第12話

 魔物たちとの戦いを終えた俺たちは、城に戻ってきていた。


 さっきのような連行って感じじゃなく、いまは客人として招かれたって感じだ。


 俺たちが通された部屋には長方形のテーブルがあって、そこには豪華な料理が所狭しと並んでいる。



「さあ、遠慮しないで。たくさん食べてね」


「結構です」


 笑顔で料理を進めるアーデルハイトに、エマは真顔で即答した。



「はっ?」


「ユウ様には、朝、昼、晩、毎日、間食に至るまで、すべて私がご用意したものを召し上がっていただくことになっているんです。ですから、いりません」


「なっ……えっ……?」


 エマの言葉が理解できなかったのか、アーデルハイトはめっちゃ反応に困っている。


 分かるぞ、俺もちょっと何言ってるか分からないから。



「なあエマ。せっかく用意してくれたんだし、いただいていかないか? 好意を無碍にしちゃ失礼だし……」


「ダメです」


 エマがいつもとは違う低い声で、俺の言葉を遮ってきた。



「ユウ様の食生活は私が管理する。これは決定事項です。他の者が作った料理を食べるなんて……絶対に許しませんから……。

 もしそんなことをすれば、ユウ様の胃を消毒殺菌しなくてはいけません。直接」


 直接……? なにそのワード。ユウ様怖い。



「何をそんなに怒っているの……?」


 一方、アーデルハイトは困惑した様子。


「はあ……ま、いいわ。とにかく、さっきは助かったわ。どうもありがとう」


 エマのキャラをなんとなく掴んだのか、早々に話を変える。



「いや、いいんだよ。あ、いや……いいんですよ、皇女様。あなたが怪我でもしたら大変ですから。お安い御用です」


「そ、そう……」


 アーデルハイトはちょっと照れているようだ。初々しい。なんか久しい反応だ。



「それより、そんなに畏まらないでいいのよ。〝アーディ〟って呼んでいいわ」


 誤魔化すみたいに言うが、


「そうですユウ様。あなたがへりくだる必要はありません。それじゃ立場が逆ですよ」


「なんであなたそんなに偉そうなのよ!」


 アーデルハイト……もとい、アーディの真っ当な怒り。しかしエマは涼しい顔だ。


 怒ってもムダ、ということは分かっているのだろう。彼女はコホンと咳払いし、



「それで本当なの? あなたが記憶喪失って……」


「当然でしょう? ユウ様のお言葉を疑うだなんて、いったい何様なのかしら」


「ねえ、話が進まないからちょっと静かにしてくれない?」


「本当だよ」


 本当に話が進まなさそうなので俺が答える。



「自分の名前なんかは覚えてるんだけど、出身地とかは覚えていないんだ」


 ま、嘘だけど。普通なら何かの冗談かと思われるところだろうが……


「そうなの。苦労してるのね……」


 アーディは信じてくれた。素直だよなあこの娘。


 ……なんか、何も知らない子供を騙してるみたいで、流石の俺もちょっと罪悪感があるな。



「じゃ、じゃあ……もちろん私のことも知らないわけよね……」


「当然じゃありませんか。バカなんですか?」


 つーか、皇女に向かってこんなこと言ってマジで大丈夫なのか?


