第14話

「人が黙って見ていれば好き勝手なことやって! わたしとの約束をもう忘れたのかっ!?」




 場が沈黙に包まれる。


 そりゃそうだ。いきなり幼女が出てきたと思ったら、なんかブチギレてるんだもの。



「ユウ様。なんですかこの子供は」


 それを破ったのは、エマの低い声。


 これは……



「お知合いですか? 私の知らないところで私以外の女……しかもそんな子供と……」


 エマの言葉は吐き捨てるかのようだ。つまり……


 めちゃくちゃ……めっっっっちゃくちゃ、怒ってらっしゃる……! でも……



「いや、知らない子だよ」


「…………」


「いやいや、ホントだって! マジで知らない! 今初めて会った!」


 エマのジト目に、俺は手を振って答える。


 きちんと否定しておかないと! エマがキレたら命に関わる! 俺の!


 それだっていうのに……



「なに言ってるんだ! もう何度も会っているだろうが! 忘れたとは言わせないぞ!」


「ユウ様……」


「いやいや待ってくれよ! マジで面識ないって!」


「ユウって、そういう趣味だったの……? あ、いや、別に否定するつもりはないけどね? でも世間の目とかあるし、私的にも命の恩人がそういうのはちょっと微妙っていうか……」


「だから違ぇっつってんだろ!! 何でそんな信用ゼロなの俺!」


「私はユウ様が心配なんです。とてもお優しい方ですから、妙な女に騙されては困ります」


「べっ、べつに好意って程じゃ……感謝はしてるけど……」


 二人はそれぞれ答える。


 アーディがまた面倒なことを言っているが、今はそんなことはどうでもいい。



「だから待てって! 俺はホントに知らねぇんだってば!」


「なに言ってる! わたしたちが会うのはこれで三回目……ん? あ、そっか……」


 ここで幼女、なにか思い出したらしい。


 さっきまでの勢いはどこへやら。顔に冷や汗を浮かべ、怒りに染まっていた顔がみるみる気まずいものへと変わっていったかと思うと、




「ごめん、さっきの無し。まちがえた」




 ……………………



 ……………………………………



 …………………………………………………………




「「「はあっっっっ!!??」」」




 声を揃えて叫ぶ俺たち。


 つぎの瞬間、



 俺の視界は暗転した――




「っ!!」



 弾かれたように目を覚ます。


 反射的に辺りを見回すと、そこはハチャメチャな空間だった。



 上も下も右も左も前も後ろも、すべてがあやふやな世界。


 なのに、なぜか平衡感覚はしっかりしているし、少しも気持ち悪くならない。つーか……おおっ!



 動く! 手足が動くぞ! なにこれすっげぇ開放感!


