第44話

「――踊って頂けますか?」


 エマが俺に手を差し出してきた。



 普段のメイド服を脱ぎ、漆黒のロングドレスを着たエマは、普段とは全く違う雰囲気だ。


 率直に言って奇麗で、思わず見惚れてしまう。



 王族主催の、名だたる貴族も出席する舞踏会。


 貴族でも何でもない俺がどうしてそれに出席し、そしてドレスを着たエマにダンスを申し込まれているのか。


 俺は状況を整理するために、記憶を手繰り寄せるのだった――




 謁見室での騒動は、騒ぎを聞きつけたアーディが駆け付けたことにより、何とか収束した。


 さて、じゃあ帰ろうと思ったら、


「お見苦しいところを見せてしまいましたね。お恥ずかしいわ」


 さっきまでの剣幕はどこへやら、シャーロットさんが穏やかな顔と口調で言ったのだ。


「今夜、舞踏会を開くのだけれど、ぜひ貴方たちにも参加していってほしいの」



 正直そんなものに参加したくなかったから丁重にお断りしようと思ったのだが……


 うん、行為を無碍にはできないもんな。決してさっきのアレを見てビビったとかそういうアレじゃないから。



 そんなわけで、夜、俺はタキシードを着て、舞踏会に参加しているのだが……


 い、居づらい……っ!!


 奇麗に着飾った女やビシッと決めた男たちが、そこかしこで美辞麗句を飛ばし合っている。


 畏まったというか、何と言うか……俺こういうとこ苦手なんだよなあ。



 そういや、こういう場でのマナーを何かで読んだな。


 男は女を退屈させない、誘われた女は断らない、だっけ……



「お断りします。退いて下さい」


 マナー違反。


 誰だと思ったのは一瞬。声で分かった。エマだ。



 顔を上げると、そこにはやはりエマがいた。


 だが……


 その恰好は普段とは全く違う。俺の好みに合わせたメイド服を脱ぎ、夜のように黒い、漆黒のドレスを着ている。


 肩が大きく露出し、上半身は体のラインが強調される作りになっているが、スカートには幾重にもフリルがついていた。


 眼帯をしている左目は長い前髪で隠し、白い髪は失踪時のストレスの為と言うことにしているらしいが……



 肌と髪とは正反対のドレスを着たエマは、率直に言って奇麗だった。


 思わず見惚れてしまう。



 エマの服装が普段と違うのには、もちろん理由がある。


 今夜の舞踏会は、エマの為に開かれたものだからだ。



 エマは自分が王族から除籍されたと思っていたようだが、それはエマを反省させ、事情を知る一部の貴族の追求から守るためにハインリッヒがついた嘘であって、本当に除籍されたわけではないらしい。


 国民には第二皇女は行方不明だと言い、今夜の舞踏会はエマが見つかった祝賀会的な側面もあるようだ。


 ほとんどの貴族が裏の事情を知らないため、エマをダンスに誘っているようだが、彼女はそれを全て断り、真っ直ぐに俺のもとへと歩いてきた。



「――踊って頂けますか?」


 本来なら男が言うべきセリフを言ったエマは、俺に手を差し出してくる。


「いいのか? 色んな奴に誘われてるが……」


「勿論です。私はユウ様以外の男になど興味はありませんから」


「俺ダンスなんて踊れないぞ」


「私がエスコートいたします。もし気が乗らないようでしたら、体を揺らすだけでも結構です」


 そこまで言われちゃ断れない。


 ……つーか、断ったら後が怖い。



 エマの手を取り、体を密着させる。


 ドレス越しにエマの体温が伝わり、女子特有の甘い匂いが香る。


 言葉通り、エマは俺をエスコートしてくれた。だが同時に教えてもくれたので、やがて立場を逆転させることができた。


 ……ま、付け焼刃だが。エマが過剰に褒めてくれるのが気恥ずかしい。



 ま、一緒にダンスを踊って済むならそれに越したことはない。


 エマの機嫌も滅茶苦茶いいし。問題はないだろう。


 そう思っていた時期が私にもありました。



 それはダンスが終わった後のことだった。


 曲が終わり、ハインリッヒが来場者に謝辞を述べる。


 ……なんか、一瞬俺に向いた視線が鋭くなった気がしたが今は気のせいと言うことにしておこう。



 そして、本日の主役であるエマが壇上に立ち、同じく謝辞を述べる。


 俺はワインを飲みつつ、聞くともなくその言葉を聞いていた。


 うむ、芳醇な大地の香り。だがまだ弱いな、閉じている。


 ……ま、それはともかく。うまいなこのワイン。



 俺が生前飲んでたものとはまるで違う。酔うための酒じゃなくて、楽しむための酒って感じだ。


 あーうめー。



「実は皆様に、お伝えしたいことがあります。私、エイマーレ・フォン・ラ・リーベディヒ・アプロは――」


 まずい。


 エマの言葉を聞いた時、直感的にそう思った。



「そちらに居られる御仁、ユウ・アイザワ様と婚約いたしましたっ!」


 そしてこういう時、俺の予感は的中するのだ。



 騒然となる会場。集中する視線。


 ……呆然とした表情で固まる国王陛下。


 それらを全て無視して、エマはハイヒールを履いているとは思えない俊敏さで俺に駆け寄ってきて、



「愛しています、ユウ様。誰よりも、何よりも。一生ご奉仕いたします。たとえ何があろうとも、貴方だけは裏切りません。だから……どうか私を、お傍に置いて下さい……」


 俺の胸に顔を埋め、どこか恍惚とした表情で、そんなことを囁くのだ。



 一瞬ここがどこだか忘れて、襲いそうになったが……



 手に負えないほどに騒然となる会場。


 俺たち二人に集中する、様々な意味を持つ視線。


 ……泡を吹いて気を失われる国王陛下。



 ワインの品評会ごっこなんて、やってる場合じゃなかったな。


 まさかその間に一気に外堀を埋められるなんて。



 ……ヤバい。ヤバい、が……


 何もしなかったら後が怖い。仕方ない。


 俺はワインと一緒にため息を飲み下しつつ、エマを抱きしめ返すのだった――

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