第38話
とはいえ、結果論ではあるが、これでよかったのかもしれない。
あのまま屋敷にいたらやましいことばかり考えていただろうが、外に出れば気も紛れるだろうからな。
……なんて思っていた時期が私にもありました。
エマは定位置とばかりに俺の右腕に抱き着き、自分の体を密着させている。
屋敷ではスカートにばかり気が向いていたが、外に出てからは胸にばかり気が向いている。
キレイな膨らみを俺に押し付けながら、エマはニコニコ笑って買い物を続けていた。
俺はと言えば……
さっきからソワソワしっぱなしだ。誰だよ外に出たら気が紛れるとか言ったバカは! 紛れるどころか、この間外でヤったこと思い出してより興奮してきたじゃねぇか!
まあ落ち着け。童貞じゃあるまいし、胸がなんだ。深呼吸しよう……
「ユウ様、次はあちらに参りましょう」
むぎゅ。
……まあ、こればっかりはな。やっぱしゃーないな。男の悲しい性だ。
こうなったら、早く買い物を済ませて帰るしかない。そう思った時だった。
「かーのじょっ」
「ユウ様、私が寝ている間、看病して下さったのですか? お優しい方……」
「ちょっと、ねえってば!」
「ふふっ、こうしてユウ様とお出かけするのも、何だか久しぶりのような気がします」
「ねえ、聞いてる!?」
「ユウ様の匂い、私大好きですっ。いい匂い……」
「おい、聞こえてんだろ! 返事くらいしろよ!!」
大声を出され、ついに無視できなくなったのか、あるいは鬱陶しさに我慢ならなくなったのか、エマは足を止めた。
そして先程までが嘘のような白けた色が顔に浮かび、ひどく冷めた目で絡んできた男を見る。
「何か?」
「そ、そんな顔しないでよ……」
髪を染めた、チャラチャラした感じの男だ。
男を見て、俺はある感情に震えていた。
なんて……なんて勇気のある男なんだっ!!
エマをナンパだなんて、コイツ命が惜しくないのか?
まったく物好きな……と思ったが、特におかしな話でもないな。
エマは美人だ。スタイルもいい。男がエマに興味を持つのは自然な話だ。
「ねえね、俺と一緒に遊ぼうよ。きっと楽しいからさ」
「いいえ結構。私は今ユウ様といるんです。これ以上に楽しいことなんてありません」
「そう言わずに。そんな奴といるより絶対に楽しいからさ」
「そんな奴……?」
エマの声が一段低くなったことに、男は気づいていないらしい。
「そうそう。だから……」
「黙りなさいっ!!」
男の声をかき消したのは、エマの怒声だ。
突然のことに呆けた顔になった男を無視してエマは続ける。
「たかがゴミムシがよりにもよってユウ様を侮辱するだなんて!! 万死に値しますわっ!!」
「ぐぁあああああああっ!?」
さっきまで爽やかな笑顔を浮かべていた男が、急に苦し気に顔を歪め声を上げた。
「あ、熱いっ! て、てめぇ、俺に何しやがったぁああ!?」
「別に、何も」
対するエマはどこまでも冷めていた。
「ただ、貴方の体温を貴方がギリギリ意識を失わない程度にまで上げただけです」
「な、なにぃいいいいい!? そんな魔法、使うのは禁止されてるはずだぞ!!」
……あれ、なんかデジャヴ。前にもこんなことがあったような……
「使用を止めてほしければ、ご無礼を働いたことをユウ様に謝罪なさい! ほら早く!! さもないと……ふふっ」
「ひぃっ!? すみませんすみません! ごめんなさいっ! この度は誠に申し訳ありませんでしたぁああああ!!」
涙目で、土下座で謝る男。
……やっぱ、アレだな。エマは怒らせちゃ駄目だ。
夜。
夕食と入浴を済ませた後、ベッドの上で俺は心を無にしていた。
あかん。もう限界や。もう我慢の限界や。
あの後……屋敷に帰ってからも、特に入浴中。よく我慢したと自分を褒めてやりたい。
だが……どうしよう。もうマジ無理。
それでも我慢せねば。
だってヤってる途中で伊織が帰ってきたらこの世の……
「ユウ様」
終わりが近づいている。
下着姿のエマが、ベッドに上がている。
紫色のレースの下着。俺の性癖を完璧に理解したらしく、足には同色のキャットガーターが。
「私、分かっています。今日一日、ユウ様がずっとヤキモキしておられることを」
そ、そうか。エマは分かってたのか。
「きっと、ユウ様は私に気を使って下さっているのですよね? 私が病み上がりだから、激しい運動をしないようにと。ふふ、本当に優しいお方です」
……分かってなかった。
「でも、ご心配には及びません。私なら大丈夫です。今までのように……いいえ、今まで以上に、眠っていた時の分もご奉仕させていただきます……」
そんなことを言われて、我慢できるはずもなく……
伊織の心配なんて頭から消え去って、俺は溜まりに溜まった感情をエマにぶちまけたのだった。
やっちまった。
賢者になった俺は、大きくため息をつく。
一心不乱にヤっていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
気づけば外はすっかり明るくなっている。くそぅ、俺としたことが……
いや、まあいいだろう。
結局伊織の心配は杞憂に終わったしな。
それに溜まってたものも発散できたし、うん、結果オーライだ。
ふと隣を見るとエマの姿はなかった。もう起きて家事をしているらしい。
……この部屋、匂い大丈夫か? 一応換気しとくか。
ちょっと外の空気を吸ってこよう。エマに一声かけ、玄関に向かう。
それにしても、本当に伊織が帰ってこなくてよかった。
どうなっていたかと思うと、それだけで萎んじまう。
エマは楽しそうに家事をしていたし、いつの間にか帰っていたプロ助もダラダラしてるし、何だか平和だな。
あの三人がいないだけで、こんなに平和になるならもう戻ってこないでもいいな。
そしたらただエマのご機嫌を取っていればいいわけだし、かなり気が楽だ。
このままずっと平和に過ごしてーなー、と思いつつ、玄関をドアを開けると、
「ユウ・アイザワだな?」
白い服を着た連中……『聖皇騎士団』に包囲された。
全員剣を抜いて、切っ先を俺に向けている。
何だいきなり。朝っぱらから物々しい失礼な連中だ。
突然のことに反応をとれずにいると、真ん中にいる女が言う。
「抵抗はしない方が身のためだ。貴様を国家反逆罪で逮捕する」
……いや、ほんと。
ほんの数秒前まであんなに平和だったのになー。
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