 俺はムダに手足を動かしながら視線を巡らせる。空中には様々なものが浮いている。エベレストや富士山といった山があれば、エッフェル塔やスカイツリー、凱旋門がある。


 なんなんだ? こんな空間、俺は初めて――



 ――いや。



 俺は自分の言葉を否定する。


 俺は、この場所を知っている。


 俺がここに来るのは、今回で三回目だ。



「おい、出てこいよ! いるんだろ!?」



 俺は空中に浮かびながら、叫ぶ。




「自称女神の幼女!!」




「だれが自称女神の幼女だっ!! それはそうと、ようやく思い出したみたいだな、逢沢脩! ……まあ、わたしが記憶を戻したんだけど」


 すると、どこかから……というよりも、この空間全体を震わせるように、空間全体から声が聞こえてきた。



 つ―かコイツ、自分が記憶消してたこと、やっぱ忘れてやがったな。


 やがて俺の目のまえで、一人の幼女が姿を現す。



 くるぶしまで届こうかというくらい長いピンク髪に白いワンピースを着た幼女。


 俺がコイツに初めて会ったのは、元カノに刺殺された直後のことだ――




「――っっいってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!!!」


 あの時の俺は傷口を抑え、叫びながらゴロゴロと転がった。


 しばらくそうしていたが、ふと気付く。



 彼女が、いつまでたっても声をかけてこない。


 奴が過激というか……突発的に暴力的になるのは今に始まった話じゃない。でも、そうなった直後に、すぐこっちを心配して声をかけてきた。


 なのに、今回はそれがない。気になって目を開けると……



「!!?」


 そこは見たことのない場所だった。


 上も下も右も左も前も後ろも、すべてがあやふやな世界。


 なのに、平衡感覚はしっかりしているし、少しも気持ち悪くならない。



「な……なんなんだここ……」


 ついさっき人生最大の修羅場を経験した俺も、流石に動揺する。


「おいおいおいおい! どうなってんだよこれ! あ、分かった! これ夢だな!? ってことは、さっき俺があいつに刺されたのも夢……」


 一人で納得する……というより、納得しようとする俺に、



「そんなわけないだろっ! この間抜け!!」



 いきなり罵倒してきた奴がいた。


 なんだ? 失礼な奴だな。一体どこのどいつだ……とか思っていると、



「彼女に殺されるなんてざまあないな! 不誠実なことばかりしているからだ! この……おんなったらしめっっ!!」


 また罵倒しながら、幼女が現れた。最後の言葉、怒りからか微妙に呂律が回っていなかった。いや、それより……


「俺、死んだのか……?」


「当然だろう。心臓を刺されたんだから」


 かなりショックだったんだが、幼女は今さら何をと言いたげだ。



「マジかよ。何でこんなことに……」


「自分の胸に訊いてみろ! 具体的には刺されたところに!」


 あまりに具体的すぎる!


 と思いつつも、反射的に左胸を抑える。と、



「あれれ……?」


 おっかしいぞ……


 俺、心臓をぶっ刺されたはずなのに……傷がない!


 やっぱり夢……



「何度も言わせるな。夢じゃないぞ……お前はもう、死んでいる。受け入れろ、死んだんだから」


「死んだ死んだうるせぇな! つーか、さっきから何なんだお前! 誰なんだよお前!」


 すると、幼女はよくぞ聞いてくれたというような顔をした。そして、



「わたしは女神だ!」


「めがみぃ……?」


 こんな子供が? いや、〝神〟っていうには見た目は関係ないのか?


