第43話

「二人共、ちょっと王宮まで来てくれるかしら」


 朝、屋敷にやってきたアーディが唐突に言った。


「お断りします。お引き取り下さい」


 エマが即答した。事務的な口調だった。



「だから冷たすぎないっ!?」


「ユウ様がゆっくりお食事をとれないじゃないですか。この……ハレンチ皇女……ッ!」


「お父様とお母さまが貴女を呼んでいるの」


 取り合っていたら話が進まないと思ったのか、アーディは強引に話を進める。


 だが効果は抜群だった。エマは俺に食事をとらせていた手を止め、ジッとアーディを見た。



「この間のフランクの事件が片付いたでしょう? それをお父様に報告したら、仰ったの。貴女と話したいって」


 エマの父親っつーと国王だよな。


 そういや、エマは両親との仲はどうなんだ? 直接訊いたことはなかったが……



「へぇ。お父様が……」


 呟いたエマは、珍しく皮肉な笑みを浮かべていた。


「意外ですね。まだ私に興味がおありとは」


 この反応を見るに、良好ってわけじゃなさそうだな……



「あのね、エル」


 軽くため息をついたアーディは、噛んで含めるような口調だ。


「別にお父様は……」


「ええ、分かっています」



 珍しく、エマはぶっきらぼうに言った。


 それから少し迷った様子を見せたものの、



「分かりました。行きますよ」


 と言った後で、


「申し訳ありませんユウ様。少し用事が出来てしまいました。すぐに戻ってまいりますから、ご安心ください。お金は置いていきますから、お好きに使って下さいね」



「待って」


 と、いつも通りのエマに若干呆れているアーディは、


「呼ばれているのは貴女だけじゃないの。ユウも一緒にと仰っているのよ」




 そんなことがあって、俺も一緒に王宮に行くことになったのだが、


 相変わらずデカいなここは。


 いちいちデカいし、それに何もかもが豪華だ。



 今回通されたのは、今まで来たことのない場所。王への謁見室だった。


 ここもやっぱりデカい。高い天井から大きなシャンデリアが下がり、床には重厚な赤い絨毯。


 何と言うか、THE・王宮みたいな部屋だった。



 部屋の最奥は一段上がり、そこには豪華なイスが二つ。


 男と女が座っていた。それを見たエマが、ほんの一瞬息を詰めたのは気のせいだろうか。



「ご無沙汰しております。お父様、お母様」


「ああ。久しぶりだな、エル」


 頭に王冠を乗せた四十後半の男が重々しい言った。


 決して大柄と言うわけじゃないが、小さいと感じさせない一種の存在感がある。


「ええ、本当に。元気そうね」


 今度は隣に座った、三十代と見える女が言う。


 長い金色の髪をした人だ。雰囲気はどことなくアーディに似ているが、目元はエマに似ている気がする。すげー美人だ。



 これがエマの両親か。


 王と王妃っていうからどんな奴らかと思ったけど、流石に威厳と言うかなんというか、普通の奴らとは違う感じがするな。



 二人はエマの言葉を待ってるっぽかったが、彼女は何も言わない。


 仕方なしにと言う感じで王と王妃……アーディからハインリッヒとシャーロットと言う名前だと聞いた……は口を開く。



 法務長官の一件では迷惑をかけたなと謝罪され、それからエマと言葉を交わしていたが、エマの返答が事務的なためにすぐに会話が途切れてしまう。


 場に沈黙が下りるも、それはすぐに破られた。


 クスクスという笑い声に。エマの母、シャーロットさんのだ。



「エル、お父様はただ貴女と話がしたいだけよ」


「私と? 話?」


 余程予想外の言葉だったのか、エマは目をパチクリとさせる。



「お父様はね、貴女を除籍処分にした後、とても後悔していたの。身内を甘やかしていると思われないために決断したけど、すべきじゃなかったって」


「余計なことは言わなくていいっ!!」


 ハインリッヒさんは顔を真っ赤にして言った。


 さっきまでの国王の顔は薄れ、一人の父親としての顔が浮かんでいる。


 コホンと咳払いする。



 なんか、家族団欒……とまでは言わないが、睦まじい感じだな。


 これ、俺が呼ばれた意味あったのか……



「それで……そちらの方がユウ・アイザワさん?」


 急にシャーロットさんに名前を呼ばれ、ちょっとビックリ。


 やっぱ、ここに呼んだってことは、俺のことを知っているんだな。



「初めまして。俺は……」


「ユウ様は私の伴侶ですっ!」


 急にいつもの調子を取り戻したエマが、俺の腕に抱き着いてきた。


「ユウ様は世界一素晴らしいお方。私、お仕えできてとても幸せですわ……」



 急なことで反応が取れずにいる俺。


 あ、あれ? 今コイツご両親の前でお仕えできてとか言ったか?


 シャーロットさんは手を口元に当て「まあ」なんて言っているが、



「な、な、な……」


 国王陛下は金魚の物まねを始めてらっしゃる。


「なぁあああああああああああああああにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!??」



 さっきまでの威厳は消え失せ、親の仇のように俺を睨みつけてらっしゃる。


「さっきから無視していたが、やはりエルの隣に男がいるようだな! 貴様、一体エルとどんな関係だ!?」


 どんな関係って言われてもな。


 つーか、自分で俺のこと呼んどいてその言い草はないだろ。



「あなた、彼は私が呼んだんですよ」


 俺の疑問に答えるようにシャーロットさんが言う。


「エルがとても好いている人がいると、アーデルハイトから聞いたものですから」


「な、何っ!? 好いているだと!? 許せん! そんな薄汚い男、奴隷ならともかく伴侶などぉおおおおおおおおおおおおおおっ!?」



 一瞬だった。


 隣にいたエマが消えたと思ったら、いつの間にか王座まで移動してハインリッヒ(ムカつくから呼び捨てにしてやる)の右手首を掴んで捻じりあげている。



「薄汚い? 奴隷? ユウ様を侮辱する人間は、たとえ誰であろうと許しません……」


「痛い痛い痛い痛いッ!! え、エルちゃぁん!? ぱ、パパの腕捩じ切れちゃうから! 離してくれないかなーーっ!?」


「ではユウ様への無礼を謝罪して下さい。今、ここで。さもないと十年前の貴方の浮気をお母様にバラしますよ」


「ちょ――ッ!?」


 とんでもない告白に、ハインリッヒが息を詰めたのが俺にも分かった。



「え、エルちゃん!? そのことは秘密にしてくれるって言ってくれたじゃでででででででででででででででででででっ!?」


 追い悲鳴。


 だが悲鳴の原因はエマじゃない。それは……



「あなた、どういうことですか?」


 シャーロットさんが、エマと同じようにハインリッヒの左手首を掴んで捻じりあげていた。


「アーデルハイトたちが生まれる前に誓いましたよね? それに十二年前にも。もう二度と私を裏切らないと先王と王妃の墓前に誓ったくせに、また私に嘘をついていたんですかっ!?」


「いや、それはだね、つまりあの……」



「ユウ様を侮辱するなんて。許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……!!」


「私を裏切るなんて。許しません……許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません……!!」



 う~ん、エマって母親似だったんだなあ。



 ……俺、もう帰っていいかな。

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