第31話

「うわあああああああああっ!? ななななんだあこいつらぁ!?」


 ビビって俺の背中に隠れる女神(笑)。



 俺も一瞬ギョッとなるが、すぐに体からぬからを抜く。


 それを見計らったように、魔物たちは獲物を見つけたとばかりに俺たちに突っ込んできた。



「みんな、下がってなさい!」


 すぐに迎撃態勢をとるアーディとライフリートのオッサンさんだが、



「邪魔」


 エマは杖を軽く一振り、しかしそれだけで、異形の魔物は跡形なく消え去った。


 また魔物たちが襲い掛かってくるが、



「消えろ」


 また一振りで消え去り、


 本気になったらしい魔物たちは一斉に襲い掛かってきて、



「失せろ」


 エマが三回杖を振っただけで、何十といた魔物たちは一匹残らず、跡形も残らず消え失せた。



「まったく、ユウさまと私の時間を邪魔するだなんて……クズ虫どもめ……ッ」


 汚いものを吐き出すように毒を吐いた後、エマは何事もなかったように、


「さあユウさま、お次はケーキをどうぞ。このケーキ、自信作なんです」


 この優しい声。……今さらだが、本当に同一人物なのかと疑わしくなる。



「あ、あら……?」


 迎撃態勢をとったまま固まったアーディが、目をパチクリとさせる。


 しばらく固まっていたアーディは、不意に正気に戻ったのか、コホンと咳払いをした。



「貴方たち、ここはやっぱり危険よ。もう帰った方がいいわ」


「どうでしょうユウさま。お口に合うといいのですが……」


 エマはアーディの言葉を無視……というより、そもそも聞こえていないかのように俺に問いかけてくる。



「ちょっと! 無視はやめなさい無視は! 何度も言うけど皇女よ私!」


「うるさい人ですね」


 エマが蠅でも見るような目を向けたので、アーディはたじろいだ。



「私たちは今忙しいんです。貴女こそ帰って下さい。魔物ならもう私が倒したでしょう?」


「まだよ! いや、確かに倒したけれど、私たちが後れを取ったのはさっきの魔物たちじゃなくて……」


 と、その時だった。



 突然アーディが口を噤んだ。


 その理由は、多分だが分かる。こっちの世界に来てから何度か感じた感覚。コレは……




「  ―― オォオオオオオオオオオオオオオオオ ――  」




 思考を遮るかのように聞こえたのは、人の声では決してあり得ない咆哮だった。


 視線の先には……



「……竜、か?」


 黒い竜だった。羽も身体も角も、全てが塗り潰されたかのような深い黒。にもかかわらず、眼だけが血のように紅い。小さな、黒い竜だ。



「お次は何だ……」


 プロ助が震えた声を上げている。もっと威厳を持てよ。


 つーかコイツ、自分が作った世界は気にしないくせに映画は見るんだな。


 だが聞かなくても分かる。アーディの言っていた魔物は、間違いなくコイツだ。



「みんな! 油断しないで、気を引き締め……」




 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!




 アーディの言葉を遮るようにして、大きな、それはもう大きな爆発音が聞こえた。


 エマが炎の魔法を使い竜を攻撃し爆殺した音だ。



「ふん。この程度、警戒するまでもありません」


 涼しい顔のエマだが、俺たちは呆気にとられてすぐに反応できなかった。やがて、


「てい……きましょ……ぅ」


 アーディの妙な声が虚しく響き、


「あれ……? え……?」


 困惑していた。そりゃそうだ。警戒を呼び掛けた次の瞬間に、相手が消えたわけだからな。


 が、



「まだだっ!」


 プロ助が叫ぶ。


 それに呼応するように、ふたたび俺たちを襲う、あの重力が増したような感覚。


 次の瞬間には、再び黒い竜が飛翔し、その紅い眼で俺たちを見下ろしてくる。



「ど、どういうことだ!? 確かに倒したはずじゃ……」


 別の個体ってことか?


 でも、それにしては……


 妙な違和感に眉を顰める、と、



「うぁ……っ!?」


 突然、苦しげな声が聞こえてきた。


 エマの声だ。


 俺に体を密着させるように座っていたエマは、苦しげに呻いたかと思うと、俺に体重を預けてきた。



「おいエマ、一体……」


 どうしたんだと訊く。


 正直、この時はまだふざけてるんじゃないかと思った。


 怖がったフリをして、俺にくっついてきたんじゃないかと。だが……



 エマの吐く息は荒く、体も普段より熱い。それに、


 エマは気を失っていた。左目を抑えていた手が外れると、普段は隠れていたものが露出した。


 それは……



「魔石……っ!?」



 紅く、鈍い光を発する魔石が、本来左目があるはずの場所にあった。


 それは誘蛾灯みたいに明滅しており、心臓の鼓動のようにも見えた。


 これは……



「どうなってんだ……!? なんでエマの眼に魔石が……」


「ちょ、ちょっと! 急にどうしたのよ! しっかり……」


 突然のことに驚き駆け寄ってきたアーディが言葉を止めた。


 見ると、その顔は驚きの色に染まっていた。


 何だ? 一体……



 とか考えている間にさらなる異変が。


 視線を上げると、



「おいおいおいおいっ! 溜めてる溜めてる溜めてる溜めてる!!」



 黒い竜は口を大きく開け、そこに魔力が集約していた。


 これはヤバいぞ! エマがいない今、こんなもの防ぎようが……



「任せろ!」


 とプロ助。次の瞬間……



 ピッカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア



 プロ助が光りだした。


 俺はプロ助の〝加護〟とやらで大丈夫だったが、黒い竜は怯んだように見えた。


 次の瞬間――


 景色が一変していた。さっきまでいた鉱山じゃない。ここは……




「城……か?」


 この豪華な内装。間違えようもない。アーディの城だった。


 部屋には、他にアーディやじいさん、そして気を失ったままのエマもいる。



「今の、エマ……じゃないよな?」


「わたしの力だ」


 自慢気なプロ助。


 ……後光で目くらましとか。斬新だな。



「この世界でなら、わたしはどこへでも一瞬で行ける。神だから!」


 マジか。やるじゃん。ただの幼女とか言ってすまんかった。いや、それより……



「おい、エマ! 大丈夫かっ!?」


 未だ俺の腕の中にいるエマ。


 軽く体を揺らすが、やはり反応がない。


 ……これ、どう考えても大丈夫じゃねぇよな。



「エイマーレっ!」


 流石に焦る俺の思考を遮ったのは、アーディの叫び声だった。


 その内容は誰かの名前みたいだが……



「エイマーレ! しっかりしなさい! ねえっ!」


 どういうわけか、エマに駆け寄りその名を呼んだ。


「おい、何言ってんだ? エイマーレって……」


「それを説明するには、この方の正体を明かさなくてはなりません」


 一緒に移動してきたらしいじいさんが言い、その先の言葉は、アーディが少し言いにくそうに引き継いだ。




「彼女は、エイマーレ・フォン・ラ・リーベディヒ・アプロ。『リーベディヒ』帝国第二皇女……私の、妹よ」

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