 さっきからアーディの後ろで黙って立ってるじいさんが無反応なのが逆に怖い。



「そういうことなら、私がこの国のことを説明してあげるわ!」


 と、どこか嬉しそうに言うアーディ。


「結構です。もう私がしましたから。お構いなく」


「そ、そう……」


 出鼻を挫かれたアーディがしょげている。


 が、すぐに気を取り直したらしく続けてくる。……忙しいやつだな。



「ねえ、食事は仕方ないとしても、あなたたち今日はここで休んでいきなさい。あの屋敷は証拠物件として押収したから、もう住めないわよ」


「は?」


 と、これはエマだ。



「屋敷を押収? 命の恩人に対して、随分な対応ですね」


「仕方ないでしょう? あの屋敷は強盗団の物なのだから」


 そりゃそうだ。


 っていうか、強盗団が暮らしてた家とか事故物件にもほどがあるだろ。アーディたちが処理してくれるなら、俺としては大助かりだ。



「代わりに、こちらで新しい家を用意します。それならいいでしょう?」


「……いいですよ。趣味のいい家なら」


 と言って、エマは立ち上がり、両手を俺の体に絡めてきた。



「ユウ様と二人きりで暮らす家ですもの。趣味の悪いものだったら困ります」


「分かったわよ。もう……っていうか! どうしてそんなにくっついて……」


「姫様」


 ここで、いままで沈黙を貫いていたじいさんが口を開く。


 主君をコケにされてついにキレたか、と思ったが、どうもそうじゃないらしい。



「もう夜も遅うございます。今日のところは、お休みいただいてはいかがでしょう」


「そうね……っていうか、呼び方」


「恐れながら、今は任務中ではございませんので」


 ほっほっ、と笑うじいさん。


 見た目通りの笑い方だな。相変わらず、声はめっちゃカッコいいけど。エマとアーディが衝撃的だから、なんか逆に新鮮だ。



「そういうことだから、今日だけ我慢して」


「はあ……仕方ありませんね。その代わり、私とユウ様は同室にしてください。……ユウ様、二人きりになれず、とても残念です。ユウ様も……残念ですよね?」


「え?」


「残念ですよね?」


「物凄く残念です」


 俺の動物的感が危険を察知。反射的に答える。


 エマは逆に、ウットリと笑顔。



「まあ、ユウ様ったら。私たち、相思相愛ですね」


「ソウデスネ」


「ちょっと! ここは神聖な場所なのよ! 皇女のまえでイチャイチャはやめなさい! あなたたちいつもそうなの!?」


「当然じゃありませんか。ユウ様は、私の伴侶。私たちは永遠の愛を誓い合った中なのです」


「え? そうなの?」


 え? そうなの?



 思わず、アーディと同じ感想を心中で漏らす。


 初耳なんですけど? つーか……



 嘘だッッッッ!!



 って言いたい! でも言えない! 言ったら最後どうなることか……


 だ、ダメだ! 思い出したら胸が痛くなってきた。


 具体的には左胸のあたり! 元カノに刺されたとこ!



 俺は知っている。ヤンデレに対してとるべき最適解を。


 だがそれをやったら最後。もう後戻りは……


 いや! やるしかない! そう何度も死んでたまるか! どうせ死ぬなら自然死がいい! 目指せ老衰大往生!!



「そうなんだ。俺たちは、将来を誓い合った仲なんだよ。な、エマ」


 と言って、俺はエマを抱き寄せてグイと顔を近づける。


「えっ? あ、あの……」


 不意を突かれたらしいエマが、珍しく焦ったような声を出す。



「ゆ、ユウ様? そんな人がいるところで……いえ、私は別にいいんですけれど……でもあの、ユウ様のお顔がこんなに近くにあるなんて、私どうしたらいいか……」


 あうあうしてるエマを見て、俺は心中ガッツポーズ。



 勝ったッ!


 ほんとコイツ攻めに弱いよなあ。そもそも、もう何度もヤッてるし今さらだと思うんだがな。



 俺はエマの顎をクイと上げて、ゆっくりと唇を近づけ、


 エマの桜色の唇に、そっと自分の唇を重ねる。



 ビクリと体を震わせたものの、エマは、逃げない。だから、俺たちのキスはどんどん激しくなっていって……




 バンッ!!




 それを止めるように、なに大きな音が聞こえた。


 アーディがテーブルを叩いた音だ。


 何だよ、せっかくいいところだったのに。邪魔しないでほしいんだがな。



 彼女は立ち上がり、両手をテーブルについて顔を俯け、体をプルプル震わせている。


 な、なんだ? 一体どうし……



「なっ……なっ……なっ……」


 アーディの顔は真っ赤に染まっていた。


 しばらく金魚みたいに口をパクパクさせていたが、やがて言葉が出てくる。



「何してるのよあなたたちっっ!!?」


「なにってキスだよ」


 俺は努めて冷静に言った。



「結婚を約束してるんだから、このくらい普通だろう?」


「そ、そうなの……?」


 ま、嘘は言ってない。婚約はしてないけど、今時キスくらいな……


 そこは素直なアーディ。信じてくれた。だが、



「そ、それでもっ! ダメ! ダメよっ! まだ結婚前なのに、そっ、そんな人前でなんて! 人前でなんてぇ!」


 アーディは顔を真っ赤にして、動揺しまくり。さっきまでの凛々しさが嘘のよう。


 俺としてはここらで打ち止めにしたいが、今回はそうはいかない。



 アーディには悪いが、エマを牽制するため。自分の命を守るため。通称、自衛。


 ……が、それがいけなかったらしい。



「分かった……分かったわ!」


 彼女は、なにか決意を秘めた顔で宣言する!



「こっ、こんなハレンチができないよう、私が近くで見張ります!! この国でふしだらなことをするなんて、私が許しませんっ!!」


 皇女様、ご乱心。



「「は?」」



 俺とエマの声も、思わず重なるってもんだ。

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