 なんにしても、今のこの状況を考えたら、一概に否定もできないな。



「わたしは女神として、ずっとおまえを見てきた! おまえの、ふせーじつな行いをな!!」


「不誠実って……」


 なんて失礼な幼女だ。俺は不誠実なことなんて……



「十人の女性をたぶらかして金を巻き上げ、しかも自分は全然働こうとしない!! これがふせーじつじゃないならこの世の終わりだ!!」


「たぶらかしてなんかいない。ただ俺の余りある愛が、四方八方へ向いてしまっただけなんだ」


 ついさっき修羅場ったからか、もともと考えていた言い訳がするりと出てくる。


 てか、心を読むなよ。流石は自称女神の幼女。



「最低じゃないかぁ! そんなだから殺されるんだ!」


 さらに怒らせてしまった。つーか……


「なんで俺がそんな責められんだよ! 殺されてんだぞ俺! 殺された以上、どう考えたって俺が被害者だろ! もうちょっと労わってくれよ!」


 俺としては魂の叫びだったんだが、



「なんで逆ギレしてるんだお前はぁ!」


 さらにお怒りになった。何故。


「分かった……よーく分かったぞ……そっちがそういう態度なら、わたしにも考えがある!!」


 なんだ? なんか、いやな予感が……



「おまえをある世界に転生させる! そこで少し自分のことを見つめなおすんだな!」


「おい……」


「ちゃんと見てるからな! 真人間に生まれ変わるんだぞ! このやり取りを覚えていたら反省したふりをするかもしれないから、記憶は消しておく!」


「ちょ待てよ」


 ひどい言い草だ。


 だが、それに文句を言う暇もなく、俺の意識はそこで途絶えたのだった――




 そういえば、そんなことがあったっけ。


 前世を誤魔化すために「記憶喪失」って言ってきたけど、マジで記憶失ってたのか、俺。


 なんか、思い出したらムカついてきた。



「やっぱりいやがったな!」


 現れた自称女神にむけて、俺は鋭く声を飛ばす。


 すると、俺に冷めた目を向けてフンと鼻を鳴らしてきた。



「〝現れた〟っていうのは的確じゃない。この空間はわたしそのものだからな」


 などと、さらっと心を読みつつ無駄に壮大な設定を繰り出してくる。



「だからウソをついてもムダだ。ここにいる人間の考えは、わたしにはすべてまるっとスリットお見通しだ!」


 と、どこかで聞いた決め台詞。さらっとまるっと心を読まれているが、


「んなことはどうでもいい! さっきのはどういうつもりだ!?」


「? なんの話だ?」


 キョトンとしている。マジかコイツ。



「エマの性格は知ってるだろ!? 下手なこと言われたら、また殺されるだろうが! 俺が!」


「それはやむを得ない」


「なんでだよ! お前なんか俺に厳しくねぇ!?」


「お前が全然反省していないからだ! 前世同様女をたぶらかしてばかりじゃないか!」


「いやいや、向こうから好意を寄せられた場合はセーフだろ!? どうしようもねぇじゃん!」


「ダメったらダメだ!」


 見た目通り駄々っ子みたいなことを言ったかと思えば、それに、とちょっと口ごもってから、



「あ、あ、あんないいいやらしいことまでしていただろっ!? あんなあんなあんなにゃぁああああああ……」


 顔を真っ赤にして、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


 エロいことが苦手なのか。ピュアだなコイツ。



 しばらく唸っていた自称女神だが、やがて落ち着いたらしくコホンと咳払い。


 ……まだちょっと顔は赤いが。



「大体、エマを怖がってるみたいだが、それへの対抗策は講じてやったはずだぞ」


 まあ、たしかに……



 俺が一回目にこの空間に来たのは、元カノに殺されたとき。


 そして二回目は、エマと一緒に風呂に入り、突き飛ばされ壁に激突した時だ。



 あの時、自称女神は当たり前のように……つーか、自称女神って言うのなんかメンドクサイな。


 かといって〝女神〟って言うのもなんか癪だし……もう幼女でいいや。



 二回目のとき、幼女は、


「ゆう、おまえはまた死んだみたいだ」


 なんて言いやがった。


 原因は言うまでもなく、エマに突き飛ばされて壁に激突したことによるショック死だ。


 そこで、



「これじゃ、おまえが反省する前にまた死んでしまうからな」


 と言って、俺の身体能力や耐久力を底上げした。


 俺が盗賊団を素手で圧倒したり、斧やら刀やらの攻撃に耐えられたのは、そのおかげってわけだ。



「だから別に大丈夫だろ。エマがキレて攻撃してきても」


「いや、その理屈はおかしい」


 とんでもねぇこと言いやがったぞコイツ!



「攻撃されても死なないから攻撃されてもいいとか、おまえそれでも女神か! 仮にも女神なら愛をくれよ!」


「言ってて恥ずかしくないのか?」


 正直なに言ってんだと思ってます。


 とその時、急に空間全体が大きく揺れた。



「なっ、なんだっ!?」


 驚きに声を上げる俺。幼女も驚いているようだったが、その原因には気づいているようだった。


「これは、まさか……」


 が、信じられないというような顔をしていた。



 その直後、空間が崩れていき――




「っ!?」


 床に思い切り叩きつけられ、一瞬息が詰まる。


 顔を顰めつつ辺りを見回すと、そこはアーディに案内された屋敷だった。どうやら元の場所に戻ってきたらしい。


 ……元通り、イスに縛り付けられた状態で。



「くそ、なんなんだ一体……」


「ユウ様ーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」


「ぐふっ!?」


 エマが抱き着いてきた。ので、俺はイスに縛られたままひっくり返った。が、とくに痛くない。幼女のおかげか。



「お、おい。どうしたんだよ?」


「さっきはビックリしました。急にユウ様がどこかに消えてしまったと思ったら、私まで訳の分からない空間に閉じ込められてしまったので……」


 俺だけじゃなかったのか……。でもエマの姿は見なかったし、俺とはまた別の空間にいたってことか?



「それで空間を破壊してみたのですが、正解だったみたいですね」


 …………なんか、すげぇ物騒なこと言ったぞコイツ。ま、いい。例によって聞かなかったことにしよう。



「まったく、よくもやってくれましたね」


 と言って、暗い目を向ける。そこには、


「うぅ……」


 頭を押さえてよろよろと立ち上がる幼女がいた。



「貴女、ユウ様とどういう関係なんですか……?」


 エマの質問に、俺は内心ちょっと焦る。


 どうしよう。俺は記憶喪失ってことで前世のこととか誤魔化したけど、元カノのこととかバラされたら、面倒なことになるんじゃ……



「別にどんな関係でもない。ただの神と人間だ」


 あ、なんか大丈夫そうだ。エマの目がどんどん冷めていって、最終的にかわいそうな子を見る目になったし。


「そうなんだ。神様なんだあ。すごいねぇ」


 アーディは温かい目をむけていた。……俺同様、縛られたまま。


 そういえばコイツもいたんだったな……



「おいっ! なんだその態度は!? わたしをバカにしているのかっ!?」


 キレる幼女。自分の神様設定をバカにされたと思ったようだ。残念でもなく残当。記憶が戻ってなければ、俺だって信じない。


「そんな、バカになんてしてないわ。すごいわね神様だなんて。ところでお父様とお母様はどこ? 一緒に探してあげましょうか?」


 アーディはなんか母性に目覚めている。バカ……もとい素直だし、面倒見もいいんだなあ。



「こ、この……」


 だが、幼女はお気に召さなかったらしい。体をプルプル震わせていたかと思うと、高らかに宣言する!




「バカにするなっ! わたしの名はアプロディーテ! この世界をそーぞーした、神だっっ!!」

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