第32話 皇女の資格

「エマが……第二皇女!?」


 予想外の答えに、思わず声を上げてしまった。


 アーディが第一皇女ってことは、他にも皇女がいるんだろうとは思ってたけど……



「どういうことだ……?」


「どうもなにも、そのままの意味よ」


 アーディ静かに言った。その様子はいつもとは違い、感情を押し殺しているように見えた。



「エマ……エイマーレはこの国の皇女よ。でも……皇女になれなかった子なの」




 ――十七年前。


『リーベディヒ』帝国に皇女が誕生した。


 その双子の皇女は、アーデルハイト、エイマーレと名付けられ、三十分早く生まれたアーデルハイトが第一皇女となった。



『リーベディヒ』帝国を象徴する組織――『聖皇騎士団』は、長である団長は代々〝王族〟が務めることとなっている。


 王族であることの第一条件は、剣の腕が優れていること。


 誰よりも優れた腕を持ち、天賦の才を以って『聖皇騎士団』の象徴となることだ。


 アーデルハイトにはその才能があった。幼い時分より才能を発揮し、大人にも引けを取らなかった。だが――




「エル……エイマーレには、その才能がなかったの……」


 アーディはどこか言いにくそうに、噛みしめるように言った。


「歴史上、そういう人もいたみたいだわ。そういう場合って、体が弱いとか、それらしい理由をつけて後方の仕事に就かせるんだけど……」


 そこで一度言葉を区切ると、ベッドの上に寝かせたエマに目をやって、



「エルはそれを望まなかったの。昔からプライドの高い子だったから、自分にできないことがあるのが、我慢できなかったんだと思うわ。それでエルは、禁忌に手を染めたの。それで王族を追放されて……」



「喋りすぎですよ」



 アーディの言葉を、低い声が遮った。エマだ。彼女は左目を抑えながら、ベッドに上体を起こしている。



「おい、もう起きて大丈夫なのか? まだ寝てたほうが……」


「いいえユウ様。私は大丈夫です」


 そう言って、エマはニコリと笑いかけてくる。



「ほんの少し魔力を吸われただけです。あの鬱陶しい竜に」


「少し……? そんな顔でよくそんなことが言えるわね」


 たしかに、エマの顔色は悪い。今にも倒れそうだった。



「とりあえず、まだ休んどいたほうがいい。ほら」


 と、寝かしつけようとすると、


「は、はい……。もうユウ様ったら、こんな時に一緒に寝ようだなんて……」


「言ってねぇだろそんなこと!」



 相変わらずの思い込みの激しさだ。


 とはいえ、照れるだけの余裕はあるんだな。ちょっと安心する。



「でも、どうしたんだ? こんな事初めてだぞ」


「それは……」


 珍しく口を濁す。さっきと同じだ。


 あんまり聞いてほしくないみたいだが、やっぱり心配だし、ここは踏み込んでみるか。



「やっぱり、その魔石が原因……なのか?」


「っ!」


 エマが息を詰めた。図星らしい。


 しばらく黙っていたエマだが、俺が引く気がないのを察したのか、諦めたようにため息をつき、



「私には、もともと宿っているはずの魔力が全くなかったのです」


 そう、自嘲的に切り出した。


 曰く、この世界の人間は、生まれつき魔力を宿しているものらしい。だが、エマには魔力が全くなかった。



「だから私は、自分の体に魔力を宿させることにしました。その方法が……」


「魔石を、体に埋め込む……?」


 コクリ、とエマは頷き、



「でも、それは禁忌とされ、法律でも禁止されていることでした。だから私は、王族を永久追放されました。

 国民には顔が知られていますから、魔法で顔を変えました。この魔石、魔力量が膨大なので、様々な魔法が使えるんです。埋め込んだ瞬間に膨大な魔力が体中に流れ込んできて……あの時は死ぬかと思いました。その時に、髪は白くなりました。その前は、私も金髪だったんですよ。魔法の練習は……それほどしませんでしたね。

 住む家や生活費などは両親から与えられましたが、哀れみに耐えきれず私は与えられたものを捨て顔を変えました」



 と言ってエマは笑っているが、



「笑い事じゃないわよ、まったく……」


 アーディはやれやれとため息をついている。


「ねえエル。お父様たちは、あなたを疎ましく思っているわけじゃないのよ。あなたを城から出したのも、『厳しく罰すべき』っていう人たちから、あなたを守るためでもあったんだから」


「……ええ、分かってますよお姉様」


 エマがちょっと不貞腐れたように言う。この二人、別に姉妹仲が悪いわけじゃないみたいだ。



「なあ、エマ……いや、エイマーレって呼んだ方がいいか?」


「いいえ、ユウ様。今まで通り、エマと呼んでください。元の名前が嫌いなわけではありませんが、今の私は〝エマ〟ですから」


 と言って、エマは笑う。



「ああ。じゃあエマ。あのさ……」


 今の説明じゃ分からないことがある。


「何であの黒い竜は、エマの魔石から魔力を吸収したんだ?」


「さあ……ただ私は、埋め込む魔石を探す際、あの鉱山に行き、そこで魔石を手に入れました。魔物を倒さずに手に入れる方法と言えば、そのくらいしかありませんから」



「それなんだが」


 そこで、プロ助がはいと挙手する。


「あれは、再生してるんじゃない。それぞれ別の個体だ」


「なんでそう思うんだ?」


「なんでも何も、アレ、私が創った魔物だし」




「「「「はっ!?」」」」




 何でもないことのように言われ、驚く俺たち。じいさんまで驚いていた。


 その間にも、プロ助は続ける。



「あの竜は、鉱山にある魔石が変形した姿でな。いま鉱山にある魔石は、元々一つの魔石だったんだ。わたしがそれを鉱山の守り神的なものにしようとして創ったんだが、鉱山の山頂に置く時に、うっかり割ってしまってな。結果、全ての破片に竜の力が分散した形となる。エマの魔石に反応したのは、破片が全て集まったことで、一つに戻ろうとした結果だろう」


 あはははは、と笑うプロ助。



 …………いや、なにわろてんねん。


 こんな面倒になってんのコイツのせいかよ! プロ助がドジんなきゃエマは魔石に手に入れられなかったわけだし!



「じゃあ、どうやって倒せばいいんだよ?」


「別に倒す必要ないぞ」


 なぜかプロ助がキョトン顔だが、キョトンとしたいのはこっちの方だ。



「一つに戻りたがってるんだから、破片を集めてやればいいんだ」



 …………なんか、めっちゃ平和的な解決法だな、おい。

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