛い女の子が俺に
「さっきはありがとう。一口食べる?」と手に持っていたクレープを差し出してきた。
俺は驚いて「え、俺、ほんとにいいの?」と挙動不審になりながらあーんして食べさせてもらった。
さっきまでの恐怖やときめき、興奮で一気に溢れ出た脳内麻薬に甘いクレープの味が染み渡り、俺はもう何も考えられなくなっていた。
俺は咄嗟にテーブルをくっつけて女の子と会話する。どうやらこの近くで一人暮らしをしているそうだ。
若者が次々と出て行くこの町で一人暮らしとは珍しい。あまり詰め寄ったら嫌われてしまう気がして、それ以上は聞けなかった。
二人とも食べ終わり、会計を終え、店を出た。傍から見たらまるでカップルみたいで優越感に浸っていた。
俺が「もし良かったらLINE教えて欲しい。」と言うと女の子は「いいよ。」とQRコードを差し出す。
予想よりもあっさりと交換させてくれて俺は驚いた。どうやらこの子の名前は「ふみ」というそうだ。俺の2歳下で現在21歳だという。
俺は歩きながら「ふみちゃんさ、なんで俺にこんなに優しくしてくれるの?」となんとなく聞いてみる。
ふみちゃんは「え?別に普通だよ。助けてもらったし。」と答える。続けてふみちゃんが言う。
「さっきの男、割と有名なナンパ師だよ。市外からあの店にも何回かナンパ目的で来てるみたい。しかも37歳で既婚者。
いくら顔が良くてもああなったら終わりでしょ。」
俺は少し安心した。世の中顔が全てではないんだな。そう思いながらふみちゃんの隣を歩いた。
しばらく歩くと、小綺麗なマンションが見えた。「ここ、私の家。」とふみちゃんが言う。
俺が「え、結構良いところじゃん。高いんじゃないの?」と聞くと
「田舎だから1LDKで6万円。東京だったらもっとするよね。」と答える。その通りだ。俺の住んでる六畳の木造ボロアパートが5万なんだから。
俺が「じゃ、気をつけてね。」と言いかけたところで、ふみちゃんが「良かったらちょっと寄ってく?」と言う。
断る理由などないので「うん。」と一言呟いた。あまりにも驚いてそれ以上は言えなかった。部屋に上がって何があるんだろう?期待が膨らんだ。
新築の匂いがする玄関を抜け、部屋へと入っていく。クローゼット付の洋室、追い焚き機能付の風呂、13畳はありそうなLDK。
東京なら家賃10万円は優に超える物件だ。俺はふと、この町に残っていたほうが自分のためにも良かったんじゃないか。なんて考え込んでしまった。
「ちょっと付き合ってくれる?」とふみちゃんが冷蔵庫から取り出した缶ビールを渡してきた。
プルタブを開け、乾杯した後、ふみちゃんが俺に言う。「なんか浮かない顔してどうしたの?」
俺は焦りながら「い、いやぁめっちゃいい家だったから驚いてさ。俺の住んでる東京なんか家賃5万で6畳とか普通だし、
こんなに良いマンション幾らになるんだろうとか考えちゃってね。」と言う。ふみちゃんは黙ったまま下を向いている。何か癪に障ることでも言ってしまったろうか。
俺は急いで話題を変えようとふみちゃんに「ふみちゃんは学生さん?」と聞く。するとふみちゃんは首を横に振る。
機嫌を損ねてしまったか?俺は必死に「そっか。まぁ俺もあまり仕事のことは聞かれたくないっていうか・・・。なんていうか・・・。」と言った。
するとふみちゃんが口を開いた。「私が何の仕事してるか、知りたい?」と聞いてきた。俺は「う、うん。良ければ知りたい。」と答える。
ベッドの下からふみちゃんが何かを取り出し、持ってきた。「まこくんはこういうの見る?」と差し出されたDVDのジャケットには
複数の男女が絡み合う写真が。「まさか・・・。」と小さく声に出すと、ふみちゃんが言う。
「AV、出てるの。まだ名前もなくて単体で作品出せるレベルじゃないんだけど頑張ってハードなプレイもやって、稼いだお金で顔も整形した。」
衝撃の告白だった。あまりにも突然の告白すぎて俺はどう受け止めていいか分からなかった。走馬灯のようにたった1時間前の思い出が目蓋の裏を駆け巡る。
こんなことならカフェで一目惚れした女の子のままで良かったのに。そうさえ思った。だけど俺は気付いたらふみちゃんを抱きしめていた。
「俺にはふみちゃんの覚悟も気持ちも分からない。あまりにも突然で受け入れられない。でも・・・そばにいたいと思うんだ!」と泣きながら言った。
ふみちゃんも涙を流している。「こういうのは最初に言っちゃった方がいいと思って。昔の友達にAVバレた時、縁切られたし。
仲良くなってから知るよりショックじゃないでしょ。」そう言った。俺は一層強くふみちゃんを抱きしめた。
そして俺たちは付き合う約束をした。少し遠距離になるが、撮影で東京に来る度、ふみちゃんが会いに来ると言ってくれた。
俺は缶ビールを飲み干し、嬉しさと切なさでグチャグチャになりながらふみちゃんのマンションを後にした。
家族の待つ実家へ向かおう。向かい風に抗うように歩いた。俺は気になってふみちゃんのLINEのタイムラインを見てみた。
そこには昔のふみちゃんの写真があった。今より鼻が低く目も小さい気がするがふみちゃんは元の顔も可愛い。何より綺麗な心の持ち主だ。
俺は何度も心の中でふみちゃんを抱きしめるようにしながら歩き、実家まであと少し、最後の横断歩道まで来た。
横断歩道では何やら工事をしており、警備員がいる。よく見たらその警備員は高校の同級生で俺の元カノを寝取った奴だった。
奴が俺に気付き「よ。」なんて言ってきた。何様のつもりだ。俺は「よ、俺も運命の人見つけたわ。じゃあまたな。」と言い返して家路を急いだ。
横断歩道を渡り終え、公園が見えてきた時、俺の目の前が暗くなった。何が起きたのか。すると次の瞬間、目が覚めた。
天井は東京のボロアパートだった。「なんだ・・・夢か。」俺は心底がっかりした。今までの全てが夢だったなんて。
時刻は11時。急いでバイトに行く準備をしなきゃ。そういえばまだ10月だったな年末年始の帰省なんてまだ先だし、あんなよくできたラブストーリー有り得ねぇわ。
朝食も食べず、着替えて歯を磨いて家を出て電車に乗った。Twitterを開くと元カノとあの同級生が結婚するという報告が入ってきた。
現実はクソだ。奴は夢で見た警備員の姿ではなく、ビシっとスーツを着こなしている写真を載せていた。まぁあいつがどんな仕事してようが知ったこっちゃない。
俺が負けていることだけは明確に分かっている。電車の生温い暖房に包まれ、ため息をついた。
電車を降り、先を急ぐ。バイト先に向かう途中のビデオ屋には「期待の新人AV女優、ついにデビュー!」と書かれた広告ポスターが。
写真の女はどこかで見たような顔をしてたけどまぁいいや。急がなくっちゃ。
リトルスター・イン・ザ・スモールタウン 橋本鴉 @sarataba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます