第15話 Call me aphrodita

「この世界はわたしが創ったんだぞ!! 建物とか植物とか食べ物とか……あといろいろ! ぜーーーーんぶ、わたしが創ったんだから、もっとそんけーしろぉおおおおおおおおおおお!!」


「そういう夢を見たんですか? 想像力豊かですね」


「ちがうちがう現実なのっ!!」


 そう言って地団太を踏む姿は、ただの子供である。



「待って。そうやって頭ごなしに否定するのはよくないわ」


 アーディの顔には、なんとも優しい笑みが浮かんでいた。


「この子、きっと神学系の学校に通っているのよ。信心深い子なんだわ」


 その発想はなかった。


 最初ボケてるのかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。アーディは厳かに目を伏せる。



「偉大なるアプロディーテ様は常に私たちを見守って下さっているわ。この子もそれを分かっているのよ」


「急に何言ってるんです? ついに本物のバカになりましたか?」


「どういう意味よ!」


 アーディがキレた。



 まあ、この国の王族は自分たちの名前に神の名を冠するぐらいだし、信心深いのかなあ。


 つーか、ホントに信心深かったら神は名乗らないだろ、と思ったがツッコムのは止めておこう。



「この子は敬虔な信者ってことが言いたいの! それっていいことでしょ!?」


「さあ。私は無神論者なので」


「おなじく」


 なんとなく、流れで俺も手を挙げる。が、



「まあ!」


 するとエマの顔に満開の花が咲いた。


「私もですユウ様! だって私の心も身体も、全部あなたのモノですもの……」


 悪手だったか? エマの変なスイッチが入ってしまった。



「俺もだよエマ。俺の中では、エマが一番大きな存在だから……」


「ゆ、ユウ様……」


「ちょっと! 何やってるのよ二人とも! そんなにくっついてハレンチよ! 離れなさいっ!!」


「うるさいですよ」


「いでででででででででっ!? 痛い痛い痛い痛いいたぁああいっ!!」


 エマがアーディの手首を掴み、ギリギリと締め付けていた。……マジで痛そう。



「せっかく私がユウ様と戯れているのに……何ですかあなたは? その手首ねじり切りますよ」


「ねじれてるねじれてる縛られてねじれてる! 手首は普通こんなに曲がらないからぁ!」


 半泣き……つーか、なんか普通に泣いてるな。



「うぅううっ……。私皇女なのに、をうじょなのにぃいいい……ふけーざぃいいい……」


 それ以前に普通に暴行罪が成立するのでは? 脩は訝しんだ。


 というかこの皇女、ガチ泣きである。



「何をやってるんだお前たちは!!」


 と、今度は別の奴がキレた。幼女だ。


「あら、貴女まだいたんですか? もう帰っていいですよ」


 エマが冷たい。


 なんか、マジで一秒でも早く帰れって全身で訴えてる。



「何だその態度はぁ! わたしは女神だぞそーぞーしんだぞっ!!」


「ソウデスカ。スゴイデスネ」


「むきーーーーっっ!!」


 ふたたび地団太を踏む幼女……もとい、自称女神のアプロディーテ様に、エマは面倒くさそうな視線をむけている。



「まあ、落ち着けよプロ助」


「だれがプロ助だだれが!」


 俺が落ち着かせようとしたが、さらにキレていた。



「まあ、おかしな空間にユウ様や私を閉じ込めたことは事実ですし、ただの子供でないことは確かなようですね……」


 と言って、エマはプロ助に試すような視線をむけた。


「しかし、いきなり出てきて『私は神だ』と言われても、到底信じられません」


 エマ、突然のマジレス。だが、尤もではある。



「そうね。『リーベディヒ』にある銅像とも、全然姿が違うし……」


 たしかに、帝都の広間に飾られていた銅像は、大人な色気漂う女性の像。実際豊満なバストであった。


「でもさ、みんな女神の姿を見たことはないんだろ? あれはただの妄想っていうか……願望なんじゃないか?」


 愛の女神とか言われると、普通広場の銅像みたいなの創造……もとい、想像するもんな。



「嫌な言い方しないでくれる? っていうか、子供の言うことにそんな……」


「いいだろう」


〝子供〟って言い方が気に入らなかったのか、アーディの言葉を遮るように、プロ助が不機嫌な声で言った。



「そこまで言うなら見せてやる! このわたしの……神の力をっ!!」


 瞬間、プロ助を中心に何かとてつもない力が集まっていく!! ……気がする…………多分…………おそらく。


「はぁあああああああああっ!!」


 声を荒げるプロ助! おおっ! これはマジでなにか神の神秘的なアレが起こるんじゃ……




 ピッカァアアアアアアアアアアアアア!!




 光っていた。


 プロ助は、めっっっっっっっっちゃ光っていた。


 …………ゑ? 何これ? 後光かな?



「って何コレ!? なんで光ってんの!?」


 すると、プロ助はふっと笑って、


「偉大な相手というのは輝いて見えるものだヨ!!」


「光ってる理由の方は訊いてないんですケド!?」



 アレ? なんかこのやり取りどっかで聞いた……いや、前世で読んだような……?


 いやいや、それはいい。動揺して変な返しをしてしまった。


 それより……



「マジで何コレ!? どうなってんの!?」


「お前たちがいくら言っても信じないから証拠見せてやってんだろ!!」


「いや意味分かんねぇし! つーか止めろ! その光んの一旦止めろ! 眩しいんだよ視力悪くなんだろうが!!」


「心配するな。わたしの加護で視力が下がることはないから」


 いや、それも今はいい。


 こんなんじゃ、誰もこいつが女神だなんて納得しないだろ……




「…………」


 と思ったら、なんかエマが絶句しているように見える。


 なんだ? 一体……



「アプロディーテ……様……っ!?」


 アーディは信じられないといった様子でその名前を呼んだ。


 な、なんだ? どうしたんだコイツら? まさか……



「じゃあ、君は……いや、あなたは本当に……?」


「……の、ようですね」


 なん……だと……?


 嘘だろ? 信じてやがる。



「ふんっ! ようやく信じたか」


 プロ助は胸を張り、ちょっと疲れた表情。でもちょっとうれしそう。


 やっと信じてもらえたんだもんなあ。いや、つーか……



「えっ!? 今ので信じんの!?」


 俺は信じられずに声を上げる。……エマとアーディの意味不明な超速理解に!



「はい。今のを見せられたら仕方ありませんから」


「ええ。このお方は間違いなく、創造神……アプロディーテ様よ」


 mjky


 ……ま、いっか。この世界の奴らにしか分からない威厳的なものが、無きにしも非ずかもしれないからな。



「でも、どうしてアプロディーテ様がここに? ユウとお知り合いみたいですけれど……」


「ええ。その話が途中になっていましたね。あなた、ユウ様とどんな関係ですか?」


 そうだ、その話だ。どう説明しようか、と考えていると、



「ゆうは、もともとこの世界の人間じゃないんだ」


 プロ助がさらっと言いやがった。



「あら」


「えぇっ!?」


 エマは小さく声を上げただけだが、アーディはめっちゃビックリしてる。



「ど、どういうことですかっ!?」


「前の世界で死んだところを、この世界に転生させたんだ」


 と、プロ助は勝手にどんどん説明していく。ま、まずい。このままじゃ……



「こいつは前の世界で……っででででででででででででででで!!??」


 いきなりプロ助が汚い悲鳴を上げた。なにかと思えば、エマはアーディとおなじように手首を掴んでギリギリと締め上げていた。



「や、やめろぉ! わたしは神だぞぉ!」


「こいつ? ユウ様に向かって無礼ですよ。謝罪しなさい」


「おまえの方がよっぽどぶれ……いたいいたいいたいいたいっ!! すみませんごめんなさいこの度は誠に申し訳ありませんでしたっ!!」


 神、よわっ!


 いや、それともエマが強いのか? 皇女だけじゃなく神にもこの態度。ある意味コイツが一番の上位存在だろ。



「大丈夫かプロ助?」


「だからプロ助って言うな!」


 心配したのに逆に怒られた。……何故。



「ち、ちょっと! あなた何やってるのよ!? それにユウも! 相手が誰だか分っているの!?」


「神ですけど何か?」


「カミデスケドナニカ!?」


 エマのセリフはアーディのキャパを超えていたらしい。皇女様は混乱しておられる。



「それで?」


「え?」


「え? じゃありません。ユウ様との関係です。その話が途中でしょう? 早く答えなさい」


「アッハイ」


 神、よわっ!



「でも、そんなに話すことないぞ。言ったように、ゆうが死んだから、この世界に転生させた。それだけだ」


「死んだって……一体、何があったんですか?」


 アーディが訊いている。……まあ、気になるよな、そこは。



「それは……」


「ゲフンゲフンッ! 何でもない何でもない! ただの事故! 不幸な事故だから! 気にすんな!」


 十股したとか、彼女がどうとか、そんなことエマに知られたら、ヤバイ! 俺の命が!



「ユウ様……」


 するとエマは目を潤ませて俺を抱きしめてきた。



「お可哀そうなユウ様。ご安心ください。ここにいる限り、たとえ何があっても、私がお守りしますから」


 と言って、安心させるように俺の頭を撫でてくれる。


 あ、なんかこの感覚懐かしい。と思うと同時、黒雲を切り裂く稲妻のように頭を過る、一人の女の顔。そして背筋に悪寒が走る。


 …………やっぱ、エマはなにがなんでも怒らせないようにしなければ。



「って、そのくっつくのを止めなさい! ハレンチだって言ってるでしょ!?」


 また話が一周した。成長しない奴らだ。


「そういうことですから、ユウ様は私に任せてください。プロ助さん、貴女もう帰っていいですよ」


「だからプロ助って言うな! っていうかなんだその態度は! わたしは神だぞ!」


 なんか横柄な客みたいだなコイツ。ま、実際神なわけだけど。



「ああ、そうですか。では神様お引き取りを。ここは私とユウ様の愛の巣です」


 しかし、エマは全く態度を変えるつもりがないらしい。


 プロ助も辟易したのか、ガックリと肩を落としている。しかし、すぐに気を取り直し、



「ゆう! 今日のところは帰るが、忘れるなよ! ちゃんと反省してるかどうか、わたしは見てるからな!」


 素直だな。あるいは話が通じなくて疲れたか。


 だが、俺にはどうしようもない。適当に分かったと返事すると、プロ助は軽く手を振った。



 するとプロ助は桜色の光に包まれていき、視界が晴れると、プロ助の姿はどこにもなかった。


 どうやら帰ったらしい。


 はあ。一人減ったか。これで少しは……



 その時である。




「ぎゃっ!!」




 誰かが落ちてきた。床に叩きつけられて、短い悲鳴を上げる。そいつは――



「プロ助? 帰ったんじゃなかったのか?」


 声をかけても、プロ助は何も答えない。



「何してるんですか? さっさと帰りなさい」


「だ、大丈夫ですか、アプロディーテ様!?」


 エマとアーディは正反対の反応。


 しかし、プロ助はそれにも答えない。


 やがて震える声で、この世の終わりとでもいいたげな顔で言う。



「わたし、帰れなくなった……」




 ……つーか、そろそろ俺の拘束といてくれよ。マジで。

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